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天才科学者の卵は転生しても研究を続けるそうです。  作者: 白亜皐月
三章・凶兆の暗雲は天より高く
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71話

 それから二日後。僕は件の遺跡に向かうため、あの渓谷に来ていた。フラウとステラはどうしてもと付いてきたがったけど、また風邪を引かれると困るから何とか説得して一人で来ている。

ちなみにロッカも一緒じゃない。あの湖の底にいる何かを刺激しないように、少人数で来ることを選んだからだ。もしそれでも駄目なら………まぁ、大した被害も出ないだろうし、全力で戦ってもいいかもしれない。最悪湖が全て干上がる可能性もあるけど。


「神話生物だとしたら、それこそ研究材料としては一級品だろうしね」


 戦いたいかと言われれば話は別だけど。興味があるのには間違いないけど、まだいいかなと言う思いが強い。面倒くさそうだと言うのが大きいし、あそこに眠っているのが本当に神話生物だと言う確証もない。

 間違いなく苦労する相手なのは先日の経験で分かっているのに、それが僕の興味を引く対象である確証がないのは割に合わないからね。研究に行き詰ったら、ちょっとした岩でも落としてみようとは思っているけど。

 やはり道中は驚くほど平和で、特に何事もなく湖のある大滝へと着く。あの荒れようが嘘のように、虹の掛かった綺麗な大滝と緩やかな湖の流れ。平和そのものと言った様子だけど、この湖の底に得体の知れない大型生物が潜んでいると考えたら泳ぐ気なんて起こらない。

 そして、僕が魔法で作っていた橋は無くなっていた。時間切れなんてないし、間違いなく破壊されたんだろうね。


「………」


 僕が『空の目』を使って水中を覗き込む。何か、巨大な生命力が湖の奥底に潜んでいるのは分かったけど、規模が大きすぎて正確な形が把握できない。少なくとも、この湖の半分を占める大きさなのだと言うのは理解できたけど。

 刺激しないためにどうするべきなのだろうか。橋を作るとまた怒られそうだし、いっその事水の上を渡って行こうか。


「………顕現せよ。ハウラの権能」


 僕が蒼い光を纏わせた右手を振るい、そのまま湖に一歩踏み出す。大きな波紋が広がり、僕の右足は水面を踏む。そのまま左足を前に出して、僕は湖の上を歩き出した。

 そのまま遺跡の残されている橋まで歩いていた時だった。『空の目』を使っていた僕の目に、水底で動く巨大な生命力を捕らえる。


「………ふむ。ダメだったみたいだね」


 曇り出す空。稲光と雷鳴を轟かせ、激しい雨が降り注ぐ。荒れ始める水面、滝の流れは激しさを増し、僕を射殺すような鋭くて重々しい殺気が突き刺さる。

 こうなれば………いっその事、ここで始末してしまった方が後々楽だろうか。今の所、神時代の遺物は研究対象だけでなく、邪神に対抗するための策を作り上げるためのヒントにも成り得る。

 建物自体に様々な秘密が隠されているかもしれないし、今後も通うことになると思う。その度にこの生物に邪魔されていたらキリがない。


「………雷霆」


 僕の左手の中で閃光が走る。それは激しい蒼雷だった。迸る雷光そのものを掴み、水面を弾けさせ雷鳴を轟かせる。

 徐々に強まっていく殺気。水面に浮上してくる命の気配。唸るような低い鳴き声が響く。


「オオオオオオオオオッ!!!!」


 水面が大きく盛り上がる。そして、水中から飛び出してきた生物は巨大な蛇………いや、竜かな?全身が蒼い甲殻に包まれ、背中には大きなひれが伸びていた。頭部には大きなトサカと長いひげ、口元には左右に開く大顎と、鋭い牙が並ぶアギトを持った巨大な竜。

 赤い眼光を残す殺意に満ちた鋭い目で僕を睨み、大きく咆哮する。


「ギャオオオオオオオオン!!!!!」


 耳を劈く激しい音の衝撃波。水面は激しく波立ち、風の圧が僕を襲う。先ほどの唸り声とは違う、明確な攻撃意思を持った甲高い鳴き声と共に、竜の周囲に巨大な水球が幾つも生成される。


