「離縁する」ですって?
庭園といっても、本格的なものではない。
レンガで仕切った花壇が幾つかあるだけである。
なにせセプルベタ公爵家の敷地は広大すぎる。その敷地内のいたるところに、何十種類ものきれいな花が自生している。
わざわざ庭園なんてつくる必要などない。
それでも、この辺りでは自生しない花はある。そんなバラやミモザといった花を、花壇で育てている。
公爵は、バラの花壇の前にいた。
両膝を折ってなにやらしている。上半身を前屈みにしたその姿勢は、まさしく小山みたい。
彼のこういう姿を見るたび、意外に思う。
ごつい体に髭だらけの強面は、とうてい花とは結び付けようもない。
驚かせるつもりはまったくない。だけど、ついついこっそり近づいてしまう。
小山のような背中に声をかけにくい。声をかけることがはばかられる雰囲気が背中から滲み出ている。
「なんだ?」
さすがは王国一の剣士と謳われているだけのことはあるわね。
こっそり近寄っても、いつも気配を悟られてしまう。
「あ、いえ、公爵。申し訳ございません。話をしたくて……」
彼の手許をのぞきこみたい。
バラに何をしているのか見てみたい。
ただの好奇心ね。
「ブルーノは?」
公爵が尋ねてきたけど、別居しているわたしが知るわけないわよね?それとも、別居していながら知っていなくちゃならないわけ?
そう尋ね返したくなった。
当然、尋ね返すわけはないけれど。
「兄と勉強中です」
そのかわり、事実を伝えた。
「ダミアンは、優秀な参謀だ。ブラスは、優秀な相談役だ」
公爵は、こちらに背を向けたままわたしの家族を褒めはじめた。
「はぁ……」
そうとしか反応しようもない。
だって、そうでしょう?
一応妻であるわたしより、お父様やお兄様とすごしている時間がずっとずっとずっとずっと長いということはわかっている。それだけずっといっしょにいるんですもの。お父様とお兄様の良さがわかって当然よ。わからないとすれば、それは公爵の目が節穴ってわけ。
だけど、おなじ場所にたとえ数分しかいっしょにいない仮の妻でも、せめて目を見て「元気だったか?」とか「留守を守ってくれてありがとう」とか、何か言えるはずでしょう?
って、言えないわよね。
変人で不愛想で不作法だから。
「おれにとっては、彼らの存在だけが救いだ」
はあ、そうですか。
ブルーノのことやこれから先のことについて話をしたいと意気込んでやって来たものの、気持ちがあっという間に萎えてしまった。
あまりにもお話にならなさすぎる。こんなのが相手だったら会話することすら億劫になる。
心の中で腐っていると、彼が急に立ち上がった。
「静寂満ちる庭園」って小説に出てくる表現がぴったりなほど静かだから、彼の膝関節の「ギシギシ」音がきこえてきた。
ずっと年上ですものね。関節の一つや二つ、なってもおかしくないわよね。
妙に納得していると、彼がこちらを振り向いた。
「離縁する」
彼は、すっきりさっぱりきっぱり宣言した。
「離縁する? それはまぁいいですけど、いきなりどうしてでしょうか?」
「他に土地を準備する。セプルベタ公爵家とは直接関係のない土地だ。しばらくは生活出来るだけの資金も渡す。ブラスとダミアンと早急に移るんだ」
離縁の理由を尋ねているのに、はぐらかされてしまった。
もっとも、わたしたち家族の今後の生活のことも気にはなるんだけど。
彼から契約結婚を持ちかけられた条件に、無償で土地を提供してもらってその他もろもろ援助してもらう、ということがあった。
だから、離縁されてもなおしばらくの間の生活を保障してくれるのなら、それはそれでありがたすぎる。
だけど、問題はそれだけではない。
ブルーノである。
彼は、いったいどうなるわけ?