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天才科学者の卵は転生しても研究を続けるそうです。  作者: 白亜皐月
三章・凶兆の暗雲は天より高く
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68話

 ステラが正式に家で暮らすことになってから三日。既に家での生活に慣れていたこともあってか、特に生活に大きく変わった事はなかった。食事を作るのは当番制だし、わざわざ部屋の説明もいらないし。

 けど、若干肩の荷が下りた僕は久々にフィールドワークに行っていた。精霊の森には何度も足を運んでいたけど、自由に散策するってことはあまりなかったからね。

 特にロッカは家にいる時間が多くなっていたからか、フィールドワークに行くと聞いてとても喜んでいた。フラウとステラも一緒に来てるんだけど、ステラは一緒にフィールドワークをするのは初めて………というか、多分一緒に外を出歩くことが無かったと思う。村やフォレニア王国に行った時は出歩くとはまたちょっと違う気がするし。

 今歩いているのは、鬱蒼とした森の中を川に沿って歩いていた。あれ?精霊の森とあんまり景色が大きく変わらないね。


「………今日はどこまで行くの?」

「少し遠くまでかな。この辺は大体回ってしまったからね。それに、この先はどの国にも属していない領地だし、何か新たな発見があっても良いと思うんだ」

「………そう」

「疲れたら無理をせずに言うんだよ。手入れや統治もされていないから、危険があった時に動けないようじゃ大変だからね」

「………うん」


 フラウは頷く。僕の袖を小さく握っていて、まるでお出かけに来て親から離れないようにする子供のような印象だった。

 ステラはフラウの隣を歩いていて、ロッカは僕らの後ろを付いてくるように歩いている。特に隊列に意味はない。戦闘になったら僕かロッカが前線を張るしね。

 言わずもがな、フラウとステラは魔法の腕こそ並みの魔法使いを大きく上回る能力を持っているけど、接近戦に関しては無力と言って良い。特に身体を鍛えている訳ではないし、鎧を着ている訳でもないし。その点、ロッカには本当に助けられていると思う。


「空の上とはまた違った空気の良さを感じる………アストライアには、こんな風に木々が生い茂ることはなかったな………」

「まぁ、場所が場所だからね………植物自体はあったのかい?」

「うん。地上の植物と違って、枯れないし水もいらない花畑は一面に咲き誇ってたかな」

「………景観は間違いなく楽園だね」

「そうかな?私は見飽きちゃったんだけど………」


 そりゃ数千年もあれば飽きるだろうけど。そう思えば、彼女が好きだった空から見下ろす地上の景色って言うのはどれほど素晴らしかったんだろうね。


「君が前に言ってた、地上を見下ろした時の景色の中で、特に印象深かったのは何だい?」

「え?………色々、かな。朝日が昇る瞬間とか、息づく生命の営みとか………見ていておんなじ景色は殆どないから、私にとっては唯一の楽しみだったの」

「なるほどね」

「………ステラは、アストライアから降りて後悔してる?」


 フラウ、それはかなり踏み入った質問だと思うけど。そう思ったのだけど、ステラは、少し空を見上げて何かを考える。


「………もう戻れなくなったときは、後悔したかな。退屈なのは間違いないけど、争いや危険なんて存在しない平和な場所でもあったから。でも今は………色々とあるけど、幸せだと思う事は増えたと思う」

「………そう」

「ふふ………今はあなた達と一緒だし、降りて良かった………とはまだ言えないけど、後悔はしてないの。これからも、仲良くしてね」

「………うん、勿論」


 フラウが頷いたのを見て、ステラが頭を優しく撫でる。ロッカはそれをじっと見ていたけど、多分微笑ましく思っているんだと思う。表情がないから分かりにくいけど。

 正直僕はちょっと羨ましいんだけど。頭を撫でたいと言うと少し危ない人に見えるかもしれないけど、フラウはそうしたくなる雰囲気を纏っているのだから仕方ない。いつも怒られるのに、ステラだけは大人しく頭を撫でさせている。

