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82話

 目が覚める。元々早起きなのもあって、いつもこの時間に目が覚める………けど、今日はほんの少しだけ遅かった。

 眠るのが遅くなってしまったからかもしれない。でも、普段が早いから問題はないはずだと思う。ベッドから身体を起こして、小さく伸びをする。

 当番の日は、ほんの少しだけ機嫌がいい自覚がある。周りから見れば、シオンは家の事を殆ど私達に任せているように見えるかもしれない。

 毎日の料理は私たちが交代でしているし、掃除もいつしか私達だけで行うようになっていた。でも、全部私たちが望んでの事だった。


「………」


 膝を抱えて、ほんの少しだけ今までの事を思い返す。そもそも、彼が私を見つけてくれなかったら今頃どうなっていたのだろう。そんなことは考えるまでもなくフォレストハウンドの餌になって終わりだったと思うけど。

 仮に逃げ切れたとして、あの日負った傷で死んでいたかもしれない。そうじゃなくても、びしょ濡れになっただけで風邪を引く私じゃ、そう遠くないうちに病気に罹っていたと思う。たった一人で生きれるかも分からなかった私に、自分の部屋や服、ご飯だけじゃない。私が知らなかった家族の温もりと幸せを教えてくれた。

 そんなシオンに、ほんの少しでも恩返しがしたかった。でも、今は………


「………ご飯作らなきゃ」


 ベッドから立つ。そのまま部屋を出て一階に降りる。ロッカが私を見て小さく手を振る。私も小さく手を振り返して厨房に入る。今日も美味しいと言って欲しいな。










 いつものように一階に降りる。厨房にはフラウが朝食を作っていた。ステラも反対側のソファーに座っている。


「おはよう。良い朝だね」

「あ、おはよう」

「………おはよう。もうすぐできるよ」

「ん、いつもありがとうね」

「………うん」


 フラウがほんのりと頬を染める。昨日の事を思い出したのは一目でわかった。予想通りの反応に思わず笑みが浮かぶ。


「ふふ………」

「?どうしたの?」

「いや、何でもないよ。それより、シエルは起きなかったかい?」

「まだ起きてなかったかな。マリンさんも寝てるし………」


 おや、彼女が眠るのは珍しいね。傷の回復に専念させるとき以外、彼女は眠らないという記憶があった。まぁ、それと同じくらい気分屋だから何とも言えないけど。取り敢えず放っておいていいかな。

 シエルは起きてもらった方が良いだろう。傷の回復のためにも、取り敢えず食べる分は食べてもらわないと。そろそろちょっと動く程度なら問題ないと思うし。


「シエル」


 僕が名前を呼ぶ。すると、シエルはゆっくりと目を開いた。そのまま目線だけでこちらを見る。


「シオンさん………おはようございます」

「うん、おはよう。昨日見た限りだと、そろそろ動いても大丈夫だと思うよ。ゆっくりと身体を起こしてみようか」


 僕がそういうと、シエルは頷く。そのままシエルはゆっくりと身体を起こす。途中で一瞬だけ痛みに顔が歪んでいたけど、そのままソファーから体を起こした。まだ痛みはあるようだけど、少しは我慢してもらわないといけない。まぁ、この子ならそれくらい大丈夫だと思うけど。


「立てるかい?」

「ちょっと………待ってください」

「大丈夫。転ばないようにゆっくりとね」


 シエルがソファーから降りる。もし倒れた時の事を考えていつでも支えられる場所にいたけど、シエルは一人で立ち上がる。


「良かった。それじゃあ朝食を食べようか。明日にはもう傷が開く可能性は殆どないと思うから、今日までは暴れてはいけないけどね」

「分かりました」


 僕らは食卓に座り、フラウが作った料理を食べる。当たり前においしいのだけど、フラウがその間もずっと頬を染めていたのがとても可愛らしかった。

 途中で熱があるんじゃないかとステラが心配し始めてしまったけど、勿論そんなことではないのは僕が一番わかっている。おでこを触られたりして心配されているフラウを見て思わず笑いを堪えていたら、フラウに軽く睨まれてしまった。シエルは何が起こっているのか分からず、困惑の表情を浮かべていたのだった。










 朝食を食べ終わった後、僕は工房に入って研究をしていた。最近はあまり時間が取れなかったからね。ちょっと前に研究材料も手に入ったし。


「………とは言ってもね。あの竜の属性は間違いなく水だろうし………うーん」


 水の真理を知る僕にとって、水の研究を行う必要がない。となると、竜としての研究を行うしかないだろうね。竜と言う種族そのものが少ないし、あんまり研究が進んでないからね。

 幸い、心臓は残っていた。胃と肝臓は無くなっていたけど………まぁ、それは仕方ないだろうね。取り敢えず、魔力の抽出から始めている。そこから更に竜の因子を抽出する………のだけど。


「思った以上の収穫と言うか………これはどうしようか」


 膨大な魔力。そこから抽出された竜の因子は想像よりもはるかに多かった。途中で抽出を止め、二本の瓶に入った赤いガスが集まったような球体。一本取れれば十分だったんだけど、流石に神代から生きる竜という事かな。

 まぁ、一つは研究に使うとして………もう一本は………まぁ、今後使うことがあるかもしれないし、保管しておけばいいかな。かなりの危険物だから、取り扱いには気を付けないといけないけどね。

 残った魔力などを使い、研究を進めていく。竜は生命力が高い。故に、生命の要素がとても強いという事だ。僕の命題である生命の真理について、大きな進歩を期待できる。生命は誰もが持つ要素ではある。けど、僕以外に生命魔法を使う者が極端に少ないのは、それだけ研究しにくい課題であるという事だ。

