なんですって、ブルーノが?
「正直なところ、そのお申し出は大いに助かります。それと、先程も申し上げましたが公爵閣下が離縁されたいと仰られるのでしたら、わたしは仰せの通りにいたします」
ブルーノのことは告げたい。
だけど、わたしの気持ちも伝えておいた方がいい。
だから、率直に伝えた。
「いいのか、それで?」
すると、公爵は意外そうな表情になった。そんな気がする。髭面だから目の表情しかわからない。その目の表情が、そんな感じかなと思った。
それと、声の感じもそんな気がした。
「ええ、まぁそうですね。わたしとしては、そうです。そうするしかありませんので。それよりも、気にかかることがあるんです」
「気にかかること?」
彼が近づいてきた。
これまで、近づいてきたことなどなかったのに。
それこそ、剣の間合いの中に入ってきたことなど一度もなかった。
(うわっ、でか)
彼の巨体とむさ苦しさに、あらためて圧倒されてしまった。
「気にかかることとはいったいなんだ?」
公爵ったらいったいどうしたのかしら?
わたしとまともに会話をかわすなんて、正直驚きだわ。
「ブルーノのことです」
彼を見上げ、率直に伝えた。
「ブルーノ……。そうか、ブルーノのことか」
彼の声のトーンがかわった。
失望?残念?よくわからないけれど、あきらかに自分の思うような答えじゃなかったというような声の感じがした。
「ええ、ブルーノのことです。彼は口に出しては言いませんが、寂しいのだと思います。その彼を残して行くことをかんがえると、気になって仕方がないのです」
公爵は、わたしを見下ろしたままなんのアクションも起こさない。その髭面の下は、どういう表情なのだろう。
「そうか、ブルーノが寂しがっているのか……」
「まだ七歳のわりにはしっかりしています。頭もよく思いやりがあって、公爵家嗣子として立派に成長しています。ですが、やはりまだ七歳です。お母様はいらっしゃらず、お父様は戦争や他のことで飛び回ってらっしゃいます。わたしが相手をしたところで、その寂しさを埋めることは到底出来ません」
公爵は、髭面を左右に振った。
「ブルーノを連れて行ってほしい」
「はい? なんとおっしゃいましたか?」
「ブルーノを連れて行ってほしいと言ったんだ」
「いえ、そういう意味で尋ねたのではありません」
公爵ったら、今日はいったいどうしたの?
いろんな意味でおかしすぎるわ。
「ブルーノを連れて行ってほしいって、どうしてですか?」
彼は、あからさまに溜息をついた。それから、周囲を見まわした。
何か言いにくいことでもあるのかしら。
「ブルーノは、よく懐いているときいている」
「まぁ、わたしの精神年齢が近いと思って付き合いやすいのかもしれませんね」
「そうだな」
冗談を言ったつもりなのに、真剣な表情で肯定されてしまった。
思いっきり拳を繰り出し、そのむさ苦しい髭面をぶっとばしたくなったのを必死でこらえなければならなかった。
「ありがとう」
「へ?」
お礼?いま、お礼を言った?
天変地異でも起こるんじゃない?
「おれには育てることが難しい。どう接していいのかわからない」
「そうですね」
さっきのお返しにソッコーで肯定してあげた。
「って、だからわたしが育てるのですか? あなたに離縁されたら、わたしはなんの関係もなくなるのですよ。わたしが産んだ子ならともかく……」
「国王の血をひいているんだ」
「はあ?」
かぎりなく小さな声でかぶせられ、その意味がすぐには理解出来なかった。
「国王の血、ですって?」
どういうこと?
彼が説明してくれた。
とはいえ、ほんとうにかいつまんでだけど。