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96話

 シオンさんがメディビアに発った次の日の朝。私はいつものように食堂に向かった。大きなテーブルに用意されている朝食は私の分だけだった。


「………」


 最近はこうして朝食を一人で食べるのも慣れ始めてしまっていた。前まではお兄様達と共に朝食を食べていたが、シュティレお兄様はずっと城には帰らずに研究を続け、カレジャスお兄様は二度と帰らぬ人となってしまった。夜は気を使ってくれているお父様が共に食事を摂ることもあったが、朝はそうもいかない。寧ろ、家族を失ったのはお父様も同じなのに、それを表に出さずに私を心配させているのがとても申し訳ない。


「………」


 私にとっての手本となっていた存在すらも、失ってしまうのはあっという間だった。未だに実感のない事実だったが、空の席を見て毎日心の空虚を感じていた。

 今更それを感じて泣くなんてことはないけれど。思わず小さなため息を付きそうになるのを堪えて朝食を食べていると、扉が開く音がした。


「あら、いつもより遅いのね。一緒に食べていいかしら?」

「姉上?えぇ、勿論構いませんけど………」


 そう言って食堂に入って来るのは、お盆に自分の朝食を乗せて来ていた姉上だった。怪我は殆ど完治し、既に動く事にも支障がない程に回復していた姉上とは、あれからもさほど言葉を交わすことは多くなかった。

 時期的に、私が忙しいせいであるのも否定はしませんが。朝食も今までと変わらず違う部屋で食べていたというのに、一体どうしたのだろうか。私の向かい側に座った姉上は、そのまま朝食を食べ始める。


「相変わらず大変そうね。戦争前より顔を見る機会が減ったんじゃないかしら」

「そう………ですね。もう少し手際よくこなせれば良かったのですが………」

「今以上に頑張ろうとしたら、本当に死んじゃうわよ」

「あはは………今日はどうされたんですか?」

「別に特別なことは無いわ。あの日から話すこと機会もないし、折角ならと思っただけよ」


 平然と答える姉上。ここで嘘を言っても意味がないですし、本当にただ話をしに来ただけなんでしょう。珍しいこともあります………そう思いながら、何を話そうかと思った時、先に口を開いたのは姉上だった。


「全く、シュティレも気が利かないわね。気持ちが分からないでもないけど、妹を一人にして研究室に籠りきりなんて」

「………お兄様も必死なんです」

「誰だってそうよ。けどね、失ったものは帰らないの。失ったものに囚われて、今残っているものに目を向けれないようじゃ先には進めないわ。そうでしょう?」


 その言葉に、私の脳裏には二人の人物が思い浮かんだ。何よりも守りたいものの為に、常に強くあり続けた人と、決して諦めず、常に前へと進み続けることを教えてくれた人の姿だった。


「はい………私はまだ守るべきものと、叶えるべきものがあります」

「………そうね」


 姉上は満足げに小さく笑みを浮かべる。一度違えた道ではあっても、姉上も何より国のため命を懸けた人物だ。姉上なりに、私の事を心配してくれていたのだと理解した。


「ちょっと前まであんなに頼りなかったのに………すっかり大人になったわね。あの権能のおかげかしら」

「………勿論、彼が私に与えてくれた影響は大きいと思います。でも、私が強くなれたのは彼だけのおかげじゃありません」

「そう………でも、熱烈なアプローチを掛けてるみたいじゃない?それも大きな変化よねぇ」

「なっ!?な、なんで姉上が………」

「何故知らないと思ったのかしら」


 確かに、国中で広がった噂話を姉上が知らないと言うのは有り得ない話だった。しかし、そんな話をするとは思っていなかったこともあり、今までで一番大きな反応をしてしまった。

 いや、寧ろ家族との会話の中で、この話題が出るのは初めてだった。恐らく噂を聞いているお父様も、私にそのことで何か言ったことは無い。

 でも、私が彼に想いを寄せていることも気付いているはずだ。私がシオンさんの話をお父様にする時に優しい笑みを浮かべていることがあったから。相槌を打つその声は少しだけ嬉しそうで、多分前からこうなるのであろうと分かっていたんだと思う。


「………」

「驚いた顔をしたと思ったら、急に落ち着いたわね………まぁ、大体考えてることは分かるわ。あの男、そういうのに無関心そうだもの」

「あはは………分かるんですね」

「あなたの顔を見ていれば、何となく察するわよ。あなたも中々………厄介な相手を好きになったわね」

「言葉を選ぼうとしてやめましたね………」


 一瞬言葉に詰まったかと思えば、ストレートな事を口にする姉上は私の言葉に対して面白そうに笑みを浮かべる。私は既に朝食を食べ終わってしまっていたが、姉上との会話を切ろうとも思えずに席に残っていた。


