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145話

 アリィを家で預かってから四日。取り敢えずは試作段階ではあるけれど、結界を発生させるマジックアイテムを作って村に渡したところだった。効果はまだ試験出来ていないけれど、生命の力を利用した結界だから恐らくは大丈夫だろう。勿論、今後試せる機会があればしっかりと試すけれど。

 僕の家の周囲にも設置して、今はロッカと同じゴーレムの製作途中だ。今日の作業は終えて、今はフラウが作った夕食を食べているけれど。


「………作業、進んでる?」

「まぁね。一度作っているし、今回は前よりも順調さ」

「………そう。頑張って」

「うん、ありがとう」


 以前は手探り状態だったからそれなりの期間を要したけれど、今回は一度作った物をもう一度作るだけだからそんなに大変ではない。無論、一から知的生命体を作る作業とも言えるから、決して楽な物ではないけれどね。

 夕食を食べ終わって食器を片付けた後、僕は進捗を再確認するために研究室に向かう。明日、どのペース配分で作業を進めるかは大体決めておかないとね。そう思っていた時だ。突如として、家の窓を激しい雨が打ち始める。


「………?」


 おかしいね。夕暮れ時に少し見た限りじゃ、近くに雨雲なんて無かったはずだけど。少し不自然に感じて、研究室に向かっていた足を反転させ、窓に近付く。空には一面に黒い雲が掛かり、月明かりは一切見えなかった。


「………ふむ」


 その時、一瞬の閃光が瞬き遅れて轟音が響く。その音を聞いた瞬間、後ろでエコーがびくりと震えた気配がしたのは気付かなかったことにしておこう。アリィが我慢できずにちょっとだけ噴き出した声が聞こえて来たけれど。


「雷?珍しいね」

「そうだね………」


珍しい、という言葉で言い表せる違和感ではないのだけど。僕が空を見て微妙な顔をしている事に気が付いたのか、食器を片付けたステラが隣に立って同じように空を見上げた後、僕の顔を見る。


「………どうかしたの?」

「いや、夕暮れ時にはこんな厚い雲は近くになかったはずだとね………」

「………」


 それを聞いたステラは少し不安そうな表情を浮かべてもう一度空を見上げた。つい最近眷属が出て来たのだし、少しの異変も不安になってしまうのは仕方がない。そして、それは僕も同じだ。大きな変化の前に、小さな変化は訪れる。僕は空を見上げる目を細める。

 さて………何が起こるかな。


「………」


 一際強い閃光と共に、家の前に稲妻が落ちる。その逆光に照らされて見えた人影。まさか、そうくるとはね。

 ちらりとステラを見ると、彼女も小さく頷く。


「フラウ、アリィ。今日は二階に上がっていてくれないかな。皿洗いは後で僕とステラでやっておくから」

「………危ない事?」

「大丈夫。ちょっと厄介なお客さ」

「………分かった」

「ごめんね。ありがとう」


 フラウは小さく頷いて、小走りで食べ終わった食器を片付けた後に二階に上がっていく。アリィもそれに続き、それを見送った後で僕は扉に近付く。すると、エコーが近くに置いていた太刀に目を向ける。


「主様、敵ですか?」

「さぁね………それはこれから分かるさ」


 そう言って扉を開く。その瞬間に吹き荒れる突風と、一層強くなる雨音。扉の先には先ほどと変わらず大きな人影が佇んでいる。

 扉を開けた僕の隣にステラが並び、その男を見つめている。


「………一応、何者か聞いても良いかな」


 僕がそう問いかけた瞬間、再び雷が丘に落ちる。突然の悪天候や落雷で薄々予想はしていたけれど………


「突然の訪問を詫びよう。我は雷神トネール。星神ステラと少し話がしたいと思い参った。長い話になるが故、良ければ家に上がらせて貰えないだろうか」

「………いいよ。ただし、こちらにも幾つか聞きたいことがあるんだ。答えてもらえるかな」

「話せる事であれば何でも話そう」

「交渉成立だ。入ると良い」


 僕とステラはそう言って道を開ける。会話をしていた男………白い髪と長い髭と、薄く光る青い瞳をしている老人だった。まぁ、僕よりも一回りも大きな体格と発せられる雰囲気は老いた者だと言う印象とは真逆の印象を与えているけれど。

 家の中に入ったトネールだったが、その身体は酷い雷雨の中にいたというのに一切濡れていなかった。やはり、この嵐は彼が起こした物か。


「そっちの席に。エコー、お茶を頼めるかな」

「はい、かしこまりました」


 エコーは頷いてキッチンの方に向かう。ここ最近、エコーは美味しいお茶の入れ方を勉強しているようだ。少しでも戦闘以外で役に立ちたいらしい。まぁ、本分は僕の助手なのだし、錬金術にも力を入れてほしいんだけど。

