146話
トネールが家を訪ねて来た翌日。朝食を食べた後、僕はまたゴーレムの制作に取り掛かっていた。名前はどうしようか………いや、村の護衛を頼むわけだし、名前は村人達に決めてもらうのもいいかもね。その方が馴染みやすいかもしれないし。
それにしても、まさかこんなに早くトネールが直接訪ねてくるとは思わなかった。新たな神が誕生したのだから、いつかは何らかの干渉があるだろうと思っていたけれど、予想していたよりも遥かに早かった。
まぁ、好都合でもあったけれど………いや、好都合だったのはステラがいたからかな。誕生したばかりの新たな神だし、そりゃ古の神々に劣るとは思っていなかったけれど。トネールの神界を苦も無く塗り替える程とは思わなかった。
「………まぁ、嬉しい事、とは簡単に言い難いか」
経緯が経緯なだけにね。それに、それだけ強力な存在になったと言うことは、邪神に狙われることも多くなってしまうだろうと言うのは分かる。ただ、昨日のステラとトネールのやり取りで、彼女は良い方向に変わってくれたんだな、とも思っていた。
この家にステラが来て間もない頃、彼女は自身を奴隷にしようとした村人たちの為であれば、それも受け入れようとしていたと語った。僕個人としては、それは間違いだと思っていたし………少なくとも、彼女の今後を考えれば正しい事じゃないのは明らかだった。
それでも、今は誰かの為に自分を犠牲に。なんて考えなくなったのは、これまでの経験なのかもしれない。それとも………
「………いや、今は集中しようか」
それから僕は黙々と作業を進め、ゴーレムのコアが完成したところで工房の扉がノックされる。おや、もうお昼か。
「すぐに行くよ」
作業を一度止め、僕は扉の方に向かう。工房を出てリビングに向かうと、既にステラが昼食を並べている所だった。
「お疲れ様」
「あぁ、ありがとう」
ただ少し気になるのは、この家に来てからアリィは一切何かを口にしようとはしていなかったことだ。幾ら何でも餓死するんじゃないかと心配になったけれど、特に健康状態に異変はないし。
まぁ、暫くは様子見かな。いつものように席に座って、昼食を食べ始める。
「主様、貸して頂いていた錬金術の本を読み終えました」
「ふむ………じゃあ、後で少し試験をやってみるかい?」
エコーは僕の助手なわけだし、長い目で見て多少は研究の手伝いをしてもらえれば助かるかもしれない。と思って錬金術の勉強をさせている。まぁ、今は忙しいから放任主義になっているのは申し訳なく思うけど。
それでも真面目にやってくれているようで嬉しいね。今後、もし他にやりたいことや目指したいものが出来た時にも役立つだろうし、
「試験、ですか?」
「僕が質問して、それに答えるだけだよ。実践はちゃんと準備してからじゃないといけないからね。まずは知識を正しく着けているか確認しようと思ってね」
エコーは少しだけ考えるそぶりを見せたけど、すぐに頷く。やる気があるようで嬉しいよ。作業がひと段落したら、ちゃんと時間を作って教えて上げられればいいんだけど。
「では、お願いします」
「じゃあ食べ終わったら始めようか。復習の時間が欲しいなら待つよ」
「いえ、大丈夫です」
おや、自信はあるようだ。そうして、昼食を食べ終わると、僕は食器を片付けた後にソファーの方へ向かう。さっきまでソファーに座っていたアリィは、いつの間にか横になってぐっすり眠ってしまっていた。
僕は一人用の椅子に座って、机に置かれているエコーに渡していた錬金術の本を手に取る。勿論、内容は全て覚えているし、わざわざ確認する必要はないんだけど。そう言えば、途中で予定を蹴ることになってしまった魔術学院の方はどうしているのだろうね。正直、勝手な事をしてしまったというか、かなり迷惑をかけてしまっただろうし。必要な事だったとは思っているけれど………まぁ、もしまた再開する機会があったら謝っておかないといけないだろう。
まぁ、それはそれとして。エコーも食事を終え、アリィが眠っているソファーの反対側のソファーに座る。さて、始めようか。