「………」


 水球が小さな竜を象り、そのまま僕に襲い掛かって来る。それと同時に僕は水上を走る。まるで地面と変わらぬように水面を蹴り、水しぶきを残しながら音速の壁を超える。


「はぁ………!」


 前方から迫る水竜。それを左手の雷霆で薙ぎ、一瞬にして蒸発させる。足が止まった僕に次々と水竜が迫って来るのを見て、僕は空へ向けて投擲の構えを取る。


「轟け。雷鳴………!」


 僕が左手から撃ち出した雷霆は巨大な閃光となり、無差別な放電が轟音を立てながら周囲の水竜を滅する。そのまま空中に掛かる厚い雲の中へと消えた雷光。その瞬間、湖に激しい落雷が起こる。


「顕現せよ。リードの権能!」


 右手に纏った薄緑の光。それと同時に僕の周囲に風の鎧が展開される。僕の下から迫る巨大な気配。僕は一気に走り出す。

 風の鎧は僕を邪魔する空気抵抗を引き裂き、音速を易々と突破する。その瞬間、先ほどまで僕がいた場所を巨大な尾が水を弾き飛ばす。その尾は青い甲殻で包まれていたが、鋭く巨大なナイフのような突起が付いていた。


「ギャオオオオオオオオン!!!」


 竜の咆哮と共に水面から小さな水球が浮かぶ。それと同時に、浮かんだ水球は高速の弾幕となって僕へ発射されていく。

 それを全て『空の目』で捉え、水面を高速で駆けながら躱していく。水弾が着弾した水面では大きな水飛沫が発生し、少なくとも弾丸と同等かそれ以上の威力を持っていることが伺い知れた。

 僕が走りながら右手を振り下ろす。その瞬間、空から鋭い閃光が走り、遅れて轟音が戦場を包む。


「ギャイイイイイン………!!!」


 苦痛を表すかのような甲高い鳴き声。背中に生える巨大なヒレの一部が黒く焦げており、そこに残る僅かな蒼雷が、この竜を何が襲ったのかを示していた。

 しかし、怯んだのも一瞬。先ほど以上の殺意を宿し、再び天に咆える竜。吹き荒れる嵐は激しさを増し、水面で巨大な水の竜巻が幾つも発生する。確実に僕の動きを阻害しながら、竜は口内に蒼いエネルギーを充填し始める。


「顕現せよ!メイアの権能!」


 僕が黄金に光る右手を振るう。水中から飛び出してきた無数の黄金の鎖が竜へと巻き付いていく。破られるのは一瞬だろう。その前に重たい一撃を打ち込む。


「顕現せよ!シアトラの権能!!」


 白い光を纏わせた右手を竜へと向ける。右手の周囲に小さな白い光の球が三つ浮遊し、惑星のように回転する。その中心には巨大な白い光の球が生成されていき、僕は右手を握る。

 その瞬間、光の球が眩い閃光を発射する。竜の頭部を呑み込むほどの極光は、周囲の音を全てかき消していく。


「ギャオオオオオオオオン!!!!」


 しかし、竜が咆哮と共に鎖を引きちぎって水中へと潜る。それを見た僕は再び右手に黄金の光を纏わせて振るう。

 水中、滝の中、崖から。様々な所から湖の上に鎖が張り巡らされ、僕の下から気配が近付くとともに、そのうちの一本へ跳び乗る。

 水中から一気に飛び出してきた竜は僕がいた場所を丸ごと呑み込むように、大口を開きながらその上にあった鎖まで破壊していく。


「ロックオン。出番だよ………放て!!」


 その瞬間、湖の外にある渓谷の上にある森の中から飛び出してきた竜へ向けて緑のレーザーが放たれる。それは比較的装甲薄そうな白い腹部に命中し、巨大な爆発を起こす。

 耳を劈く悲鳴のような鳴き声。そのまま巨大な水飛沫と共に再び竜は水中へ潜る。


「………君に名を与えよう。イグニス」


 左手に劫火の剣を作り出す。その瞬間、水中から大量の水竜が飛び出してきて、僕へと襲い掛かって来る。鎖から鎖へと跳び移り、その間にも炎剣を振るって水竜を蒸発させていく。

