88話
大変お待たせして申し訳ありません。多忙が片付き、少しずつ投稿を再開できそうです。毎日とはいかないかもしれませんが、少しずつペースを取り戻したいと思っています。
瞳を開く。視界の先に広がるのは、最後に覚えている光景と全く変わらない姿。少し寒くて、酸素の薄いこの場所で、小さく息を吐いた。
確かに感じる、大いなる存在の目覚め。古の誓いを果たさなければいけない。数千年の間眠り続けていた私の城に魔力を流した。
大地を揺るがす咆哮。洞窟が崩落しながらも、それは構わず姿を現した。見上げる程巨大で、異形の肉体と額に三つの赤い目を見開き、不揃いに捻じれたの角と翼を備えたその姿はまるで龍のようだった。鋭く生え揃った牙と、開いた大口から瘴気を吐き出し、足元には黒い霧を纏っている。
赤い目はぎょろぎょろと別々の動きをしながら私達を眺めていた。その瞳に睨まれた時、言葉に出来ない恐怖に支配された。
「………これが………邪神の眷属」
そして、お兄様の仇。それが分かっていながら私の身体は動くことを拒否する。いや、本能が逃げ出すことを提案していた。私たちが死力を尽くそうと、この怪物に勝つ未来が見えなかった。泣き言だと思えるかもしれないが、それほどまでに怪物が放つ威圧感は圧倒的な物だった。
でも。
「………ここで、負けるわけにはいきません」
無理矢理にでも引けていた腰を正し、剣を構える。兜の奥で私を見つめていたラザールさんが視線を眷属達の方へと戻す。戦士たちも覚悟を決めたでしょう。
どの道、この戦場に立った時点で逃げる事など出来ないのですから。
「総員、かかれっっ!!!!!!!」
私がありったけの声で叫ぶ。それと同時に走り出す戦士たち。上位種がそれを見て咆哮を上げると、立ち止まっていた眷属達が走り出した。
飛びかかって来る二体の眷属。一体の攻撃を体を捻りながら避け、もう一体の首を切り落とす。そのまま攻撃の隙を晒している二体目を下から斬り上げ体を両断して剣に炎を灯す。
その炎の勢いを付けた剣で周囲を薙ぎ払い、眷属達を切り払っていく。私たちの後方から響く爆音に続き、戦場で爆発が起こり眷属達を吹き飛ばす。
戦場に幾多もの怒号が響き渡る。国の命運を………いえ、これは世界を賭けた戦いにもなるでしょう。この怪物を解き放てば、瞬く間に地上の生命は蹂躙されしまうでしょう。でも、それ以上に。
「邪魔をしないで………!」
飛びかかって来た眷属を剣で受け止める。すぐに胴体へと蹴りを放って吹き飛ばし、大地を蹴って一瞬で迫り切り捨てる。大砲の射撃もあり、私たちは優勢だった。しかし、唐突に上位種が天高く咆哮を上げる。
それとともに眷属達の赤い眼光が鋭く光り、赤いオーラを纏い更にその力と速度が増す。
「っ………!」
相手の攻撃を振り払いきれなくなり、一度後ろに跳ぶ。それを追おうとした眷属達だったが、一瞬にして肢体が切り裂かれ、地に伏せる。
「………セレスティア王女。あの者への救援は」
「………これは私たちの戦いです。彼を巻き込むわけにはいきません」
目を合わせず、半分ほど嘘の混じった言葉を返す。私の仇討ちである以上、これが私の戦いであることには間違いない。しかし、それと同時に世界を懸けた戦いでもある。
彼が関係ないとは言えない。でも、私は………いえ、そんなことは今重要ではないですね。ただ、どうするかを考えなければ。
「はぁ………呆れたお方だ。父親そっくりだな」
「私はお父さまの背中を見て育ちましたからね」
そういって、私は数歩前へと歩む。未だに波のように迫る眷属達。上位種は未だに洞窟前から動かないが、それも時間の問題だと思えた。
次々と倒れていく戦士たち。踏みにじられ、黒に染まる亡骸。喧騒は徐々に悲鳴が占める割合が多くなっていく。
「………」
