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87話

「セレスティア様………本当に戦うのですか?」


 暗雲の立ち込める空の下に広がる平原。私たちは武器も手に集まっている。今日が、あの眷属達が地上に出てくると予想されている日。一人の騎士が不安そうに私に問う。


「当たり前です。でなければ、ここに立つ意味がありません」

「しかし、奴らは難敵です。もしものことがあれば………」

「戦場に立つ者が敗北を恐れてどうするのですか?その覚悟があるからこそ、私はここにいます」


 騎士は口を閉じる。彼が自分の身ではなく、私の身を案じていることは理解しています。しかし、それでも私は戦わなければならない。いずれこの国を率いる王として、民のために戦場に散った兄の仇を取る妹として。

 私が右手に持つ赤い剣が一瞬だけ炎を放つ。彼らに魔法が効かない事は百も承知ですが、戦いは魔法だけではありません。


「………来ます!」


 私が大声で叫ぶ。私たちの目線の先に広がる大洞窟から、幾多もの足音と、異形の咆哮が反響すると共に緊張が高まる。

 恐れはない。と言えば嘘になります。しかし、ここで引くなどと言う選択肢はない。


「………セレスティア、慄くんじゃないぞ」

「分かっています」


 オネストお姉さまが私に声を掛ける。以前は敵として相対した人と共に戦うのは初めてですが、不思議と不安はありません。

 洞窟の奥に広がる暗闇の中に不意に無数の光が灯った。それを見た私たちは直感的に危機を察した。すぐにそれぞれが散らばる。

 その瞬間、洞窟の中の光が強さを増す。同時に放たれた無数の熱線が平野を通過していく。無差別に放たれたそれらは避けそこねた戦士たちを呑み込み、その身体が灰と化す。

 その光景に息を飲んだ瞬間、おびただしい数の獣型の眷属達が洞窟から飛び出してきた。数は一万を優に超え、私たちの倍はあるかのように思えた。


「全軍進め!!」


 オネストお姉さまが一番に掛け声を上げる。それに応え、突撃していく私たちの軍。私は剣を構え、炎を纏わせて走る。

 彼らに魔法は効かないが、物理的な攻撃であれば話は違う。そして、魔法は敵を直接攻撃するだけではない。炎が勢いを増して尾を引く。

 目前に迫った眷属へ、炎の勢いを乗せて思い切り剣を振るって両断する。更に炎の勢いが増し、次々と振るわれる剣が加速していく。次々と切り払われていく眷属達。黒い血が周囲を汚す。

 思えば、私が初めて聞いた報告では彼らにこのような黒い血液なんて存在しないという話だった。不気味な血液が戦場を汚していくが、そんな目立つことをしていれば警戒されるのも当然であり、私はいつの間にか眷属達に取り囲まれていた。


「っ………!」


 一斉に飛びかかって来る眷属達。無駄だと思いながらも剣に炎を灯したその瞬間だった。

 

「油断はいかんな、セレスティア王女」


 刹那、一迅の風と共に全ての眷属が切り刻まれる。そして背後に立っていた大きな赤き騎士が私の名を呼んだ。兜の奥に見える蒼い瞳が私を見据える。


「………すみません」

「焦る気持ちも分からんでもない。しかし、何事も早計は死を招く。常に冷静であれ」

「………はい」


 諭すように告げられた言葉に頷く。今のところは私たちの軍が優勢で、おびただしく雪崩れ込む眷属の群れを押し返すことが出来ている。

 それもどれだけ続くかは分かりませんが。相手は疲れや痛みを知らぬ我々とは全く異なる存在であり、犠牲者を眷属へと変える性質上、長期戦になればなるほど必ず相手が有利となってしまいます。

 そして、私たちが打ち倒すべき存在は彼らのような有象無象ではありません。兄上の仇にして最大の脅威である、彼らの上位種が存在するのですから。


「怯むな!私に続け!」


 オネストお姉さまは鬼人の如く眷属を切り刻み、最早相手が包囲網を作る暇さえも与えていない。純粋な戦士としては未だに私の上だという事を改めて理解する。しかし、私はその姉上の背中に見慣れた背中を重ね、思わず顔を歪めてしまう。それを見たラザールさんがやれやれと首を振った。