 忘れがちだけど、彼女は十七歳なんだし異性から触れられるのが嫌なのかも………いや、そんなことないだろうね。軟膏を塗るときは直に触れている訳だし、そうだとしたらそんなことさせるはずが無いだろうし。

 ちなみに、フラウの傷はしっかりと消えた。ほぼ消えかけだったしね。一度もステラにその場面を見られなかったのは一安心だ。本当に違うのだけど、誤解を招くと解くのが大変だ。


「………!」

「………おや、魔物かな?」


 その時、近くの茂みの先から音が聞こえた。特に大きい訳ではないようだし、ただの獣の可能性もあるけど。ステラとフラウも一気に表情を引き締めてそちらを見る。

 しかし、そのまま気配が走り去っていく。正体は分からないけど、勝ち目がないと踏んだんだろう。まぁ、自然界でロッカを見たら逃げ出したくなる気持ちも分かるけどね。

 そのまま僕らは歩き続け、昼前には森を抜けることが出来た。そこは大きな渓谷の間にある川に繋がっていて、本格的に秋になった今ではほんの少しだけ肌寒さを感じる。周囲の紅に染まった落ち葉と木々を見るに、多分カエデ属の植物なんだろう。

 この世界でもこういった紅葉は存在するのだけど、僕のいる大陸では滅多に見られないそうだ。確か、極東にある大陸には多く存在すると聞いた事があるんだけど、生憎と『権能』の四人も足を運んだことがないから詳しいことは知らない。


「へぇ………綺麗だね。僕もこの景色は初めて見たよ」

「………すごい」

「綺麗………こんな場所があったんだ」

「………!」


 僕は前世で日本に住んではいたけど、ずっと都会暮らしだったから一面の紅葉は見たことがない。写真やテレビの中だけかな。こう言った木からは美味しい樹液が採取できると聞いた事があるけど………時期はいつだったかな。少なくとも今ではなかった気がする。


「………この絶景が知られていないという事は、本当に足を踏み入れる人間がいないんだね。こう言った未開の土地なんて、冒険者にとって格好の探索地だと思うんだけど」

「………そういえば、まだ冒険者の人に会ったことない」

「私も………」

「僕は………会うとは違うけど、手当はしたことがあるかな。まぁ、でも君たちはあんまり関わらなくていいと思うけど」


 王都ヴァーミリアで襲撃が起こった時、近くにいた冒険者達が麻痺毒で倒れていた。幸い、致死性の物ではなかったから犠牲者は出なかったけど、僕が関わったのもその時だけだ。

 今がどうかは知らないけど、少なくとも『権能』が生きていた時代の冒険者達は殆ど山賊や盗賊と変わらなかったという記憶が存在する。力こそ全てを地で行く荒くれ者の集まりで、欲しいものは実力で手に入れる無法状態。冒険で手に入れた戦利品は勿論、店で取り扱っている高級品、女性関係で争いを起こすなんて日常茶飯事だったらしい。

 フォレニアでそこまでの無法が許されるとは思っていないけど、最初のイメージと言うのはどうしても大きい。フラウ………で争いを起こす奴は異常者だし滅多にいないだろうけど、ステラに関してはあんまり関わって良い事が起きるとは思えなかった。


「まぁ、あの暮らしをしている以上は滅多に関わることはないだろうけどね。行こうか。まだお昼まで少し時間がある。テントを持ってきているし、今日は野宿になるかもしれないけど大丈夫かい?」

「………私は大丈夫。あなたと会うまでは、地面や木の根元で寝るなんて当たり前だったから」

「私も良いけど………出来れば、フラウかシオンと一緒のテントに出来ない?野宿に慣れてないから、ちょっと怖いの」

「いいよ。じゃあフラウと一緒のテントでいいかい?」

「………私はいいよ」


 フラウが頷くと、ステラはホッとしたような表情を浮かべる。


「フラウ、ありがとう」

「………気にしないで。ちょっと、楽しみ」

「ふふ………うん、私もよ」


 フラウが小さく笑みを浮かべ、ステラも優しく笑みを返す。僕が精霊の森に調査に行っている間は家にフラウとステラ、ロッカしかいなかった訳だし、女性同士だから話しやすいのもあったんだろう。