私は燃える剣を顔の前に掲げ、炎を灯す。それを見たラザールさんが何かを言おうとして、口を開くのを辞めた。私は瞳を閉じる。
心を無にする。余計な事は考えず、ただ一つの願いを浮かべ、剣に込める。祈る。ただひたすら一心に、私を見ている誰かへと。
私の剣に激しく燃え盛る炎が、一瞬だけ緩やかに揺らめいた。私より前線にいた者は全て殺された。その身体は既に消え失せ、人型の眷属が現れる。
ここで全て終わらせなければならない。蒼い瞳を開いた。
「炎!!神々をも焼き払え!!!」
剣を振るう。その瞬間、鋭い閃光が瞬くとともに劫火が戦場を包み込み、激しい極光が周辺に激しい熱を伝えた。劫火の波は戦場の眷属達を全て焼き払い、上位種はその巨体を炎で包まれる。
「オオオオオオオオオッ!!!」
「………まだ、駄目ですか」
上位種の身体に赤いオーラが噴き出し、炎がかき消されると同時に噴き出す瘴気から眷属達が生まれてくる。ダメージは負っているだろうが、明らかな損傷をしている様子はなく、深手ではない事はすぐに分かる。
しかし、その赤い三つの目は私を見つめていた。ぎょろりと私を見つめるその眼には、強い憎悪を感じることが出来た。しかし、これからが本番だ。
私は剣を振るい、空を斬る。
「この戦場に立つ全ての戦士達よ!!武器を構えて!!決戦の時です!!!」
叫ぶ。それと同時に私は剣を振るい、放たれた巨大な火球。それが上位種へと直撃し、大爆発を起こすと同時に、戦士達は雄たけびを上げる。
私が走り出し、戦士達もそれに続く。後方で大砲の射撃が再開される。先ほどの爆発で黒煙が立ち上る中、一瞬だけ紫の閃光が輝いた。
「っ!!」
すぐに地面を蹴って戦陣から逸れる。その瞬間、私を追うように紫の光線が私を追う。それだけでなく、上位種の体の至る所で赤い瞳が開き、無差別に次々と閃光を放っていく。次々と巻き起こる爆発が戦士達を吹き飛ばす。
私を追う光線が徐々に迫る。剣に炎を纏わせ、私は立ち止まって構える。そして光線が私を呑み込もうとした時、私の剣に纏う炎が閃光を放ち、振るう。放たれた巨大な炎の斬撃が光線を引き裂き、打ち消し合って巨大な爆発が起こる。
右から空気を引き裂く音が聞こえ、すぐにそちらに目線を向ける。上位種の体から放たれた光線が軌道を変え、私に迫っていたのを確認し、すぐに地面を蹴って走る。私の後方で爆発が起こった。
迫る私に、上位種の体に開く複数の目が一度に目線を向け、閃光を放とうとしたその時、上位種へ幾つのも砲弾が着弾し、爆発を起こす。その間に私はその場所から大きく逸れると、爆発の中から複数の光線が先ほど私が走っていた場所に放たれて巨大な爆発を起こす。
「ギャオオオオオオオオン!!!!」
上位種が巨大な口を開く。その口内には妖しい紫の光が放たれていて、徐々にその光が強くなっていくのを見た。上位種が見ていたのは大砲が構えられている方で、私が声を上げようとするよりも早く巨大な紫の光線が放たれて大砲を設置していた後衛陣を薙ぎ払い、続けて巨大な爆発が起こる。
「………まだです!」
眷属が燃え盛る戦場を見て再び口を開いた瞬間、その顔に向けて複数の砲弾が撃ち込まれる。用意していた数機の飛空艇が飛び立ち、砲門を戦場に向けていた。間髪入れずに次々と大砲を撃っていく飛空艇。
大したダメージはないように思えど、微かに苦し気な唸り声を上げた上位種。その瞬間、私に向けて幾つもの光線が放たれた。
「………!」
剣を振るい、炎の波を放つ。迫る複数の光線とぶつかり合った炎が爆発を起こし、私を包み込む。瞳を閉じた。熱さは感じない。寧ろ私を包み込む炎を身に纏い、翼を形成する。
「剣よ!私の声に応えて!!」
蒼く輝く瞳を開き、爆風を突き破って天へと飛ぶ。剣を掲げると、身に纏う炎が収束して巨大な炎の剣となる。それを見た上位種が体中の瞳に光を灯し、一斉に光線を私へと発射する。私が炎を纏った剣を振るうと、一瞬の閃光が瞬く。
