66話
神界。地上の統治を地上に住まう生物に託した後、神々が渡った世界。ただし神々が仲睦まじく暮らしているという訳ではなく、それぞれの空間で地上を眺めているだけなのだが。
「………こうして集まったのは、いつ振りだろうか」
「さて………数えることもやめてしまった。しかし、時が来たのは間違いあるまい」
聞こえる老年の声。その重々しい雰囲気を皆が纏っていた。戦いの末に数千年と続いた安寧は、今終わろうとしている。この星を愛する者として、ただ指をくわえてみている事など出来はしなかった。
「しかし………我らだけでどうするのだ?アフィガルド様がいない今、我ら神々は衰えるばかりだ。力を蓄え続けている奴と戦える者など存在しない」
「………そうだな。フラマガルドがまだ残っているとはいえ………三日持てば、か」
男たちがそんな言葉を交わす中、若い女性の声が響く。
「彼には復活する彼の者の相手をするのではなく、生み出される眷属の始末に専念してもらうしかないでしょう。時間稼ぎにしかなりませんが………」
「左様。地上に生きる者達が狩りつくされてしまっては意味がない。それに、地上には『権能』の後継者なるものが生まれたそうだ」
その言葉に、集まった者達は苦虫を嚙み潰したような顔をする。神々が去った後の地上では、人間の中でも神々に最も近づいた魔法使い、『権能』が生まれた。それだけであれば、特に気にすることはないのだ。地上が神々の物ではない以上、近い力を手に入れた者が現れたとて関係のない事だ。
もしそのものが世界を滅ぼそうとしたとしても、それはこの星に生きる者達の問題だ。星を守る者として、民の願いに力を貸し与える程度はするのかもしれないが。
「………一代で終わってくれれば、何の問題もなかったのだがな。よりによってこの時代に転生するとは」
「とは言え、今の我らでは『権能』の後継者に太刀打ちする事すら難しいだろう。かといって、フラマガルドを向かわせて消耗させる理由もないのだが………」
「彼の存在は、この星の危機を救う英雄にも成り得ます。しかし………」
「一度奴らの手に落ちれば、それだけで彼奴の封印を解く原因にも成り得る。封印が解かれる事だけは、何があっても阻止せねばならぬ」
その言葉に返す言葉はない。例え地上の人間が全て奴らに駆逐されたとしても、封印の解除には及ばないはずだ。しかし、あの少年は一人で封印を解くほどの養分となる危険性を秘めている。
五つの真理とは、それほどの力があるのだ。
「生贄の候補は見つかったか?」
進行を務める男が周りを見ながら尋ねる。しかし、誰もが顔を見合わせるばかりだった。星の核に寄生する化身は数千年を掛けて女神を取り込み、より強大な存在となった。
たった数年、数十年耐えられるだけでは意味がないのだ。ただの延命だとしても、再び数千年の間、あの物の力を受け入れるだけの器が必要だ。
彼の者を慰め続けるためには、巫女足り得る女性であることが前提である。故に女神を差し出したのだが、既に同等の神格を持つ女神は残っていない。
「シラファス。汝は先日、有翼族の王女に力を貸し与えていたな。あの娘はどうなのだ?」
今まで一切口を開かず、目を閉じていた白い長髪の男。恐ろしいほど美しく整った顔立ちと、背には大きな白い翼を備えている。頭上には光の輪が浮遊しており、右手には長い杖を持っていた。彼こそが有翼族が信仰し、自らの祖先だと信じる天空神シラファスである。
白銀の瞳を開く。感情の読み取れない表情からは、何を考えているのか測り知ることは出来ない。
「………知らぬ。私はただ、あの怪物を打ち倒し、『権能』の青年を救いたいと言う純粋な祈りに応えただけだ。彼女が生贄の器足り得るかなど、私の知る由ではない」
淡々と答える男。いつもの事ながら、彼は真意を話しているのか虚偽を語っているのか分からない。その返事に、問いかけた男はため息を付く。
「はぁ………シラファス。今はこの星の危機なのだぞ。幾ら自らの子孫だとは言え、情を掛けている場合ではない」
