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84話

 夜の平原。本来普通の人間ならば出歩くことが無い夜道を歩いていた。手に持ったランプの灯りを頼りに、目的の地下通路の前に立っている。

 俺は冒険者じゃない。かと言って商人でもない。ただの一般人………それも、武器も魔法も使えないような、故郷の村から逃げ出したような奴だ。そんな人間が夜の平原を出歩くなんて正気の沙汰ではない事も理解している。いや、夜じゃなくても危険だろうな。この国には謎の怪物が出没するようになったのだから。

 でも俺はあいつに仕送りが出来なくなった後も、俺は何度もここに足を運ぼうとした。しかし、一緒に逃げた奴らにずっと止められていたから、それは叶わなかったんだ。

 それどころか、生き残った奴らは金のためにあいつを捕えて奴隷商に売ろうと言い始めた。俺はそれに反対したが、あいつらにだって家族がいた。飢餓、病気。襲った災難はただの小さな村で生きていた俺達だけではとても乗り越えられるものじゃなかった。結局、半ば取り押さえられる形で俺の言葉は無視され、ここに来た奴らが戻ってきたとき、そいつらは二人まで減っていた。


「………権能、か」


 そいつの正体を知っていた。フォレニア王国では知らない人はいないと言うほどの有名人だ。彼女を連れ去ろうとした際に襲われた怪物を倒し、治療や食料を確保するのに十分な金を寄越してくれた男。

 でも、俺達はその後どうなったのか知らない。俺達は彼女を裏切ったんだ。


「………ステラ」


 彼女の名を呼ぶ。そして、光のない地下通路に入っていく。彼女との出会いは突然だった。冒険者や旅人なども立ち寄らない辺鄙な村に現れた美しい少女だった。

 外見は普通の人間で、道に迷ったと言っていた。行き場もないと言った彼女をどうしようかと村人達で話し合った。俺は彼女をここで受け入れることを提案していた。

 理由は単純だった。俺は、彼女に一目惚れしていたんだ。結局、彼女が村を出て行く五年の間に想いを告げることは出来なかったが。

 でも、まだ終わってなかったんだ。それから数日、彼女は村に戻って来た。しかし、俺達が知っている彼女の姿とは大きく違っていたが。彼女は有翼族だった。

 地上に生きる生命共通の嫌われ者。けど、彼女の姿はより幻想的で美しかった。今までの彼女を知っていた俺達は快く彼女を迎え入れた………いや、俺がそう頼んだんだが。思えば、その時には既に他の奴らには俺の想いには気付かれていたのかもしれない。

 当の本人は、一切気付いた様子はなかったが。俺の気持ちに気付くこともなく、屈託のない天使のような笑みを向けてくる彼女に何度この気持ちを伝えられたらと思ったか分からない。彼女との思い出を思い出しながら歩いていた俺は、彼女が住んでいる部屋の前に立っていた。

 震える手を無理やり抑え、ノックする。しかし、数分が経っても返事は帰ってこなかった。彼女は眠ってしまったのだろうか。既に月が真上にある時間だ。それも仕方ないかもしれない。

 本来なら、返事が無ければ帰るべきなのだろう。でも、俺は扉に手を掛けた。鍵は掛かっていない。

 もう、後悔はしたくなかった。だから、俺は彼女を手折ろうと思ったんだ………いや、それは結局良い訳でしかないのかもしれない。

 地下室の寝室に向かう。扉の前で一度大きな息を吐き、ドアノブに手を掛けた。音が立たないように、ゆっくりと扉を開いた。でも………


「………ステラ?」


 そこに彼女の姿はなかった。いや、それどころかずっと使われていないかのように埃が被っていて、部屋の天井には小さな蜘蛛の巣が張られている。

 そこで初めて俺は気付いた。


「………そうか。そうだよな。裏切った俺達が用意した部屋で暮らせるはずなんてないよな」


 もう、彼女には会えないのだろうか。今まで経験したことが無い程の喪失感に襲われる。だが、それと同時に心のどこかで彼女を裏切った俺達を見捨てた事に安堵している俺がいた。

