97話
「へぇ………それはまた。なかなか興味深いことになってるんだね」
そう言いながら顎に手を沿えるルイ。運ばれてきていた食事を食べながらも僕らは今までの事を聞かれ、話していた。星命樹の件で協力してくれることが決まったのなら、きっと邪神やその眷属のことを知らされるのも時間の問題だと思えたしね。星命樹の事は僕の独断で話していいか分からないから黙っていたけど、邪神の事は隠す理由が無いから正直に話しても問題はないはずだ。
信じてくれるかは、彼ら次第だったけどね。
「おや、信じるんだね」
「勿論だよ。神の存在はこの砂漠に眠ってる遺跡が証明しているからね。邪神の存在は初めて知ったけど………もしかして、あの遺跡に描かれていた壁画はそういうことだったのかも」
「………壁画?」
何かを思い出しながら呟いたルイの言葉を聞き逃さなかった。邪神戦争の事について残された記録は数少ない。それこそ、邪神と言う存在そのものが闇に葬られた者だからだ。人は禁忌であろうと、未知に対してどうしようもない知識欲を向けてしまう事があるからだ。それは人の性とも言える。
禁忌と言う制約で封じられようとも、それを破ってしまう人間が今まで幾度となく災厄を齎してきた。だからこそ、人の目につかぬように記録そのものを封じた。
「あぁ。僕が一度だけ足を運んだ遺跡には、大きな壁画があったんだ。どれも抽象的で、どの文献にも参考資料と合致しないような物ばかりだったから推測するのは難しかったんだけど………多分、あれは古の戦いを描いたものだったと思うんだ」
「………なるほどね」
確かに、封じられた記録ならどの文献にも参考資料はないだろう。それに、ただの壁画から全ての情報を推測するのは困難だ。だからこそ、そういう形で記録を残していたんだろう。
でも、その遺跡は本当にただ記録を残すためだけのものなんだろうか。僕が持っていた本には、断片的な情報しか載せられていない。ただ、それがあったという事実のみを纏めた本だからね。
壁画に描かれているものに、彼らに対する対抗策のヒントが無いのか。そして、その戦争を記録している遺跡には、本当に記録だけしか眠っていないのか。本当なら遺跡の事は諦めようと思っていたんだけど………どうにかして、時間を作らないといけないみたいだ。
まぁ………そのためには、やっぱり問題の解決をしないといけないけどね。
「さて、僕らはそろそろ仕事があるからここで失礼するよ。予定よりずいぶん長く話していたしね」
「あぁ、気を付けて」
「君達もね」
そう言って二人は立ち上がり、そのまま食堂から出て行く。それを見送って、僕はフラウとステラに声を掛けた。
「僕らも行こうか。色々見てみたいものがあるからね」
「うん、そうね」
「………うん」
僕らも席から立ち、食堂の外へと向かう。そうして宿から出ると、一番に目に飛び込んできたのが………
「すげー!次は僕も乗せて!」
「俺も俺も!!」
「次は俺だぞ!」
ロッカが子供たちに囲まれている光景だった。その大きな手のひらに子供を乗せて、自分の胸の高さくらいまで持ち上げていた。限界まで持ち上げないのは、誤って落ちてしまった時のリスクが高いからだろうね。
「やぁ、ロッカ。おはよう」
「!」
ロッカが空いている手で小さく手を振る。すると、それに気付いた子供たちが僕の方を見る。
「こんにちは!このゴーレムお兄ちゃんのなの!?」
「こんにちは。そうだね、僕が主だ。もうロッカと仲良くなったみたいだね」
「うん!」
元気に返事をする子供達。ロッカも小さく頷いた。昨日の話は聞いていたけど、本当に懐かれているみたいだ。周りの大人たちも微笑ましそうに子供たちを見守っていたし、特に事故もなさそうで良かった。
すると、近くで子供たちを見守っていた女性が僕らに近付いてくる。恐らく誰かの母親なんだろう。
「おはようございます。朝からすみません、うちの息子が随分とこのゴーレムを気に入ったそうで………」
「いや、構わないよ。寧ろ、危険だと思われなかっただけ良い事だよ。彼も喜んでいるみたいだしね」
