三年前の王家主催の乗馬大会
とはいえ、王族そのものが馬に乗るような機会が減ってしまった。怠惰な生活を送る彼らが、健康的に乗馬をするなんてことがなくなったのである。
庭園を散歩する、なんてこともない。
それでも、厩舎には乗られなくなった馬たちがいる。
馬車馬も含め、そういった馬の管理に精を出していた。
そんなこんなで忙しく、レイナルドに会うどころかチラリと見かけるようなこともない。
三年前、国王は突然宣言をした。
王国中の貴族を集め、乗馬大会を行うと。
いまだにその意図は謎である。ただの気まぐれだったんでしょう。
その気まぐれが、わたしの、いえ、お父様とお兄様の運命をも変えてしまった。
当日、お父様と馬の管理にあたった。
お父様は軍の騎馬隊の将校の一人で、馬の管理を一手に引き受けていた。しかし、管理を巡ってブチ切れ職を退いてしまった。それ以降、いっしょに王宮の馬の管理に徹するようになったのである。
馬術大会と言っても、ちょっとした駆けっこや簡単な障害馬術程度。
つまり、権勢を誇りたいだけのイベントだった。
貴族たちはうんざりしながらも各地から集まってきた。
参加者のだれもが、馬の扱いがひどすぎた。
必要もないのに鞭打ち、足蹴にしたり殴ったりしている。
主催者や参加者たちのそんな暴力に、まずお父様がキレた。
温厚でやさしいお父様は、馬のことになると人が変わってしまう。
その後、幼馴染である王太子レイナルドが愛馬で障害馬術を披露した。
その際、ぜったいに越えられない障害を無理矢理越えさせたのだ。
彼の愛馬は、ゴール手前で失速してしまった。
無茶をさせた代償は大きい。脚を痛めたのである。
レイナルドは、半狂乱になった。愛馬の背から飛び降り、「走れ、走れ」と激しく鞭打ちだした。
わたしは、彼のもとへ駆けだしていた。
彼が愛馬を拳で殴り、足蹴にしたところに駆け寄ると殴ってしまった。
レイナルドに、拳をくれたのだ。
気の毒に。彼はふっ飛んだ。そして、地面に背中を打ちつけた。
彼が馬糞の上に背中から落ちたのだということを、あとでお父様にきいた。
それはともかく、わたしが殴り飛ばしてふっ飛んだ彼より、馬の方が大事である。
お父様も飛んで来て、二人で足や馬体を確認した。馬は、気丈に耐えている。それがまたいじらしかった。
喉元から嗚咽がせり上がり、目尻には涙が溜まった。
わたしは、そのとき初めて人前で泣いてしまいそうになった。
馬の調教や飼育の世界は、男性主体である。女性というのは多くはない。そんな中で、自分では頑張ってきたつもりである。お父様が何か言うことはないけれど、他の関係者はあからさまに「女だてらに」とか「これだから女は」と言い立てる。
そんなときでも、けっして涙はみせなかった。
すくなくとも、だれかの前で泣くことはない。
それなのに、あのときには口惜しくて悲しくて、とにかく泣きたかった。
そんなわたしに、レイナルドが何か言いだした。だけど、馬のことしか頭にないわたしの耳に、彼の言葉など入ってこない。それどころか、彼の姿は一切目に入らなかった。
ついに涙が頬を伝った。
お父様が肩を抱いてくれ、その場から連れだしてくれた。
その直後である。
お父様とわたしは、王都から追われた。
借地領地へと追放された。
お兄様は、それを免れた。だけど、軍や王都の状況にうんざりしていたお兄様は、いっしょに辺境の地へ行くことを選んだ。
そうして、わたしたちは辺境の地へ旅立った。
五頭の馬を連れて。
その中の一頭は、レイナルドが理不尽な暴力を振るった馬である。
ありがたいことに、捻挫程度ですんだ。
現在はすっかりよくなり、のんびりすごしている。
ブルーノと仲が良く、彼に乗ってもらっている。
子どもの体重なら、たいして負担にならないから。
馬のことで王都を追われてしまったけれど、じつはそれだけではなかったみたい。