 あんなことをした俺達が、今更彼女に許して貰えるとは思っていなかった。なら、何故ここに来たのか………あぁ、ただ最後に証が欲しかったのかもしれない。

 どうしようもない脱力感に襲われた俺は、そのまま地下室を出た。彼女はどこに行ったのだろうか。どの道、それが分かったところで俺に会ってくれるとは思っていないが。

 先ほど通った道を戻っていた。空虚な時間が無駄に長く感じたが、出口が見えてくる。しかし、月明かりに照らされた影が出口に立っていることに気付いた。


「………」


 一気に頭が冴えた。彼らが怪物の犠牲になったことを思い出す。一気に冷や汗が額を伝う。しかし、その人影を良く見ると、それは人間と同じだった。

 それどころか、人影は鎧を着ていた。右手には剣を持ち、背にはマントを羽織っている。俺が良く知っているフォレニア騎士の姿だった。それに一安心すると大きく息を付く。何故ここにいるかは分からない。こっそり抜け出した俺に気付いたあいつらが頼んでくれたのか………そう思って一歩足を踏み出そうとした時、気付いた。


「………」


 その騎士は、瞳が赤く光っていた。夜闇の中で妖しく光るそれに、俺は彼が人間ではないことを察した。踏み出そうとした身体を一気に反転させ、地下通路の奥へ向けて走り出す。だが、その瞬間だった。

 俺の胸に鋭い痛みが走る。


「がっ………は………」


 ゆっくりと自分の胸を見る。俺の左胸からは一本の剣が飛び出していた。刺さった剣が抜けると同時に、俺は石の床に倒れる。身体に力が入らなかった。


「あ………あ………」


 声が出なかった。それと共に、視界が徐々に黒い物に蝕まれていく。痛みが消えていく。身体から感覚が消えて行った。自分の鼓動が無くなるのがはっきりと分かった。

 何者かが俺の中に入っていく。俺の記憶、俺の感情、俺の想いを根こそぎ持っていく。それに抵抗することも出来ず、俺の視界は完全に黒に呑み込まれた。













 アズレインからカレジャスさんの死が伝えられた次の日。私は空の散歩に出ていた。はっきりと言えば、今はあの家に居づらかったと言うのが大きい。

 カレジャスさんの事は少しだけ聞いていて、シオンとフラウが戦争に参加した時に共に戦った戦友で、城にいた時も凄く良くしてくれた第一王子だって。

 私が初めてあった時も、彼は一切下心なく私に優しく微笑みかけてくれた。それだけで、彼がどんな人なのか察することが出来た。

 でも、私にとってはそれだけだった。傷心しているシオン達と悲しみを共有できないことが辛かった。だからこそ、あてもなくひたすらに飛び続けているんだけど。

 気付けば太陽が真上にあった。随分と遠くまで来てしまったかもしれない。空を飛ぶ私達が道に迷うことは無いし、目を凝らせばまだ家が見えると思うけど………私は小さく顔を顰めた。

 ここには、見覚えがあるからだ。いや、思い出があると言えばいいのかな。私が地上で生きる勇気を手に入れ、大きなものを失った場所でもあった。

 もう王都の近くにいる眷属達は殆ど駆逐したというのは聞いたけど………だからと言って、あの時の悲劇が脳裏から消えることは無かった。

 記憶を頼りに、私が初めて暮らした村の方を見た。シオンの話じゃ、あの村は眷属達に呑み込まれて………


「………あれ?」


 私が見た場所には村があった。燃え尽きてしまっている民家は沢山あったけど、彼が言っていたような黒い浸食などは無い。それを疑問に思って私は村に近付いていく。

 彼が眷属との戦いで、村の一部を焼き尽くしたのは見ていた。それはそのままだったけど、やっぱりそれ以外に何もない。もしかしたら、王都の研究者たちが殆どサンプルのために清掃を兼ねて回収したのかもしれない。そう思ったら、私は自然と村に降りていた。

 凄く、懐かしい気持ちになる。私は彼らしかこの地上に味方がいなかった。あの日々は、間違いなく楽しかったはずだった。私は彼らに裏切られたはずだった。でも、彼らの為ならこの体を売っても良いと思えるほど彼らが大好きだった。

 半ば朽ちかけた村を歩きながら、感傷に浸る。でも、その時家の中で動く人影に気付いた。まさか、まだ眷属がいたのか。そう思って翼を広げて飛ぼうと思った時、家の中にいた人影と目が合った。その顔は、とても見覚えのあるものだった。


「………え?」

「………ステラ、なのか?」


 聞き覚えのある声。彼は家から出て来た。黒い髪と青い瞳。顔立ちはそれなりに整っている青年だった。彼が出て来たのはしっかりと原形を保っている民家。中は散らかっていたけど、彼の様子からそれを片付けていたのだと気付いた。


「グリズ………?」

「ステラ………会えて良かった」


 彼は私が村に来た時、誰よりも私を庇ってくれた人だった。突然現れた私を村で保護しようと言ってくれたのも彼だ。少なくとも、私は彼がこの村で一番仲が良かったと思っていた。

