知らない間に婚約破棄された
「ルイ・スルバラン伯爵令嬢、いつも馬の臭いを漂わせているきみは、王太子になるぼくにはそぐわない。よって、この場で婚約を破棄する。父親のスルバラン伯爵同様、王宮への出入りを禁止する。ああ、心配はいらない。ちゃんと次の婚約者はいるからな。さあ、ラメラ。ラメラ・メドラノ公爵令嬢、こちらにおいで。家格といい品位といい、ラメラこそがふさわしい。それに、馬の臭いはしないからな」
レイナルド・テラン王子は、たしかにそう言ったらしい。
だけど、それは後から聞いた話である。
それはともかく、そのときには口惜しくて口惜しくてたまらなかった。公の場では、どんなことがあっても涙を見せまいとがんばっている。だけど、このときには心が折れてしまっていた。
わたしに向かって何か言っているレイナルドの言葉はまったく耳に入らない。
ついに目に涙があふれ、ポロリと落ちた。一滴落ちると、もう止める術はない。つぎからつぎへと涙が頬を伝い、乗馬服を濡らす。
周囲がざわめいているとしても、いまのわたしの耳には一切入ってこない。
言ってやりたいことはたくさんある。これまで我慢してきたことを、並べ立ててやりたい。
だけど、相手は王子。いくら幼馴染でも、乳母子でも、たかだか馬の面倒をみるのが務めの伯爵の娘であるわたしに言えるわけもない。
「ルイ、さあ行こう。ここは、わたしたちのいるべき場所ではない」
「そうだよ、ルイ。こんなところ、こっちから出て行ってやる」
お父様とお兄様が、左右からわたしの肩を抱いてくれた。
お父様とお兄様に連れられてその場を去るとき、集まっている貴族たちは大歓声を上げていた。
だけど、可愛い馬たちを足蹴にされて口惜しいわたしには、何一つ耳に入ってこなかった。