ブルーノは知っていた
「父上、ルイ」
お兄様がわたしの部屋にやって来た。
「包囲網がせばまってきています。いつ踏み込まれてもおかしくありません。それと、向こうもこちらの動きに気がついています」
ブルーノが腰にしがみついてきたので、無意識の内に彼を抱きしめていた。
怖くない、という方が嘘よね。
体が震えているかしら?
ダメダメ。しっかりしなさい、わたし。ブルーノを不安にさせてしまうわ。
「通常、ビエラ国の暗殺部隊は十名前後で動いています。もしかすると、屋敷の方にもいるかもしれません。そちらが駆けつけるまでに始末してしまいましょう」
お兄様は、お父様に剣を差しだした。
「そうだな。ちょちょいのちょいでやってしまうか」
「父上。暗殺部隊を相手に、さすがにちょちょいのちょいというわけにはいかないでしょう」
お父様とお兄様は、同時に鞘から剣を抜いた。
じつは、お父様は剣の達人らしい。
公爵に剣を教えたのもお父様で、当然お兄様もお父様に教えてもらった。
わたしは、それを信じていなかった。
だって、いまのお父様からだと想像が出来ないから。
公爵が土地を貸してくれたり、契約結婚だとしてもわたしを娶ってくれたのは、剣の師匠であるお父様を立てているからなのかもしれない。
それにしても、お父様はどうして剣を置いてしまったのかしら。そして、馬の管理だけをするようになったのかしら。
それについて、お父様に尋ねたことはない。
もしも今夜生き残ることが出来たら、お父様に尋ねてみるのもいいかもしれないわね。
「ルイ、敵を討ちもらしてしまうかもしれん。もしも敵が中に侵入して来たら、迷わず逃げるんだ。いいな」
お父様にうなずいて見せる。
「ナイフだ。念のため渡しておく。相手のどこでもいい。とにかく突くんだ。狙うな。わずかな躊躇や迷いが命取りになる」
お兄様からナイフを受け取った。
軍が使うナイフで、軽いけれどつくりはしっかりしている。
ブルーノも同様に受け取った。
そして、お父様とお兄様は外に出て行った。
二人の無事を祈ることしか出来ない。
とりあえず、ブルーノの肩を抱くと部屋の隅の床上に腰をおろした。
身を寄せ合い、ただただ震えている。
情けない。つくづく思い知らされる。
せめてブルーノは守らねば。
いままでずっと思ってきたし、それはいまもそうだけど、いざ目の前に暗殺部隊が現れたら震えるだけで何も出来ないはず。
馬たちは怯えていないだろうか。
こんなときでも、やはり馬のことが気にかかる。
「ルイ、ごめんね」
ブルーノは、体をギュッとわたしにおしつけている。
その彼が、唐突に謝ってきた。
「ぼくのせいだよね。ルイたちを巻き込んでしまった」
「なに?それはどういう意味……」
「知っているんだ。父上は、ほんとうの父上じゃないって。ぼくは、父上じゃなく国王の子どもだってこと。ルイたちがここに来たばかりの頃、父上がブラスとダミアンに話をしているのをきいたんだ」
彼は、うつむいたままいっきに言った。
なんてことなのかしら。
お父様とだけでなく、お兄様まで知っていたの?
わたしだけ?わたしだけ知らなかったわけ?
一応、ブルーノの母親なのに?
って、いまはそこじゃないわね。
そのことについては、あとでお父様とお兄様をとっちめないと。
「ブルーノ、ずっと気にしていたのね。気がついてあげられなくってごめんなさい」
彼の肩を、思いっきり抱き寄せた。
彼がそのことで心を痛め、悩んでいたことを思うとやりきれない。
大人の都合で、この子を傷つけ振りまわしているのだから。
「お父様は冷たいけれど、ルイがいてくれるから。ルイがいっしょにいてくれるから、大丈夫だったよ」
彼は顔を上げ、健気なことを言ってくれる。
それにしても、彼が「お父様は冷たい」と思っているところが苦笑してしまう。