「彼と言うのはこのゴーレムでしょうか?」
「そうだね。信じるかどうかは任せるけど、彼には意思があるんだ」
そう話しながらも、ロッカは子供達を順番に手に乗せて持ち上げていく。こういうことは普段したことがないはずだけど、随分と子供の扱いが手馴れているようだ。知識としてならある程度知っていたという事かな。
まぁ、危険な遊びをしてないのなら一安心だ。彼ならやろうと思えば子供達を一斉に持ち上げられるけど、順番にしてるのも安全の為だろうしね
「そうだったんですね………やっぱり、普通のゴーレムより賢いと思ったんです」
「そう言って貰えると、彼を作った身としては嬉しい限りだね」
ロッカは深くまで観察せずとも、少し関わればその身に意思が宿っているのは誰もが感じる事だと思う。だからこそ、僕がこういう話をしてもすぐに信じてくれたんだろうね。
「ロッカ。僕らはこれから街を見て回ろうと思ってるけど、君はどうする?」
「!」
ロッカはしばらく悩むような仕草をしたが、ゆっくりと手に乗せていた子供を降ろした。そして、バッチリといつものサインを決める。
その意図を子供達も察したのだろう。残念がるかとも思ったけど、素直に笑顔を浮かべてロッカに手を振った。
「また遊んでね!」
「またねー!」
「!」
ロッカも小さく手を振りながら子供達に頷く。そうして子供たちと別れた僕らは歩き出した。
「………ロッカ、楽しかった?」
「!」
「………そう。良かった」
大きく頷くロッカにそう言って微笑むフラウ。すると、ロッカが何かいいことを思いついたと言わんばかりに自分の肩を指差した。
「………ううん。私は良いよ。子供じゃないから」
ロッカの意図が分かったのだろう。首を振って最後の言葉を強調する。そんな意地っ張りな態度にほんの少しだけ笑みがこぼれてしまうが、それに対して抗議するように軽く睨まれる。これは僕が悪いのか疑問だけど。
そんなやり取りを微笑ましそうに見ていたステラが口を開く。
「見たいものがあるって言ってたけど、どこに行くの?」
「いくつか商店を巡ろうと思っていてね。ここは商いの街だから、珍しいものがあるかもしれないし」
「珍しい物………研究に使える物とか?」
「………どうだろうね?」
流石に何を売っているかは見てみないと分からない。だからこそ気になっている訳だしね。もし欲しいようなものが無くても、それはそれで一つの経験になると思うし。
「………ここの商人は危ないって言ってなかった」
「それは少し語弊があるかな。危ないのは僕達を合法的に騙そうとする商人であって、まともに商いをしている商人だって沢山いるんだ。物品の取引で人を騙すのは難しいから、ただ商品を買うだけならそこまで警戒する必要はないよ」
確かに気を付けるべき相手がいるのも事実だけど、だからといってここはスラムじゃない。取引する物品に制限がなかったりするのは事実だけど、本来違法となり得る取引は当然この街の住民からも厳しい目を向けられてしまう。
評判と言うのは商売においては無視できないものだから、そんな取引を行うような商人は寧ろ少ないだろうね。ただ、その少数が目立つ行動をするから悪い印象が広まってしまうのだけど。
「………そんなものなんだ」
「そういうものさ。でも、気を付けておくのは悪い事じゃない。取り敢えず………そうだね。良い仕事ある、みたいな誘い文句は絶対に乗ってはいけないよ」
「………分かってる」
呆れたように言うフラウ。流石にこれはあからさま過ぎたかな。まぁ、前にも言ったけどフラウはあまりその点では心配していない。まぁ、ステラも独断でそんな事をするとは思えないけどね。
自分が地上でどんな存在なのかは十分知っているはずだしね。まぁ、だからそっちに関しては問題ないと思う。取り敢えず、見てみればわかると思うしね。
そんな風に話しながらしばらく僕たちが歩いていると、様々な商店が立ち並ぶ場所に着いた。この街に拠点を構えている商会が多くあるようで、簡易的な店などではなく立派な建物が並んでいる。いくつか興味のある物を上げてみようかな。
