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85話

 フォレニア王との謁見が終わった後、私達は宿を取っていた。これからフォレニア王は更に大規模な軍を招集し、進化した眷属の討伐に乗り出すらしい。

 件の眷属の話を聞いただけでも、並みの眷属とは一線を画す存在である事はすぐに分かった。確かに放置すればその眷属は更に強大な存在を取り込み、より危険な存在になることは明らかだった。国の存続に関わる存在を無視できるはずが無い。でも、星命樹の危機は星の存続に関わるはずなのに。

 フレユール皇帝の言葉が脳裏を過ぎった。今は世界の事より、自分たちの事で手一杯の世界。そもそも、今まで一度も行使されたことのない星命の子の特権だ。今更星命樹の危機だと言っても身近に感じる事のない存在は時間と共に軽視されていくのは自明の理だったのかもしれない。

 ベッドで膝を抱えながら小さく拳を握りしめる。フォレニアにすら断られれば、どこに助けを求めればいいのだろう。

 諦めることも出来ず、かといって打開策も思い浮かばなかった。













 飛び散った黒い液体が私やベッドに降りかかる。彼の光っていた赤い目が私の目前から消える。その瞬間、全ての異変に気が付いた。


「………っ!?」


 慌てて体を起こす。何が起こっているのか分からなかった。混乱していると、彼を切り飛ばした誰かが私に駆け寄る。中性的な顔立ちと声。鎧を着こんだ金髪の女性がそのまま私に声を掛けた。


「大丈夫か!?何もされていないな!?」

「は、はい………大丈夫です………」


 まだ理解が追い付いていないけど、掛けられた声に呆然としたまま答える。しかし、吹き飛ばされた彼が立ち上がった。彼の上半身には深い傷が刻まれ、黒い液体が止めどなく溢れていた。

 瞳は赤く輝き、体中に黒い血管のようなものが浮かび上がってた。先ほどの物憂げで申し訳なさそうな表情などなく、憎悪に満ちた表情で騎士を見ていた。


「ちっ………まさか、こんな場所に騎士がいるとはな」

「………まだ生きていたか」


 騎士は剣を構え、炎を纏わせる。そして横目で私をチラリと見た。


「服を着ておいてくれ。いつでも逃げれるようにな」


 その言葉と共に、グリズが騎士に飛びかかる。すぐに目線を戻した彼女は剣を振るう。しかし、突如彼の右腕が黒い触手へと変貌し、剣を絡めとる。

 しかし、騎士は冷静に迫って来た彼に強烈な蹴りを見舞う。口から黒い液体を吐き、そのまま家の壁を突き破って外まで吹き飛んだグリズ。

 騎士はそのまま彼を追う。私はそれを未だに呆然と見ていたけど、すぐに彼女に言われた言葉を思い出した私は彼が脱がせた私の服を着ていく。

 全てが理解できなかった。彼が抱こうとしたことも、それを受け入れてしまったことも。そして、彼が眷属のような力を持っていることも。

 家の外から激しい戦闘音が響いていた。しかし、それは数分としないうちにその音が消える。そして、破壊された壁の奥から部屋に入って来たのは先ほどの騎士だった。


「………改めて聞くけど、大丈夫か?」

「大、丈夫です………あの、彼は………」

「………落ち着いて聞け。奴はお前の知ってる男じゃない。あいつは、ただの眷属なんだ」

「え………?………どういう事なんですか?」

「詳しいことは後で話す。今はヴァーミリアに付いて来てくれないか?詳しい事情を聴かないといけないんだ」


 そう言って手を差し出して来る騎士の女性。何故か、彼女とは初対面なはずなのに誰かの面影があった気がする。


「あなたは………」

「私はオネスト。フォレニアの騎士だ」

「………オネスト」


 その言葉を聞いたばかりだった。私がハッとした顔をすると、オネストは困ったような表情を浮かべた。


「やっぱり聞いていたか………あんたの事は私も聞いてる。権能と一緒に住んでいる有翼族の王女………だよな?」

「元、ですけど………あの、事情を聴くってどれくらい掛かるんですか?」

「そうだな………少なくとも、今日中という訳にはいかないかもしれない」

「そんな………」


 突然帰らなかったら皆に心配を掛けてしまう。それだけは嫌だった。何とかできないかとオネストを見たけど、ゆっくりと首を振った。


「悪い………これも仕事なんだ。でも、権能の家ならアズレインをすぐに向かわせて事情を伝えることも出来ると思う。だから、どうか我慢してくれ」

「………分かり、ました」


 元はと言えば不用心にこんな場所へ来た自分が悪い為、彼女に文句を言うことは出来ない。彼女の差し伸べた手を取って、私はベッドから立ち上がった。













 既に日が完全に沈み、月が上った頃。散歩に出ていたステラが未だに戻ってこなかった。一二時間ならともかく、ここまで遅いのは普通に考えて異常だ。

 凄く嫌な予感がした。カレジャスが死んだという事を聞いて臆病になっているだけかもしれないけど………居てもたってもいられなかった。それはフラウとロッカも同じ様子だった。


