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お母様ってあたたかいのかな?

 掘っ立て小屋というのは、大げさではない。ほんとうに掘っ立て小屋なのである。


 昔、セプルベタ公爵家の使用人が住んでいたらしい小屋を、お父様とお兄様と三人で改築して住めるようにしたのである。


 公爵家の庭、というよりかは広大な森には、湖や小川がある。

 公爵家の土地は、どこまでがそうなのかわからないほど広い。


 冷遇され、王都から追われたセプルベタ公爵は、この広大な敷地を領民に与えたり貸したりしている。


 土壌がいいので農作物の出来はよく、隣国との要衝の地でもある為街には商品が溢れ返っている。だから、活気がある。


 しかも、王都に無視されている為、納税も他の領地よりかは破格に安かったり少なかったりする。


 領民にとっては、いい土地といえる。


 そして、うちもその恩恵にあずかっている。


 それはともかく、ブルーノはうちの掘っ立て小屋をログハウスとでも思っているのかしら。ときどき、というよりかはしょっちゅう泊りに来るのである。


 古いけど立派な屋敷があるのに、彼は掘っ立て小屋を気に入っているみたい。


 男の子って、そういうものなのかしらね。


 いつもダメとは言うけれど、結局泊りに来ることになる。


 公爵がいなくて寂しいのかもしれない。だから、わたしも強く拒否は出来ない。


 それに、お父様とお兄様が公爵についていっていて不在なので、わたし自身寂しいのかもしれない。


「ねえ、ルイ。お願い。手伝うから。いい子でいるし、いっしょに起きるから」


 馬房の入り口をふさぐようにして懇願してくる彼を見ると、そのあまりの可愛さに頬が緩んでしまう。ついでに、心がほっこりしてしまう。


「仕方がないわね。じゃあ、執事長の許可が出たらね」

「やったあ!」

「しーっ、声が大きいわ。この仔たちだけじゃなく、他の馬たちも驚いちゃうじゃない」

「ごめんなさい」


 こうして、今夜もまた彼を甘やかしてしまうわたしである。 




 結局、ひと寝入りも出来なかった。


 まだ夜中である。


 厩舎の朝は早い。うちの馬たち、といっても全部で五頭いるだけなんだけど。しかもいまは、お父様とお兄様が公爵についていっているから、三頭だけである。

 とりあえずうちの馬は後回しにして、厩舎の母馬の産後の経過を見に行こう。


 お父様の部屋に寝かせているブルーノの様子を見に行った。


 扉をそっと開けた。


 手入れはしているけれど、もともとボロいので油を差しても蝶番が悲鳴をあげる。


 かろうじて月明かりが射し込んでいる。深夜に活動するわたしは、夜目が利く。


 ブルーノは、お父様の寝台でスヤスヤ眠っている。


 寝台に近づき、その横に両膝をついた。


 あっ……。


 床のささくれが、作業ズボンの膝頭あたりにひっかかってしまった。


 もう少しで破くところだったわ。


 破けたり生地が薄くなってくると、お兄様が繕ってくれる。そうして、数少ない作業服をだましだまし着用している。


 ブルーノの寝息が耳に心地いい。


 なんてきれいな顔なのかしら。


 きっと、お母様に似たのね。まーったく公爵には似ていない。


 その方がよかったわよね、とは言えないけれど。


 彼のしあわせそうな寝顔を見ると、わたしまでしあわせな気分になる。


 ふと、昨夜問われたことを思い出した。


「お母様ってあたたかいのかな」


 それは寂しいわよね。


 公爵は国境警備や他の隊の手伝いで出張ってしまうことが多く、ほとんど屋敷にいない。屋敷にいるときでさえ、いっしょにすごすことはない。セプルベタ公爵家の使用人たちは、みんなやさしく思いやりのある人たちばかりなので彼を大切にしているけれど、それにも限界がある。


 そうよね。本来なら、わたしがもっと母親らしくしなくてはならないのに……。


 偽装結婚?契約結婚?とにかく、公爵とは本来の意味での夫婦ではない。したがって、ブルーノとは本来の意味での親子ではないけれど、それでも母親の真似事くらいはしなくてはいけないはずなのに……。


 わたしにはそれが出来ない。


 馬たちは、あれほど可愛がれるのに。それこそ、わが子以上に。愛すことも出来る。かけがえのない存在とさえ思える。


 だけど……。


 お父様とお兄様以外の人間ひとのことは、どうしても心から接することが出来ないでいる。


 ブルーノも含めてである。


 やはり、三年前のことがあるからかしら?


 うーん。もともと人間嫌いというのもあるのかもね。


 あ、そうだわ。


 屋敷の厩舎に行かなきゃ。


 ブルーノの頬をそっと撫で、それからそこに口づけをした。


 彼は、夢から覚めることはなかった。




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