 そのまま僕は天高くへと飛ぶ。炎剣は形を変え、巨大な槍へと変化していく。僕の周囲を渦巻く炎。放たれる熱は周囲の景色を揺らがせ、降り注ぐ雨は一瞬で蒸発していく。

 左手を小さく掲げ、水面に向けて投擲の構えを取る。炎槍は激しさを増し、僕の周囲を渦巻く炎は竜巻となり、その熱は周囲の空気を一気の膨張させて小さな爆発を起こした。


「滅却!炎の真理よ!灰燼に帰せ!!」


 その宣言と共に、水中へと放った炎槍。炎槍は水面に触れる前に水を蒸発させ、水面を穿ちながら進む。水が膨張し、爆発を起こすよりも早く水底へと辿り着く炎槍。

 その切っ先が水底の地面へと触れた瞬間だった。まるで太陽のような輝きが放たれるとともに、轟音と巨大な水飛沫、激しい豪風が吹き荒れる。周囲の温度は秋真っ只中だとは思えぬほどに上昇し、湖のど真ん中で発生した劫火は湖を呑み込む。

 それらが消えた時、爆発が起こった場所にはまるで湖をすっぽりと切り抜いたようなクレーターが発生していた。その周辺には、何かが燃え尽きたと思わしき黒い残骸。

 あれだけ厚く掛かっていた雲が消えていく。雨は嘘のように止み、快晴が湖の周辺を照らす。

 そして残っていた湖が、クレーターを覆い隠すように巨大な波を起こしながら包み込む。しかし、その分大きく下がった水位のせいで、一時的に川に流れ込む水が消える。


「………十分抑えたつもりだったんだけど、これでも駄目か」


 その時、水面に浮上する巨大な影。それは、胴体のど真ん中を焼き払われて両断された竜の上半身と下半身だった。胃とか腸は最悪無くなっていても良いけど、心臓だけは無事であってほしいんだけどね。それを見ながら、僕は水面へと落下していく。

 空中で着地の構えを取り、大きな水飛沫を起こしながら水面へと降りる。大きな波紋が広がる。僕の目に映る生命は一つも存在しなかった。

 水面に浮かぶ巨大な竜の死体へと近付いていく。他の部位は案外綺麗なままで、研究価値としては中々だと思う。少なくとも、こんな生物の記憶は『権能』達の中にもない。

 空の魔法で上半身と下半身をしまう。先ほどの熱で僕の服は乾いてしまっていた。特殊な魔法を掛けているから、自分の魔法で燃えることはないだろうけど………


「やっぱり、それも限界はあるね」


 コートの裾を見る。僅かながら、確実に焦げていた。あれだけの熱量を受けてその程度と思うべきか、『権能』の錬金術を以てしても耐えきれない程の熱量をやりすぎだと思うべきかは人次第かな。

 取り敢えず、邪魔者を排除できたから一旦良しとしよう。水面も既に水位を取り戻してきているし、川が干上がることはないと思いたいのだけど。


「よっ………と」


 水面を蹴り、少し上に浮上してしまった遺跡の橋に乗る。若干爆発が起こった方向が溶けたのかすり減っていたけど、そこまで被害はないようだ。まだまだ時間はある。

 折角来たのだから、中を調査しなければ意味がない。僕は平和になった湖を眺めながら、遺跡に入っていくのだった。








 中に入ると、以前と全く同じ広くて真っ暗な空間。前はこれ以上先に進まなかったけど、遠目に見る感じも変化はない。

 ただ、遺跡そのものに魔力が宿っているようだった。しかし、ダンジョン化しているのかと言われれば違和感を覚える。魔物の気配がないからだ。

 魔物が存在しないダンジョンと言うのは有り得ない。外へ出ることが出来ない以上、ダンジョンの中で生きるしかないからだ。ある程度の基準に沿って、ダンジョン内の魔物は一定の数に保たれているみたいだから、召喚されなかったと言うのも考えにくい。

 それに、宿る魔力は一定の規律を保っていた。まるで何かの回路のようだ。


「………この遺跡そのものが何らかのマジックアイテム………という事かな」


 僕はそのまま左右に分かれている通路を見る。どちらに行くべきか………そう思った時、ふと右の通路の奥で何かが動いたような気がした。白い何かだった。


「………?」


 魔物、という風に見えない。それはどこかへ歩き去るように消えていく。勿論、追いかけないという選択肢はなかった。

 右の通路に歩き出す。さて、この先に何があるのかな。













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