138話
セレスティアに挨拶を済ませた後、宮殿から出ようとした時に丁度シエルとマリンに出会う。彼女達は誰かを待っているのか、出入り口の前で立っていた。
「やぁ。誰かを待っているのかい?」
「はい。シオンさん達はセレスティアさんに?」
「まぁね。君達もそうだと聞いていたから、てっきりそっちで会うかと思っていたけど」
「セレスティアさんと会った後、私達はアズレインさんに話を聞いてもらうことになっていましたから」
「………なるほどね」
まぁ、どういう話なのかは大体分かるから聞く必要はないけれど、結局どうするのだろうか。
「それで、君たちはこれからどうするんだい?」
「しばらくはフォレニアで過ごすことにしました。星命樹の件に関しても、フォレニア王国が動いてくれるそうですので」
「なるほどね………なら、しばらくはそっちに任せるかな。僕の提案でここに来たのに、こんな結果になってしまって申し訳ないね」
「いえ。いずれは起こっていた出来事ですから。結果論にはなりますが、丸く収まったのはこれ以上ない程タイミングが良かったからだと思いますよ」
シエルの言葉はただの慰めと言う訳ではなく、本心からの言葉であることは分かった。そして、実際にそれは間違いではないのだけど。予定とは大きく異なる結果になった事を気にするなと言われても、それはそれで難しい話だった。
全てが上手くいっていれば、もっと大きな進展があったはずなのだから。別に、全ては思うが儘だと思っていたわけではないけれど、ここまで予想外の事が起きるのは中々無かったから驚いたよ。
「………シオンさんの気持ちはわかります。でも、全てが悪い方向に進んでいる訳じゃないと思います。まだ時間はあるんですから」
「そうだね………うん、ありがとう。それじゃあ、僕たちは一度お別れだね」
「シオンさん達は帰るんですか?」
「その前に一度カーバンクルに会いに行くけどね。それが終わったら帰るよ」
僕の言葉に、シエルは納得したように頷く。
「では、一度ここでお別れですね。短い間でしたが、ありがとうございました」
「いや、結局目的は達成できなかったからね。なんと詫びればいいか分からないよ」
「シオンさんが謝る必要はありません。それに、もし私達が知らないところで彼らの思惑が進む事こそが、一番最悪の事態を招いたでしょうから」
「………そうだね。しばらく滞在するなら、体調には気を付けるんだよ。実りの樹が無くなって、強い日差しが直に伝わってくるからね」
「はい、ありがとうございます。それでは、またどこかで」
「あぁ、またね」
「………また」
「お元気で」
それぞれ挨拶をする。マリンは終始無言のままだったけれど、あの邪神の戦いが終わってからこの調子なので、色々と思うところがあった戦いだったんだろう。まぁ、それが何かは僕の知るところではないんだけど。
「………君も、怪我には気を付けるんだよ」
「あら………心配してくれるのね」
「まぁ………師匠の古い友人だからね。心配くらいするよ。それじゃ、また」
「えぇ、あなたも頑張りなさい。色々とね」
マリンは含みを持たせた言い方をする。それに対して僕は苦笑し、フラウ達は気まずそうな顔をする。セレスティアの求婚を受けている件もそうだし、ステラに想いを告げられたことも何となく察しているのだろう。
正直、まだ答えは出ていないのだけど。僕たちはそのまま別れ、飛空艇に戻る。ステラとロッカは僕たちの分まで荷物を纏めてくれていたため、すぐに飛空艇を出てニルヴァーナで遺跡に向かった。
エコーは特にカーバンクルとの再会が楽しみなのか、少し落ち着かなそうにしていた。
「………あの子、元気かな」
「ちょっと前に会ったばかりだし、そう変わらないと思うよ」
「………私は、あんまり一緒に居られなかったから」
ちょっと残念そうにフラウは呟く。彼の奔放さに振り回されていたというか、遊ばれていた気がするけど、カーバンクルの事はフラウも気に入っていたらしい。
「………あの件で、森に何らかの影響が出ていなければいいんだけどね」
森の奥で襲い掛かって来たリザードマン達は、ほぼ間違いなく遺跡に封じられていた異界の神が関係しているだろう。あれが居なくなったことで、制御を失って暴れ回っている可能性がないと断言はできない。
そもそも、僕たちはあの森から街に出る際カーバンクルに会っていないのだから。
「………そうですね」
僕の考えていることが何となく分かったのか、エコーも少し不安げな声で頷く。まぁ、今回はその確認も兼ねている。何事もない事を願うばかりだね。
遺跡に着いた僕たちは、いつも通り扉を開いて通路を進んで森へと出た。山から見下ろす森は、特に変わったようには見えない。
取り敢えず、立てていた拠点に向かおうかな。ほったらかしにしていたから森の住民達に撤去されている可能性もあるけれど、僕たちは余所者だからそこは仕方がない。風の導きを頼りに拠点へと向かう。
「………カーバンクル、いないですね」
「まぁ、いつも僕達を待っている訳じゃないだろうさ。それに、大きく異変がある訳じゃないと思うよ」
「………なんでですか?」
「他の生き物たちの様子が変わりないからね。どこかで昼寝でもしてるんだと思うよ」