巻き起こる巨大な爆発が迫っていた全ての光線を呑み込む。次々と飛空艇から砲弾が撃ち込まれる。私は炎の翼をはためかせ、爆炎の中に突っ込む。
視界一面を覆う炎。それすらも剣に収束させて爆炎が消える。代わりに私が握る剣が纏う炎はより巨大な物へと。体を捻って勢いを付ける。
「ギャオオオオオオオオオオッ!!!」
「日輪!!万象を焼き穿て!!!」
上位種の口内に紫の光が灯る。しかし、私はそれが放たれるよりも早く剣を振り払った。瞬間、戦場から音が消える。次に弾けたのは圧倒的な白と、地を揺るがす轟音だった。熱風は大地をすり減らし、爆音は鼓膜を突き破るかと思う程だった。
「………」
未だに消えぬ爆炎。私は空中からそれを見下ろしていた。徐々に晴れていく視界と、その先にあった黒く染まった巨体。私は地面に降りてそれを見据える。
全身が炭化し、私を見上げた姿勢で身じろぎ一つしなかった。他の眷属達も戦士たちが駆逐し、静寂だけが戦場に残った。
「………勝った、のか?」
一人の兵士が呟く。その声に応える者はいなかったが、数十秒。上位種の頭が崩れ、地に落ちる。それを見た兵士達は一瞬だけ目を見開き、両腕を大きく掲げ、雄たけびを上げる。
「やったぞおおおおおおおお!!!!」
「俺達は勝ったんだ!!あの怪物どもに!!」
声高々と勝利を喜ぶ戦士達。少しずつ崩れていく上位種の体。しかし………この胸騒ぎは何なのでしょうか。私は崩れていくそれから目を離すことが出来なかった。
徐々に崩れていく勢いが増し、そのまま体全体が砂ぼこりを立てて崩れ去る。その瞬間だった。突如として襲う強大な気配に、声を漏らす。
「っ………!?」
それを感じたのは私だけではなく、この戦場にいる誰もがそうだった。先ほどまでの喧騒が嘘のように鎮まる。立ち込める砂塵が晴れていく。その先に見えたそれに誰もが息を飲んだ。
「なんだ………あれ………」
「まだ、終わってないのか………?」
「………」
私たちが見つめる先、上位種の体が崩れ去った場所には根が絡み合ったように立っている巨大な繭のようなものがありました。それは周期的に脈動し、中から赤い光が漏れ出していく。
阻止しないといけない。そう思っているはずなのに、何故か何をしても無駄な気もしていた。ただ黙ってそれを見つめていた時、繭に罅が入る。
罅は徐々に巨大化し、まるで花が開くように割れていく。徐々に姿を現すそれに声を発することが出来なかった。まるで枝のように細い身体と空洞になった顔、細長い両腕と両足の先には鋭い三本の指を備え、まるで枝を組んで象った人型のように見えた。開いた繭はまるで翼のように体から伸び、しかし一切羽ばたくことなく空に浮遊している。
「オオオオオオオオ………!!」
それが大きく不気味な咆哮を上げる。それと同時に背後に巨大な白い魔法陣を展開し、両手の上に白い光球が浮かぶ。魔力は感じないが、このままではいけない事だけは直感的に理解できた。すぐに足に力を込めてその場を蹴る。それに気付いた他の者達も一緒だったように思えた。でも………
「な、なんでだよ………足が動かねぇ………!」
「ちくしょう………どうなってんだ!」
足がすくんだのか、それとも精神的な攻撃なのか。一部の戦士たちはその場から身動きが取れず立ち尽くしていた。私がそれに気付いて一瞬だけ足を止めたが、そんな私の手をオネストお姉さまが無理やり引っ張って叫ぶ。
「何を立ち止まっている!走れ!!」
「っ………!」
その声を聞いて走る。相手は照準を変えることもなく、そのまま正面を見据えて両手の上に浮遊する光球を胸の前で融合させた。その直後、体ごと吹き飛ばされる爆風と衝撃波、轟音と共に真っ白な光が荒野を包み込む。
