18話
それからしばらくして。僕らはとある建物の前にいた。研究所と言うと、色々なイメージが浮かぶけど………僕の目の間に会ったのは、ちょっとした城だ。いや、当然王族が住んでいる中央の城とは比べ物にならないくらい小さいけど、普通の建物としてはかなり巨大だ。
「大きいんだね………」
「もちろんです。総勢百人程の人員が、それぞれの部門で不自由なく研究を出来るように作っていますから」
「なるほどね………入って大丈夫なのかな?」
「多分大丈夫だと思いますよ?シュティレお兄様にも昨日の話は聞いていたはずですし」
僕らが大きな入り口の前で話していた時、大きく声が掛けられる。
「おや!シオンさんとセレスティアじゃないか!」
「………噂をすればってやつかな」
「お兄様。こんなところで何を?」
僕らに声を掛けてきたのはシュティレだった。城にいた時とは違って白衣を着ていて、見るからに研究員という装いだった。先ほどまで何処かにいたのか、彼も今戻るためにここへ来たようだった。
「ちょっとした息抜きでね。外の空気を吸いに来てただけだよ。それより、シオンさんは朝食に間に合いましたか?」
「あはは………まぁね。そのせいで、セレスティアの護衛を捕まえられなかったんだけど」
「なるほど。だから活動用のドレスを着てたんだね」
納得したようにシュティレは言う。ツッコミどころが違うんじゃないかと思ったけど、先ほどからすれ違う国民然り、シュティレもそうだが、案外このファッションと言うのは奇抜でも特殊でもないのかもしれない。
特にセレスティアに向ける目線に変な物はなかったし、寧ろ僕へ向いていた視線と隠れ話が多かった。
「はい。それに今の状況ですし………」
「………そうだね。とりあえず中に入りなよ。シオンさんを案内したいんだ」
「それは助かるよ。じゃあ頼んだよ」
「はい、お任せください」
シュティレがそう言って笑う。それはとても穏やかで、優し気のある笑みだった。やっぱり、この一家は共通点が多いね。いや、血が繋がってるんだから当たり前と言えば当たり前だけど。
薄いブロンドヘアーと、蒼い瞳。そして、全員がかなり顔立ちが整っているところもそうだ。ディニテも若くないとは言え、あの威厳に満ちた顔は確実に整っていると言えるし、若い頃は絶対に美しい顔立ちをしていたのだろう。
まぁ、流石王族というか。僕がまだ会ったことのないセレスティアの姉も、恐らく相当な別嬪さんなんだろう。カレジャスの笑ったところをまだ見ていないし、そっちも少し見てみたい気もする。
僕らがシュティレの案内を受けて中へと入る。想像通り、見上げる程に高い天井と、吊るされたシャンデリア。ロッカが余裕で入れるほど広い玄関の中央には噴水があって、それを中心にして二つの階段が二階へと続いていた。
「へぇ………研究所という割に、とても綺麗だね」
「ヴァニタスは我らの国が誇る最も優れた研究機関ですから。その権威を示すために、研究所も外装から拘っているんですよ」
へぇ………まぁ、確かに重要な組織の研究所にお金を掛けるのは間違っている事ではない。必要な所へ、必要な分だけの資金を出すのも王族の務めだろうし。例えそれが誇りや自らの国の権威を示すためであろうとも、この世界では少なくともそれが大きな意味を持つ。
二階には上がらず、中央の長い廊下を歩きながら、僕はシュティレに気になったことを聞いてみる。
「そういえば………君たちの部門はどんな研究を?」
「主に魔導兵器を担当していますね。新たな兵器などは僕たちが作っている事が多いんです」
「なるほどね………じゃあ、あの飛空艇を発明したのも君たちかい?」
「いえ………あれは」
「私なんです」
おや、そうだったんだ。てっきりヴァニタスが作ったものだと思っていたんだけど、まさかセレスティアとはね。まぁ、彼女の才能があれば可能だろうとは思うし、意外だとは思えど驚きはない。
アズレインも、この飛空艇がヴァニタスの発明品だとは一言も言っていないしね。
「なるほどね。確かに、技術革命とも言える飛空艇を発明したとなれば、歴代一と言われるのも納得だ」
「………驚かないんですね」
「まぁ、魔導ガスの重力干渉性質を引き出すことは難しくないからね。誰かがやるとは思っていたし、それが君ならより納得と言うだけだ」
「「え?」」
僕がそういった時、二人が驚いたような顔をして立ち止まる。おや、もしかして僕が分からないとでも思っていたのかな。舐められたら困る。
「シオンさん………知ってたんですか?」
「勿論だよ。魔導技術の研究をしていれば、自ずと分かってくることだよ。ただ、あんなものを作る施設はないし、一人じゃ資材を集めるのも大変だからね。多分、作ることはないと思う」
二人が顔を見合わせる。ちなみに、これは僕が研究したことではなく、そもそも知識にあった。つまり『権能』の知識だ。その中でも、様々な魔導道具や魔導兵器の専門家だったロアの知識なんだけど。
