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143話

 赤い。視界に広がるのはひたすらな赤。強い波に飲まれるように、私の身体は自由が奪われていた。無数の声が私を呼ぶ。自分の名前も知らないのに、その声達は何故か私を呼んでいるとはっきりと断言出来た。

 けれど、彼らは何と言っているのだろう。分からない。けれど分かりたくない。知ってしまったら戻れない気がした。耳を塞ぎたくても、それは叶わない。目を閉じても、景色は変わらない。いったい、彼らは私に何を望むと言うのだろう。何とか伸ばした私の手を、何かが掴んだ。それは妙に懐かしく感じて………


「何故お前はそこにいる?」













「っ………!?」


 低く、私を問い詰めるようなその声を聞いて飛び起きる。しかし、すぐに私は目に映った光景に目を疑う。全く知らない建物で、私は柔らかなソファーに寝かされていた。右手を誰かが掴んでいる感覚にそちらを見ると、白髪の青年が私の右手を掴んで手首に指を押し当てていた。


「………あんた、誰?」

「………開口一番にそれとは思わなかったよ。まぁ、暴れられるよりはいいけれどね」


 青年は苦笑しながら私の右手から手を離して立ち上がった。何故ここにいるのだろうかと考え………私は、あいつらと交戦を続けていた事を思い出した。意識を失う直前、光が見えたことも。


「あんたが助けてくれたの?」

「僕じゃないよ。そっちにいるステラさ」


 彼が振り向いた先には、大きな翼を持つ美しい少女が反対側のソファーに座っていた。そう言えば、戦っている途中であんな感じのシルエットが見えた気がしないでもない。少女の隣には白髪の少女も座ってこちらを見ていた。


「………ありがと」


 私が感謝を伝えるとステラは一瞬だけ驚いた顔をしたけど、すぐに笑みを浮かべて頷いた。


「えぇ、どういたしまして」


 彼女がそう返すと、青年は彼女達が座っているソファーの方に向かう。そのまま翼を持つ少女の隣に座ると、私の方を見た。


「僕はシオン。ここで錬金術師をやっているんだ。君の名前は?」

「名前………」


 私は答えに詰まる。私には、それが分からなかった。それどころか、自分が何故ここに居て、何をしていて、自分が何者なのかさえも。無言になった私を見たシオンは、納得したような顔をして声を掛けて来た。


「答えられないのであれば、無理に聞き出そうとはしないさ。ただ、こんな辺鄙な場所に来て何をしていたのかは気になるけれどね」

「………ごめんなさい。何も分からないの。私が何者で、何をしていたのかも」


 私の返答に、シオンは一瞬だけ目を細めた。まるで私を見透かそうとするような、今までの穏やかな雰囲気とは真逆の目線に、私の身体は硬直する。けれど、それはほんの一瞬の出来事で。すぐに彼は先ほどの穏やかな雰囲気に戻っていた。


「なるほどね………自分が竜種である認識はあるのかな?」

「え………?あ、えぇ………一応、それは分かってる、けど………」

「けど?」

「………翼が、思うように動かないのよ」

「………ふむ」


 シオンが神妙そうに顎に手を当てる。先ほどから、私の背にある翼がまるで自分の身体ではないように動かない。寧ろ、本当にあるのかさえも疑わしい程に感覚が無い。

 それを聞いたシオンは考え込むように窓の外を見る。何か心当たりがあるのだろうか。


「まぁ、状況で考えるのであれば、記憶障害による一時的な身体機能の不具合の可能性は考えられるかもね。僕は翼を持ってないから、そんなことがあり得るかは判断できないけれど。炎は出せるのかい?」

「多分………やってみた方が良いかしら?」

「ここではやめてほしいね」

「あ、いえ、ここでするつもりはなくて………」

「なら安心したよ」


 シオンが困ったように笑みを浮かべる。危うく危険人物と間違われるところだった。自分の事すら把握していない竜なんて、既に危険人物認定するには十分な要素ではあるけれど。