 僕が知らない間に二人は凄く仲が良くなっていた。同じ家に暮らす以上、仲が良いに越したことはないし、まるで姉妹………または母娘のようで見ていて微笑ましくなる。多分、フラウにそんなことを言ったら怒られるだろうけど。

 川沿いに上流へと向かっていく。途中で道が途絶えたら………そうだね。適当に道を作って渓谷の上に行くのもいいかもしれない。迷ってしまっても、ニルヴァーナがいれば帰れないなんて事にはならないし。


「………ここにテントを立てる訳じゃないよね?」

「そのつもりだけど………どうかしたかい?」

「………寒い」

「あぁ………大丈夫かい?肩掛けを持ってきてるから、使うと良い」


 そう言って僕は小さな肩掛けをバッグから取り出す。秋になっているし、野宿するなら必要かもしれないと思って持ってきていた。

 肩掛けをフラウに掛けてあげながら、僕はステラにも尋ねる。


「君は大丈夫かい?」

「うん、私は寒いのには慣れてるから大丈夫」

「そっか」


 そんな会話をしながら、僕らは渓谷を進む。徐々に流れが速くなってくる川を見て、上流が近いのだと理解できた。特に道中は何もなく、鳥のさえずりや川から飛び出す魚がいたくらいで、魔物の姿は一切見ていない。以前にフラウとフィールドワークに来た時は魔物が多すぎてうんざりしたけど、何も出てこなさ過ぎるとちょっと退屈かもしれない。

 そのまま本当に何もなく上流まで付いた僕達。そこは想像以上に大きな湖になっていて、まさに絶景と言うべき視界に入りきらない程の巨大な大滝が存在した。水しぶきで虹がかかる程の大滝だったけど、そこにあったのは僕らが全く想像もしてなかったものだった。


「………遺跡?」

「だね………なんでこんなものがあるのかな」

「………さぁ」


 視界に納まりきれない程の大滝。その中心には石で作られた大きな入り口があった。けど、そこまでに行くための道は入り口側から途切れていて、こちらから向こうに渡る手段はなかった。

 湖が浅いという事はない。明らかに底が見えないほど深いし、多分一種のダムのようになっているのだろう。泳いで渡るのは………ステラは飛べるから問題ないだろうけど、フラウが風邪を引いたら困る。

 とは言え、こんなに気になる物を見つけて放っておくなんて選択肢がある訳が無かった。


「顕現せよ。メイアの権能」


 僕が黄金に光る右手を振るう。すると、湖の底から地面が水面に出てきて、大きな橋になった。濡れてはいるから滑りやすいけど、慎重に歩けば大丈夫だろう。


「………行くの?」

「僕は行こうと思うけど………もし行きたくないなら、ここで待っていても良い。魔物は出ないみたいだし、危険はないと思うからね」

「………行く」

「そっか。ステラは?」

「私も行く。もう待っているだけなのは嫌だから」


 ロッカは言わずもがな、寧ろやる気満々と言った様子を見せている。じゃあ決まりだね。僕の中にはいくつかこの遺跡の正体についての仮説………というか予想があって、一つは神時代の遺産が眠っている工房、もう一つはその後の魔法時代に作られた、何らかの儀式を行うための聖堂だろう。どちらにせよ、文化的な価値が高いのには間違いないし、神時代の遺産………つまりアーティファクトは、僕にとっても大きな研究価値がある。

 真理を追究するのなら、真理を知る者が作った物を調べる。『権能』達もアーティファクトの収集には必死になっていたみたいだし、僕としてはそういったものがあってくれると嬉しい。

 ただ、こう言った遺跡などはダンジョン化してる可能性もある。長年に渡って内部に漂う古の魔力が建造物そのものに憑依して、内部の空間を歪めることで発生すると考えられている。魔物が魔力を使って生み出され、周期的に内部の構造は変化する。道が無くなることはないみたいだけど、迷ってしまう事は珍しくない。