 それはともかく。トネールはソファーに腰かけ、僕とステラはそれを見て反対側の席に座る。今回はステラに話があるらしいから、彼の正面にステラが座っていた。ステラは少し硬い表情でトネールの目を見て切り出す。


「それで、私に話とは何でしょうか」

「なに、そう身構えんでも良い。今は何かしようと言う気はない。だが今の我は神界に集う神々を統率する立場であり、新たな神が生まれたとなれば話を聞かんわけにはいかんのだ」

「そうですか。では私を神界に連れて行くとか………邪神の分身に生贄として捧げるとか、そういう話は一切ないと考えて良いんですね?」

「………あぁ。ない」


 ステラの言葉に、一瞬の間をおいて答えるトネール。とは言え、それも「今は」と言う前置きの上でなのだろうと言うのは僕もステラも理解していた。邪神への生贄、新たな神の誕生。この二つが重なった時に、トネールの訪問があったのであれば繋がらない訳が無かった。

 エコーが淹れたお茶をテーブルに置き、トネールはそれを手に取りながら言葉を続ける。


「とは言え、現状を理解しているのであれば考えたのだろう。このままでは、この星に住まう全ての命が失われる。それが回避できぬ結末になったとして、汝は黙って星の終焉と共に終わりを迎えるか?」

「私はシオンを信じています。彼ならきっとその未来を変えてくれるって。だから、私は生贄になるつもりはありません。だから、この世界の終わりなんて考えていません」


 ステラははっきりと答える。その言葉には一切の迷いが無く、本当にそう信じているのだと誰が見ても疑いようはなかった。その言葉を聞いたトネールは一瞬だけ僕に目線を向けた後、暫く目を閉じる。


「左様か………まぁ、その話は本題ではない。ここからが重要なのだが、神々の掟………禁忌と言う物は知っているか?」

「………あぁ、ちょっと待ってください。外が少しうるさいので………」


 ステラはそう言って窓を見る。激しい雨音と雷の音が響くのは確かに煩わしいけど………そのまま何をするのかと思えば、ステラの瞳が一瞬輝き、窓から見える空の雲が晴れ、先ほどの雷雨が嘘のように星空が広がる。

 僕も驚いたけれど、それ以上にトネールは大きく目を見開いて窓の外を見ていた。


「そうですね………遺跡で知った程度であれば。神々が犯してはならない決まり事………ですよね」

「………………そうだ。あの掟は神言と言う一種の魔法でな。意思に関わらず、それを破ることは出来んのだ。その決まりの中に、我らは直接星に住む者達へは干渉しないと言う物があるのだが」

「………私はこの家から離れるつもりはありません」

「分かっておる。この掟は邪神戦争以前に存在した神々にのみ効力がある。生まれもしなかった者に魔法を掛けることは出来んからな。故に、汝に禁忌を理由に行動を縛ることは我には出来ん」


 恐らく、本来予定していた通りに話が進んでいないのだろう。トネールの顔は最初に来た時よりも若干固く、苦々しい。当然とも言えるかな。

 雷雨はトネールの象徴だった。神は自身の真理を世界に置き換えて現実すらも歪める事が可能であり、それを神界と言う。あの雷雨はトネールの神界であり、それが一瞬にして星空………つまり、ステラの神界に塗りつぶされたと言うことは、神としての格はステラの方が圧倒的に上回っていることに他ならなかった。


「………汝の誕生にはシラファスが関わっておるな?」

「はい。その通りです。私はシラファス様に力の一部を譲り受け、新たな神として生まれました」

「そのことに不安はないのか?汝のような例は他にないのでな。我々としても少し心配しているのだが」

「心配には及びません。私には大切な家族がいますから。みんなと一緒なら、どんな事だって怖くありません」


 彼女は再び、はっきりと答えを告げた。そんな彼女の姿を見て、恐らく自分が思っていたようには絶対に話が進まないと確信したのだろう。トネールは諦めたように頷く。


「そうか。信じる者がいるのは何よりだ。話はそれだけだ。汝がどのような者か知りたくて来ただけだからな。騒がせた上で申し訳ないのだが」

「………それは構わないけれど、こちらの質問にも答えてくれると言う話だったと思うけど」

「約束だ。話せる事であれば話そう。しかし、邪神については汝らの入ったあの遺跡に記されていることが全てだ。であれば聞きたいのは………ソルガルドのことか?」

「まぁね。邪神についての謎は解決しているし、まぁ対抗策も………無かったから今の状況なんだろうし」

「………えっと、ソルガルドってフラマガルドの娘だよね?なんでシオンが………」

「それは後で話すよ。とにかく、聞きたいことはいくつかあるんだけど………何故、彼女を選んだんだい?」


 僕が言う彼女とは、ソルガルド自身の事ではない。彼女の肉体を持たせるための魂として選ばれた異世界の少女の事だ。どんな経緯で転生することになったのかは分からないけれど、それでもあんな苦痛を強いられる必要は無かったはずだ。