「………何故貴方がここにいるのですか?」

「ん?国の存続を揺るがす戦いとあれば、俺が駆り出されるのは当然であろう。まぁ、フォレニア王の私情もあるやもしれんが」

「私情………ですか?」

「長々と話す暇はあるまい。王も父だったという事だ」


 その言葉を聞き、一瞬だけ目を見開く。しかし、次の言葉を発する前に突風が吹き荒れ、その場からラザールさんの姿は消えていた。

 前線を見れば、赤き騎士の神速の剣戟で次々と眷属が切り払われていた。そう、まだ戦いは終わっていない。


「………ふっ!」


 再び駆け出す。未だに私たちの優勢は崩れていない。このまま彼らを押し戻し、怪物が地上へと出てくる前に打ち倒す。その覚悟に呼応した炎が燃え盛った。

 私は、あの勇気に満ちた炎を継ぐことが出来るだろうか。














 交戦開始からおおよそ三十分。未だに俺達の軍は優勢であった。人型の眷属が少ないのが理由だろう。ダンジョン内部の魔物を眷属にしていれば、自然と人を原型とした眷属は少なくなる。

 この雑魚共は人型であれば少々厄介だが、このような獣であれば対処は容易かった。既に洞窟は目前にあり、このまま押し切れる。誰もがそう確信があった………いや、正確に言えばあっただろう。

 俺はどうしてもこれで終わりだとは思えなかった。無駄に長生きをしているだけあり、神話や昔話も多少は頭にある。

 神の眷属………それも、邪神と言う存在の眷属が人間相手にこうも簡単に押し負けるとは思えなかった。


「■■■■■■■!!!!!」

「………!」


 その時、地面が大きく揺れると同時に響いた異形の声。洞窟から黒い霧が漏れ出してきた。それと同時に、一帯の空気が変わったように思えた。

 戦士の勘と言う奴か、はたまた人としての本能か。どちらにせよ、それが俺達にとって良い事であるとはとても思えなかった。


「一度下がれ!」

「なっ!?し、しかし私たちが今は優勢で………」

「下がれと言った!このままでは死ぬぞ!」

「………っ」


 渋々と従ったオネスト。目の前で兄を失ったのだから、気持ちはわからんでもない。折れなかっただけ強いと認めればいいのだろう。

 しかし、それとこれとでは話が違う。すぐに全部隊を後退させていく。追撃を警戒していたが、不思議な事に一切の攻撃が止んでいた。


「………?」

「………追撃をしてこない?」


 オネストだけでなく、他の戦士たちも不思議に思ったのだろう。ある程度下がったところで後ろを振り向きながら足を止める。俺もそうだった。

 眷属達は糸が切れたように立ち尽くし、微動だにしなかった。あぁ、勿論わかっている。これがチャンスでも何でもないことくらい。どうしようもない不気味さだけが場を包む。

 その時だった。戦場に散った黒い血液が洞窟の中へと流れていく。それと同時に流れる黒い血液に溶け出すように眷属達とその死体、既に犠牲になっていた戦士たち亡骸の姿が崩れる。

 全ての血が洞窟へと消える。まるで戦いなどなかったかのように、平原は元に戻っていた。しかし、異様と言うべき光景に立ち尽くすしかなかった。そして、この何も残らない平原で不思議な感覚だけが残っていた。

 いや、それは警鐘だ。間違いなく、ここは危険だと本能が言っていた。今までこんな感覚を覚えたのはいつぶりだったか。少なくとも、騎士団長に就いてからはないだろう。


「………何が、起こるんですか?」

「分からん………だが、ここは危険だ」

「………」


 セレスティア王女が不安そうに頷く。昔から勘に優れた少女だ。不吉の予感は感じていたに間違いない。そして、それは間違いではなかった。

 暗闇の奥から響く無数の奇声。言語ですらないそれらが鳴りやみ、一瞬の静寂が平原を包んだ直後だった。

 再び眷属達が洞窟から姿を現す。しかし眷属達は全身に黒い霧を纏い、歪な根の集合体のような肉体を隠していた。顔には本来目があるべき場所と、額の空洞があった場所に赤い光が灯っている。

