91話
朝。昨日は件の討伐隊が帰って来て騒がしかった。しかし、聞いた噂では帰って来た人数は半分にも満たなかったようだ。戦いが終わった後であれば、今度こそ手を貸してくれるかもしれない。そんな期待を持って待っていたが、恐らくそんな余裕はないだろう。
そんな憂鬱な事を朝食を食べながら考えていると、私の反対側に座るマリンさんが声を掛けてくる。
「浮かない顔をしているわね」
「えぇ………これから、どうするべきだと思いますか?」
「あら、それを私に聞かれても困るわよ」
素っ気なく答えるマリンさんは、そのまま食事を続ける。彼女は基本的には親切だったが、私の行動方針については驚くほど口を出さなかった。
勿論、雇い主は私なのだから間違いではないのだが、途方に暮れている今では少しでも意見を出してくれた方がありがたかった。口には出さない代わりに小さくため息を付くと、マリンさんは小さく苦笑する。
「………まぁ、そんなに悲観する必要ないんじゃないかしら?すぐにチャンスは来るわよ」
「チャンス………?何故そう思うんですか?」
「少し考えればわかるもの」
「………?」
まるで確信を持って言うマリンさんを不思議に思いながら朝食を食べていた時、不意に私達が泊っている宿の食堂に一人の男性が入って来る。それだけならばおかしなことは無いのだが、その身なりが明らかに他とは違う。その胸には王国の紋様が彫られたバッジが付けられていた。
その男性は迷いなく私達の座る席に向かってきて、私を見て笑みを浮かべながら口を開いた。
「お食事中に失礼します。シエルさんで間違いないでしょうか?」
「え?は、はい………そうですけど」
「あなたのお知り合いから伝言を預かっています」
知り合い?私に知り合いと言える人物は少ないのだが、彼から続けられた言葉は途方に暮れていた私に一筋の光を差し込ませた。
僕は朝食を食べた後、すぐに工房に籠っていた。まず、やるべきことを考えてみようか。前提として、邪神の眷属には神性を持った攻撃、または生命力の宿った攻撃か物理攻撃しか効果がない。
つまり、普通の魔法使いはその時点で戦力外となってしまう。そして、この条件にステラとフラウは当てはまっている。ステラはもしかすれば天空神の加護を再び受ける事が出来るかもしれないけど、彼らがどういう条件で手を貸してくれているかも分からない。
まぁ、セレスティアにも加護が降りていたのを考えれば、それなりに相手は選んでいそうだし。取り敢えず、今の彼女達を眷属達との戦いに連れて行くのはかなり危険がある。
家に待っていてくれるのが一番良いんだけど、どれくらい家を空けるかも分からないという話をしたら、彼女たちは絶対に首を縦には振ってくれないだろう。最初にやるべきなのは、彼女たちの魔法に眷属への効力を持たせることだ。
「あの竜を倒せたのは、タイミングが良かったかもしれないね」
僕は生命力の集合体を瓶から取り出す。赤い光の球体が僕の手の上で輝いていた。それを青い宝石に纏わせる。すると、赤い光は宝石に吸い込まれるように消えていく。光が消えた時、宝石の中に赤い光が灯っていた。
この宝石は特に特別な物でもなく、膨大な魔力を錬成して固形へと変えた物質だ。魔法に反応して効力を発揮するマジックアイテムなのだから、相応の感応能力が必要になる。最適なのは、同じように魔力で作られた物質だからだ。
後はこれを携帯しやすいように加工する。ほんの数分程度の作業だけど、これで完成だ。とは言え、勿論一つでは足りない。必要なのは二つなのだけど、予備も考えれば幾つか作っていて損はないだろうし。
そんな風に幾つか同じものを作っていた。六つほど作ったところで、一度作業を止める。これ以上作っても、リソースが足りなくなってくるしね。まずは二つ、彼女たちに渡そう。僕は小さなブレスレットに加工した二つのマジックアイテムを手に持って、工房を出る。
「あら?もう終わったの?」
「うん。取り敢えず、先に君達にこれを渡しておこうと思って」
「?」
ソファーに座っていた二人に近付き、持っていた二つのブレスレットを手渡す。既にマジックアイテムであることは察しているみたいだけど、二人は不思議そうな顔をしていたままだった。
「………これ、なに?」
「君たちが眷属と戦えるようにね」
僕がそういうと、二人は驚いた顔で僕を見る。今更驚くような事じゃないと思うんだけどね。
「私達も一緒に行って良いの?」
「おや、待っていてくれるのかい?僕は絶対に納得してくれないと思って作ったんだけど」
「………さっきまで、どうやってシオンを説得しようか考えてた」
やっぱり付いてくる気だったみたいだ。それに、僕だって彼女達には家で待っていて欲しいとは思っているけど、長旅の間彼女達と会えないのは少し寂しく思うしね。勿論、二人の身の安全が一番だとは思っている。
