公爵が戻ってきた
朝のひと仕事が終ってから、ブルーノと朝食を摂った。
ありがたいことに、ニワトリたちは卵を産んでくれていた。
畑でトマトやコールラビを収穫してサラダを、貯蔵しているジャガイモやニンジンとベーコンでスープを作った。それを、昨日屋敷でわけてもらったパンといっしょに食べた。そうそう、チーズも添えたわね。
もちろん、チーズもいただきものである。
ブルーノは、こんな質素すぎる食事でもおおよろこびして食べてくれる。
朝食後、馬たちをいったん馬房に戻して屋敷へ行った。
公爵は、予定通り戻ってきた。
が、機嫌が悪すぎる。
公爵家の使用人たちの手前、妻として彼を出迎える。だけど、馬から降りてこちらに向かってくる雰囲気が怖すぎる。
ブルーノの表情が強張っている。つい先程まで笑顔だったのに。
可愛い顔だけではない。緊張で全身がかたまってしまっている。
「おかえりなさいませ」
わたしまでかたまっているわけにはいかない。
でっかい強面を出迎えた。
だけど、彼はわたしを睨みつけるだけで横をすり抜けてしまった。
救いは、ブルーノの頭をガシガシ音がするほど荒っぽく撫でたことである。
反応はそれだけで、あとは一言も口を利かずにそのまま屋敷内に入ると階段を上ってしまった。
公爵のでっかい背中が階段上から消えてしまうと、お父様とお兄様に詰め寄った。
「どういうことなの?いつも以上に不機嫌じゃない」
公爵は、それでなくっても不愛想で不機嫌である。とくに王都から戻って来たときはひどい。
だけど、今回はいつも以上にひどい。ひどすぎる。
わたしは慣れているからいいけれど、ブルーノの気持はどうなのよって叫びたくなる。
すでに使用人たちは、公爵家屋敷内に戻ってしまった。
「ルイーッ」
「ルイッ」
公爵の馬は屋敷の厩務員に引き継ぎ、お父様とお兄様がわたしを抱きしめようとした。
わたしのことを溺愛している彼らは、人目をはばからずわたしのことをチヤホヤする。
「コホン」
合図を送ると、二人は抱きしめる手を止めた。
久しぶりに会った父親に頭を撫でられただけのブルーノに、家族のイチャイチャを見せたくない。
「ブルーノ、元気だったか?」
「ブルーノ、少し背が伸びたか?」
お父様とお兄様は、両膝を折って交代でブルーノを抱きしめた。
ブルーノにとってお父様とお兄様は、義理の祖父と義理の伯父にあたる。
「はい、元気でした。背、伸びましたか?気がつかなかった」
「伸びたさ。ねえ、父上?」
「ああ、久しぶりに会うとよくわかる」
男三人は、背のことでしばらく盛り上がった。
そうね。事情は、わが家に戻ってからきくとしましょう。
お父様とお兄様も疲れているでしょうし。っていうか、彼らの馬たちはヘトヘトのはずよ。
「話はあとできくわ。とりあえず、馬たちを休ませたいから」
「そうだな。戦場と王都を二度往復してそれから戻ってきたから、二頭とも疲れきっている」
「戦場?国境警備の視察か何かじゃなかったの?」
お父様の説明は、少なからずわたしを驚かせた。
「いよいよ隣国と戦争になった。でっ、前線に出たわけだ」
お兄様の説明に、ブルーノが息を飲んだのがわかった。
彼は、屋敷の大扉が開いたままのエントランス内を振り返っている。
まるでそこに父親を見出そうとしているかのように。
「戦争……」
いやだわ。このバレス王国は、周辺の国々の中でも最弱と名高い。なにせ戦うことの出来る将軍がセプルベタ公爵だけなのである。
バレス王国軍はまともに機能していない、と言っても決して過言ではない。
負けたらどうなるの?
いいえ。負けてしまう。そうなったら、この王国はどうなるの?
心の中は、穏やかではない。