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141話

 ソルに事の顛末を全て話し終えた後、僕たちは彼女に別れを告げて帰り道を歩いていた。結局、ロッカが必要な事態なんて起こらなかったし、寧ろ以前よりも精神状態が安定しているようにも思えた。次に来るときは、僕一人でもいいかもしれないね。


「案外、何事もなく終わったね」

「!」


 ロッカが大きく頷く。彼は終始周りをウロウロとしていただけだけど、その間にも何かあっても良いようにずっと気を張っていたのは分かっていた。しかし、僕とソルの会話を聞いているうちにその必要も無いと判断していたようだ。


「さて、少し急いで帰らないとね。流石に長話しすぎてしまったよ」


 仕方ないこととは言え、メディビアで起こった出来事を話すと相当な時間が必要だった。勿論、不必要な部分は大幅に端折ったけれど、それでもあそこで起こった出来事はあまりにも大きすぎた。少し喉が渇いたくらいだよ。

 お昼もとっくに過ぎているし。帰ったらまたフラウに小言を言われそうだ。ニルヴァーナに乗って行けばここから家まで程度の距離は一瞬なんだけど、極力僕は彼女の翼は頼りたくはない。ニルヴァーナと言う存在が、些細な事で呼び出すには少し過剰な存在だからね。

 時間を考えれば今から少し早く戻ったところで怒られるのは変わりないだろうし。


「………」

「はは。戻ったら一緒に怒られようか」

「!!」


 ロッカがぶんぶんと顔を横に振る。いくら彼でもフラウに怒られるのは嫌らしい。まぁ、僕も怖くはないとは言え、不機嫌なフラウはあんまり見たくないけどね。

 そう言えば、エコーはちゃんと村の人たちに挨拶できたのかな。若干人見知りと言うか、人との会話に慣れていなさそうだから少し心配だ。

 流石にステラ達が一緒にいるから問題は無いと思うけれど………そんなことを考えながら歩いていた時だ。森の中から人間の悲鳴が微かに聞こえて来た。声量から考えれば恐らく少し距離はある。男性の声だったかな。


「………ふむ。冒険者かな」

「?」


 どうするの?と言うように僕を見るロッカ。まぁ、知ってしまった以上は見殺しにするのは後味が悪いだろう。僕はロッカに頷くと、彼の背中に跳び乗る。それを確認したロッカは森の中へと飛び込んだ。

 断末魔………という訳じゃなく、必死さが大半を占める悲鳴だったからまだ逃げているはずだ。あと少し間に合わなかった、と言うのはちょっと困るからね。少しでも早い方が良い。ロッカが森の中を蹴って高速で進む中、折れた木々と地面に落ちている大きな羽が一瞬だけ視界を過ぎった。

 あの大きさのと木をへし折る程のパワーと言えば、僕の知っている限り限られた魔物しかいない。


「………グリフォン、かな?」


 恐らく魔物の中では竜種に並んで有名な存在であるグリフォン。空を制し、地上ですら並大抵の魔物では束になってかかろうとも蹂躙する程の戦闘力を誇る上位の魔物だけど、それだけの力を持つグリフォンはとても誇り高い事でも知られている。

 本来、人間という格下を自ら襲うような真似はしないはずだ。となれば………


「眠っているグリフォンを、欲に目がくらんで襲撃したか………どちらにせよ、自業自得の可能性が高くなってきたね」

「………」


 

 じゃあやめる?と言うように僕を見るロッカ。それに対して僕は無言で首を横に振る。いくら自業自得とは言え、見捨てる理由にはならないからね。勿論、グリフォンを始末するのも気が引けるけれど、知能の高い魔物だから引いてくれると考えて良いだろう。

 そうして森の中を進むうちに、前方で少し騒がしい声が聞こえてくる。追い詰められたかな。


「ロッカ、頼むよ」

「!」


 僕が彼の肩から跳び、ロッカが右腕を構える。そしてその右腕に跳び乗った瞬間、ロッカは僕を投擲する。木々が生い茂る森の中で危険だって?ロッカがそんなミスをするとは思っていないし、もしそうなっても僕なら問題ないさ。

 木々の間をすり抜け、途中で木を蹴って軌道を逸らしながら高速で進んでいく。そして、一瞬で前方で足から血を流して倒れている男が一人と、それを守るようにして立っている男女が四人。装備を見る限り、やはり冒険者かな。とは言え、その武器の構え方を見る限り猛者と言う風には見えないけれど。

 そして、そんな五人の冒険者に脇目も降らず駆けていくのは、予想していた通りのグリフォンだった。若干の怒りを滲ませた形相で彼らを睨んでいる。あのくらいなら、まだ対話の余地はあるだろう。僕は右手に赤い光を纏わせながら地面を滑る。そのままグリフォンの横を通り過ぎ、右手を地面に付けて滑走の勢いを急激に落とし、冒険者達の前で止まる。


「ロアの権能よ」


 その瞬間、僕の背後にいる冒険者達を炎の壁が囲い、彼らを隔てる。それを見たグリフォンは立ち止まり、目の前に現れた僕を凝視する。ここで睨みつけてこないのは、彼の既に収まり始めていた怒りを戸惑いが上回ったからだろう。

 恐らく地上に降りて休んでいた所を冒険者達に攻撃されたんだろうけど、彼ら程度の冒険者がグリフォンを本格的に傷付ける事なんて出来るとは思えない。

 彼が怒っていたのは攻撃された事よりも、休息の邪魔をしたことだろうから、本格的に外敵の排除を目的にしていたわけじゃないはずだ。そして思った以上に続いた追いかけっこに、彼も飽きかけていたのかもしれない。


