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98話

 それからしばらく、僕らは色んな店を見て回っていた。しかし、なかなかこれといった物は見つからない。というより、二人が気に入るような服が無かったようだ。

 僕は本を何冊か買ったけど、その他には特にこれといって珍しいものはなかった。まぁ、マジックアイテムに関しては自分で作れるし、今の所生活に不自由がある訳でもない。となれば、後は普段見ないような食材くらいかな。


「………この果実は?何だか凄く極彩色だけど」

「あぁ、メイブンって言うんだ。ただ、見た目に違わずクセが強くてな………」

「ふむ………」


 見たことがない食べ物と言えば、こんなものばかりだった。そういう味が好きな人もいるのだろうけど、僕はこれを食べようとは思えない。寧ろ、初めてこれを見た人は良く食べようと思ったね。

 形は林檎に酷似しているとはいえ、随分と毒々しい色合いなのだけど。それはフラウとステラも思ったようで、フラウは呆れたように、ステラは苦笑しながらほとんど売れていないに等しいその実を見ていた。


「一つ買ってみるかい?」

「いや………遠慮しておくよ」

「はは、賢明だな」


 分かっていたように笑う男。なら何故差し出したのだろうかとも思ったけど、その面白そうな表情を見るに予想通りの反応を見たかっただけなんだろう。

 良い性格をしているね………そう言おうとした時、背後から声を掛けられた。


「あら、あなた達も買い物?」

「ん?」


 聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはマリンとシエルが立っていた。小さな袋を持っているから、彼女達も買い物をしていたのだろう。


「あぁ、偶然………と言うほどでもないのかな」

「そうね。この街で買い物をするなら、ここが一番手っ取り早いもの」


 それはそうだ。そんな軽いやり取りをすると、店主が冷やかすように笑った。


「おーおー。随分と別嬪さんの知り合いが多いねぇ」

「そうかもね」


 からかっているのはすぐに分かったから、特に返答に詰まらないまま返す。それに、あながち間違いでもないしね。これでフォレニア王国の王族とも縁があると言えば寧ろからかい返せるだろうけど………信じてくれそうにないし、そもそも言いふらすような事じゃないから勿論黙っておく。


「羨ましいねぇ………あぁ、そうだ。こっちの果物はどうだ?」

「ん?」

「これは人気でなぁ。さっき仕入れて、明日の分に取っていたんだが………折角だ。買うって言うなら売ってやるよ」


 そう言って大きな箱から店主が取り出したのは、見たことのない果物。青色の梨………という感じかな。とは言えキツめの青と言う訳でもなく、ブルーベリーなどと同程度の色合いだった。


「これは?」

「ここでしか栽培できない貴重な果実さ。仕入れるのも本来難しいんだが………その分味は保証する。どうだ?」

「そうだね………ならそれを――――」


 僕がその果実を三つほど買えるかと聞こうと思った時、街道の少し先で何やら騒いでいるのが聞こえて来た。何事かと思って僕らはそちらを見ると、少し先にある建物の入り口で二人の男女が言い合いになっていた。

 男の方は医者のような白衣を………いや、多分医者なのだろう。叫ぶように何かを訴えている革の鎧を着た赤髪の少女に対し、困ったようにため息を付く。

 一見すれば叫ぶ元気がある少女に手当の類は必要ないように思えたけど、代わりに少女の手にはまだ十代にも満たないであろう、ボロボロの服を着た男の子が抱えられていた。

 ぐったりとしながら、青白く染まった顔は誰が見ても危機的な状況であることは明らかだったけど、医者は目の前で喚く少女に首を振る。


「何度も言ってるだろう。治療をする以上、私には正当な対価を受け取る権利がある。その程度の対価で治療を行うことは出来ん」

「お願いします………!足りない分は働いて返しますから………!」

「君に頼めるような事はない。頼むから帰ってくれ」

「そんな………!まだ子供なんですよ!?こんな小さな子供が苦しんでるのに、何もしないって言うんですか!?」

「………それが仕事というものだからな」


 そんなやり取りが聞こえてくるけど、それだけで何が原因で揉めているのかは理解できた。恐らくは何らかの病気を患ってしまった子供を抱えて医者の下を訪ねたけど、医療に掛かるだけのお金を持っていなかったんだろう。

 前にも話した通り、医療とは貴重な技術だ。割合を見るとそれは前世でも変わらないのだけど、この世界では更に顕著になる。そして、医療に必要な器具や薬品の類も量産できるようなものじゃない。

 無論、医療費はかなり高い。誰でも治療を受けれるわけじゃないと言うのはそれだけでも分かるだろう。とは言え、知ってしまったからには黙っている訳にもいかないのだけど。


「あら、行くの?」

「見てしまった以上、見殺しにするなんて出来るわけがないだろう?」

「ふぅん………」


 マリンが僕に尋ねるけど、恐らく僕が行くことは分かっていたんだろう。適当な返事をしつつ、特に意外そうな様子ではなかった。勿論、フラウとステラは付き合いが長いだけあって言わずもがなだろう。