「僕は探しに行ってくるよ」

「………私も」

「いや、フラウは待っていてくれないかい?もし彼女が帰ってきたとき、誰もいなかったら困るからね」

「でも………」


 彼女が言い募ろうとした時だった。不意に玄関がノックされた。全員がそっちを見る。けど、ステラではない事は明らかだ。彼女であれば今更ノックなどしない。

 彼女を誰かが捕え、身代金………または何らかの要求をしに来たのか。右手に白い光を纏わせながら扉に近付き、開いた。すると、そこに立っていたのは良く知った顔だった。


「………アズレイン?」

「えぇ。夜分遅くに申し訳ありません。大事な話があって緊急で参りました」

「………まさか、ステラの事かい?」

「察しが良くて助かります」


 そう言ったアズレインだったけど、深刻そうな表情ではない事に気が付いた。それを見て一度落ち着きを取り戻す。それを見たアズレインも小さく頷いた。


「ステラさんに大事はありません。ですが、間一髪の危機に陥っていたのは事実です。既に予想が出来ているかもしれませんが、眷属が関係しています」

「………やっぱりか。ステラは?」

「先ほども言った通り大事はありません。しかし、何があったのかは私に伝えてほしくないと言われておりますので、私の口からは伝えることが出来ません」

「そっか………無事なら良いんだ。ありがとう。彼女はヴァーミリアに?」

「はい。こちらで事情を聴いています。明日には帰ることが出来る見込みですので、いつものように私が責任を持ってこちらにお送りさせていただきます」

「分かった。頼んだよ」


 アズレインが頷くと、そのまま去っていく。僕はそれを見送ってから扉を閉めた。そして、後ろからジッと僕らの話を聞いていたフラウが僕を見る。


「………無事で良かった」

「本当にね………全く、心臓に悪いよ」


 僕はホッと一息つく。緊張が一気に抜けていた。フラウとロッカも一安心したようだ。フラウは大きく息を吐き、厨房に向かった。


「………本当はステラの当番だけど、今日は仕方ないよね?」

「そうだね。頼めるかい?」

「………うん」


 フラウはそのまま夕食を作り始めた。何があったのかは分からないけど、無事だったのなら何よりだ。久しぶりにステラがいない夜が過ぎて行った。















 次の日。僕らは朝食を食べてリビングにいた。本当なら予定が無ければ研究かフィールドワークに向かうのだけど、勿論そんな事をしているような余裕はなかった。

 別にアズレインたちを信用していない訳ではないけど、帰って来たのを見るまでは安心できないのは仕方ないと思う。

 フラウも心なしかそわそわしていた。僕は資料に目を通しながら、内容は全く頭に入ってないから人の事を言えないのだけど。そんな状況が続いていた時、扉がノックされた。

 僕はすぐに立ち上がると、フラウも一緒に立ち上がる。そのまま二人で玄関の方に向かった。そして玄関の前に来た僕は扉を開いた。


「おはようございます。ちゃんと無事に送り届けさせていただきましたよ」


 そう言ったアズレインの後ろにはステラが立っていた。少しだけ心配になって空の目を使ってみたけど、彼が昨日言っていたようにどこにも異常はなかった。それに安心して僕は彼女に声を掛けた。


「おかえり」

「っ………!」


 その瞬間、ステラが僕に抱き着いて来る。彼女の突然の行動に一瞬だけ驚いたけど、彼女が小さく体を震わせて涙を流しているのに気づいて頭を小さく撫でた。

 そのままアズレインの方を見る。


「ありがとう。助かったよ」

「問題ありません。では私はこれで」

「うん。また」

「………ありがとう」


 僕とフラウが礼を言うと、アズレインは小さく頷いて去っていく。ステラはしばらく僕に抱き着いたままだったけど、やがてゆっくりと身体を離して話し始めた。


「その………心配かけてごめんなさい」

「そうだね………本当に心配したよ。何があったのかは知らないけど、君はもう一人じゃないんだ。そのことをしっかり覚えておいて」

「………うん」


 彼女が何があったのかを話したがらないという事は、そう思ってしまう何かがあったという事だろう。それを無理やり問い詰める必要はないし、そんなつもりもない。

 取り敢えず、今は彼女が帰ってきたことに安心し、そのまま家に入ろうとした時………ステラが強く僕の手を掴んだ。


「ん?どうしたんだい?」

「………話さなきゃ、いけないことがあるの」

「話さないといけない事?」

「うん………邪神の眷属の事」


 そう言った彼女の顔は涙が目尻に溜まりながらも真剣だった。それを見た僕は取り敢えず彼女と一緒に一度家の中に入り、飲み物を用意してソファーに座る。そして、ステラの話を聞いていた。