「滑らないように気を付けて。水に濡れたら風邪を引いてしまうかもしれないからね」

「………うん」

「えぇ、分かってる」

「!」


 ロッカの体重で橋が壊れないか少し不安だったけど。案外そんなこともなく、僕が作った橋の部分が終わるその時だった。

 僕らから少し離れた場所。湖の中から泡が上って来ていたのが視界の端に映る。


「………」

「………何か、いる」

「魔物………かな」

「!」


 フラウ達もすぐに気付いたようで、それを見ながら呟く。しかし、泡は時間が経つにつれ徐々に巨大になっていく。それと共に揺れ出す地面。橋も同時に揺れ出し、僕らは手を地面に付けてバランスを保つ。波は振動に合わせて大きく揺らぎ始め、橋にぶつかった波が少なからず僕らを揺らす。

 さっきまで快晴だった空は急激に雲がかかり始め、ぽつりぽつりと雨が降り出した。それと共に増大していく湖の底の魔力。何者かが目を覚ます気配と共に襲ってくる強烈な殺気。


「オオオオオオオオオッ!!!!」


 湖の底から聞こえる低い咆哮。地面を揺らし、先ほど泡が浮上していた場所を中心にして巨大な波紋が波となって襲ってくる。


「っ………遺跡の中に入ろう!今は危険だ!」

「う、うん!」

「………分かった………!」

「!」


 流石にこんな足場が悪い場所で戦うのは不利だ。勝てないことはないかもしれないけど、相手の姿が見えない以上は無理は出来ない。雨が降っているのもあるし、戦うのであればもっと好条件な環境があるはずだ。

 流石に遺跡を破壊するとは思えないし、夜などの時間をずらして出れば安全に帰れるはずだ。既に橋を半分以上渡っているし、道を戻るのはより危険だと判断した。

 慌てて遺跡の中へ駆け込む僕ら。ロッカが走っても崩れなかったのは幸いだ。入口の手前にあるポーチとなっている所で雨を凌ぐと、先ほどの殺気が消える。


「ふぅ………結局濡れてしまったね」

「………最悪」

「あはは………中で火を灯そうか。マジックアイテムは持ってきているし、もし体調を崩したらニルヴァーナで無理やり脱出しよう」


 そう言って僕らは遺跡の中に入っていく。中は真っ暗で、明かりなど一切ない。僕はそれでも問題ないのだけど。

 僕が右手に赤い光を纏わせ、そのまま手の上に炎を灯す。それと同時に、僕の隣でも光が灯った。


「おや、助かるよ」

「気にしないで。それより早く火を付けてあげなきゃ」


 僕が頷いて、ロッカの中からマジックアイテムを取り出す。一見小さな四角のブロックだけど、地面に置いて魔力を流せば、焚火と遜色ない炎が灯る。


「………大きなタオル、ない?」

「あるよ。服を乾かしておくかい?」

「………うん」


 僕がロッカの中から大きなタオルを取り出す。ステラは大丈夫かな。そう思ってステラを見る。


「………私も、服は乾かそうかな。寒さには慣れているけど、冷たい水に濡れる経験がなくて、気持ち悪いから」

「ん。二人共脱ぐのは待ってね。テントを用意するから、中で着替えるといい」


 そう言って僕は二人にタオルを渡した後、魔法で収納していたテントを取り出して立てていく。そのままテントを立てると、二人は中に入っていく。

 周囲を見渡すと、思った以上に広い空間だった。ロッカが十人分くらい必要なほど高い天井や、堅牢な石作りの床や壁には何かの模様が彫られていた。これを見て、多分だけど僕の中では神時代の建造物である期待が高まっていた。

 まぁ、その場合だとあの湖の生物が神話生物の可能性が出てきてしまうのだけど。危険が付き物だとは言え、二人を巻き込んでしまったことに申し訳なく思うのだった。













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