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137話

投稿が遅れ、本当にごめんなさい。少しずつ執筆は続けていたのですが、何度かシナリオを考え直したりしていました。不定期更新ではありますが、今後とも応援していただけると嬉しいです。

 夜の精霊の森。眷属の一件があってから、この森に暮らしていた動物は殆どが姿を消していた。未だに異様な雰囲気が漂い、生命の循環が失われた森は天敵のいなくなった植物たちが更に勢力を増し、草花は人が立ち入ることすら難しい程に生い茂っていた。

 その森の地面に黒い沼のような物が突如として広がる。それらは周囲の木々や大地を侵食し、不気味に脈動していた。数少ないこの森の住民である虫などの生物も逃げ出し、その黒は浸食を広げていた。しかしその浸食は突如として止まり、発生源に再び集まるように収束していく。

 その黒は塊を形成し、広がっていたものは全てその塊に集まる。脈動するそれはまるで卵のようでもあった。それは赤い光を放ち、直後に弾け、中から現れたのは一糸纏わぬ赤い髪の少女だった。頭には二本の角が生えており、瞳は赤い光を放っていた。その背中から伸びる二対の翼と腰から伸びる尾は、彼女が竜人であることを何よりも表している。彼女がどう誕生したのかを除けば、だが。

 少女は暗い空に浮かぶ月を見上げ、無表情のままに呟いた。


「………ここは、どこなの?」











 翌日、僕は身体を起こす。僕たちは暫くは飛空艇で寝泊まりすることになっていた。まぁ、あんなことがあったばかりで宿がちゃんと機能しているかも分からないからね。それに、連絡を取ると言う意味でも今の方が手間が少ない。

 ちなみに、エコーの件は事前にステラ達と話していた。まぁ、エコーが今後も僕に仕える気があると言うのは何となく察していた。彼女を正式に雇う事に二人も反対しなかったし、僕もあそこまで一心な忠誠でケラヴを打ち破り、邪神との戦いにも臆さず臨んだ彼女に対して無情でいることなんて出来るはずもないしね。

 部屋を出て甲板に行くと、既に起きていた三人が僕を見て声を掛ける。


「シオン、おはよう」

「主様、おはようございます」

「………おはよ」

「おはよう。いつもながら、君たちは早いね」


 ステラとフラウは朝食や家事をしてくれていることもあって早い事は分かるのだけど、エコーに関しては何故こうも早起きなのか分からない。奴隷商店の檻の中を見るに、掃除をしていたとかでもないだろうし。


「前から思っていたけれど、君は何故早起きなんだい?悪いと言う訳ではないけれど、もう少しゆとりを持っても良いんだよ」

「それは分かっているのですが………檻の中で眠り続けていると、他の奴隷の人たちに何をされるか分からないので………」

「あぁ………すまないね」

「いえ、もう私には関係のない話ですから」


 エコーが小さく笑みを浮かべて首を振る。全く躊躇いもなく言い切った彼女に苦笑するけれど、仕方のない事なのかもしれない。厳しい環境に置かれていた場合、同じような境遇の人間同士は仲間意識を持つ場合があるとも言われているけれど、それは全員が同じような志がある場合だ。

 一人でも和を乱すような者がいれば纏まりは失われるし、そもそも犯罪者が集まるような環境で碌な集団が出来るはずもないだろう。


「そうだね………とは言え、僕の助手として生きると決めたのなら、相応の仕事はしてもらうよ」

「勿論です。それを望んで、私はここにいますから。これからも、多くの事を学びたいです」


 大きく頷くエコー。この様子なら心配はいらないだろうね。元からしていたわけじゃないけれど。


「!」

「あぁ、ロッカもおはよう。調子はどうだい?」

「!!」


 いつものようにグッドサインで返事をするロッカ。やはりと言うべきか、ニルヴァーナの中で生命力を補充していたようだ。傷はすぐに治せるから問題はないし、僕が直そうと思った時には既に立ち上がれる程度には元気だったからね。ただ、ステラの話では彼と戦っていたのはパハッドだったらしい。

 ロッカにあそこまでの傷を負わせるほどの脅威は感じなかったけれど、恐らく何かしらの手札を残していたのだろう。ロッカは言葉を話せないし、ステラも降臨してからすぐに彼を撤退に追いやったらしいから、どんな能力かは分からないけれどね。

 そして、当然とはいえこんなことがあった後でこの国の支援を期待するなんて不可能だった。粉砕された実りの樹を見る。


「………さて、どうしようか」

「………?」

「いや………何でもないよ。それより、シエルとマリンは?」

「………セレスティアに用があるって、宮殿に向かった」


 なるほど。僕は頷いて少し考える。要件を察せない程、今の状況を理解してない訳じゃない。一難去ったとは言え、好転したとは言えないのだから。問題の先延ばしと言う方が正しい。ただ、今回の件で分かったことがある。