「情だと?笑わせるな。あのような者共を我が子孫と認めたことなどない。私が力を貸したのも、あの怪物の打倒を目的としていたからだ。祈りと言う対価を受けた以上、そこに他意はない」
吐き捨てる。しかし、やはり真偽の分からない抑揚のない話し方と表情では信じ切ることなど出来はしない。だが、これ以上問い詰めたところで期待していた言葉が返ってくることはないだろうと理解した。
「まぁ良い。だが、知らぬという事は彼女が器足り得た時に、文句はないのだな?」
「………好きにするがいい。私の知った事ではない。だが、彼女は今『権能』の庇護を受けている。下手に手を出せば、無事では済まないだろうな」
「『権能』と呼ばれるほどの賢者がたった一人の少女と、自分を含めた星に生きる全ての生命を天秤に掛けて前者を選ぶような愚者だと思うか?」
その言葉は最もだった。この星の生命全てと、たった一人の有翼族の少女。その重みの違いは明らかである。しかし、それに対して特に反応をしないシラファス。
無言で目を閉じて、それ以上は会話に応じない意思を示す。それを見て、進行を務めていた男が告げる。
「今はとにかく、巫女となる者を探す事が最優先だ。血眼になるつもりで探すがいい」
神々は頷く。この星を愛する者として、自分たちに出来る事をするのは当然の事だった。
フォレニア王国の上空。少し肌寒い雲の下を、飛空艇は飛んでいる。パーティーが終わるまで語り明かし、客室で休んだ僕らは起きてから朝食を食べ、すぐに村の方へ帰っていた。セレスティアにはもう数日くらい泊って行きませんか?と言われたけど、一度承諾したらズルズルと引き止められ続けそうだと思って断った。
何となく、彼女と同じ屋根の下に居続ける事に嫌な予感を覚えたのだ。あの時彼女の中に見た嫉妬は、僕ですら恐怖を覚える物だった。嫉妬に囚われる事はないと言ったけど、本気で僕を手に入れるためにどんな手段を取って来るか分かり得ないと判断したからだ。
逃げるという訳ではないけど、一度落ち着いてくれればと思ったのだ。
「シオンさん、もうすぐ着きますが………折角セレスティア様と再会したというのに、一日で帰っても良かったのですか?」
「君、何だかんだで見てたんだろう?あのセレスティアといつでもアクセス出来る環境に居たら、何が起こるか分かった物じゃないよ」
「おや………そう言った経験がないと仰っていた割には、危機管理はしっかりしておられるのですね」
甲板の柵に腕を乗せて、声を掛けて来たアズレインを横目で見る。愉快そうな笑みを浮かべたアズレインは、空からの景色を眺めて呟く。
「もう一度聞きますが、セレスティア様と婚姻を結んでいただく気はありませんか?」
「………さぁね。まだ悩むように言われてしまったんだ。答えを出すことは出来ないよ」
「それはそれは………初々しいと言いますか。セレスティア様と言えども、恋を知らなかった乙女だったようですね」
「まぁ………」
正直、あんまりこの話を続けたくはないのだけど。そんな思いが通じたのか、アズレインはそれ以上声を掛けてくることはなかった。
フラウは船内の休憩室で仮眠を取っていて、ステラは近くにある台座に腰を掛けていた。昨日はつい話し込んでしまって、隣でウトウトしていたフラウに気付くのが遅れてしまった。
いつもより明らかに眠る時間が遅くなってしまったし、多分眠り足りなかったんだと思う。最初は甲板でずっと付いて来ていたけど、途中で睡魔が襲ってきていたらしい。
すると、見知った村が見えてくる。到着まで後数分程度だろう。僕は近くにいるステラに声を掛ける。
「見えてきたね」
「うん。ちょっと嫌なこともあったけど………あなたと一緒にパーティーに参加できてよかった。ありがとう」
「そう言ってくれたら幸いだよ。どういたしまして」
僕らは村に着いた後、フラウを起こしに行った。けど、あまりにも幸せそうに眠っているものだから、起こすのも忍びなくなった僕らはフラウを抱えて運ぶことにした。
村人達に挨拶をしながら村を出て、家へと向かっている僕の腕の中で小さな寝息を立てているフラウ。その寝顔を見て、ステラが微笑んだ。