 何を話そうかと思った時、彼は私の前で頭を下げた。


「ステラ、本当にすまなかった………お前にしたことを考えれば、謝っても許される事じゃないのは分かってる。けど、あいつらも必死で………!」

「………ううん。分かってるよ。寧ろ、私のせいであなた達に負担を掛けていてごめんなさい」

「そんなことはない………あぁ、こんなところで立ち話もなんだ。少しそこに入らないか?まだ片付けている途中なんだが………」

「………こんなところで何をしてるの?」

「権能がくれた金のおかげである程度余裕が出来たんだ。だから、少しずつでもこの村に帰ってこれるように出来る事から始めてる」

「………そっか」


 何とか無事に暮らせているようで安心した。私は彼に促されるまま彼が片付けていた家に入っていった。ギリギリ歩ける程度しか余裕が無い部屋を歩いていく。机と椅子は破壊され、血が付着していた。

 それを見て若干顔を顰めると、彼は申し訳なさそうな顔をした。


「………すまない。先に片付けておけばよかったな」

「ううん、大丈夫………」

「………奥の寝室に行かないか?ベッドは無事だったんだ」

「………うん」


 これを見ていると、あの日の光景が脳内を鮮明に過ぎる。初めて人が死ぬ瞬間を見た。それも私と仲が良かった人たちが。私の中で一番悲しい記憶だった。

 部屋の奥に向かうと、彼の言葉通り綺麗なベッドがあった。生物だけを標的にしていた眷属は、物を破壊する気なんて無かったんだろう。彼がベッドに座り、私は翼を小さく畳んでその隣に座った。


「………改めて、謝らせてほしい。お前が良くても、俺が自分を許せないんだ。本当にすまない」

「うん………そっか」


 私はそれしか言えない。彼としては、怒りをぶつけれた方が気が楽だったのかもしれない。でも、私はそもそも怒っていなかった。だから、そんなことも出来ない。


「………怒らないんだな」

「ごめんね………でも、あの日の私はあなたたちの為なら、この身体を売っても良いと思ってたの。だから、私は………」

「そんなことを言わないでくれ。俺は………」


 そう言って言葉に詰まるグリズ。どうしたのかと思って顔をそちらに向けた時、ベッドに置いていた手を彼の手が包み込んだ。それに驚いた時、彼が言葉を続けた。


「落ち着いて聞いてくれ。あの時の事を許せないなら、はっきりと言ってくれていい………俺は、お前が好きだ」

「………え?」


 唐突な告白だった。彼の顔を見れば、その表情は真剣そのもので、冗談や嘘を言っているようには思えなかった。彼の赤い瞳は真っ直ぐと私を見つめていて、思わず引き込まれた。


「………?」


 一瞬だけ違和感を覚えたけど、それが何かは分からなかった。けど、彼の言葉には答えなければならない。


「………ごめんなさい。私は人じゃないから………あなたと結ばれても、きっと一緒に生きることは出来ないの。だから………」


 私が地上で生きることを決めた時から、これは定まった運命だった。この村で初めて会って、一番の友人だった彼の告白を断るのは胸が痛かった。

 互いに目線を合わせたまま少しの沈黙が走った後、彼が私の手に添えていた手をほんの少しだけ強く握った。


「………そんなこと、分かってるよ。だから、一瞬でも思い出が欲しいんだ」


 そう言った彼は私の肩に手を沿える。私を見つめている彼は、そのままベッドに私を優しく押し倒す。胸の痛みは消えなかった。

 これが良くないことは分かっていた。彼は、これからずっとこのことを抱えて生きていかないといけないかもしれない。寿命が違う者同士が一時の過ちであろうとも結ばれることが、悲しい結末で終わった話は地上で読んだ本には当たり前に書かれていた。

 それは物語だけの話じゃなく、実際にそうなる事であることも分かっていた。けど………彼をこれ以上苦しめたくなかった。ほんの一瞬でも救われるなら。

 あの時と私は変わっていなかったのかもしれない。


「………」


 無言で私の服に手を掛けるグリズ。止めないといけないのに、私は無抵抗のままにされるがままになっていた。彼の赤く光る双眸から目を離せなかった。

 彼が私の体に触れるたび、経験したことが無い感覚で身体が火照って少しずつ息が乱れていく。それを見た彼がより強く赤い瞳を輝かせ、自分の服に手を掛けようとした時だった。


「やはりか!この痴れ者が!!」


 彼の身体が吹き飛ぶとともに、黒い液体が飛び散った。













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