つまり、その理論自体は数百年も前に発見されているという事だ。『権能』達は自分たちの研究結果を世間に広めたりすることはなかったけど、もし仮にロアがこの研究を世界に広めていたら、今頃どれほど強力な飛空艇を持っているか。がこの世界の制空権の支配力となってしまっただろう。
正直、その辺はあまり前世と変わらないね。向こうの世界も、戦闘機が出てからはどれだけ性能が良い戦闘機を持つかで国の戦闘力を測るという風潮もあるし。実際、空を支配することは戦場を支配することだから、何も間違ってはいない。
この世界では制空権の価値が向こうの世界に比べれば劣るけど、それでもかなりのアドバンテージを取れることは間違いないだろう。
「シオンさんって、何者なんですか………?私たちの最高峰の技術である飛空艇を、そうも簡単に見破れるなんて………」
「見破るも何も、最初から知っていたしね。ただ作っていないだけだよ」
「………そんな。ヴァニタスが総力を尽くしても完成できなかった研究だって言うのに、シオンさんはそんな若さで既に見つけていたって言うんですか………?」
シュティレが信じられないと言わんばかりに目を見開く。実際信じられないのだろうけど。まぁ、これは僕が研究していた事じゃないから、胸を張って誇れないことは事実だ。でも、『権能』の知識は僕の知識でもあるし、そういう事にしておかないと色々まずい。
「そうだね。でも、セレスティアだって発見できたことなんだよ。人が見つけれる以上、他の誰かが見つけていないという保証はないし、僕はこの技術を使ったことはない。だから、間違いなく君たちがこの理論を利用した兵器を作ったという事実は覆らないよ」
「………シオンさん、やっぱりヴァニタスに入りませんか?」
「まだ考えさせてほしいかな」
シュティレが勧誘してくるけど、当然頷くことは出来ない。僕は自分の研究を優先したいと思っているし、今の生活も時間が足りてないと思ってる。
今以上にやることが増えたら、本当に手が足りなくなってしまう。研究もしたいし、フィールドワークにも出かけたい。村に行く時間も必要だけど、フラウに構ってあげる時間も欲しいんだよね。
ん?最後は必要なのかって?結構重要だと思うんだけど、間違ってたかな。あの子はああ見えて寂しがりだし、僕自身もあの子と話す時間は楽しいからね。
「そうですか………残念です」
「申し訳ないね。まぁ、絶対に入らないと言ったわけじゃないよ。ただ、今でもそれなりに忙しくいからね。これ以上やることが増えたら、手が回らなくなってしまうんだ。決めるなら慎重になりたいんだ」
「………そうですよね。シオンさん程の錬金術師なら、多忙なのも当然です」
「そこまで大層なものじゃないけど、そういうことだね」
まぁ、納得してくれたなら細かいことはいいかな。僕らがしばらく歩いていると、案内していたシュティレが一つの扉の前で立ち止まる。
「ここが僕たちの研究室です。流石にロッカさんは中に入れないんですが………」
「それは仕方ないよ。ロッカ、ここで待っていてくれ」
「!」
ロッカがグッドサインをする。まぁ、ここで大きく頷かれると流石に危ないから、小さな動きで了承を示すのは良い判断だ。こういうところは気が回るから、一言で彼をやんちゃだと纏めてしまうのは難しい。全体を見れば間違いなくやんちゃの部類なんだけど、色々と優秀な点が多くて一概に幼い子供かと言われるとそうでもない。
僕らがそれをみて、シュティレが扉を開ける。中には沢山の机や椅子。ソファーもあって、客室も兼用しているのだという事が分かる。ちょっとした事務所のようになっている気がしたけど、奥にある机には様々な錬金術用の道具が乗っていて、間違いなくここが研究室だという事が分かる。
中には十人程度の人がいて、白衣の人もいればそうじゃない人もいる。服装は決まっていないんだね。まぁ、僕も白いコートは白衣ではないんだけど。
「シュティレさん?………とセレスティア様………!?じゃ、じゃあその隣にいらっしゃるのは………!」
僕を見て、赤い長髪の女性が目を見開く。そんなに驚かなくてもいいと思うんだけど。女性の言葉に、シュティレが頷く。
「うん。シオンさんだ」
シュティレの言葉に、研究員たちがざわめく。まぁ、僕はともかくセレスティアが一緒に来ている意味も分からないだろうしね。僕なら理解できない。
僕が来ること自体は、何となく分かっていたとは思う。それでも実際に来てみれば驚きを隠せないようだけど。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!?」
「いや………ちょっと忘れていてね」
