142話
「ここまでで大丈夫かい?」
「あぁ………すまねぇな。あんたに全部任せちまって」
「気にしなくてもいいさ」
森を抜けて街の明かりが見えてきたのを見て、僕は立ち止まって彼らを見る。街道に出てくる魔物は稀だろうし、ここで分かれても大丈夫だろう。
「………噂に聞くだけの事はあるんだな」
「ん?何がだい?」
「襲ってくる魔物をあんたが片っ端から吹き飛ばしていくのを見て、色々と考えただけだ」
「あぁ、なるほどね………」
確かに、手負いの人間の血の匂いに誘われて襲ってきた魔物が多くいたけれど、手負いをわざわざ狙う低級な魔物の群れくらいなら、彼らを守りながらでも十分対応できていた。その様子を見ていた彼らが何となく微妙な表情を浮かべていたのはそれが原因みたいだ。
「ふむ。納得できない………そんな感じかな?」
「………まぁな。けど、不平不満を垂れるつもりはねぇよ。あんたはすげぇ人だが、良い人だ」
「そう言って貰えると嬉しいね………とは言え、やっぱりグリフォンに手を出したのは少し小言を言いたいけれどね。勝てるならば良いのだろうけど、これからはちゃんと自分達の実力を弁える事だよ。いつだって運が味方してくれるわけじゃないからね」
「あぁ………胸に刻んでおくよ」
「俺は足に刻んでるわ」
リーダーに抱えられながら、そんな軽口を叩く男。随分と余裕みたいで少し拍子抜けしたけれど、そんなブラックジョークで笑っている冒険者達を見ればいつも通りではあるのだろう。取り敢えず、僕たちは帰ろうか。すっかり日も沈んでしまっているし。
「それじゃあ、また縁があれば。またね」
「あぁ、達者でな」
「何から何までありがとう。今度会ったらお礼をさせて」
リーダーと手当てをしていた女性が代表してあいさつをしてくれる。僕はそれに頷いて、ニルヴァーナが眠っている石玉を空へと投げた。ちょっとしたことで使いたくないとは言ったけど、流石にここから歩いて帰るとなれば日が変わってしまう。詳しい事情も話さないまま遺跡に行ったのだから、それはもう相当ご立腹だろうし。
一日口を利いてくれず、ムスッとしたままのフラウが頭を過ぎって少しだけ心が痛くなった。少し急いでもらおうかな。
「ただいま」
僕は明かりのついている家のドアを開く。そこにはソファーに座って明らかに不機嫌オーラを放っているフラウと、僕を見て優しい笑みを浮かべつつ少し困ったような表情をしているステラがいた。
「おかえりなさい」
「あぁ、遅くなって申し訳ないね………てっきり、君にも怒られてしまうかと思っていたけど」
「私は途中から見ていたから………それより、話さないといけないことがあってね?」
「話さないといけない事?」
僕が聞き返すと、ステラはソファーの方を見る。僕が何かと思って覗き込むと、そこには見たことのない赤髪の少女が眠っていた。
「………ふむ。なるほどね………これは何と言うべきか」
「勝手な事をしてごめんなさい。でも、事情が色々とあって………」
「そんなに心配しなくても、最初から怒るつもりは無いさ。取り敢えず、彼女の手当てをしながら話を聞こうかな………所でエコーは?」
「部屋で休んでるよ………怒ったフラウと一緒にいるのが気まずかったのかもしれないけど」
「なるほどね。皆はご飯はもう食べたのかい?」
「ううん、まだよ」
「そうかい。だったら、今からでも用意してもらって良いかい?彼女の傷はそこまで深くなさそうだし、そんなに時間もかからないと思うからね」
「うん、フラウ。お願いできる?」
「………分かった」
フラウは不機嫌そうなまま頷いてキッチンへと歩いていく。それにしても、竜人か………随分と珍しい種族がこの辺りにいたんだね。
手当のための道具を用意しながらステラに問いかける。
「この子はどこで?」
「すぐ近くの森で、眷属と戦っていたの………竜の姿で」
「………竜の?」
「うん。最初は人型じゃなくて、本当に竜だったの」
「………ふむ。思った以上に良くない状況だね」
それは竜が狙われていたと言うこともそうだし、この近くに眷属が出現したこともだ。そもそも竜が人型になるってことについては………まぁ、前例が無い訳じゃないから一旦置いておくとしようか。
明日にでも村に行って護衛用の対策を講じるべきだろう。僕の知らないところで村が襲われていたとか洒落にならない。ロッカのような自立型の護衛役を作って村を守ってもらうべきだろうか。そんなことを考えながら竜の少女の手当てをする。
「彼女は何時間くらい眠っているんだい?」
「大体………10時間………とか?」
「随分としっかり睡眠を取っているね………不眠不休で戦い続けて疲れているのかな」
僕達と時間感覚が大きく違う竜種だし、睡眠時間が長いだけの可能性もあるけれど。少し気になるのは………この程度の傷をどうして自己修復出来ていないのだろうか。という事かな。
取り敢えず手当は終わった。軽症だし、応急処置程度の対応でも十分回復してくれる………と思うけれど。自己回復能力がここまで低いのであれば、適切な処置をしても傷口を再生してくれない可能性だってある。人間でもこの程度の傷なら治療した後であれば明日にはある程度塞がっているはずだ。治る兆候が見られないようなら、魔法で傷を塞ぐことを考えようか。
「取り敢えず、一旦これくらいでいいかな。また明日様子を見よう」
「ありがとう。冒険者の人たちを護衛して疲れてるのにごめんね」
「いや、大丈夫だけど………あぁ、なるほど。星の光で見えていたのかな?」