「じゃあまずは………」
それから、凡そ三十分ほど。結果を言えば、僕がしっかり教える事が出来なかったにしてはかなり出来ていた方だった。全問正解と言う訳ではないけれど、絶対に間違えてはいけないような間違いはなかったし。尚更彼女の為に時間を作ることが出来なかったことが悔やまれる。
ちゃんと僕が授業をしていれば、全問正解だって難しくなかっただろうからね。とは言え、それでも十分合格点なくらいだけど、当の本人は少し悔しそうだ。
「………すみません」
「いや、誤ることは無いよ。十分すぎるくらいの点数だ。寧ろ、僕がしっかりと教えていれば良かったね。申し訳ない」
「そんなことは………」
「取り敢えず、今回のテストは合格とするよ。そろそろ僕の仕事もひと段落するし、そしたら今回間違えた所の復習も込みで僕が錬金術を教えようか」
「ほ、本当ですか?ありがとうございます!」
嬉しそうに笑顔を浮かべるエコーに、僕はとても微笑ましい気持ちになる。学院で教鞭をとっていれば、こういう顔が沢山見られたのかな。なんて思ってみたりしながら。意外とは自分でも思わないけれど、僕は人に何かを教えると言うのが好きなタイプみたいだ。
色んな事を知って成長する姿を見たいと言うのも勿論あるし、それを知ってどう思うのか、どんな考えをするのかという興味もあるかもしれない。そういう意味では、エコーはまだ何物にも染まっていない白だ。
「まぁね。君は僕の助手なわけだし、君くらいのやる気があるなら教え甲斐があるよ」
「楽しみにしています!」
これから彼女がどのように自分を変えていくのか気になるところだけど………まぁ、それはそれとして次の教材を考えないと。順当に進むならロアが執筆した次の本を………と考えていた時、家の扉がノックされる。一瞬だけ昨日の出来事が過ぎってしまったのは仕方ないだろうけど、その予兆は無かったし流石に違うだろう。昨日の今日だし。
となれば村人とかだろうけど………あまり感心しないね。
「僕が出るよ」
村人でもそれ以外でも、この家に来たってことは僕に用があるって事だろうしね………それにしても、やけにノック音が低い位置だったような気がするけど。そう思って扉を開くと、そこには何もない………という訳もなく。視線を下に降ろすと、そこにはフラウ以上に幼い女の子が立っていた。少し俯いて暗い表情をしているけれど、村で何度も見覚えがある女の子に僕は首を傾げながら腰を曲げて視点を下げる。
「どうしたんだい?ご両親と喧嘩しちゃったのかな?」
「………うん」
おや、いきなり正解を当ててしまった。今は状況が状況だし、子供を一人で村の外に出すはずが無いから選択肢は絞られていたのは間違いないんだけどね。このくらいの子供なら親と喧嘩して家を衝動的に飛び出てしまう事もあるだろう。
それ自体は別に家族のちょっとしたすれ違いや衝突としてよくある事だと思うし、そういう事も経験して大人になるわけだから良いと思うんだけど。この状況でたった一人で村の外を歩いていたのは、流石の僕も見過ごすわけにはいかなかった。
「そっか………でも、今は外が危ない事も言われていただろう?」
「………どうせ、お父さんは私の事なんてどうでもいいもん」
「………ふむ。どうしてだい?」
まぁ、絶対にそんなことは無いと思う………というか無いと断言できるけどね。この子の父親は猟師だったかな。魔物がいるこの世界じゃ危険極まりないし、実際魔物に襲われて怪我をした彼を何度か手当てしたことがあってその度に多少の苦言を呈する僕に、彼は可愛い娘と愛する妻の為に仕事を頑張らないといけないと言っていた。その時の表情は、何よりも大切な何かを想う時のもので。
これは聞かないなと思って、護身用のマジックアイテムを持たせたのも覚えている。そんな彼が、娘をどうでもいいなんて思っているはずが無い。それを言ってしまうのは簡単だけど、彼女にはそう思うだけの理由があったはずだし、まずはそれを聞かないとね。