でも、二人が並みの魔法使いよりも強いことを僕は知っていて、僕が一度危ない所をステラに救われたこともある。危険な目に合わせたくないのも間違いないけど、少なくともこのマジックアイテムさえあれば十分自衛をする所か、力になってくれるとも思っていた。
「まぁ………折角遠出をするんだし、君達だって見てみたいんじゃないかと思ってね。メディビアはフォレニアとは全く違う景色だしね」
「………メディビアって、どんなところなの?」
「砂漠だよ」
「………砂漠って、砂しかないって聞いた事があるけど」
そういえば、シグリア大陸には砂漠が無いんだったかな。インターネットなどの便利な物もないし、抽象的なイメージだけが伝わってるのも無理はないか。まぁ、完全に間違いだって言う訳でもないけど。
「砂が多いのは間違いないけど、それだけってことは無いかな。案外色々とあるところさ」
「………そう。でも、なんでメディビアと星命樹が関係してるの?」
「そうだね………まず、実りの樹と呼ばれる大樹が存在する事は知っているかい?」
「………うん」
「実りの樹………?」
あぁ、ステラは知らなくても仕方ないか。まぁ、そこまで難しい話じゃないし、簡単な説明で分かってもらえるだろう。
「星命樹はこの星に深く根を張っていてね。その根から更に大樹が生えている地域があるんだよ。それが実りの樹と呼ばれているんだ。実りの樹の周りでは生命力に満ちていて、様々な生命が芽生える。だから、砂漠って言う特に資源に乏しい環境では生活の要と言えるくらい重要な物でもある」
「そうなんだ………メディビアは、その実りの樹を中心に発展した国って言う事なの?」
「うん。元々小さな村だったんだけど、実りの樹が芽生えてからはその恩恵を求めて様々な商人や冒険者、同じように砂漠に住む民たちが集まるようになっていってね。いつの間にか国と言える程に大きく成長していたみたいなんだ。だから、メディビアでは星命樹信仰が根付いているんだよ」
僕の話を聞いて、ステラは納得したように頷いた。けど、アズレインも言っていたようにいくら実りの樹によって発展した国だとは言え、国力で言えばそこまで大きな国ではない。首都ソアレ以外のほとんどがオアシスを中心とした小さな村で、人口も大して多い訳じゃない。国土と言う意味ではかなり広いけど、砂漠という土地を侵略しようとする国が少ないという背景もある。
移動するだけでも相当な消耗を強いられるし、砂漠には危険な魔物が潜んでいる事が多い。砂の海とも言える砂漠では、砂の中に潜む魔物が巨大化しやすいからだね。
それに、砂漠を歩くには色々コツがあるし、ルートなども現地の人間にしか分からない事が多い。景色の変わらない砂漠では迷いやすいという危険まである。
とは言え、国境付近には案内所が設置されていて、ソアレまでのガイドを行う人たちもいるみたいだ。発展していった経緯的に、商人や冒険者などを受け入れられないと困る事が多いだろうからね。
「僕たちはニルヴァーナに乗っていくから、道中は快適だろうけどね。外に出たら暑いし、砂漠は日差しが強いから出来るだけ肌を隠した方が良い」
「………暑いのには慣れてるけど」
「気温が高いだけならいいけど、日光は人体に直接的に熱を伝えてくるからね。後で用意するから、必ず持っていくんだよ」
「………分かった」
「あ、シオン。私は大丈夫よ」
「ん?」
フラウが頷いた後、ステラは自信満々に言う。話は聞いていたはずだし、大丈夫だと言うのなら何かしらの根拠があるんだろうけど………
「私達有翼族は常に移動し続けるアストライアに住んでるから、太陽の光が強く降り注ぐ場所を移動する期間もあるんだけど………有翼族は太陽の光や高温に強い耐性があるから、今まで熱で倒れた人もいないし、日焼けをした人も見たことが無いの」
「あぁ………そっか。確かにアストライアは空に浮かんでいるし、年中太陽も近いんだね………ふむ、それじゃあ各自必要な物を用意するように。少なくとも数日は滞在するだろうから」
「えぇ」
「………うん」
二人は頷いて、自分の部屋に向かうために階段を上っていく。僕が用意するのは………まぁ、着替えと食料、水くらいかな。特に水は多めに持っていた方が良いだろうね。
一応宿は取るつもりでいるけど、もしもの時を考えるとないよりはあった方が良い。ちなみに、僕も特別肌を隠すような布などは必要ない。理由はもう説明の必要もないだろうけどね。
「ロッカ。分かってるだろうけど、君も一緒に行くんだよ。準備は………まぁ、そんなにないだろうけど。武装のチェックだけは忘れないようにね」
「!」
ロッカがグッドサインで返事をする。僕も準備をするために自室に向かう。出発するのは明日だ。アズレインがシエルを連れてくるから、合流した後でニルヴァーナで出発することになっていた。
僕にとっては初めて国を跨いだ遠出だ。楽しい目的の旅行じゃないことが悔やまれるけどね。それでも少しは時間があるだろうし。様々な商会が集まる場所でもあるから、珍しい物もあるはずだ。僕の研究に使えるようなものがあればいいんだけどね。