「まぁ、寧ろ頑張るならそっちじゃないかしら。ちょっとやそっとで落とせる相手じゃないんだから。それに、彼の近くには有翼族だっているんでしょう?」

「っ………!」

「ふふ………ちょっとからかってみただけよ。さて、そろそろあなたもやるべきことをやる時間でしょう?私も食べ終わったから、話は一旦終わりよ」


 そう言って姉上は立ち上がり、そのまま食堂の出口に向かって扉に手を掛ける。私も立ち上がって自分の部屋に戻ろうと思った時に、食堂から出ようとしていた姉上が振り返った。


「またね」

「………はい」


 優しい笑みを浮かべた姉上はそのまま食堂から出て行く。やはり、姉上は強い人だ。あの人だって、肉親を失っているのだ。それに対して何も思わない訳ではないだろう。


「………今残っているものを」













 明るい日差しが部屋に差し込む。それに気付いて目覚めた僕は体を起こした。


「………ふぁ」


 流石にと言うべきか、夜中に襲ってくるようなことは無かったみたいだ。失敗したばかりだったしね。身体を伸ばしてベッドから降りようとした時、部屋がノックされた。


「シオン、起きてる?」

「あぁ、今起きたよ」


 扉の先からはステラの声がした。やはりと言うべきか、彼女達の方が起きるのは早い。朝食を作るのを任せてしまっているからだろう。

 僕はベッドから降りてそのまま扉に向かって開く。外ではステラとフラウが待っていた。


「おはよう。二人とも早いね」

「えぇ、おはよう」

「………おはよう」


 起こしに来たという事は、もう朝食の時間なんだろう。僕たちはそのまま廊下を歩いて食堂へと向かう。


「今日の予定はあるの?」

「街を見て回ろうと思ってるけど、二人はどうする?」

「………一緒に行く」

「私も一緒に行きたいかな」

「じゃあそうしよう。気になる物があったら、少し買い物をしたりしてもいいしね」


 そう話しながら食堂に着く。そこでは人が大勢………と言うほどでもないけど、それなりの人数がいた。しかし、食堂に入って来た僕達………もっと詳しく言えばステラに一斉に視線が向いた。


「う………」

「はは………」


 彼女が一瞬だけその視線にたじろぐ。しかし、それに気付いた宿泊客たちは申し訳なさそうにしながら目線を戻した。何人かはそのままステラに釘付けのようだったけど。

 まぁ、有翼族を見た人間なんて殆どいないだろうから、この反応も仕方ない所はあるのかもしれない。そう思っていると、一人の少女が僕らに近付いてくる。茶髪の髪で、その顔立ちには少しだけ既視感がある。


「おはようございます!朝食ですよね?」

「あぁ、おはよう。そうだね。頼めるかい?」

「はい!席に座ってお待ちください!」


 僕より少し年下だと思われる少女はそのまま厨房に向かう。彼女が昨日アナが話していたリリアなんだろう。朝から元気を貰えるような、明るい声が特徴だった。


「さて、席を探そうか。空いてる席は………」

「あ、シオンさん!こっちこっち!」


 そう声を掛けられて見た方には知っている姿があった。ルイとリンだ。僕らは二人の席に近付くと、朝から変わらぬ活発な声でリンが言葉を続けた。


「良ければ一緒に食べない?席も空いてるし、まだまだ話足りなかったんだ!」

「はは………うちの妹が申し訳ないね」

「えー!そうは言うけど、兄さんだってシオンさん達の事気にしてたじゃん!」

「暗殺者に狙われていた人たちを忘れるなんてそうそう簡単には出来ないよ。リンがこの様子だし、君達さえ良ければどうかな」

「そうだね………」


 僕はフラウとステラを見る。すると、二人も頷いた。


「じゃあ相席をお願いするよ」

「やった!」


 嬉しそうに声を上げるリン。それに苦笑するルイだった。なるほど、上手い具合にバランスが取れた兄妹だね。

 それに、僕もいろいろ聞いてみたいことがあった。それを考えるといい機会だったかもしれない。そうして、僕らは料理の到着まで色々話していた。

 まぁ、殆どはリンが会話のペースを握っていたけどね。朝からあのハイテンションに付いていくのはなかなか難しいよ。












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