まずは服。僕の服は自分の魔法に耐えられるように特殊な加工をしているから、買った服を着るわけにはいかないんだけど、フラウとステラにはそんなものが必要ない。二人共年頃の………まぁ、ステラも実年齢はともかく精神的には年頃の少女なのだから、少しくらいおしゃれをしてもいいんじゃないかなと思っていた。それと、いくつか本を買いたいね。参考資料になるものがあるかもしれないし、なかったとしても手持ち無沙汰よりは随分と違うだろう。
後は僕の研究で使えそうな素材とかがあったら嬉しいくらいかな。これに関してはほとんど期待してないし、ついでという感じだけどね。
街の中心にある宮殿。そこでは四人の人間が大きな机を囲んで話し合っていた。しかし、煌びやかな部屋には似つかわしくない険悪な空気が場を包んでいる。
「私は反対ですね。リスクが大きすぎます」
「俺も反対だ。化け物どもの話は入ってきてるが、俺達には荷が重すぎる」
「何を言ってるのよ。だからこそやるんでしょう?ここで星命樹を救えば、私達は英雄よ?」
「………無理を言っているのは分かる。しかし、この街が栄えたのは実りの樹があってこそ。その危機を、ただ黙って見ていることは出来ないのだ」
そう重々しく話すのは、メディビアの国王であるマラーン・メディビアだった。そして、集まった男女はこの国でも大きな権力を持つ三つの商会を率いる者達だった。話し合っている内容は無論、星命樹の事だ。当然ながら、今回の作戦には軍が動く。それだけでなく、莫大な資金や人材が投入されるのだ。
しかし、それでも国力だけでは心許ない。故に国王が三人を招き、協力を仰いでいるのだが………
「だが、あんたが言っただろう。この戦いには星命の子だけじゃなく、『権能』の名を冠する魔法使いが参戦するって。俺達の反対を押し切って戦争に踏み出したのに、手を貸せだと?」
「ロンドの言う通りですね。仮にこの戦争に勝利したとして、私達が得られるものは名誉だけ。星命の子から莫大な謝礼を期待する事も出来ませんし、他国が干渉している訳でもない………つまりは損害だけが残ってしまう」
「商人にとって名声や地位がどれほど重要か、分かっているのかしら」
「既に名声も地位もありますので………あなたも同じだと思っていたのですが」
反対をする二人の男に対し、些か乗り気である様子の女の名はライアと言った。ただ、その理由が星命樹の事ではないのが彼女も商人であることを表していた。
「私はまだまだ上に行ける。まぁ、この砂漠と遺跡しかない国のトップで満足してるならそれでいいんじゃないかしら。私はやるけどね」
「ふん、勝手にしやがれ」
不機嫌そうに鼻を鳴らす、ぶっきらぼうな口調を崩さないロンドと呼ばれた男。彼女の言っていることも分かるのだ。しかし、やはりと言うべきか不確定なメリットと大きすぎるリスクを天秤にかけ、後者に傾いてしまうのは仕方がない事だろう。
「ふーむ………確かに、あなたの言いたいことも分かるのですが。私達は商人です。である以上は、やはり利益を追求するべきだと思いますがね」
先ほどから丁寧な言葉ながら、人の癪に障るように感じさせる話し方をしている男の名はルビス。この中でも最も慎重で現実主義と言われている男だった。
「………私の用意できるものであれば差し出そう」
「国王。私は既に十分すぎる程に資金はあるのです。他に私は何を受け取れば良いのでしょう?」
マラーンの言葉を一蹴するルビス。それに対して言葉に詰まるしかなかったマラーンだったが、それを見てルビスはため息を付く。
「そうですねぇ………あなたが『権能』であれば、色々と欲しい物もあったのですが」
「………口利きをしろという事か?」
「まさか。彼の知識もとても興味深いですが、私はそれを活かす術を持ち合わせていないので」
「………」
マラーンはその言葉に対し、無言で彼を見つめる。それに対しても余裕の態度を崩さないまま、ルビスは更に言葉を続けた。しかし、それが後に起こる災厄の引き金になるなど、この場にいる誰もが知る由など無かった。




