73話
暗い空間。そこに集まった神々は、前回以上に険しい雰囲気を纏っていた。
「………やはりこうなったか」
「予想はしていたが、ここまで早いとは………」
そういった二人の老人と思わしき声。神々が囲んでいる中央の台の上に浮かぶのは、地上を空から見下ろした景色だった。
その中心には、雲をも貫くほどの巨大な一本の樹がある。
「とうとう、星命樹が奴に穢されてしまった。これでは、星の輪廻が奴の思うがまま………どうにかして、あの樹を取り戻すか………破壊せねばならぬ」
「しかし、星命樹を破壊するとなると………」
「………天命は我らにある。幸い今代の星命の子は生まれ、既に成熟している。もし破壊するのであれば、今の時期しかあるまい」
まとめ役の男の声がそう告げる。だが、先ほどの老人の声が再び声を発する。
「そうは言うが、星命樹をどう破壊するつもりだ。我らは契約により、星命樹を害することは出来ん。それは我ら神々共通の、絶対なる契約だ」
「直接破壊できないのであれば、やはり地上の民にそれを委ねるしかあるまい」
「………ふん。結局、神々と言っても人間に縋ってばかりとはな。情けない話だ」
心底呆れたように言い放つのはシラファスだった。他の神々とは全く考え方の異なる彼は、やはりと言うべきか異端扱いされていた。迫害などを行うことはないものの、変人であるというのが総意だった。
とはいえ、今回の発言は流石に聞き捨てならないのだが。
「口に気を付けるがいい。我らは互いに争わぬと決めたが、必要であれば貴様を神界から追放することも出来るのだぞ」
「勝手にしろ。貴様らの傲慢の被害者が一人増えるだけだろう」
「傲慢だと?我らは常にこの星のために………」
「この星のために、貴様らはどれほどの命と尊厳を奪ってきた?他の世界に住まう一人の少女までも犠牲にし………奴らからすれば、どちらが悪に見えるのだろうな」
一触即発。静寂の中で、激しい電撃と冷気が同時に入り混じるような雰囲気に戦えぬ神々は息を飲む。
「………」
「………」
無言の睨み合い………というよりは、まとめ役の男が一方的にシラファスを睨みつけ、当の本人はまるで見下すような目でそちらを見ていたのだが。
「………まぁいい。ここで貴様と論争を繰り広げる時間はない。気に入らないのであればそれでも良かろう。ただし、邪魔だけはしてくれるなよ」
「貴様らのやることなどに興味はないわ」
そう言って立ち去っていくシラファス。神々はその背を見送ることすらなく、ただ映し出される映像を見つめていたのだった。
ここはヴァーミリアの発着場。僕らは着陸した飛空艇から降りる。もう慣れたものだね。あれから二日経ち、僕らはアズレインの迎えで王都に来ていた。勿論、用事なんて決まり切っている。
「学院へは案内してくれるのかい?」
「勿論です。こちらへどうぞ」
そう言って歩き出すアズレイン。僕らはその後に続く。
「き、緊張してきた………」
「あはは………まぁ、あんまり気張りすぎない………と言っても気は抜けないか。一応、貴族のご子息もいるみたいだしね」
まぁ、いくら学生であると言っても貴族であることに変わりはない。ステラを見て、家を継いだ時の妻として迎えたいという者はいるかもしれない。
アズレインに聞いた所、学生は一年が十六歳くらいで、三年が十八歳だそうだ。高校と変わらないね。成人が十六であることを考えれば、婚姻とかも遠い話じゃないだろうし。
貴族は同じ学校内で、違う貴族の家の者と交流を深める事が多い。その理由は説明するまでもないだろう。
「うーん………外見を認められるのは嫌じゃないんだけど、婚約は嫌かな………」
「そりゃ人間と君とでは寿命が違いすぎるからね。事件にも巻き込まれやすくなりそうだし、僕はお勧めしないよ」
彼らが全員悪い人という訳じゃないんだろうけど、もし良い人格を持つ貴族に嫁いだとしてもそれはそれで妬みの対象になる。場合によっては事件に巻き込まれることも考えられるし、リスクを考えると出来るだけ貴族社会には関わらない方がいいと思う。
