94話
街を歩いていて、幾つか気付いたことがある。まず、この街の城………というか、宮殿は大樹の根元にあるのが見えていた。しかし、案内をしている騎士達はわざと回り道をしているように見えた。
そして、僕たちが通っている道には民家と思われる建物が多く並んでいて、店と言うのは所々にあるだけだ。
「随分と遠回りをしているように見えるね」
「はは………少しは好奇の目に晒される機会が減るかと思いまして」
「なるほどね」
まさか、遠回りをしないといけない程治安が悪いのかな?と思ったけど、それだったらアズレインが事前に教えてくれていると思うし………まぁ、追々わかっていくかな。
そして、街を歩いていて意外だったのは街に一切木の葉が落ちていない事だ。上を見れば実りの樹の葉が青々と生い茂っているというのに、その落ち葉などは一切ない。まさか、律儀に一々回収しているのかな。あと、少し意外だったのはここが思ったより暑くなかった事だ。
まぁ、その理由も実りの樹なんだろう。大樹が日陰となり、天然のグリーンカーテンになっているのだと思う。実際、街に入るまではとても暑かったしね。
僕が思っているよりも住みやすいと思ったけど、それもこの街だけだと思うとなかなかね。そう思いながら来るまでの道のりを思い出していると、聞こうと思っていたことがあったんだと気付いた。
「そういえば、ここに来る途中で砂に埋もれていた遺跡のような物を見たんだけど………」
「メディビアの砂漠には、神時代の遺産が多く埋まっていると言われていますからね。たまに砂嵐などの強風によって、それが地上に出てくることがあるんです」
「なるほどね………ちなみに、個人的に調査として中に入るのは禁止されてたりするかい?」
「いえ、特には。しかし、そういった遺跡はダンジョン化していることも多く、侵入者を排除する罠などの類も多く残っていると聞きます。もし中でどのような事に巻き込まれても、我々は一切の責任を持つことは出来ません」
「なるほどね。それが分かれば十分だよ」
入ることは禁止されていないし、もし中で何かあっても彼らに関わらないのなら色々細かいことを気にする必要もない。神時代の遺産………つまるところアーティファクトが眠っている可能性も十分あると言う事だ。
ダンジョン探索や魔物の討伐は専門じゃないけど、『権能』も今までアーティファクトを求めてダンジョンに潜っていた経験がある。ある程度の罠なら見抜ける自信はあるし………どうしても無理だと思ったら、それこそロッカを先頭に歩いてもらうとかもある。毒味のようで、あんまり気が進む話ではないけど。
「………行くの?」
「そのうちね」
「………そう」
そこで一度会話は終わって、しばらく歩いていた時。兵士がふと立ち止まり、僕らに向き直った。
「それでは、宮殿へはこの者達が案内したします。シオン様達は我々が宿まで案内しますので………」
「分かった。それじゃあ、また後でね」
「はい。それでは」
そう言って、兵士達は三人ずつ分かれて僕らを案内する。シエルとマリンは宮殿の方へ向かい、僕らは案内を受けて宿まで向かう。
取り敢えず、僕は遺跡に向かうことが決まって少しだけ楽しみに思っていた。既に今後の予定を細かく考えていた時だった。
複数の風切り音が迫ってきていた。
「………っ!」
「波紋。水よ、隔てて」
僕がそれに気付いて剣を作り出すとともに、フラウの詠唱で水の壁が作り出される。それは迫っていた複数の短剣を弾き、床に落ちた。街を行きかう人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
唐突な出来事に唖然としていたステラ達だったけど、床に転がったナイフを見てすぐに状況を理解したようだ。兵士達はすぐに剣と盾を構え、ロッカが僕らの前に出る。
