誓い
「お父様、どうかされたんですか?」
なにやら考え込んでいるお父様に尋ねると、彼はハッとしたようにわたしを、それからブルーノを見た。
「そうだな。もしかすると、敵軍がこの辺境の地まで追いかけてくるかもしれない。まぁ、そこは公爵が考えるだろう。彼は、もうこの国に未練はないだろうし」
「亡命、ってこと?」
再度、ブルーノと顔を見合わせた。
だったら?わたしもいっしょに行くことになるのかしら。
わたしたちは、あくまでも偽装結婚。こんな状況になってしまった以上、公爵にとってわたしは足手まといになる。
離縁される、なんて可能性あるかもしれないわね。
公爵がこの国に未練がないとしたら、わたしなんてさらに未練がないでしょうから。
だけど、ブルーノと別れるのはつらいわ。
「お父様。もしも王都が陥落したら、あの勘違い野郎は、失礼、わたしを婚約破棄したレイナルドはどうなるのかしら」
「幽閉か斬首だろうな」
「まぁっ、お気の毒」
そんなこと、ちっとも思っていないけど一応言っておいた。
レイナルドは、馬にあんなことしただけでなく素行が悪すぎる。
彼の命だけでも助かるよう、神に祈ることすら正直したくない。
わたしってば冷たくって残酷な女よね。
「ブルーノ、そんな顔をしないで。なんとかなるわ」
心配げな表情でわたしを見つめている彼の頭を撫でながら励ました。
「馬たちに夜の飼い葉をあげてくるわ。ブルーノ、手伝ってちょうだい」
「は、はい」
「おれも行くよ」
「お兄様はいいわよ。疲れているでしょうから」
「じゃあ、夕飯の支度をしよう。ベーコンはあるかい?」
「屋敷の料理長からブロックでわけてもらったの。野菜類もあるわ。パンもわけてもらっているの。お父様とお兄様が帰って来るから、料理長が気を利かせてくれたの」
お兄様の煮込み料理は最高なのよね。
ブルーノを促し、小屋を出た。
お父様とお兄様の馬は、疲れきっている。飼い葉をやり、声をかけ、特製のブラシで馬体をブラッシングした。ゴム製のブラシは、毛に付着した泥などの汚れを落とすとともにマッサージにもなる。いつも以上に丹念に行った。
その間、ブルーノが他の馬たちに飼い葉をやり、藁束を移動してくれた。
彼と会話を交わすこともなく、それぞれやることを行った。
すべてが終わって馬小屋を出ようとしたところで、うしろからついて来ているブルーノが声をかけてきた。
「これからどうなるのかな?」
「ごめんなさい。いまのところはわからないわ」
振り返り、彼の前に立って正直に答えた。
すこし前までは、両膝を折って目線を合わせていた。だけど、いまはそれをすると彼の目線の方がずっと高くなってしまう。
子どもの成長ってはやいわよね。つくづく実感する。
背が高くないわたしなど、あっという間に追い越されてしまう。
「あなたのお父様も、まだどうするか決めかねているのかもしれないわ。きっと、あなたにとってよりよき道を考えてくれる。だから、いまは待ちましょう」
彼の肩に手を置いた。
肩もがっしりしてきている。
剣や槍の稽古だけでなく、ここで馬の世話や農作業の手伝いをしてくれている。だから、おのずと体が鍛えられているのね。
「ルイ、いっしょにいてくれるよね?なにがあっても、いっしょにいてくれるよね?だって、お母様でしょ?」
彼がわたしを見上げ、訴えてきた。
ギュッと胸がしめつけられた。
訴える彼の必死の形相を見た瞬間、体が勝手に動いていた。
両膝を折り、彼を力いっぱい抱きしめていたのである。
「ええ、そうね。あなたとずっといられるよう、最大限の努力をするわ」
いまのわたしには、そう伝えることしか出来ない。
約束や断言をすることは出来ない。
彼を胸に抱き、彼を守らなければ。寂しい思いをさせてはならない。
具体的にしなければならないこととか、出来ることがあるのかはわからない。だけど、せめて彼の側についているだけで、寄り添うだけでもいい。
どうせわたしには、そんなこと位しか出来ないでしょうから。
それには、まず公爵と話し合う必要がある。
いいえ。戦う必要がある。
そう心に誓った。