吹き飛んだ体が地面に叩きつけられる。身体に痛みが走るがそれどころではない。爆風と閃光は未だに止まず、私は飛んでくる石などから頭を守るように腕で防御していた。
数十秒。閃光と爆風が止む。私はゆっくりとそれを見た。広がるのは谷と言える程に抉れた大地と、悠然と浮遊する異形だけだった。余計な物など存在しない。ただ、全てが消失していた。
射線上に浮遊していた飛空艇も消し去られ、大地の傷跡は目視できない程遥か先へと続いている。私だけでなく、姉上やラザールさんも同じように戦場だった場所を見つめるしかなかった。
「こんなことって………」
「馬鹿な………」
「怪物め………俺が十歳若ければな………!」
そんな私達にそれが向き直る。私に向けられていた激しい憎悪など何一つとして存在せず、ただ私達を見た。それだけだった。
それが、敵対意思がないという意味ではないことは誰もが分かっていた事だが。残っていた少数の飛空艇が砲撃を開始する。しかし、つい先ほどまで有効打だったはずの砲弾が直撃しようと一切怯むこともなく、それどころか意に介さぬように反応を示さない。
怪物が翼に光を灯す。半分以上の戦士が先ほどの攻撃で消滅していた。絶え間なく放たれ続ける砲弾も有効打にならない。
「………っ」
打開策が思い浮かばない。どうすればこの怪物に勝つことが出来るのだろうか。そんなことを考えてるうちに、翼の光が一層煌めく。
それを見た私たちは回避の構えを取った。直後に翼から放たれる無数の白い光線。無差別に周囲一帯を薙ぎ払い、続けざまに巨大な爆発が起こる。回避に専念しながらも、次々と吹き飛ばされては消えていく戦士達。
それを見たラザールさんが舌打ちをする。
「ちぃ………大概にしろよ………!!」
ラザールさんが放たれる光線の合間を縫って怪物へと接近していく。そのまま大地を踏み抜き、一瞬だけその姿が消える。
「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!」
雄たけびと共に振るわれた渾身の一撃。しかし、その鋭く巨大な大剣が怪物の体を裂くことは無く、防御もされないままに大剣は止まる。弾かれた音などもなく、まるで手ごたえがないかのように。
「馬鹿なっ………っ!」
一瞬だけ動揺を露わにしたラザールさんへ、まるでハエでも叩き落すかのように翼が振るわれる。それに気付いたラザールさんは咄嗟に大剣で防御するが、その深紅の鎧に包まれた大きな体は空気を突き破りながら嘘のように吹き飛び、肉眼で追う事が難しい程の速度で地面へと叩きつけられる。
「ぐっ………う………」
「ラザールさん!!!」
「隊長!!」
翼を振るわれただけ。たったそれだけだと言うのに『剣聖』と呼ばれた騎士団長が苦し気に呻き声をあげ、立ち上がることが困難になっていた。
彼のこんな姿を見たことがない騎士たちは大きく動揺する。いや、絶望した。と言う方が正しいだろう。
「こんなの………どうしろって言うんだ………」
「ラザールさんが勝てないんじゃ………もう、俺達は………」
悲観的な声が戦士達から漏れ出す。しかし、今の私はそれを叱責することが出来なかった。私だって、こんな怪物に勝てるなんて微塵も思えなかったからだ。
飛空艇が積んでいた砲弾が底を尽きたのか砲撃は止み、ラザールさんが振るった渾身の一撃すらも防御させる事すらなく傷を付けることが出来なかった。私の炎ならば。
そんな淡い期待など出来るはずが無い。せめてもの抵抗に怪物を睨みつけていた私達へ、怪物は両手に白い光球を作り出す。
「………」
次は逃げられないだろう。そんな確信があった。かと言って、あれから生き延びる術など持っているはずが無い。
不思議と恐怖はなかった。ただ………
「………ここに、彼を呼ばなくて正解でしたね」
一瞬だけ、心の奥で彼の顔が思い浮かんだ。




