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99話

 薬の調合が終わり、出来た薬をルーに飲ませた。それから数十分ほど様子を見ていると、青白かった顔色に血色が戻って来るのを確認して小さくため息を付く。


「ふぅ………」

「流石の効き目だな」

「まぁ、効いてくれないと困るさ。何だかんだといって、君も随分と面倒見が良いじゃないか」

「………さてな」


 肩をすくめてぶっきらぼうに言い放つけど、ルーの顔色を見てホッとした表情をしていたのを見ていた。やっぱり、仕事人に徹していても彼の本質が優しい人間である事に間違いないんだろう。

 ルーの様態が安定するのを見て、少女も安心したように大きなため息を付いてその手を握る。


「………ルーはもう大丈夫なんですか?」

「あぁ、心配ないと思うよ。一応、意識が戻るまでは様子を見ていた方が良いけどね」


 僕がそう言って男を見ると、男はやれやれと言わんばかりに首を振った。


「好きにしろ。ベッドが埋まることなど早々ないだろうしな。ただし、その子供の容態が安定するまでだぞ」

「助かるよ」


 ここで彼の意識が戻るまで、と言わないあたり僕が思った通りだ。そうしてルーの手を握っている赤い短髪の少女を再び見る。鎧を着ているという事は、恐らくは戦いを生業にしている………装備を見る限りは騎士と言う風には見えないし、多分冒険者なんだろう。

 少女に対し、ルーは黒髪で先ほど確認した限り瞳の色も違う。少なくとも、血のつながりがある姉弟と言う訳ではなさそうだ。とは言え、その辺りの詮索をする必要はないけれどね。


「………一応今後のために警告をすると、飲み水は一度熱した方が良いよ。安全が保障されている水を飲むのが一番良いんだけど、それが難しいならね」

「………分かりました」

「さて………君も突然悪かったね」

「いや、構わん。手間が省けたからな。それよりも、お前は錬金術師だったのか」


 男が意外そうに言う。あぁ、この街じゃ錬金術師は定住していないとルイが言っていたね。


「まぁね。一応、医術も学んではいるんだけど」

「だろうな………旅行者か?」

「そんなところかな」


 そう答えながら僕は道具を片付けていく。一応、もしもを考えて薬品は色々持ってきていたんだけど、まさか負水症の治療薬を作ることになるとは思っていなかった。こういう時、錬金術はとても便利だ。本来時間が掛かる作業も、殆どを省いて短時間で完成させることが出来るからね。

 まぁ、魔法薬の錬成はそれなりに繊細で技術や知識が必要だから、口で言うよりもずっと難しいのだけど。


「ふむ………しかし、何故お前ほどの錬金術師がこの街に?薬を作るときの迷いのなさや手際を見るに、かなり熟練していると思ったが」

「これでも、錬金術師としての腕は一国に認められたことがあるくらいだからね」

「………なるほど。お前が噂の」

「噂?」


 合点が行ったように呟く男に僕が振り返って聞き返す。すると、男は未だに眠り続けているルーとその手を握る少女を見て、部屋の外を指差す。


「ここではなんだ。場所を変えるぞ」

「あぁ………そうだね」


 男に促され、僕らは部屋の外に出る。そのまま扉を閉め、廊下の壁に寄りかかった男は口を開いた。


「この街には各国から商人が出入りする。無論、その過程で様々な噂話が出回るんだ。その中の一つに………『権能』の話があったな」

「へぇ………」

「とぼけなくて良い。白い髪で容姿の整った白いコートを着た青年………尚且つお前ほどの錬金術の腕を見て、もしやと思っていたんだ」

「まぁ………隠す事でもないけれど。ここまで噂が流れてるとは思わなかったよ」

「『権能』という存在が噂にならない方がおかしいだろう。まさか、私が実際に会うことになるとは思っていなかったがな」


 そう言いながら困ったように首を振る男。そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。折角なんだし、聞いておいても良いだろう。


「そう言えば、まだ名乗っていなかったね。僕はシオン。君の言う通り、『権能』の名を受け継いだ錬金術師だよ」

「私はシアと言う。ただの医者だ」


 簡単に自己紹介をして握手を交わす。そういえば、僕が転生してから医者に直接会うのは初めてな気がする。


「よろしく頼むよ」

「あぁ………ただ、お前が『権能』だと言う事は出来る限り隠しておいた方が良いぞ。ここの人間は金の匂いに敏感だからな」

「忠告感謝するよ………ちなみに、彼女達みたいな人間はここじゃ珍しくないのかい?」

「………そうだな。この街がどんな場所かは知っているだろう?」

「まぁ、ね」


 複雑そうに話すシア。今までも、そうした人間が彼を訪ねて来たことがあったんだろう。その度にこんな顔をしているのだとしたら、彼も中々に生きづらそうな生活をしていると思う。


「さて、場所を貸してくれて助かったよ。お礼と言っては何だけど………」

「………これは?」


 僕はバッグから一本の瓶を取り出す。僕はあまり持っている必要がないのだけど、彼のような人間は持っていた方が良いだろう。


「魔法薬の元………と言うべきかな。少量混ぜるだけで、普通の薬品を魔法薬と同じ効果を持たせることが出来るんだ」

「なに?」

「錬金術によって錬成された魔法薬を体質的に受け付けない人間も極稀とはいえ存在するからね。そういう人のために作っておいたんだけど………さっきも言った通り極稀だし、一応まだ予備があるから良ければ受け取ってくれないかな。僕よりも君が持っておくべきだと思うんだけど」