「すまないね!助かったよ!」
「………気にしないで」
フラウに礼を言って、僕もすぐにナイフが飛んできた方向を睨む。しかし、次の瞬間に黒衣の男たちが僕らを取り囲むように現れた。顔も骸骨のような不気味なマスクで隠しており、数は十人。
「また暗殺者かい?そんなに僕と暗殺は切っても切れない縁なのかな」
当然、嬉しくないけど。それに以前フォレニアで撃退した暗殺者とは格が違うように思えた。以前の彼らより覇気というか………オーラが無い。相手の目前に立った時まで、彼らは自らを何であるかを忘れていないようだ。
それが不気味さの理由なのかもしれない。そこに確かにいるのに、気配ではそこに誰もいないような錯覚を覚えていた。それに兵士達も気付いているようで、睨みながらも腑に落ちないような表情をしていた。
「………!」
その瞬間、黒衣の男たちが一斉に動き出す。何一つ掛け声もないのに、その統率の取れた行動に一瞬だけ驚く。でも、黙って見るだけと言うわけにもいかない。
「顕現せよ。メイアの権能」
黄金の光を纏わせた右手を地面に添え、大地を突き破って無数の黄金の鎖が飛び出てくる。迫る男たちに切っ先を向け、一斉に射出された黄金の鎖を前に男たちが一瞬だけ足を止める。しかし、そのまま目前まで迫った鎖を体を小さく反らすことで回避する。
今までこうも上手く回避されたことが無いから少し驚いた………とは言え、それで一々態度に出すわけもない。すぐに避けられた鎖を横にずらし、薙ぎ払うように振るう。暗殺者達が一斉にその場を飛んで鎖を回避し、懐から取り出した短剣を投げる。ロッカがステラとフラウを庇い、兵士達は僕も守るように盾で囲んで短剣を弾く。
「ロッカ、二人を頼んだよ」
「!」
兵士を飛び越え、暗殺者達へと駆ける。普段はロッカが前線に出るんだけど、今は守る対象が多いのと、フォレニアほど広くないから暴れさせると被害が出かねない。
兵士は………正直、あんまり期待しない方が良いね。さっきの身のこなしから、明らかに戦闘慣れしてないみたいだ。治安維持が専らだと言っていたし、訓練なども実戦を想定していたのか怪しいね。
「ふっ!」
地面を蹴ってさらに加速し、一気に一人の暗殺者の懐に飛び込むと共に剣を振るう。しかし、暗殺者は懐から取り出した短剣でそれを弾く。得物の重量はこちらが上なのだけどね………
「厄介な連中に目を付けられたね………!」
ホムンクルスとしての身体能力で無理やり暗殺者を吹き飛ばし、続けて左右から迫る二人の暗殺者に赤い光を纏った右手を薙ぎ払うように振るう。そうして放たれた火炎が暗殺者を包み込み、巨大な爆発を起こした。
「………さて、これで二人。さぁ、後はどうする――――」
爆発が消えるとともに言葉を失う。そこには先ほど爆発に巻き込まれた暗殺者達の姿などなく、ただ焦げた地面が残っているだけだ。
加減を間違えて消し炭にした?いや、人を一瞬で消し炭にする極端な出力に間違うなんてあり得るはずが無い。でも、僕らを囲んでいる人数は………
「………どういうことだい?」
十人。最初と全く減っていない。それどころか、誰一人として傷を負っているようには見えない。しかし、僕は確かに迫っていた二人の暗殺者の姿を見ていたはずだ。
そう思って僕はフラウ達の方を見る。そして、その表情は驚愕に満ちていた。
「な、なんでだ………!?さっきあの二人は………」
「こんな集団なんて聞いたことないぞ!?どこから来たんだ!?」
兵士達も混乱してしまっている。でも、やっぱり言葉から察するに僕が見たものは間違いではなかったという事だ。幻覚?それとも被弾の瞬間にワープの類でも利用したのか………いや、ならわざわざ接近のために僕に近付いてくる必要はないね。でも、幻覚だとして動き出した瞬間がはっきり見えたのはどういうことだろう?