 救える命があるのなら救いたいと言うのは前にも話した通りだ。それに、子供は守られるべき存在だからね。

 徐々に野次馬も集まり出している中、僕とロッカは二人の方に近付いていく。それに気付いた医者が僕の方を見た。


「患者か?それとも彼女の説得を手伝ってくれるのか?」

「どちらでもないよ。ただ、その子を治療しないのであれば僕が請け負おうと思ってね」

「え!?」

「………なに?君も医者なのか?」

「そんなところだよ。取り敢えず、文句はないかな?」


 僕が問うと、二人は頷く。まぁ、断られるとは思っていなかったけど、もしもがあったらどうしようかとも思っていた。


「私は構わないが。ただ、この子を助けた所で殆ど対価はないぞ」

「お願いします!ルーを助けてください!」

「あぁ、任せて。取り敢えず、ここでは治療も何もない………そうだね。人の少ない所に行かないと」


 いくら何でも外で治療は出来ないけど、だからといって僕の泊っている宿で行うわけにもいかない。となれば出来るだけ人がいない場所………そう考えた時、医者の男が口を開いた。


「場所だけなら貸してやろう。幸い、ベッドにはまだ空きがある。ただし、医療道具や薬品は一切提供しないぞ」

「助かるよ」

「………全く、厄介な患者が来たものだ」


 そう言いながら病院の中へ入っていく男。まぁ、彼もただ見殺しにしたかった訳ではないのだろう。けど、無償で提供できるほど医療は安いものではない。でなければ、そもそも場所を貸すことだってしなかったはずだし。


「中に入ろう。空いてるベッドに寝かせておいてくれ。僕は医療道具を用意してから行くよ」

「本当にありがとうございます………!」


 そう言って中へと入っていく少女。僕がロッカの方を見ると、ロッカは腹部を開けて中から大きなバッグを取り出して僕に差し出す。


「ありがとう。君はここで待っててくれるかな」

「!」


 ロッカが頷く。そして、ロッカの後ろにいたフラウ達にも声を掛ける。


「しばらくかかると思うから、申し訳ないけど後は自由にしておいてくれ。ただ、出来ればマリンからは離れないようにね」

「………分かった」

「えぇ………頑張って」

「あぁ、任せて」


 僕もバッグを持って中へと入る。そのまま廊下を歩いていると、一つの部屋の前で先ほどの少女が立っていた。


「先生!こちらです!」

「今行くよ」


 少し小走りになって部屋へと入る。その中の一つのベッドに先ほどの少年が寝かされていた。何だかんだと言いながら、先ほどの医者もいる。


「………勝手に医療道具を使われたら堪らんからな」

「まぁ、見る分には構わないけどね………さて、診断から始めようか」


 とは言ってみたものの、症状と言うのは口で説明されない限りは知ることが出来ない。どこに異変があって、どういう症状があるのか。取り敢えず首と額に触れて熱を測る。

 おおよそだけど、四十度近く。正確には分からないけど間違いなく高熱だ。となれば、後はこの子を知る者に聞くしかない。


「ここ最近、彼が何か異変を訴えたことは?」

「その………一週間ほど前から腹痛や嘔吐、頭痛を感じる事があったみたいです。でも、数十分前くらいに仕事に出ようとした時に急に苦しみ出して………」

「………症状が悪化してからこの状態になるまで、そんなに短かったのかい?」

「はい………倒れた彼を呼んでも、既に意識がありませんでした」


 ふむ。となれば、ある程度は絞られてくるかな。それでもまだ多いけど。僕は少年………ルーと言っていたかな。彼の身なりを見る。ボロボロの服で、やや瘦せ細った体。ここまで連れて来た少女は冒険者なのだろうけど、その皮の鎧も随分と使い古されている。

 こう言っては何だけど、彼らの生活環境も何となく察する。その上で、最も感染リスクが高いものと言えば………


「食中毒の類ではないか?」

「だろうね。ここまで症状の悪化が激しいなら、どんな菌に感染したかも絞られてくるけど」

「………恐らくは負水菌だろう。メディビアでは感染例が多い」

「なるほどね」


 負水菌………から発症した症状を負水症と言うのだけど、その名の通り水を介して感染する病気だ。飲み水に適していない………つまりは汚染された水を飲むことで体内に入り込んで発症する。加熱処理や簡単な魔法で駆除できるから、ある程度発展した国であれば発症例は少ない。

 しかし、こう言った貧困した生活を送っている者は途端に発症リスクが高まってしまう病気だ。


「初期症状が出た段階で治療出来ていれば、そこまで危険な病気でもなかったんだけどね………」

「ルーは助からないんですか………?」

「いや、助けるよ。調合用の素材や道具は持ってきているし、治療薬は作れる」


 僕は持ってきていたバッグの中身を空け、取り出した道具を近くにあったテーブルの上に並べていく。


「ここ、借りるよ」

「それくらいなら構わん」

「すまないね」


 そうして道具を並び終えた僕は、幾つかの薬草などを取り出していく。錬金術はマジックアイテムを作るほかに、薬の調合を行うこともある。普通に調合した薬品も効かないことは無いけど、魔法薬と分類される錬金術によって製造された薬の方が効果が大きいからだ。

 勿論、僕の本分は錬金術。薬品を作るくらいなら訳が無い。医者の男は道具を見て僕が錬金術師であることに気付いたようだけど、作業の邪魔になると思ったのか何も言わなかった。

 そうして準備が整った後、僕は薬の調合を始めていった。












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