「………私、あの村に行ったの。わざとじゃなくて、気付いたら近くにいて………でも、村にはシオンから聞いてた浸食なんて、どこにもなかった」

「………ふむ」

「だから気になって村に降りたの………そしたら、村には私の友人がいた。グリズって言う、一番仲が良かった青年が」


 ここで僕は違和感を覚えた。一度眷属達に浸食された村が元に戻っており、たった一人で逃げ出した村人の青年がいる。けど、まずは彼女の話を聞くのが先だと思って黙っていた。

 彼女はかなり言葉に詰まりながらも続きを話し始める。


「………久しぶりにあった彼はゆっくり話そうって言って無事だった家の奥に私を招待して………その………襲われたの」

「………?」


 唐突な出来事に疑問が浮かぶ。それに、昨日はアズレインに眷属が関連していると聞いていたし、彼女もそう言っていた。

 襲われた。その意味が分からない程無知ではないけど。勿論、それも十分大変な事なのだけど、眷属の話と何が結びつくのか分からなかった。

 同じ疑問をフラウも持ったのだろう。訝し気な表情を浮かべている。すると、ステラは一度深呼吸して再び話し始めた。


「襲われた………と言うか。私も抵抗しなかったの………彼の目を何故か逸らせなくて………違和感はあるはずなのに、全部受け入れていたの」

「………」


 その話を聞いて、グリズと言う男の目を合わせるという行為が精神干渉の類であることは分かった。そして、それと同時に僕の中で幾つかの情報が繋がる。

 精神干渉、眷属。そこから導き出した答えに、僕は彼女を見た。ステラも頷く。


「あなたが思ってる通り。彼は邪神の眷属だったの。何の目的で私を襲ったのかは分からないけど………そこで駆けつけてくれたオネストさんがいなかったら、今頃どうなってたのか分からない」

「………オネストが?」

「うん………兄の仇を討とうと、邪神の眷属を駆逐するために血眼になって足取りを追ってたんだって。それで、グリズが急に街の保護施設から居なくなったのを聞いたオネストさんが来てくれて………」

「なるほど………彼女とは戦争以来顔を合わせた事はないんだけど………今度、お礼を言わなきゃね」


 何故彼女がグリズが居なくなったという話を聞いて、あの村で眷属と化している可能性を見出したのかは分からない。けど、そういう結論に至る何かがあったのは間違いない。

 彼らの調査も進んでいるのかな。今度はそれも聞かなければならないね。でも、まず一番最初に心配するべきは………


「それで、君は大丈夫だったのかい?襲われたと言っていたけど………」

「うん………寸前でオネストさんが助けてくれたの」

「そうかい。君に何事もなくて良かったよ」


 取り敢えずはその結論に落ち着く。けど、幾つか気になることがある。まず最初は眷属が人に化けるようになったこと。そして、彼女が彼の話に乗って付いていったという事は最初に違和感が無かったという事だろう。つまりその青年の記憶を継承していた。

 今までは完全に異形の怪物だった彼らが、急に人に擬態するようになった。いや、出来るようになった、と言うのが正しいのだろうか。理由は何となく予想できる。恐らくだけど、星命樹を乗っ取ったことに関連するんだろう。

 でも、もう一つの疑問。何故彼女をそんな手段で接触しようとしたのか。彼らが数を増やすだけであればただ命を奪うだけでいい。全てを受け入れてしまうような精神状態を作ってしまえば、それは難しくないはずだった。

 気まぐれなどと言う理由なはずが無いだろう。つまり、何らかの理由があるはずだ。それが新たな一つの手段となったのか………いや、だとしても命を奪う方が手っ取り早いか。そうだとすれば、ステラだからこそその手段を取った?

 もしそうだとすれば、彼女には何か潜在的な何かがあるのかもしれない。そんなことを考えていたら、ふと僕の手が握られた。


「………どうかしたかい?」

「ううん………」


 彼女は少しだけ泣きそうな顔になっていた。その理由が分からずに困惑していたけど、彼女は何も言わずに手を握ったままだった。













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