「………彼女は我らが選んだのではない。魔法の術式が最も適性のある魂を選別し、召喚するのだ。とは言え、我らも流石に外界までもが対象になるとは思わなかったが」

「つまり、半分事故だと?」

「そうなる。とは言え、責任を感じていない訳ではない。あの子には申し訳のない事をしたとは思っている」


 淡々と告げるトネール。その言葉に、恐らく偽りはないと思う。ただ、後悔をしているという様子もない。自分たちがしたことは正しいと言う絶対的な自信があるのだろう。これの善悪については立場で変わるし、実際に大を救うために小の犠牲を払うと言うのは必要な事でもあったのだと言うのは理解できる。

 それでも、何の関係もないただの少女があんな目に合う事に、何らかの負い目を感じていて欲しかったと言うのが正直な感想だった。ただ、あの子の立場で僕が彼らに怒ると言うのも正しい事ではないのだろう。


「そうかい………今の彼女がどうなっているかは知っているかい?」

「汝が何度か足を運んでいるのは知っている。恐らく………既に力尽き、亡霊となってあの遺跡を彷徨っているのだな」

「そうだね。助けようとは思わないのかい?せめて、死んだ彼女に安らかな時間を与えても良いと思うんだけど」

「我らではそれは不可能なのだ。あの遺跡は既に星の大地と繋がり、星に宿る悪意を吸い過ぎてしまった。ソルガルドの強大な魔力の残滓のおかげで浸食はされていないが、破壊すればその悪意は星に降り注ぐだろう」

「………つまり、何もしないと」

「そうなる」


 頷くトネールに、僕は若干の不快感を抱く。それは事情を聴いていたロッカも同じなのだろう。今まで動かなかった彼が、じっとトネールの方を見つめていた。


「………なるほどね。まぁ、大体の事情は分かったよ」

「そうか。聞きたいことはそれだけか?」

「まぁね。重要な事は聞けたし、取り敢えずは」

「ふむ………我が知る真理について聞かれると思っていたのだがな」

「それについては自分で辿り着くさ。でなきゃ、研究を続けている意味がない」


 まぁ、実際には興味が無い訳ではないけれど。やっぱり研究を続けていたんだから、その研究の成果は誰かに与えられるのではなく、自分で得られなければ意味が無いと思ってしまった。それに、聞いて答えてくれるとも思わないしね。


「では、我は失礼しよう。上手いお茶を馳走になった」

「え?………あ、ありがとうございます」


 トネールは立ち上がってエコーに声を掛ける。それに対して今まで黙っていたエコーは驚きながらも感謝を述べ、トネールはそのまま玄関の方に向かう。


「では、また機会があれば会おう。さらばだ」

「あぁ、またね」


 トネールは扉を開き、そのまま外に出て行く。そして扉が閉まった直後に雷の音が響き、その後に静寂が広がった。


「………帰ったようだね」

「みたいだね。まさか、家に直接来るなんて思っていなかったけど」

「だね………まぁ、穏便に終わって何よりさ。それより、皿洗いだけ終わらせておこうか」

「うん」


 僕とステラはキッチンに向かう。洗うと言ったのに、忘れていたら明日の朝にフラウに怒られること間違いなしだろうからね。最近は怒ったフラウを見ていないから、久しぶりにちょっと拗ねたフラウを見たい気もするけれど………実際にそうなったら困るんだけどね。


「えっと………主様、私もお手伝いしましょうか?」

「いや、洗い物は少ないから大丈夫だよ。エコーは休んでくれ」

「………はい、分かりました。主様、ステラ様、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

「うん、おやすみなさい」


 エコーは小さく頭を下げて二階に上がっていく。そこそこ家には慣れてきたようだけど、もう少し気楽に構えても良いと思うんだけどね。それこそ、僕はため口でも構わないんだけど。


「………ま、まだ難しいかな」

「ん?」

「いや、こっちの話さ」

「?そう?」









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