みんな無事だった
公爵は、ピンピンしていた。
それもそのはず。ビエラ国の暗殺部隊は、うちだけを襲ったのだから。
お父様とお兄様も無事だった。
彼らは、暗殺部隊を追い払った。その際、一名を捕まえて事情をききだした。
ちょっとだけ荒っぽい方法で。つまり、肉体的に痛めつけて教えてもらったらしい。
暗殺部隊がセプルベタ公爵家の敷地に入って屋敷に向かっている途中、子ども用の乗馬服が干しっぱなしになっていることに気がついた。
公爵家に子どもは一人しかいない。つまり子ども用の乗馬服の持ち主が、彼らのターゲットというわけ。
そこで彼らは、わが家を包囲して襲ってきた。
「やだ。もしかして、わたしのせい?」
もしかして、ではなくわたしのせいである。
昨夜、洗濯物を取り込み忘れたのはわたしなんですもの。
ごめんなさいって感じね。
というわけで、暗殺部隊は屋敷には行かなかったというわけ。
「胸騒ぎがして眠れず、庭園で素振りをしていたのだ。そうしたら、ルイの金切り声がきこえてきたではないか。だから、すぐに駆けつけた」
公爵が馬小屋に駆け込んできて、わたしを斬ろうとしていた暗殺者たちを片付けてくれたのである。
「ああ。あのルイの金切り声はすごかった」
「あのお蔭で、われわれも助かりました。敵はあの金切り声に驚いたのか、攻撃の手が止まりましたからね」
お父様とお兄様が言ったけど、金切り声を上げた記憶がない。
「ルイ、すごかったよ。『ダメーッ!やめなさーいっ』って、鼓膜が破れたかと思った。ぼくも殺されそうになったけど、あいつの動きが止まったから。そのあとすぐ、ルイがあいつの腕をナイフで刺したんだ」
ブルーノに説明されたけど、まるっきり思い出せない。
でもまぁみんな無事だったんだし、いいわよね。
気にしない、気にしない。
「王太子レイナルドが、自分の命と引き換えにブルーノを売ったらしい。が、ビエラ国が約束を守るはずがない。愚かなレイナルドは、処刑を待つばかりだそうだ」
お父様は、両肩をすくめた。
お父様とお兄様の夜着は、裂けたり破けたりしている。
また繕わなければならないわね。
それはともかく、ほんとうにみんな無事でよかった。
神様につくづく感謝したくなる。
勘違い野郎のレイナルドは、お気の毒様としか言いようがないけれど。
「公爵。撃退はしたが、すぐにでも第二陣が攻めてくる。また撃退出来なくはないが、つぎは敵も人数や装備を万全にしてくる。もちろん、策も練るだろう。だいいち、キリがない。東域のジュステ帝国には、すでにつなぎをとっている。ジュステ帝国の皇帝の弟の一人が弟子だからな。それに、ロベルト・セプルベタ将軍の名は、ジュステ帝国でも有名だ。歓迎してくれる」
お父様って、じつはすごかったのね。
どうしてしがない馬の世話人のふりなんてしているのかしら。
落ち着いたら、ぜひとも問い詰めなきゃ。
「ブルーノのことは、バレたらバレたときだ。ビエラ国もジュステ帝国は敵にまわしたくないはず。わが国のときのように、軽々しくちょっかいをだしてくるとはかんがえられん。このままルイとの子として、親子三人でいればいい」
「それが……。じつは、すでにルイに離縁を伝えたのだ」
「なんだって? どうしてそのようなことを」
「というよりか、公爵は妹とちゃんとした夫婦だったことがないでしょう? まったくもう、見ていてじれったい」
お父様とお兄様は、公爵を責めはじめた。
公爵は、バツが悪そうにうつむいている。
そのときはじめて、彼の顔に髭がないことに気がついた。
ああ、そうそう馬小屋が暗いからわからなかったのよ。もう灯りをつけても問題ないわよね。
というわけで、ランプに灯りを入れた。
なにこれ?なんてことなの。
左目から頬に刃物による傷があるものの、すっごい美貌じゃない。
びっくりしすぎて腰を抜かしそうになったわ。
「彼女が嫌だろうと思った。だから、足手まといだと言って離縁を……。だが、断られた。家族だから、と」
「さすがはわが娘。自慢しまくりたいな。馬の扱い同様、男の扱いもお手の物だ」
「父上のおっしゃる通り。自慢の妹は、公爵にはもったいない」
「ちょちょちょ、どういうこと? お父様とお兄様のわたし贔屓はいいから、ちゃんと説明をしてちょうだい」
真っ赤な顔でうつむく公爵を指さし、お父様とお兄様に説明を求めた。