もしカーバンクルの身に何かあったのなら、確実に森の生き物たちは動揺しているはずだ。けれど、森に潜んでいる動物たちにそんな様子はない。そもそも、そんなことがあったら僕達ですら森に入れてくれるか分からないしね。
そうして僕達が拠点に着いた時、エコーはそれまで心配そうだった顔を一瞬にして安堵の表情に変えた。
「………おや、もしかして見張っていてくれたのかい?」
「バウ」
ヘルハウンド達が拠点の周囲で休んでいた。この辺が縄張りだと言う訳じゃないみたいだし、間違いなく拠点を意識しての事だろうね。僕の問いに、返事をするように一匹のヘルハウンドが鳴く。
「助かるよ。ありがとうね………彼はいないのかい?」
「バウ」
ヘルハウンドは僕の言葉を聞いて茂みの先に視線を向ける。その意図を僕たちが察した瞬間、茂みから彼が飛び出してきた。
「クルルルゥ!」
「おっと」
飛びついてきたカーバンクルを受け止める。その相変わらずな様子に、僕は少しだけ呆れながらも嬉しく思っていた。腕の中にいるカーバンクルを撫でると、その手に頭を擦り付けてくる。
「変わりないようで安心したよ。前は色々と慌ただしくて申し訳なかったね」
「クルルゥ!」
気にしないでと言うように鳴くカーバンクル。あの時姿を見なかったのは………まぁ、間違いなくケラヴ達が侵入してきたからだろうね。変に突っかからなくて安心したよ。
「あの後、森に何か変わったところはあったかい?」
「クルル?」
僕の問いに首を傾げるカーバンクル。何も変わっていないようだね。ある意味安心したよ。僕がそう思った時、カーバンクルはエコーの方に僕の腕の中から飛び出した。
エコーは予想していたかのようにカーバンクルを受け止め、その頭を撫でていた。
「驚かなくなったね」
「はい。流石に慣れましたから」
「ふむ………少し残念だね」
「どういう意味ですか!?」
そのままの意味だけどね。まぁ、これ以上言うと拗ねてしまうだろうから、僕は笑みだけ返してテントの方に向かった。一応だけど、中の様子を確認しておきたかったからだ。とは言え、やはり特に荒らされた様子もない。
少しだけ中の物を片付けてテントから出ると、大きな羽音が迫ってきていた。
「ホルルル」
「やぁ。君も来たんだね」
言わずもがな、あのシルバーホークだ。丁度いいかもしれないね。左腕を上げて彼を乗せ、少しだけ顎を掻く。もしかすれば嫌がられるかもと思わないでもなかったけど、寧ろ機嫌が良さそうに鳴き声を上げるところを見ると杞憂だったらしい。
「さて、君に聞きたいことがあったんだ」
「ホルルル」
「うん。あのリザードマン達の事だ。ここに居なかったのも、そっちを見に行っていたんだろう?」
「ホルル」
シルバーホークは肯定するように頷く。まぁ、多少なりとも変化は感じ取っていたんだろうね。となれば、やはり………
「あのリザードマン達は、あの日から姿を現しているかい?」
「………」
僕の問いに、無言で首を横に振るシルバーホーク。予想通りと言わざるを得ない。勿論、あのリザードマン達が森から居なくなったことはこの森にとって良い事だ。しかし問題はどのようにして、どこに行ったのかという話だ。
まさか、消滅したという訳じゃないだろうし。普通に考えれば地上だろうけど、それは今後外の世界であのオーラを纏った魔物が増える可能性も考えられるという事だ。悩みの種が増えてしまったね。
「………まぁ。平和そうで何よりだよ」
「ホルルル?」
僕が悩んでいることに気付いたのか、シルバーホークが首を傾げる。とは言え、平和に過ごせているようで安心したのは事実だし、外の事は彼らには関係がない話だから首を振って何でもないと答える。
取り敢えず、どうしようか。折角来たのだし、森の調査を再開しても良いんだけど、家も長く空けてしまっているし、村の様子だって気になる。長くても………まぁ、三日かな。
まぁ、たまに様子を見に来るくらいはいいかもしれない。
「さて、折角来たんだしまた森を進んでみようか。この前とは違って、リザードマン達も姿を現さないらしいし」
「………何故、あのリザードマン達が姿を現さなくなったって分かるんですか?」
「シルバーホークがそう言っていたからね」
「………そうなんですね」
何故か釈然としないような答えが返ってくる。まぁ、大体何を思ったのかは分かるけど、この辺は改めて説明する必要はないだろう。理解と納得は別だからね。
エコーも聞いても無駄だと言うことは分かってるらしく、特に深くは掘り下げてこないし。フラウ達は………まぁ、普段からロッカと意思疎通をしているから、今更だろう。
「さて、行こうか。寂しいけれど、長居はしないよ。時間は有意義に使うべきだ」
「………分かりました!」
一瞬だけ寂しそうな表情を見せたエコーだけど、すぐに真面目な表情をして頷く。勿論、言いたいことは分かっているけれど、色々と外で確認しておきたいことが山ほどある。
「………まぁ、時間があればまた来ることもあると思うよ」
「主様………はい。ありがとうございます」
「クルルゥ?」
「ううん、何でもないよ」
首を傾げたカーバンクルの頭をエコーが撫でる。その様子を見て少し笑みを浮かべながら、僕は森の方に歩き出した。残りの少ない時間を、ちゃんと使わないとね。