「ふふ………可愛い」
「そうだね………こういうところが幼く見えるんだけど」
「えぇ、本当に」
そう言ってフラウに優しい笑みを向けるステラは、本当に母親か姉のようだった。すっかり彼女もフラウの妹感に毒されているみたいだ。
家に着いた僕は、ロッカに抑えめで声を掛ける。
「ただいま、ロッカ」
「!」
ロッカは僕の手の中にいるフラウを見て小さく頷く。ステラも小さく手を振って、階段を上がる僕についていく。フラウの寝室の前に来ると、ステラが部屋のドアを開けてくれる。そのまま中に入った僕は、フラウをベッドに寝かせる。
「すぅ………んん………」
小さく寝返りを打つフラウ。僕とステラは小さく笑みを浮かべると、そのまま部屋を出て一階のリビングに戻る。
「僕はちょっと書斎に行ってくるよ」
「分かった。本はこっちで読むの?」
「そうだね………しっかり読もうと思ってるし、そうしようかな」
「えぇ、じゃあ飲み物を用意するね」
「おや、ありがとう」
僕は廊下を進み、ステラはキッチンに入っていく。僕はそのまま書斎と入る。昨日と同じ本棚にある、同じ本を取り出す。
当然だけど、邪神の眷属達への対応をするにしても僕だけでは難しい。神々のうちの誰かとコンタクトを取り、協力を仰ぐのが最善だと判断した僕は、未だに地上に残っている神々を調べようと思った。
神々が神界に渡った後も、地上に残った神はいると言うのは漠然と聞いた事がある。もしその話が本当なら、僕でも接触できるかもしれない。
昨日と同じ本を取り出し、それを持って書斎を出る。そのままリビングに戻ると、ステラがコーヒーとミルクを持ってソファーの前の机に置いている所だった。
このミルクは、ステラが甘い飲み物が好きだと聞いて村人達から譲ってもらうようになったものだ。僕はあまり飲まないし、フラウも好んで飲むことはないから実質的にステラ専用になっている。
そのままソファーに座る。前にも言ったけど、僕はあまり好んで読書をするわけじゃないんだけど、これは絶対に必要な事だ。
ページを開く。僕が知りたいのは地上に残った神々の話だから、必要がないページは飛ばす。そんな風にページを捲っていると、ステラが隣に座る。
「………」
「………」
静寂が続くけど、特に気まずいとは思わなかった。ステラはミルクを飲み、僕もコーヒーを飲みながら本に目を通していく。ステラが持っていたカップを机に置く。
そのままソファーに置いてあるクッションを僕の横に移動させ、それを枕にして寝転がる。異性の隣で寝転がるのは不用心だと思うけど、フラウのようにスカートで足をこちらに向けていないだけまだマシだと思う。
ステラは本を読む僕を見上げていたけど、僕がカップを机に置いたのを見ると、僕の左手を両手で握って来た。
「ん?」
本は片手で捲れるし別に迷惑ではないのだけど、突然の行動に疑問を浮かべて彼女を見る。すると、ステラは僕の左手を自分の顔に添える。
「ステラ?」
「ん?どうしたの?」
にこりと笑みを浮かべたまま言葉を返すステラ。何となく甘えているのだという事は分かっているのだけど、彼女がこうして甘えながらスキンシップを取ることは珍しいから驚いた。頬に添えた僕の左手を両手で包み込んだまま、小さく頬を染めていた。
「………楽しいかい?」
「ううん。でも………幸せかな」
「そっか。まぁ、そう思ってくれているのならいいんだけど」
彼女の今までを知っているからこそ、本当に幸せそうな笑みを浮かべて呟くステラに、それ以上何かいう事はなかった。何だかんだと、彼女も心労が絶えなかったはずだ。
こんなことで少しでも彼女のメンタルケアになるのならそれ以上の事はない。僕は左手を彼女の好きにさせたまま読書を続けていると、いつの間にか小さな寝息が聞こえてきていた。
僕の手を掴んだまま、彼女は眠っていた。彼女たちがこの家で暮らすようになってから常備している毛布を彼女に被せ、僕は読書に戻るのだった。
大変遅れて申し訳ありませんでした。今後も投稿が遅れてしまう事があるかもしれませんが、どうか気長に待っていただけると幸いです。




