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78話

 あれから数時間。最早朝の方が近い程の時間に、僕は大きなため息と共に糸を切る。それと同時に話しかけてきたのは、ソファーの手すりに腰かけている女性だった。


「お疲れ様。『権能』の後継者だけあって、流石の手際ね」

「半分魔法頼りだけどね。いくらなんでも、彼女の傷を医療だけで直すのは至難の業だよ」

「十分じゃない。それに、あなたなら切除しても新しく接合できるんでしょう?」

「出来るけど………この子に関しては、それがどんな影響を及ぼすか分からないよ。それに、場合によっては適合しない場合もあるから出来ればやりたくないんだ」

「治ったのなら何でもいいのよ」


 まるで興味がなさそうに言い放つ女性は、僕の記憶にある人物像と全く変わっていなかった。ため息を付きながら話題を変える。と言うか、まだやることがある。


「君の近くにあるタンスから患者衣を取ってくれないかい?」

「えぇ、分かったわ」


 そう言って、手早くタンスから患者衣を取り出して僕に渡して来る女性。僕が治療した少女は長い薄めのブロンドの髪に、ルビーのように赤い瞳が特徴的だった。着ていたのはかなり軽装の鎧で、セレスティアを彷彿とさせるような白くて細い腹部が見えているデザインだった。白金を基調とした金の縁取りで象られた胸当てと、同じく白金と布で作られた短いスカート。

 左肩のみに肩当を装着しており、右手はその白く細い手が全て晒されていた。戦闘用の白金のブーツとその背に掛けた青いマントには黄金の紋様が刺繍されている。とは言っても、治療のためにそれらの鎧は全て脱がせているんだけどね。

 軽装とは言え鎧であることに変わりはないし、治療後に着せ直す服として適切ではないのは考えなくても分かるだろう。少女に受け取った患者衣を着せていく。


「………そういうところも彼らそっくりなのね。近い歳の異性の肉体に興奮する事もないの?」

「んー………まぁ、元からあんまりそう言った欲求が無いのかもね。考えたことがないから分からないけど」

「そう。まぁいいけど」


 患者衣を着せ終わり、やっと終わったと一息つく。まぁ、眠る時間は大して必要ないから今更怒るような事じゃない。寧ろ、この少女が死んでしまったらそれこそ一大事なのだから文句を言えるはずが無い。

 それでも気になることがあるとすれば………


「なんでこんなところに星命の子が?生誕の樹海はここから二週間は歩かないといけないだろう?」

「さぁ?そこまで尋ねる余裕はなかったわ。ただ、邪神の眷属に追われていたわね」

「………追っていた?」

「この子を我らの父に捧げる………とか言っていたわね」

「なんだって?そいつらは人語を話していたのかい?」

「えぇ。片言だったけど、はっきりと喋っていたわよ」


 あの人間では理解できない言語を発していた眷属達が、突然人語を話すようになった。そして、星命の子が本来の役目を無視してこんなところにいる。

 星命樹や、この星の核の事が頭を過ぎった。最悪の展開が僕の頭の中で出来上がっていた。


「まさか………」

「まぁ、そういう事でしょうね」


 さも当然のように告げる女性………マリンは不老の力を持っていた。その根源については………まぁ、今度でいいかな。でもそんな彼女にとって、星命樹の危機など焦りを覚える様な事ではないのだろう。ただ、それがどれほどの事態かは理解しているはずだ。

 さぁ、どうしようかな。取り敢えず確認に行きたいのはやまやまなんだけど、星命樹が奴に取り込まれていたとしたら、樹そのものが怪物化している可能性がある。

 不用意に近づくのは危険と隣り合わせだ。さきにこの子から話を聞くのが先だろう。


「………仕方ない。僕は休むけど、君は?」

「この部屋で彼女を看ておくわ。何かやった方が良いことはある?」

「特にないけど………そうだね。魔族の子………フラウって言うんだけど、彼女が起きてきたときに説明だけ頼むよ。前にそれで怒られたことがあってね」

「えぇ、任せて頂戴。それじゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 軽く挨拶をして階段を上っていく。変わった性格をしてはいるけど、『権能』の記憶から彼女が無意味に暴れたり物を盗んだりはしない事は知っている。僕は階段を上って二階に行く。

 部屋に戻って、すぐにベッドに横になる。ここまで大規模な治療は初めてだったから本当に疲れた。けど、一番重要な事がまだ残っている。

 とにかく、今はそのことも一度頭から放棄して目を閉じた。










 私はソファーに座り、頬杖を付いて未だに眠り続けているシエルの寝顔を見ていた。こんな可愛らしい少女が星命の子なんて重荷を背負っている事をほんの少しだけ可哀想だと思ってしまったのだけど、本人はここまでの態度から心からそれを望んでいたんでしょうね。


「………それにしても、私にお別れも言わずに逝っていたとはね」


 『権能』の五人とは、まぁまぁ古い付き合いだったかしら。俗世に馴染まず、強大な魔物を狩ることを生業としていた私と、人知れずこんな辺鄙な場所で研究を続けていた彼らとの利害が一致したと言うだけだけど。