「シオン!危ない!」
「お………っと」
ステラの声で迫っていた三人に気付き、その場を飛んで回避する。続けて投げられた短剣を、付近の民家の壁を蹴って避け、その瞬間にフラウが水の魔法で暗殺者を吹き飛ばす。戦闘中に考え事をするのは良くない………けど、そろそろ相手も様子見を辞めたみたいだね。
再び全員が同時に動き出し、五人が僕へ。残りの五人がフラウ達へと迫る。さぁ、どれが本物でどれが偽物か………空の目が使えれば、すぐに分かったんだろうけどね。
「無い物ねだりは良くないかな」
同時に迫る暗殺者達を牽制するために鎖を射出する。不規則な動きで、出来るだけ予測しにくい動きで。本当は気絶させて色々聞き出そうと思ったけど、手加減していると本当に無事が保証出来なくなってきた。
先ほどの速度とは比にならず、身体を撃ち貫かんばかりの勢いで暗殺者達に迫る黄金の鎖。暗殺者達はそれぞれバラバラに散らばり、思ったよりも大胆な動きで鎖を躱していく。ここが街じゃなくて、近くにフラウ達がいないのなら広範囲の魔法で一気に片を付けられたんだけど………
「ふっ………!」
鎖を潜り抜けた一人の暗殺者が僕に短剣を振るう。それを剣で弾き、がら空きになった胴体へと蹴りを入れて吹き飛ばし、そのまま暗殺者を鎖で絡めとって四肢を拘束した。
続けて二人目、三人目、四人目と鎖を突破して迫ってくる。それを剣で捌きながら、ちらりとフラウ達の方を見る………状況は良くなさそうだ。
ロッカと兵士が盾になり、フラウが水の魔法で攻撃をしているものの、苦もなく避けられているようだ。ステラは人を攻撃する事を迷っているようだし、そもそも彼女の魔法だとこの周辺一帯を焼き払ってしまわないかと心配だ。
こんな事を考えれるほど僕の方はまだ余裕なんだけど、どれだけあしらっても手を休めずに次々と攻撃を仕掛けてくる暗殺者達にうんざりしていた。一人ならまだしも、複数人じゃ蹴り飛ばしたりする暇もないし、向こうもそろそろ耐えきれるか怪しい。
ロッカは大丈夫だろうけど、兵士達は長くは持たないだろう。もう、あれこれ言ってられないかな。そう思って僕が右手に白い光を纏わせた瞬間だった。フラウ達を襲っていた暗殺者の一人の肩に矢が突き刺さる。
「街で暗殺を試みるなんて、随分と度胸があるじゃないか」
「苦戦してるね!助太刀するよ!」
中性的で落ち着いた声と、活発な少女の声。続けて放たれた矢と、凄まじい速度で駆け、一人の暗殺者に対して切りかかる影。
どちらも躱されたものの、予想外の出来事に暗殺者達が攻撃をやめて僕らから距離を取る。民家の屋根の上から矢を放っていたのは、先ほどの中性的な声に違わぬ見た目を持つ黒髪の青年。そして、暗殺者へと切りかかったのは黒髪の少女だった。
しかし、二人に共通していたのはその特徴的な耳だ。人間とは違い、頭の上に生えた大きな動物のような耳。恐らく………狐の獣人かな?どちらも動きやすそうな服装であるところを見ると、恐らく冒険者なのだろうか。
「悪いね!助かったよ!」
「ふふっ、気にしないで!街の中でこんな騒ぎ起こされちゃ、堪ったものじゃないでしょ!」
「あぁ、全くだね。それに、随分と巧妙な幻術を使うみたいだけど………僕らの五感を欺けると思わない事だ」
そう言って、青年の方も家の屋根から飛び降りてくる。決して低くはない高さのはずだけど、音も無く着地していることから彼が相当の手練れであることが予想できた。
そうしてしばらく睨み合いが続いたが、突如として暗殺者達が姿を消す。彼らの事だし、もしかしたらそう見えているだけかとも思ったけど、獣人の二人組が武器を降ろす。
「あいつらはもう行ったよ。ここにはいない」
「はぁ………本当に助かったよ」
「そうは言うけど、君も何かするつもりだっただろう?あのまま放っておいたらどうなっていた事か」
「はは、申し訳ないね………」
僕が苦笑交じりで言うと、青年は呆れたように頭を抱える。その青年の隣で、先ほどの少女も苦笑していた。それを見ていた兵士達が駆け寄って来る。
「シオン様!お怪我などは………」
「いや、大丈夫だよ。それより君達の方が大丈夫かい?」
「はい、問題ありません………我々がいながらこのような事になってしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げる兵士。彼らが悪い訳じゃないのは分かっていたけど、体裁的には色々と不味いのも分かる。まぁ、それも………
「まぁ、そう思うなら彼らが何者かを探ってほしいかな。幸い一人は………」
そう言って僕が捕えていた一人の暗殺者の方を見る。しかし、そこには虚空に絡みつく黄金の鎖だけが残っていて、その他には何もない。しかし、それを見て僕が理解するのは早かった。
「気付いたようだね」
「そもそも、十人もいなかった………と言う事かい?」
「あぁ。僕らの目にも十人いるように見えたけど、そのうち五人は一切臭いがしなかった。剣戟を繰り広げられるのなら、ただの幻と言う訳でもないんだろうけど」
「………はぁ。なんだか、凄く無駄な時間を過ごした気分だよ」
「へぇ、あれが本当に十人いたら意味があった出来事だって言うのかい?」
「………ないね」
面白そうに尋ねる青年に、疲れながらも言葉を返す。取り敢えず、今は宿に行って休みたい。彼らが何者なのかは分からないけど、色々と懸念していた事が起こってしまったという事だけがはっきりしていた。