「うん。のぞき見みたいで悪いとは思ったんだけど、詳しい理由も言わずに行っちゃったし、あんまり遅いから心配になって………」
「それに関しては本当に申し訳ないね」
まぁ、起こってしまったことは仕方ないとは言えね。フラウの機嫌を取る事を頑張らないといけないし………
「ふふ………私も宥めてたんだけど、完全に拗ねちゃってるみたい。頑張ってね」
「あぁ………うん。頑張るよ」
ムスッとした顔で夕食を作るフラウを見る。僕たちが彼女の話をしているのは聞こえているはずだけど、彼女は頑なにこっちに目線を向けようとしない。予想していたけど、かなり怒っているなぁ………分かっていたこととは言え、あからさまに怒っていますと言うアピールをする彼女に苦笑を浮かべた時、階段を下りる音が聞こえて来た。
「主様。おかえりなさい」
「ただいま。エコー。挨拶は無事に済んだみたいだね」
「はい。主様もご無事で何よりです」
エコーは笑顔で僕の無事を喜んでくれていた。流石獣人族と言うか、僕達が帰って来ていたのは聞こえていたみたいだ。キッチンで不機嫌オーラを放っているフラウを見て、少し緊張気味に苦笑を浮かべているけどね。
「明日は村に行くんだけど、付いてくるかい?」
「はい、お供させていただきたいです」
「分かった。ロッカ、明日は留守を任せても良いかな?」
「!」
ロッカはグッドサインで承諾する。近くで眷属が出たと言うのが分かった以上、家を完全に開けておきたくないからね。僕はソファーに座って料理の完成を待つ。まぁ、直に出来るだろう。
ステラが僕の隣に座る。エコーは一人用の椅子に座って竜の少女を見ていた。そういえば、エコーが元々いた奴隷商店では竜人も取り扱っていたと聞いたね。色々と思い出しているのかもしれない。
「その子がどうかしたかい?」
「いえ………ただ、どこから来たんだろうと思いまして」
「さぁね………この辺に竜が住んでいるなんて聞いた事もないし。本人に聞いてみないと分からないさ」
僕も気になっている事だしね。また考えることが増えたなぁ、と思っていると不意にソファーに置いていた左手にステラの右手が重ねられた。ちらりとステラを見ると、彼女はニコリと微笑む。その笑顔を見て、僕はどうしてもあの時の事が脳裏を過ぎってしまって。
下手な笑みを返す事しか出来なかった。
それから間もなく出来上がった夕食をみんなで食べ、その間に何とかフラウに謝り続けて機嫌を直してもらった。まぁ、しばらくは出掛ける時は必ず連れて行ってと約束を設けられてしまったけれど。まぁ、当分は連れて行って問題が起こる用事なんてないからそれは良いんだけど。
寧ろ、しばらく外出も控えた方が良い気もする。家や村から遠く離れた時に何かあったのでは間に合わない可能性があるし………明確な対策が出来るまでは大人しくしていようか。
「………この辺に眷属が出たんでしょ」
「らしいね。直接確認はしてないけど、嘘をつく理由もないだろうし」
「………どうするの?」
ご飯を食べつつ、フラウは尋ねてくる。まぁ、明確な対策が浮かんでいる訳じゃない。突然ロッカのようなゴーレムを村に行かせても混乱するだろうし。
そこは話し合って決めればいいかな。取り敢えず、今のまま何もしないという選択肢はない………あれ、そういえば村の人たちは邪神の眷属の事を知っているのだろうか。少なくとも、僕は話したことは無いね。
「明日はいろいろ長話になるかもね」
「………仕方ないよ」
「まぁね」
そもそも面倒だと思っている訳じゃないけれどね。ただ、あの平和な村に大きな不安を呼び込んでしまうかもしれないと思う。とは言え、何も知らないままあの脅威に晒されるよりは間違いなく正しい選択だと思う。
「あ、シオン。私は明日家に残るね」
「ん?そうかい?」
「えぇ、あの子が起きた時、誰もいなかったら心配でしょ?」
「あぁ………それはそうだね。じゃあ頼んでも良いかい?」
「えぇ、勿論」
まぁ、もし明日彼女が起きていたら、状況を説明して待っていてもらうか、住処に帰ると言う事もある。起きなかったり、傷が塞がらないと言う事なら経過観察を続けないといけないけどね。
「ご馳走様。今日も美味しかったよ」
「………ん」
食事を食べ終わり、食器をキッチンに持っていく。珍しく僕が一番食べ終わるのが早かったね。折角だし………
「………食器はそこに置いてて。私が洗うから」
「………はは。分かったよ」
すかさずそんな言葉が掛けられ、言われた通りにする。家事をすることを楽しんでいる………かは分からないけど、また不機嫌にさせるよりマシだろう。もうどれくらいの期間、この家で家事をしていないかな。流石に少し申し訳なさがあるんだけど。
まぁ、それを考えるもまた今度でいいか。勝手にやったら何故か怒られるし。少し用事もあるから、僕が工房に向かおうとした時、ステラが声を掛けてくる。
「え?シオン?今から研究を始めるの?」
「まぁ、ちょっと気になることがあってね。すぐ終わるし、危険な実験じゃないさ。それじゃあ、みんなおやすみ」
「………おやすみなさい」
「おやすみ………?」
「おやすみなさい」
僕はそのまま研究室に入った。さて、確かめるべきことがあるね。明日は用事があるから、なるべく時間は使えない。時計を少しだけ確認した後で、僕は血の付いた包帯を懐から取り出した。
「ぼっちな私が異世界でネコと和解して賢者と呼ばれるようになる話」の新連載を始めました。良ければ一読いただけると嬉しいです。