大ピンチ
「くらえっ!」
左右それぞれの手でつかんでいる物を、思いっきり黒装束の連中に投げつけた。
「これでもくらえっ!」
敏いブルーノは、わたしの意図をすでに察している。おなじようにつかんでは投げ、投げてはつかんだ。
「くっ」
「うわっ」
「なんだ?」
黒装束たちは、腕で頭部をかばっている。
「『馬糞臭い令嬢』をなめないでっ! これで婚約破棄されたんだから」
自分でもなにか違うって思いつつ、啖呵をきった。
馬糞をつかんでは投げ、投げてはつかみながら。
昨日、畑に使う為に馬糞を集めていたのである。
とにかく、必死に馬糞を投げ続けた。
黒装束たちは、近づこうと試みるも近づけないでいる。
だけど、その攻防もそんなに長くは続かなかった。
向こうはプロ。三方に分かれて間を詰めて来た。
残念なことに、ここには馬が五頭しかいない。だから、馬糞の量はたかが知れている。
馬糞は、あっという間になくなってしまった。
もう逃げ場がない。
とっさにブルーノのシャツの襟首をつかんでいた。それを馬小屋の奥へ投げ飛ばすように払った。
奥にある窓は、子どもならうまく通り抜けられる。
「ルイッ、危ないっ」
迫って来ている黒装束たちから目をはなしたから、飛びかかって来たに違いない。
ブルーノの叫びをきいて、一巻の終わりだってなぜか冷静に受け止めた。
「行きなさいっ」
そして、彼に命令した。
彼が逃げる間、わたしが斬り刻まれて、って突きまくられるかもしれないけれど、とにかく、わたしが盾になって時間稼ぎが出来ればいい。
衝撃を待った。怖すぎて瞼を閉じたまま。せめて、黒装束たちに背を向けていてよかった。
「ドサッ」
「バシッ」
「ドンッ」
という音が耳に飛び込んできた。
それだけで、それ以上の何かはない。
そして、静かになった。
えっ? 痛すぎて逆に痛みを感じない?
恐る恐る瞼を開けてみた。
すると、ブルーノがわたしを見上げている。
厳密には、わたしよりも上を見上げている。
「ルイ、ブルーノ、無事でよかった」
「父上っ」
その瞬間、思いっきりギュッと抱きしめられた。
ブルーノとわたし、二人とも。
痛いけれど、あたたかくやさしい抱擁。
それは、公爵だった。
彼の抱擁は、ブルーノとわたしが失神するんじゃないかと思えるほど長く続いた。