「そうだ。どこか痛む場所は無いかい?」

「………特には無いわ」

「ならよかった。中々傷が治らないから、どうなるかと思ったよ」


 シオンは落ち着いた様子でそういうけれど、私はあの時の視線がどうしても気になっていた。まるで、何かを確認するような。


「………あんたは、私が何者か知ってる?」

「ん?………いや、僕には竜の友人がいなくてね。だから、君が何者であるかは君が決める事さ」


 シオンは首を振って答える。権能と呼ばれる錬金術師でも、分からない事が………え?権能って、何?私は自然と頭に浮かんでいた言葉に、自分で疑問を浮かべていた。


「………あんた、やっぱり私と会ったことないかしら?」

「………いや、少なくとも僕の記憶にはないよ」

「そう………?あんた、錬金術師として別の名前で呼ばれてたりしない?」


 私の質問に、ステラと白髪の少女が目を見開く。しかし、シオンは表情一つ変えずに私の質問に答えた。


「『権能』、とは呼ばれているね」


 やっぱり。私は、それを知っていたことに驚いていた。けれど、彼は自分を知らないと断言していたし、私も彼に関する記憶はない。それどころか、『権能』が何なのかも知らない。私自身の矛盾に、自分でも混乱し始めていた。


「そういう君は、僕の事を知っていたのかな?」

「………分からない。分からないの。いったい、どういうことなの………?」

「………シオン、どういうこと?」


 白髪の少女がシオンに尋ねる。私の様子を見て、少し警戒しているようだ。けれど、私はそれどころじゃなかった。自分の事さえ分からないのに、何故彼の事を知っているのか。

 自分以上に大事な存在だった?まさか、そんな相手が竜である私の事を覚えていないとは思えないし………ないわよね?


「それを僕に聞かれてもね………まぁ、脳の働きは解明されてない事も多い。自覚が無くても、一部の情報だけを断片的に記憶している可能性がある………としか僕からは言えないかな」

「………大丈夫なの?」

「どうだろうね。まぁ………そろそろ一旦落ち付いて貰おうか」


 シオンがそう言って指を鳴らす。その音を聞いた時、私の思考が白紙化された。驚いてそちらを見れば、彼は白い光を纏わせた右手を上げていた。今のは魔法なのだろうか?

 精神に作用する魔法を躊躇いもなく使うのはどうかと思うんだけど。


「落ち着いたかい?」

「え、えぇ………」


 とは言え、そんな事を面と向かって言う勇気は無かった。何故かはわからないけれど、私は彼を恐怖しているように思える。いや、間違いなくそうなんだろう。穏やかそうな雰囲気を纏う彼は、その気になれば一瞬で私の命を奪えるという確信が間違いなくあった。


「色々と気になるかもしれないけれど、無理に記憶を引き出そうとすると更に記憶の混乱を招く可能性がある。そう焦る必要はないさ」

「………そうね」


 私が頷いたのを見て、シオンは立ち上がる。そのまま階段の方に向かう途中で、私に振り返った。


「そういえば、今から僕たちは少し出掛けるんだけど、良ければ来るかい?」











 それから少しして。僕たちは全員で村の方に向かっていた。竜の子も同行すると言ったから、ステラも一緒だ。ロッカは昨日言った通り留守を頼んでいるけどね。


「あんなゴーレムがいるなんて信じられないわ………」

「はは。中々面白い物が見れたね」

「………」


 抗議の視線を向けてくる赤い瞳。最初はロッカをただの置物だと認識していたらしく、動き出した瞬間に悲鳴を上げて跳びあがるように驚いていた。竜種があんなに怖がる姿を見れるなんて、と珍しい物を見れた驚きと、その驚きように思わず笑ってしまった。フラウですらはっきりわかる程に笑みが浮かんでいたんだから、仕方ないと思う。