「横やりを入れてすまないね。けど、ここまでと言うわけにはいかないかな?人間を食べる訳ではないだろうし、同族を見た以上は見ないふりは出来ないんだ。君も、僕とは戦いたくはないだろう?」

「………」


 僕の背後に燃える炎の壁を見上げるグリフォン。誇り高い生き物ではあるけれど、正確に相手の力量を見極める能力もあるはずだ。

 しばらくグリフォンは僕と目線を合わせ、沈黙と炎が燃え盛る音だけが周囲を包み込む。一応、もしこのまま襲ってきた時の事も想定はしているけれど、そもそも負けるはずがない確信があるし、ロッカも途中で合流するはずだ。

 暫く睨み合いが続いたけれど、それを破るようにグリフォンは踵を返して翼を広げ、空に飛び立つ。フェイントなんて小賢しい真似をする性格じゃないし、戦いを放棄したと考えて良いだろう。

 空に飛び去って行くグリフォンを見ながら、炎の壁を消滅させる。その裏には、怯えた表情で周囲を見渡している冒険者達がいた。


「っ………グ、グリフォンは………!?」

「もういなくなったよ………全く。戦う相手は見極めるべきだよ。君達でどうにかなる相手じゃないのは分かっていただろう?休んでいて無防備な状態なら、どうにかなるとでも思っていたのかもしれないけれどね」

「う………」


 バツが悪そうに言葉に詰まる男。一番身体も屈強だし、恐らくこのパーティーのリーダーかな。足を怪我している男の手当てをしている女性も彼を睨んでいるし。恐らくは仲間の制止を振り払って無理やり攻撃を強行したんだろう。

 どうして、と言うのは特に興味が無いしどうでも良いけれどね。周りを見渡した男は、恐る恐ると僕に声を掛ける。


「あ、あのグリフォンは何でいなくなったんだ………?」

「そりゃ、僕と戦いたくはないだろうからね。そもそも、グリフォンは無益な戦いを好まないし」

「あんたから逃げたってのか………?」


 男が怪訝そうな顔をした時、僕の後ろからロッカがやってくる。飛翔していくグリフォンの姿を確認していたのか、その足取りは急いでるようには見えなかった。

 しかし、ロッカを見た冒険者達は何かに気付いたかのように目を見開いた。


「ゴーレム!?まさかあんた、最近よく話に聞く権能の………」

「あぁ。まぁ、僕の事は今はどうでもいいけど。彼は歩ける程度の怪我なのかい?」


 僕は女性に応急手当てを受けている男の怪我の具合を聞く。血は手当てで止まり始めているようだけど………まぁ、僕の予想だと難しいだろうと思う。足が繋がっていると言うことは、やはり本気を出していたわけではないのだろうけど………


「………厳しいわね。骨が完全に折れてるみたいだわ」

「わりぃ………俺が下手をこいたばかりに………」

「そんなことないわ。でも………」


 女性は切羽詰まった表情で空を見上げる。パーティーの仲間が歩けなくなった場合、普通ならば背負って拠点まで戻るだろう。しかし当然ながらその分移動は遅くなるし、日が沈むまで後数刻。夜になれば魔物の活動も活発になるし、仲間を背負って移動するのはより厳しくなる。彼らの拠点がここからどの程度の距離にあるのかは知らないけれど………まぁ、表情を見れば予想は付くか。

 歩けない程度の傷となれば………まぁ、ここでの治療は厳しいか。


「仕方ないね………街まで同行するから、彼を背負ってくれ」

「………いいのか?」

「一度助けたのに、ここで見捨てるのも無責任だろう?ほら、早く」

「………すまねぇ」


 僕が急かすと、リーダーの男が怪我をした男を背負う。まぁ、ここで彼らが迷わず怪我人の彼を見捨てる選択をしたのなら放っておこうとも考えたけど。彼をどうにか拠点に連れて行くことを考えていたようだから、少しは手を貸しても良いだろう。


「君達が拠点にしている場所にはちゃんとした治療を受けれるところはあるのかい?」

「あぁ、問題ねぇ。こいつの母親が医者なんだ」


 男が先ほど手当をしていた女性を見て言う。なるほど、応急手当が慣れていた理由はそれだったわけだね。なら、そこまで護衛した後のことは考えなくていいだろう。取り敢えず、考えるとすれば………フラウの機嫌取りの事だね。












「………遅い」


 私の隣に座っているフラウが不機嫌そうに一言呟く。私はそんな彼女の様子に苦笑を浮かべるけれど、心配なのは私も同じだった。既に空は赤みがさしており、あと数刻としないうちに完全に日暮れになってしまう。

 星が見える時間になれば、その光を通してある程度遠くまで見る事が出来るけれど、夜まで帰ってこない事がそもそも心配でもある。それに、私達の反対側のソファーで眠り続けている少女をどうするかも話し合わないといけない。

 急に連れてきて、どうする。と言われても彼は困るかもしれないけれど。彼ならばあの状況で放っておくことはしなかったはずだから。どちらにせよ、傷の手当は必要だと思うし。


「………この人、本当に竜なの?」

「うん、私の目の前で竜から人の姿になったし………どうかしたの?」

「………竜は致命傷以外の傷なら、一時間もすれば完全に治癒して動けるって聞いた事がある。どこまでが本当かは分からないけど、そんな噂が出るくらいの再生能力はあると思うけど」

「………」


 その話は私も聞いた事があるけれど、少女は先ほどから眠り続け全く傷が再生している様子はない。やっぱり、こんな所で竜を見かけたのは特殊な理由があるんだろうか。

 どちらにせよ、彼が帰ってから話す事だと思う。完全に日が沈んだ空を見て、私は瞳を閉じた。














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