 異形と言うべきではなくなったが、それとは違う不気味さを纏っていた眷属達が先ほどよりも明らかに素早い動きで迫って来る。黒い霧が尾を引き、赤く光る口を大きく開きながら迫る。


「来るぞ!構えろ!」


 明らかに様子が変わった眷属達に戦慄する戦士たちだったが、俺の掛け声ですぐに武器を構える。しかしどこか腰が引けているのを見れば、やはり奴らには本能的な恐怖を刺激する何かがあるという事なのだろう。

 荒波のように飛びかかって来る眷属。すぐに剣を振るってそれを切り払おうとしたが、振るった大剣に噛みつき、そのまま抑え込もうとする。


「ふんっ!」


 力任せに大剣に噛みついた眷属ごと振り払い他の眷属達を吹き飛ばす。対応できない程ではないが、明らかに全ての能力が最初と比にならないように思えた。

 他の戦士たちも応戦するが、優勢だった先ほどとは違い防戦を強いられている。いや、それは一方的な虐殺だと言ってもいいかもしれない。

 格段に増した数と力、スピード。純粋な強さで騎士や冒険者達が成す術もなく眷属の群れに呑み込まれていく。俺やオネスト、セレスティア王女を始めとしたある程度の実力を持つ戦士は耐え忍いでいるが、それでも徐々に後退するしかない。

 俺とて最強の剣士。『剣聖』の名を持つ者だ。既に数百の眷属を切り刻んだが、数が一向に減る様子が無い。目の前に迫った眷属を切り払い、次に飛びかかって来た眷属を蹴り飛ばす。その勢いのまま大剣を振り回し、薙ぎ払う事で眷属を両断していくが、それでも数が減らない眷属達に思わず舌打ちをする。


「キリがないな………!」

「こうなれば致し方無いか………大砲に火を付けろ!」

「ここで使うんですか!?あれは………」

「今使わずしてどうする!このままでは押し切られるぞ!」


 大砲は当然安くはないコストが掛かっている。弾一発に鉄が多く使われ、発射にも火薬が必要になる。戦いに備えて大量に持ってきたとはいえ、それでもこの数を相手に使えば瞬く間に無くなってしまうだろう。

 しかし、このままでは押し切られて上位種どころではなくなるのも目に見えている。ここで手札を切らない理由はない。号令と共に大砲に火をつけていく騎士達。

 すぐに軌道上からそれながら後退する。眷属達が追撃しようと迫って来たと同時に、用意していた百を超える大砲が次々と発射された。

 眷属の群れが圧倒的な質量と数で押しつぶされていく。止むことのない砲撃の嵐で、瞬く間に数が減っていった。

 一度息を吐き、撃ち漏らした眷属を叩き切る。数が減り余裕が出来たために安堵の息をついていく戦士たち。しかし、まだ終わっていない。

 大砲が打ち出されて数分、眷属達は洞窟の前で立ち止まった。砲撃を一度止め、様子を伺う。


「………」


 間違いなく何かが起こる。そして、それは正しかった。洞窟の奥から漏れ出す黒い霧が増す。それと共に洞窟内からけたたましい咆哮が大気を揺るがした。

 暗闇の奥で赤く光る三つの点が三角形に並んでいる。それはゆらりゆらりと揺らめき、徐々に近付いてくる。

 暗闇からついに姿を現したそれの姿に、誰もが息を飲んだ。


「………まさか、これほどとはな」










投稿をサボっていました。申し訳ありません。最近モチベーションが低迷しております。完結までは何とか頑張りたいのですが、今までの通りペースは遅くなってしまうと思います。再びモチベーションが盛り返すときが来ると思うので、それまではゆっくり待っていただけると幸いです。

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