「ふむ………くれると言うのなら遠慮はしないが。使用上の注意は?」

「混ぜる時は小さじ一杯程度で大丈夫だ。まぁ、少し多く入れてしまったからといって問題はないから慎重になる必要はないかな。一応僕も検証はしているから、既存の薬品に使う分には気を付けることは無いよ」

「そうか」


 そう言いながら瓶を受け取るシア。それなりに量はあるから、しばらくは持つはずだ。それを渡した後、僕は外を見た。


「さて、僕はそろそろ帰るよ。明日には一応様子を見に来てみるけど、構わないかな」

「構わん。それではな」

「あぁ、またね」


 簡単な別れの挨拶をして、僕は病院から出る。外ではロッカ。そしてステラとフラウが待っていた。


「おや。もしかして、ずっと待っていたのかい?」

「えぇ。あの子は大丈夫?」

「勿論だよ。一応、明日また見に来ようと思っているけどね」

「そっか………お疲れ様」

「………お疲れ様」

「あはは。ありがとうね」


 二人が笑顔で労わってくれるのが嬉しかったけど、まさかずっとここで待っているとは思っていなかった。ロッカがいるから大丈夫だろうけど、退屈だったんじゃないかな。


「シエルとマリンは?」

「どこかで昼食を食べてくるって」

「なるほどね………」


 君達も一緒に行って良かったんだよ。そう言おうと思ったけど、僕は自由にしていて良いと言っていた。そのうえで待ってくれていたんだから、それを言うのは野暮なんだろう。


「じゃあ、僕達もどこかで昼食を食べようか」

「………うん」











 僕達はその後近くにあった食堂に入って昼食を食べて宿に帰る。そして、今日街を歩いていて一つ思いついたことがあった。僕が遺跡に行く間、二人をマリンに預ければいいんじゃないかと思ったんだ。

 勿論、彼女が今はシエルの付き添いをやっていることは重々承知だけど、宿にいる間に何かあった時は彼女たちの事を任せることくらいなら引き受けてくれるだろう。宿に帰った僕は、ステラとフラウにそのことを話した。思えば、二人にはまだ遺跡に連れて行く事が出来ないことを説明していなかったからだ。

 その話を聞いたフラウとステラはやはりと言うべきか、最初こそ反対していた。しかし、いくら何でも重要な秘密が隠されているであろう遺跡にある罠を考えると、一度もそういった類に入ったことのない二人を連れて行くのはリスクが高い。


「………」


 まぁ、ステラは渋々ながらも納得してくれていた。しかし、フラウは拗ねたように黙ってしまい、中々うんと言ってくれない。そうして彼女がようやく納得してくれたのは数時間後だった。そして、マリンに二人を頼めるかと聞いてみたけど………そもそも、宿で問題を起こされたら介入するつもりではあったみたいだ。

 本当に希望的観測とはいえ、これ以上あの暗殺者達が襲ってこない可能性だってある。そしたら、自由に街を回っても良いと思うしね。

 取り敢えず、僕が遺跡に行くことは殆ど決まっていた。まぁ、重要な邪神への対抗策が眠っているのだとしたら、神々が既に回収するために動いている可能性もあるけどね。

 マリン達は買い物などは終わってしまい、しばらくは予定がないとのことだから任せても良いと思う。遺跡の調査は少しずつ進めるから、なるべく早く行くべきだ。明日はまずルーの様子を見るために病院を訪ねた後、彼に問題が無ければニルヴァーナで遺跡を回ってみようかな。どこに壁画がある遺跡があるのかは分からないけど、一つ存在しているという事は他にも似たような場所が存在している可能性はある。

 そもそも重要な秘密を一つの場所に纏めておくことの危険性を考えれば、分散させておくのが自然だと思うしね。


「………」

「フラウ。シオンだって意地悪で言ったわけじゃないんだから………」


 納得してくれたとは言え、フラウはあれから拗ねてしまっていたけど。そんなフラウをステラが慰めていた。この光景を見ているとまるで母と娘なんだけど、今言うと本当に怒られてしまいそうだし黙っておく。

 ステラの言う通り、僕だって意地悪で言っていたわけじゃないし、出来る事なら連れて行ってあげたい気持ちだってある。でも、それで取り返しのつかないことになったら後悔してしまうのは分かっていた。少なくとも、研究が進んでいないという遺跡にはそれなりに理由があるはずだからね。


「………無事に帰ってこなかったら、恨むから」

「あぁ、約束するよ」


 目を背けながらも、そんなことを言うフラウを愛らしく思い、ついつい頭を撫でてしまった。しかし、いつもなら怒って手を叩いてくるフラウは無言でそれを受け入れていた。絶対に目は合わせてくれなかったけど。

 そんなフラウに僕とステラは顔を見合わせて苦笑する。約束通り、無事に帰って構ってあげないとしばらくはこのままかな。











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