「だって、お父さん、昨日は私の誕生日だったのに、お仕事で家に居なかったんだもん………」
「………あー」
まぁ、そういう事もあるかな………猟は獲物を捕らえるために絶好のタイミングをひたすら待つ仕事とも言える。特にこんな世界じゃ、無暗に動き回ってたら自分が狩られる側になってしまうかもしれないのだから。
かと言って、娘の誕生日くらいは一緒にいてあげてほしいとも思う。彼がどれだけ家族のためを思って仕事をしているかを知っている身としては、それを批判する事も出来ないんだけど………
「ぐすっ………だって、約束もしたのに」
「いや………まぁ………うん」
さて、これは困った。約束をしていたという点で見ればこの子の父親が悪いんだけど………彼も彼で、狩りの成果を上げなければ二人を養えないと言う強い焦りがあったのだろう。というか、そうでもなければ夜の森に長居したいとは誰も思わない。
けれど、それをどう伝えるべきか。きっとその事を知っているから、あまり我儘を言ってはいけないと怒った母親と、約束を破ってしまったことに負い目を感じて何も言えなかった父親に怒ってここまで来てしまった………勿論、これはただの憶測だけど。
後ろでステラ達が心配そうな目でこちらを見ていた。うーん………………いや、難しく考えるのはやめよう。
「そっか………まぁ、確かに約束を破ったのはいけない事だ。でもね、どうせ心配なんてしないから、なんて理由で簡単に危険な事をするのは絶対に駄目だよ。君を心配する人は、いつも必ずいるからね」
「………だって………!」
「分かってる。お父さんに一緒にいてほしかったんだよね。でも、それで君がもしも危ない目にあったら、きっと沢山の人が悲しんでしまうよ。僕もね」
「………お兄ちゃんも?」
「あぁ、勿論だよ。そして、誰よりも一番悲しむのは君の両親だ。これは、僕が絶対の自信を持って言える」
少女の目を見てはっきりと伝える。勿論、僕だってこの子がここへ来る途中で危険な目にあったなんて事になったらとても悲しいし、それを防ぐことが出来なかった自分を許せないだろうけど。彼女を大人になるまで育て、守り続けると誓った彼女の両親以上に悲しみと後悔を抱く人はいないだろうと断言できる。それは、この子の場合に限らず殆どの親がそうだろう。
「でも………!」
「確かに、君のお父さんは約束を守れなかった。それは目一杯怒って良い。沢山泣いてもいい。けれど、お父さんがそんなに頑張っているのは、他でもない君たち家族の為だって言うことも知っておいてほしいんだ。危険だって言われた村の外でたった一人で仕事を続けるなんて、正直僕からも言いたいことはあるんだけどさ。それでもね」
「………」
少女の頭を軽く撫でて、僕は立ち上がる。とにかく、ここでもう少し慰めてあげても良いんだけど。今頃村じゃ、この子がいなくなったことで大騒ぎになっているだろう。
「きっと君のご両親は凄く慌ててるし、もしかしたら泣いているかもしれない。君がお父さんを大好きだったように、二人も君が大好きだから。君は優しい子だから、遅くまで帰らなかったお父さんが心配だったんだね」
「………うん」
「なら、僕と一緒に村に帰ろう。今頃、凄く必死に君を探しているだろうからね。ちゃんと帰って………ごめんなさいって、どっちも言おう?」
「………うん」
少女が頷くのを見て、僕はロッカと目を合わせて頷く。
「それじゃあ、僕とロッカはこの子を村まで送って来るよ。留守を頼めるかな?」
「………うん。いってらっしゃい」
フラウが返事をし、ステラとエコーもホッとした様子で頷く。こう言う子を見ていると、昔を思い出すね。今思えば、小さい頃から色々とあれだった僕も、施設の人には心配を掛けてしまっていたかもしれない。そんなのはよくある親子と言うか、家族なんだろう。きっと、お互いに心配を掛け続けてしまう物なのだと思う。
さて、彼らが眷属の事も忘れてこっちに来てしまうのも時間の問題だし、少しだけ急ごうか。