前言撤回だ。僕が来ることも知らなかったみたいだ。そりゃ驚くよね。突然お邪魔したみたいで申し訳ないと思うけど、流石に今から帰ると言うのは収穫が無さ過ぎて困る。
まぁ、何も知らない状態でいきなり話すのも難しいと言うのは分かるし、僕は腕を組んで待っていた。
「あはは、大変そうですね」
「そうだね。まぁ、いきなりだと驚きもすると思うよ」
研究室という事だし、外部には見せられない資料もあると思うしね。と言っても、正直ヴァニタスの研究内容に対してはさほど興味が無い。いや、新たな発見を期待していないと言うのが正しい。
言ってしまえば、あの飛空艇が最新鋭の発明という時点で何となくここの研究の進展具合は予想できる。じゃあ何に興味があったのかと言うと、純粋に僕以外の錬金術師との交流を持ちたかったことと、僕の研究が世間的にはどれほど差があるのかを知りたかっただけだ。
例えば魔導ガスの重力干渉についてだけど、この理論自体はロアが数百年も前に発見している。つまり、ロアの研究と俗世の研究では数百年の差があったという事だ。
もちろん、その差を知って自信にしようなんて歪んだことは一切考えていない。ただ、この国の技術レベルを知ることは、この国を知ることになると思っただけだ。
「シオンさん、有名人の気分はどうですか?」
「………別にどうともないかな」
慣れてるしね。僕が転生してやっと六ヶ月くらいかな。でも、前世の事はしっかり覚えてる。一応、前世でも天才だと言われて注目を浴びていたわけだし、今更有名人扱いをされたところで何か特別な感情を抱くわけでもない。
「あら、そうなんですね」
「まぁ、有名になるのは良いことでもあり悪いことでもあるしね」
「確かに………色々と不便な事や、危ないことに巻き込まれることもありますからね」
そうだね。僕は危ないことに巻き込まれたからここにいるわけだし。とは言っても、この世界に来たことについては僕は不幸だと思っていない。寧ろ、幸運だとすら思っているのだから、あの暗殺者たちに殺されたことは僕にとって悪いことではなかった。もちろん感謝の感情は一切湧かないけど。
それに、セレスティアだって十分有名人だしね。似たような経験をしたことがあるかは分からないけど、確実に関係した何かが起こったことはあるはずだ。それについては、セレスティアだけじゃないのかもしれないけど。
「えっと………お待たせしました。私はフィニテと申します。錬金術士で、一応ここの代表を務めさせてもらっています」
「ふむ………聞いてると思うけど、僕はシオン。同じく錬金術師だ」
そういって、焦った様子で僕に声を掛けてきたのは先ほどの赤髪の少女。おや、シュティレが代表だと思っていたんだけど違うんだね。それに、彼女は僕よりも若いように見える。フラウ程じゃないけど………高校と中学の間くらいかな?身長はフラウよりほんの少しだけ高い程度だけど、幼い顔立ちではないから、多分間違っていないと思う。
「はい!存じています!万物に命を吹き込むことが出来て、失った体の部位を接合することが出来ると!その話を聞いた時から、どれだけ話を伺ってみたい願った事か!お会いできて光栄です!」
「そうかい?僕も、君たちの話を聞いた時から興味を持っていたんだ。会えたことをうれしく思うよ」
フィニテは興奮を抑えきれないと言った様子で声を大きくする。熱に押されそうになるような程の勢いだけど、僕は大して驚きもしない。似たようなことは何度かあるからね。
勘違いしないで欲しいのは、こういう反応に対して辟易としているわけではない。勿論、優越感がある訳でもないけど。まぁ、そういう人もいるね。くらいの感覚だ。
「それで、昨日は国王陛下の左腕をマジックアイテムの籠手で繋げたとか………!その話は本当なんでしょうか!?」
「勿論だよ。僕以外にそんなことを出来るような人物はいないだろうからね」
「すごい………!人体だけでなく、マジックアイテムまで接合できるなんて………!もしかして、武器なども繋げることが出来るんでしょうか!?」
「………出来なくはないけど、僕は絶対にしないよ」
そんな戦闘用キメラの様な生物を作るつもりは断じてない。非人道的な研究に片足を突っ込んでる気がするしね。
僕がそういうと、フィニテが慌てたように訂正する。
「あ!いえ!やってほしいとかそういう事ではなく、純粋な興味でですね!?」
「分かってるよ。けど、気を付けた方がいい。一度頭に浮かんだ興味は、いつか実現したくなってしまうかもしれないからね」
「は、はい!」
「………それと、一度落ち着こうか」
「あ、す、すみません………」
彼女がようやく声を大人しくする。典型的な興味があることには熱くなってしまうタイプのようだね。流石に興奮しすぎていたと言うのが自分でも分かったのか、恥じるように顔を赤くしていた。
まぁ、やっと落ち着いて話せるね。まずは何から話してみようかな。