僕もそういう意味ではあんまり関わりたくないんだけどね。そのまま僕らはアズレインの案内を受けながら城下町を進む。いつも通りの賑わいの中、僕らを見て住人たちはざわめく。
内容は至ってシンプルなもの。『権能』であり、セレスティアの婚約者と言う噂を信じた者達の話声、その近くにいる有翼族が誰なのかと言う声。そもそも、何故僕らがアズレインに連れられて城下町を歩いているのか、など。
「町の住民には知らせていなかったんだね」
「必要がありませんからね。大々的に公表する事でもないでしょう」
「まぁね。そのうち勝手に噂にはなるだろうし」
僕が魔術学院に連日向かっていれば、流石三ヶ月の間に噂くらいにはなるだろう。と言うか、情報制限もしてない以上は親御さんから伝わる可能性も十分あるし。
別に問題はないけどね。授業の邪魔にならないのなら。その時、黙っていたフラウが小さく呟く。
「………学校、か」
「ん?なにかあったかい?」
「ううん………懐かしいなって」
あぁ、君の故郷には学校はあったんだね。何も言わなかったから学校には通っていなかったのかと思っていたよ。
「楽しかったかい?」
「………別に」
「あぁ………そっか」
本当に何の感情も含まれていない返答に、思わず一瞬だけ言葉に詰まった。本当に感想がないんだろうな、とは思う。前の話を聞いた限り、親だけじゃなく周囲の人ともなかなか馴染めていなかったらしいからね。
そのままアズレインの後を歩いていく僕ら。大体街の中心近くに来た時、それは見えて来た。
「………もしかしてあれかい?」
「えぇ、その通りです」
「随分と大きいね………ちょっとした宮殿と言われても疑わないけど………」
見えてきたそれは、前に見たヴァニタスと比べても更に大きかった。まぁ、そもそもの人数規模が違うからと言うのもあるんだろうけど、それにしたって大きい。校門の奥に広がる校庭は大きな花壇が沢山あって、通路のようになっている中心には噴水がある。
その奥には校舎があるのだけど、白を基調とした石造りに金の装飾が施されている。まるで宮殿か白とでも言うような豪勢な作りは、一見魔術学院と言うには些か気品に溢れすぎている。
とは言え、この国の歴史を鑑みれば何となく理由の予想は出来るけど。
「ヴァニタスと同じような理由、かな?」
「良くお分かりで。魔術と言うのは錬金術も含みますからね。彼らを育成する場として、重要施設である体裁を保たなければなりません。まずは見た目が最も目に入る点ですから」
「形から入る、ね………まぁ、正しい事ではあるんだけど」
物事はまず見た目で最初の印象が付く。見てくれを気にすることは当然でもあるし、建物にも同じことが言える。まぁ、どこからどう見ても重要な場所だっていうのは分かるし………目を引くとは思う。もしこの世界に空襲とかがあったら真っ先に狙われそうだけど。
「では入りましょうか。教師の皆さんもお待ちしていますよ」
「………一応聞くけど、生徒にも伝えているよね?」
「勿論です。フラウさんとステラさん含め、しっかりと伝えております」
「ならいいんだけど」
突然来て講義を行うなんて、生徒からすれば混乱の種でしかないだろうし。まずは教師の人たちへの挨拶が先だろうけど。
門の前には警備と思われる二人の兵士が立っている。その二人は僕らを見ると頭を下げる。
「お疲れ様です。そして、ようこそいらっしゃいました。シオン様」
「えぇ、お疲れ様です。後の案内は頼んでもよろしいですか?」
「勿論です。お任せください」
「頼みましたよ。という事でシオンさん。申し訳ありませんが、私には仕事があるのでここで失礼させていただきます」
「そっか。ここまでの案内ありがとう。助かったよ」
「当然の事です。では、失礼します」