 不老であっても、不死ではない私の治療や狩りの支援を私が依頼して、彼らは私に狩りを依頼する。仕事上とは言え、悪くはない関係だと思っていたから一言くれても良かったと思うんだけど………まぁ、後継者を用意していることは事前に聞かされていたから、混乱しなくて済んだから良しとしましょう。

 既に朝日が昇っていて、朝日が窓の隙間から部屋に入り込んでいた。その時、二階から扉が開く音。階段を降りてくる音がしたけど、それが途中で止まった。


「………また?」

「あら、おはよう。お邪魔しているわ」

「………」

「突然でごめんなさいね。急患が出たから、古い友人に治療を頼みに来たのよ。その友人はもう死んでいたけど」


 そう言いながら、私はシエルのマントを見せる。そこに刻まれた紋様を見て少女は目を見開く。見た目は幼いという言葉が似合う少女。この子も可愛らしいわね。

 有翼族の子は種族柄言わずもがなだし、『権能』の後継者は周りに美少女を侍らせるのが趣味かしら?


「………星命の子?それに、古い友人って………」

「あなたと似たようなものよ。魔族ちゃん」

「………そう。シオンから聞いたの?」

「聞かなくても気配でわかるわよ」


 少女は静かな口調で話し続ける。外見は可愛らしいけど、性格に愛嬌が無いのは減点ね。すると、少女は小さくため息を付いて厨房に入っていく。あら………


「まさか、あの男はあなたみたいな幼い子に家事を押し付けているの?」

「………子ども扱いしないで。これでも十七歳。後、私がやりたくてやってること」

「え………?あぁ、そうなの………申し訳ないわね」

「………」


 アイスボックスから食材を取り出し、手際よく下準備をしていく少女。フラウと言っていたかしら?表情が変わらないから何とも言えないけど、その手つきから嫌々やっているようには見えないわね。


「家事は自分からやるようになったの?」

「………住まわせてもらってる私が、唯一返せる事だから」

「へぇ………なるほどね」


 そんな会話をしていると、再び二階の扉が開く音。近付いてくる気配はあの有翼族ね。有翼族は地上の生物を等しく見下しているいけ好かない種族なんだけど、彼女はそんな様子はなかったわね。

 階段を下りる音に目線を向ける。


「おはようございます。その方は大丈夫でしたか?」

「えぇ、何とかね。あなたの『権能』は融通が利いて良かったわ」

「わ、私の………?そんなんじゃ………」

「あら、私がこの家を訪ねた時、二人仲良くソファーで寄り添っていた気配がしたのだけど。それに翼を………」

「い、言わなくていいですから!と言うか、壁越しに何故そこまで分かるんですか!?」

「ふふ………狩人の第六感ってことよ」


 顔を真っ赤にして叫ぶ有翼族の少女に、思わず加虐心を煽られてしまう。有翼族にとっての翼は第二の心臓とも言える。それを触れさせるのは親愛の証であって、特にそれが異性である場合はある種のアプローチに捉えられることもあるのだけど………多分、そのことを彼は知らないんでしょうね。


「彼を起こさなくていいの?」

「ご飯が出来るまでは寝かせてあげて良いと思います。昨晩は大変だったと思いますし」

「そう」


 まぁ、彼はホムンクルスだから本来睡眠何てごく短時間で良いのだけど。彼女がそういうのならそれでいいんでしょう。甘いわね。


「確か………昨日はステラと言っていたかしら?」

「はい、よろしくお願いします………えっと」

「マリンよ。よろしくね」


 ステラは小さく頭を下げる。礼儀が出来ている子は好きよ。














 名前を呼ばれる。少しずつ意識が覚醒し、身体が揺すられていることに気が付いた。


「シオン、起きて?フラウがもうすぐ朝ごはんが出来るって」

「ん………あぁ、おはよう」

「ふふ、おはよう」


 朗らかな笑みを浮かべているステラ。時計を見れば少し遅い時間だった。気を使わせてしまったかな。


「気を使わせて申し訳ないね」

「気にしないで?昨晩はお疲れ様」

「あぁ………うん、ありがとう。確かに本当に疲れたよ」


 そう言いながらベッドから出る。待たせてしまうとご飯が冷めてしまうかもしれないからね。ステラはそのまま部屋を出て廊下で僕を待っていた。すぐに僕も部屋を出て一緒に一階へと降りていく。


「………おはよう」

「うん。おはよう。いつもありがとうね」

「………どういたしまして」


 フラウが料理を並べていた。そして、ソファーに座るマリンを見る。反対側のソファーには昨日の少女が眠っていて熱は大分下がっていた。とは言え、まだ完治したわけじゃないけど。


「おはよう」

「えぇ、おはよう。昨日は助かったわ」

「どういたしまして。それに、星命の子となれば見捨てるわけにはいかないからね」

「………星命の子?」


 ステラが不思議そうな顔できょとんと首を傾げる。おや、まさか………


「ステラ、星命樹って知ってるかい?」

「ううん。初めて聞いたかな」


 その言葉に、フラウやマリンが驚いたようにステラを見る。僕も少しだけ驚いていた。そんな周囲の様子にステラが焦ったような様子を見せる。


「え?も、もしかして有名人だったの………?」

「有名人って言うか………」

「………常識」

「まぁ………有翼族だから仕方ないのかしら?」


 まずはその説明から始めないといけないようだね。














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