 それはそれとして、流石に名前が無いんじゃ不便だね。何か適当に考えて貰おうか。


「そういえば、そろそろ君に名前を考えてほしいんだけど」

「………急に何よ」


 先ほどの事でまだ怒っているのか、不機嫌そうに聞き返して来る少女。怒っていても、応答を返してくれるだけ精神面では十分に成熟しているね。誰かと比べて言っている訳ではないけれど。


「流石に名前が無いんじゃ君を呼ぶときに困るからね。記憶が戻るまででも良いから、自分の名前を決めておくべきだと思うよ」

「………思いつかないわ」

「諦めるのが早すぎやしないかな」

「じゃああんたが考えてなさいよ。名前に拘りは無いし」


 ついに丸投げたよ。流石竜種と言うべきか………いや、一応誇り高い種族だった気がするけど。人間に名前を決めさせるなんて適当でいいのだろうか。ただ、丸投げして僕から視線を外した彼女をこれ以上待っても答えは返ってこないだろう。

 一応ステラとフラウ、エコーに目線を移したけれど、無言で彼女達は首を振った。仕方ないか。とは言え、僕としても正直思いつくわけでもない。彼女がどんな人物なのかも分からないのだし。


「………まぁ、そのうち―――」


 考えておくよ。そう言おうと思った時だ。咄嗟に感じた嫌な気配に立ち止まる。それはここにいる全員がそうで、鋭く周囲を睨んだ。


「………なるほど。本当にこの辺りまで勢力を伸ばしていたわけだ」


 彼らは迷わずにこちらに向かってきていた。狙いは………いや、言うまでもないか。竜の子は苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「………迷惑かけるわね」

「気にしなくていいさ。寧ろ、この辺でこそこそされる方が面倒だからね。一網打尽に出来ると言う意味では………」


 右手に黄金の光を纏わせる。全く、忙しない連中だよ。


「丁度いいさ!」


 右手を振るうと同時に飛び出してきた眷属達が、地面から伸びる鎖に貫かれていく。フラウとステラも魔法を展開し、エコーも太刀を抜いて駆け出した。

 いつもの事ながら本当に数だけは多い。しかも、今回は今まで以上に大軍勢だ。何かが妙だね。いくら竜種とは言え、ここまでの軍勢を向かわせる理由はあるのだろうか。彼女が僕達と合流していることは知っているはずだし、わざわざ彼女を狙う必要はない。直近で会った邪神の討伐もあって、ここまで大胆に眷属を動かすのであれば相応の理由があるはずだ。

 そこで、僕は一つの仮説に辿り着いた。


「………なるほど。彼らの狙いは僕か」

「え!?」

「………なんで」


 僕が呟くと、ステラとフラウが驚いたように僕を見た。恐らく、彼らの狙いは竜の子だと思っていたのだろう。最初は僕もそう思っていたけれど、よくよく考えればここまでの数を昨日の間に用意したとは思いづらい。前々から準備していたんだろう。


「流石に、邪神も僕を明確に障害だと認識したらしい。僕たちが帰る前から、この辺に眷属を集結させていたんだろう」

「そんな………じゃあこれからは………」

「まぁ、別の対策を考えるべきか、な!」


 腕を振るうと同時に発生した暴風が眷属達を吹き飛ばす。まぁ、簡単に思いつくところだと結界か。ただ、その場合は村にも同じような対処をしないと向こうが狙われる。今のところは彼らに渡したマジックアイテムでの呼び出しが無いから何も起こっていないと思いたいけれど。