そう言って、僕らがさっきまで歩いていた道に戻っていくアズレイン。それを見送ると、二人の兵士に向き直る。
「という訳で、案内をしてほしいんだけど………」
「えぇ、私に付いて来てください。我らフォレニア王国が誇る最高峰の魔術学院、エルピスへようこそ」
そう言って、二人の兵士は門を開ける。少しだけ新鮮な気持ちになって感傷に浸るけど、右に立っていた兵士が中へと入っていく。それを見て僕らも後に付いていった。
フラウは驚くほど無関心で、ステラは逆に忙しなく周りをキョロキョロと見まわしている。全く正反対の反応にほんの少しだけ笑みがこぼれる。
花壇が並ぶ校庭を抜けて、そのまま校舎の中に入っていく。その中は更に煌びやかになっていて、エントランスはレッドカーペットが奥の階段の先まで続いている。綺麗な石造りと金の装飾はそのままに、骨董品だと思われる壺などの装飾にも気を使っているのが分かる。
「綺麗………」
「随分と気合が入っているね………当然と言えば当然なのかもしれないけど」
「………学校?」
それぞれ感想は違うけど、僕らは揃って呆気に取られていた。それを見て、兵士は愉快そうに笑みを浮かべる。
「はは、驚きましたか?」
「そうだね………それなりには。綺麗に作られているのは予想していたけど、ここまでとは思わなかったよ」
「そうでしょう?我らフォレニア王国の発展を支えてきた有所正しき学院ですから。私もここを卒業しているのです」
「………?君は魔法使いなのかい?」
鎧を着こんだ姿がどうしても魔法使いに見えなくて、少しだけ驚く。
「警備兵と言えども魔法は使えます。さしずめ魔法剣士と言うべきでしょうか?私だけでなく、騎士なども殆どはこの学校を卒業していますよ。学科は違うのですが」
「ふむ………騎士科、魔法科で分かれているってことかな」
「いえ、騎士科ではなく戦術魔法科です。魔法だけでなく、それを組み込んだ接近戦闘技術を含めて指導する学科となります」
「なるほどね………そうなると、戦術魔法科の方が難しいように聞こえるけど」
魔法を組み込んだ接近戦。ただ剣を振り回すだけでは間合いの問題から簡単に魔法は使えないし、かといって離れすぎても得物は届かない。
接近戦闘と魔法を両立させるには、常に間合いを気にしながら戦う必要がある。離脱と接近のタイミングを見極めることが最も重要だと僕は思っているんだけど。
「いえ、魔法科は純粋に魔法を教わる学科ですので、魔法規模などを比べると明らかに差があります。戦術魔法科は魔法を主体で教えると言うより、魔法を組み込んだ戦闘を主体としていますから」
「へぇ………」
「中には大魔法と言える魔法を習得する生徒もいますし、実際は二つの学科はあまり仲が良くないのです」
「………ふむ」
まぁ、プライドの問題なのかもね。戦術魔法科は実戦的な魔法の使い方をするから、勝利主義の生徒が多そうだけど、魔法科は………何というか、魔法と言うものに大きな価値を見出している生徒が多そうだ。
勿論、どっちでもなくただ戦う手段として学んでいる者も多くいるだろうけど。少なくとも、ぶつかり合えば交わることのない方向性の違いなんだろうな、と言うのは理解できた。
「僕が教えるのはどっちなんだい?」
「それは校長に聞いてください。私は存じていませんので………」
「そっか。悪いね」
そのまま僕らは兵士の案内を受けて二階へ上がっていく。数十人が横に並んでも少し余裕があるくらいの広い階段を僕らだけが通っていると、なんだか不思議な気分だ。
「職員室は二階にあります。右の廊下の先ですので、迷うことはないかと」
「なるほどね。まぁ………迷子になったら、適当に頼んで案内してもらうさ」
まぁ、本当にどうしようもなくなったら『空の目』を使えばいいんだけどね。僕らはそのまま言われた通りに右の廊下に出て先を進んでいく。
生徒もだけど、教師はどんな人がいるのだろうね。挨拶で第一印象が決まるわけだし、気張っていかないと。