 生命と言うのは不思議な物で、神々すら本物の命を一から作り出すことは出来ない。だからこそ、既に存在する魂を転生させる手法を取るのだけど。

 生命を一から作り出せるとされている存在は、知られている中ではたった一つ。星命樹だ。まぁ、だからといって星命樹を研究材料に使おうだなんて思っていないけど。僕はいつか自分なりの方法で、この命題の答えを見つける。

 全てを解き明かす夢の中にある、大きな目標は変わっていなかった。











 ノック音が工房に響く。作業をそれに気付いた僕は時計を見る。正午を少し過ぎたあたりだった。まぁ、いつもの事だけど………やっぱり、あんまり良い癖ではない気がする。注意散漫で怪我をしたりするよりはよっぽどいいんだろうけどね。


「すぐに行くよ」


 僕が答えると、足音が遠ざかっていく。研究を一度止め、軽く片付けて儀式魔法を使う。これでここにある物の時間を止めている。研究物は時間を置くことで変化する場合がある。それを防ぐためだ。

 リビングに向かうと、既にフラウは昼食を並べていた。マリンも起きていたようだ。彼女は呆れたように僕を見る。


「研究をしだすと止まらないのも彼らそっくりなのね」

「まぁ………そうだね」

「私がいう事じゃないんでしょうけど………あなたほどの錬金術師が行う研究なら、失敗すればリスクも大きいはずでしょう?長時間出てこなかったら、この子たちが心配するわよ」

「………気を付けるよ」


 確かに、そう言われてみればそうかもしれない。僕はそんな危険な失敗をする事が無いように注意しているから考えていなかったけど、フラウやステラからすれば少し心配になるのは仕方ないのかな。


「………無事でいてくれたら、それでいいけど」

「私もそうだけど………シオンなら、私たちが思っている以上に注意はしてると思うから。でも、心配はしてるってことは覚えててほしいかな」

「うん。分かったよ。ちゃんと意識しておく」


 勿論、最初からそんな失敗をするつもりはない。けど、二人に心配を掛けているという事が分かったのだから、今度からもう少し時間にも気を配らないとね。


「………シオンさんは慕われているんですね」

「ん?………まぁ、そうだね。種族も何もかもが違うけど、案外うまくいってるよ」

「この大陸では、時と共に種族間の差が無くなってきているとは聞いた事があります。でも、こんなに隔たりが無い、本当に家族のような繋がりを持った人たちはとても珍しいですね」

「そう言ってくれると嬉しいよ。僕も彼女達を家族だと思っているからね」


 そんな僕らの様子を不思議そうに見ていたシエル。僕にとってかけがえのない家族だからこそ、周りからそう見えているのであればそれは喜ばしいことだ。

 大きなトラブルもなく、今の関係が成り立っているのは本当に奇跡なんだろうけどね。取り敢えず、冷める前に昼食を食べようか。

 そう思って、僕は席に座る。そのまま皆でフラウが作った昼食を食べていく。マリンは食事をしないという体質だから、ソファーで本を読んでいた。どこから持って来たのかは言うまでもないだろう。

 僕の隣に座っているフラウは、朝のように頬を染めたりして動揺することは無かった。そのまま昼食を食べ終わった僕らはソファーで談笑していた。その途中でマリンは狩りに行き、フラウがお昼から数時間した頃に昼寝をすると言って部屋に戻ったため、今は僕とステラ、シエルの三人で話していたけど。

 シエルには昼食を食べ終わった後、傷口の再生を促す薬を塗っている。回復薬と殆ど同じ効能だけど、代謝を無理ない程度に活発化させて再生させるものだから、あんまりリスクがない。その分、素材が貴重だから滅多な事では使わないんだけどね。

 シエルは星命樹の事は殆ど答えられないらしいけど、自分の普段の生活については普通に教えてくれた。僕と隣にいるステラは、案外街に居る騎士などと大きく変わらない星命の子の生活を意外に思いながら聞いていたのだけど、その話の区切りで不意に僕を柔らかいものがふわりと包み込む。

 おや、とうとう人前でもするようになったんだね………とは思ったけど、外出している時もしていたからね。案外気にすることじゃないのかもしれない。


「え?シオンさんとステラさんってそういう仲だったんですか?」

「ん?何がだい?」

「いえ、だってステラさんのそれって………」


 シエルがその言葉の続きを言おうとした時、僕の視界が塞がれるほどに翼が閉じられる。それと同時にシエルの言葉が途切れた。翼が僕を覆い隠していたのは一瞬で、すぐに解放されたけど………そこにあったのは微笑ましそうな笑みを浮かべるシエルと、真っ赤な顔をしたステラだった。

 何が起こったのか分からず僕が首を傾げると、小さく笑みを零したシエルが首を振る。


「ふふ………何でもありませんよ」

「そうかい………?まぁ、それならそれでいいんだけど」


 多分、本当は何かあったんだろうけど………取り敢えず、重要な事ではないんだろうね。そのまま僕はシエルに色々な事を聞いていた。ステラは変わらず僕を翼で包み込んでいたけど、明らかに口数が減り、頬を染めたままでいた。

 そんな様子に、何度か疑問を持って訪ねてみたけど、やはり何かは話してくれなかった。まぁ、具合が悪い訳ではないらしい。となると、あの時シエルが口にした言葉の意味に何かあったのかな。

 『それ』。つまりは、ステラが僕を翼で包み込んでいる事を指していたのだろう。そして、その前の言葉。それらを考えた僕の脳裏を、とある予想が過ぎった。

 前々から少しだけ感じていたそれが本当だとしたら?その考えに行きついた僕は、横目でステラを見る。彼女は何かを考えるように、小さく俯いていた。















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