義理の息子
ロベルト・セプルベタ公爵は、このバレス王国軍の軍人。セプルベタ公爵家は、バレス王国が建国した時分から続く武人の家系である。だけど、ずっと昔の当主がその当時の国王の不興を買ってしまった。そんなことはよくあることだけど、その当主はたくさんの武功を立てていたので公爵の地位までは奪われなかった。しかし、ただではすまずに辺境の地へと追われた。以降、セプルベタ公爵家は中央から遠ざけられてしまった。軍での地位も将軍どまり。領地も含めた、隣国と接するこの辺りの守りについている。
とくに現当主であるロベルトは、見た目も性格も怖すぎる。
王都でも「野獣」とか「猛獣」とか「魔獣」って言われている。
まぁ、当たらずとも遠からずだけど。
そんな公爵から、契約結婚の申し出をされた。しかも、生活や仕事の保障をしてくれることが条件に入っている。
どうせ行くところはない。家族といえば、お父様と跡取りのお兄様とわたしだけ。三人で食べていけるのなら、これさいわい。しかも、好きにしていいらしい。
だから、了承した。
なにせ契約結婚で好きにしていいから、別居している。つまり、掘っ立て小屋みたいなわが家で寝起きしている。
ついでに、日頃はうちの家が所有する馬やセプルベタ公爵家の馬はもちろん、領地内の馬たちの調教や様子を見たりしている。
馬の体や心の不調の相談に乗ったりするし、お産だってやっている。
なにせスルバラン伯爵家は、馬で成り上がった。そして、馬でやってきた家系なのだ。
馬こそがすべてなのである。
まぁ、それで没落もしちゃったんだけど。
それはともかく、表向きはセプルベタ公爵の十五歳年下の妻であるわたしは、同時に七歳の男の子のブルーノの母親にもなった。
「ブルーノ、馬房に入っていいわよ。だけど、静かにね。見守るだけよ。母馬は疲れているから、刺激しちゃだめだから」
「もちろん」
ブルーノは、柵の入り口をそっと開けて入ってきた。
わたしが後片付けをして藁や水を替えている間、彼は壁際でじっと馬の親子を眺めていた。
「さっ、ブルーノ。母馬も落ち着いたみたいだし、もう大丈夫よ。遅いから、あなたも寝室に行きなさい」
ピッチフォークを右肩に背負い、左手にランプを持ち、馬房から出て行くタイミングでブルーノに声をかけた。
仔馬はしっかりと自分の足で立ち、母馬のお乳を飲んでいる。母馬は、わが子を愛おしそうに見ている。
「ねえ、ルイ。お母様って、あたたかいのかな?」
ブルーノが馬の親子を見つめたまま、唐突に尋ねてきた。
そんなこと、わたしにきく?
わたしの母は、わたしを産んですぐ亡くなった。だから、わたしも母を知らない。だけど、その分お父様とお兄様が愛情たっぷり育ててくれた。馬同様、愛はたっぷり注いでもらっている。
愛情たっぷりすぎて超過保護になっているけれど。
ちなみに、うちの優劣は馬が上位なのよね。
そういうわけで、お母さんがどうのこうのっていう質問は、わたしにはハードルが高すぎる。
それに、表向きは彼の母親である。だけど、実際は違う。
ブルーノとの関係は、親子ごっこにもならない。
親友? 主従? 姉弟?
うーん。どれも違うかも。しっくりこないわ。
「そうねぇ。あたたかいと思うわよ。残念ながら、わたしもあなたとおなじでお母さんを知らないからよく知らないの。だけど、この母馬の顔をみてごらんなさい。とってもやさしい表情をしているでしょう?人間もおなじだと思うわ」
この回答で大丈夫だったかしら?
見当違いのことを言っていないといいんだけど。
「そうだよね。ねぇ、ルイ。今夜は厩舎に泊まるんでしょう?」
「そうしたいけど、うちのわがままな子どもたちの様子を見なきゃいけないし、お風呂にも入りたいからいったん戻ることにするわ。ひと眠りして、明け方前に様子を見にくるつもりよ」
「ルイッ、ねえ……」
「ダメよ。いまはお父様がいらっしゃらないのだから、お屋敷に戻りなさい」
ブルーノは、なぜかわたしたちの掘っ立て小屋に泊まりたがる。