 僕達を襲えないと気付いた彼らが次に狙うのは十中八九、近くにある村だろう。ますます面倒な事になって来た。


「………シオン。数が増えてるよ」

「状況もあまり良くないね………エコー、まだ行けるかい?」

「問題ありません!」


 エコーはその言葉と共に、体に赤い模様が走っていく。流石、頼りになる助手だ。次々とエコーは眷属達を切り伏せていく。

 僕は剣を作り出し、フラウに目掛けて飛んできていた飛翔物を切り落とす。いつもなら彼女はロッカが守っているから、今は僕が気を付けなきゃね。


「………ありがと」

「どういたしまして」


 とは言え、いつまでもここで彼らの相手をするのは状況が良くない事に変わりは無かった。倒しても倒しても、増えていく眷属の軍勢。さぁ、どうするか。

 迫る眷属達を処理していた時、不意に少女から声が掛けられた。


「ねぇ、提案があるんだけど」

「聞こうか」

「私の炎で、奴らを全部燃やし尽くすわ。だから、あんたはその後処理をお願い」

「なるほど。想像以上に大胆だね」

「………駄目かしら」

「いや、やってみようか。ただ、少し手を加えてね」


 僕は白い光を右手に纏わせる。流石に周辺を炎で薙ぎ払われるなんて堪ったものじゃないからね。その瞬間、この森を包み込むように巨大な空間が生成される。そして、僕が何かを回すように右手を回転させると同時に空間が消えたが、代わりに周辺にいた眷属達が姿を消す。


「前方に眷属を集めた。もしも一気にやれなかったら、もう対処の使用が無い程の密集具合になっているから、頼んだよ」

「えぇ、任せなさい………!」


 その瞬間、少女は炎に包まれる。何をするつもりかは分からないけれど、あれを全滅させる自信があるのなら相応の攻撃をするのだろう。僕はフラウを抱え、前線に出ていたエコーに叫ぶ。


「エコー、下がって!」

「はい!」


 そのまま僕らが彼女から離れると同時に、炎の中から巨大な翼が伸びて来た。あぁ、確かに。これは僕が想像していた以上に威風堂々とした赤龍だった。間違いなく、彼女は古龍なのだろう。

 炎の中から現れた赤龍は迫る眷属達の群れに咆哮し、口の中に紅蓮の炎を灯す。周辺の空気が揺らぎ、発射されていないにも関わらず周辺の温度が急上昇し、赤龍の足元に散らばる枯れ葉が燃え始める。そして、その炎が一層強く輝いた時。

 放たれた獄炎が眷属達を包み込んだ。まるで爆発がブレスとなったと勘違いする程の火力に、周囲の木々が吹き飛び、大地が融解していく。赤龍は自身の放ったブレスの反動で少し後退し、耐えるように強靭な四肢で踏ん張る。

 そして眷属の気配が完全に消えた時、彼女は放っていた炎を消す。その業火で包まれていた場所には融解した大地のみが残り、それ以外の一切の痕跡すら感じさせなかった。

 僕ですら少し驚く光景ではあるけれど、感心している場合ではないね。


「さて、後始末は僕の役目だね」


 僕は右手に赤い光を纏わせる。勿論、ここを更に燃やすとかそういう意図はない。


「ロアの下に従え、炎よ」


 僕の言葉と共に、燃えていた炎が右手に集まり始めた。そのまま周辺を燃やしていた炎が全て消えたと同時に、僕の手の中にある炎を消滅させる。そして、先ほどのブレスを放った赤龍は身体が溶けるように縮んでいく。

 そこにいたのは、先ほどと変わらない少女が………いや、服が無くなっているという意味では少し違うね。


「………服は?」

「転身の時に燃え尽きちゃったわ」

「………」


 家まで取りに行かなきゃいけない事が決まったようだ。取り敢えず、今度は街まで行って炎に強い魔法的な服を用意しなくてはね。

 こんな森の中で、異性の前で全裸でいるのに全く恥ずかしがる様子のない少女を見て、僕はため息を付きながら今後の予定を考えていた。その時、少女が声を掛けてくる。


「そういえば、名前の件なんだけど」

「ん?何か思いついたのかい?」

「えぇ、何故か頭に浮かんだのよ。多分、私はそう呼ばれていたはずなの」

「ふむ………その名前は?」

「アルシェリティア。気軽に、アリィって呼んでくれていいわ。改めてよろしくお願いするわね」

「あぁ、よろしく頼むよ」










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