 案外、事態は悪い方に向かっている訳でもないと言う事だ。少なくとも、未完成だろうとも邪神の復活を急ぐ適度には相手に余裕がない事が分かった。

 なら、しばらくの間は様子を見てタイミングを計るのも良いかな。取り敢えず、それも含めて一度セレスティアに会わないといけないけれどね。


「僕は宮殿に行くけど、君たちはどうする?」

「………行く」

「私もお供します」


 フラウとエコーはすぐに頷いたけれど、ステラは少し悩むような表情を見せる。まぁ、面倒ごとになる可能性が高いからね。とは言え、いつまでもこの船に居させるのは窮屈だろう。ここで僕が出来る事は無いし、体裁的にはフォレニア王国が占領したことを示すためには後始末をあちらで完結する必要があるはずだ。

 救援も期待できないし、ここに滞在する理由が存在しないのも事実だった。カーバンクルにも挨拶をしたいし、セレスティアと会った後にはこの街を出てあの森に向かってもいいかもしれないね。


「ステラはここで待っていてくれるかな。流石に、不特定多数の住民とトラブルにはなりたくないからね。ただ、出来れば早めに街を出るつもりだから、荷物を纏めていてくれると助かるよ」

「うん、分かった。セレスティアに………ううん。やっぱり、なんでもない」

「そうかい?伝言なら預かるけど」


 言葉を切ったステラにそう言ったけれど、彼女は首を振った。


「ううん、自分で伝えるべきだと思うから」

「………そっか。なら、行ってくるよ」

「うん、いってらっしゃい」


 僕が歩き出すと、フラウとエコーが付いてくる。ロッカはステラの隣で待っているから、今回は留守番をするんだろう。彼女を一人にしないためだろうけれどね。僕はオネストに一言声を掛けて船を降りた。流石の一般市民も、ステラがいるのが分かっていてもフォレニア王国の最高兵器である飛空艇に忍び込むような様子はないしね。


「………この後、どうなるのかな」

「この街の事かい?」

「………うん」


 普段と変わらないように言うけれど、そこにほんの少しだけ憂うような意味があったことは理解している。僕もそれは考えていない訳ではないけれど。


「セレスティアなら上手くやってくれると思うよ。フォレニア王国が無責任な統治をするとは思えないしね」


 結局、そういう結論に落ち着いていた。僕は統治者や人を率いる立場になったことが無いから、学んだ歴史から事実を知っているだけだ。統治者としての振る舞いや責任なんて負ったことが無いのだから、そういうのは僕が心配したところであまり意味はない。


「まぁ、頼まれれば少しくらいは手を貸すつもりではあるよ。そんなことがあれば、だけどね」

「………そう」


 まぁ、国の体裁的にも彼女の頼り下手な性格的にも。そんな日は来ないだろうと言うのが僕の考えだけどね。とは言え、義神との総力戦からまだ一ヶ月も経っていないし、もしもの場合は考えておこうかな。


「まぁ、しばらくはゆっくり過ごしたいかな。流石に疲れたよ」

「………お疲れ様」

「はは。ありがとう。君もよく頑張ったね」

「………うん」


 少しだけ笑みを浮かべながら頷いたフラウが可愛らしくて、つい頭を撫でようとしたら途端に不機嫌そうな表情をして叩き落とされてしまった。残念だね。











 町の中心近くにある宮殿を訪れると、すぐに騎士の一人が僕達を執務室に案内してくれた。勿論、セレスティアの私兵だけど。取り敢えず、面倒な問答や探す手間が省けたのは嬉しいかな。

 そうして案内された執務室の扉をノックすると、すぐに声が帰って来る。


「はい、誰でしょうか?」

「僕だよ。フラウとエコーもいるけどね。今大丈夫かな?」

「シオンさん達でしたか。どうぞ」


 返事を聞いて扉を開ける。そのまま挨拶をしようとしたのだが、目の前に広がっている光景に僕は言葉を失う。大きな執務机の上には、これでもかと積み重ねられた書類の山が存在していたのだ。流石に天井に届くほどと言うのは言い過ぎだけど、座っている彼女の顔が半分程に隠れる程度には積み重なっている。

 そんな僕の様子から察したのだろう。セレスティアは苦笑を浮かべて声を掛けてくる。


「流石に、この量を私一人で捌くわけではありませんよ。今はここにはいませんが、アズレインが重要性の低い物を担当してくれますので。それに、殆どは統治を引き継ぐ代表者の方が行うと思いますし」

「なるほどね………こうなってるのは、やっぱり先日の件かな」

「えぇ。多くの商会が集まっていただけに、フォレニア王国が取り込むと言うことに混乱は大きいようです。それに、この混乱に乗じて違法な商売を行おうとしている所もあるようですからね………」


 げんなりとした様子でちらりと幾つかの書類に目をやるセレスティア。恐らくは緊急性の高い物を優先しているのだろうけど、彼女の態度からその厄介さが伝わって来る。


「僕に出来ることがあるなら手伝うけど」

「いえ、フォレニア王国がこの国を族国とした事を示すためには、まずは行動で出来る事をしなければなりませんから。シオンさんの気持ちは嬉しいのですが、これは私達に任せてください」

「ふむ………まぁ、確かにそう言うものかな。なら、もう一つ話があってね」

「この街を発つんでしょう?」


 割り込むように言うセレスティアに、僕は頷く。そもそも、僕がこの街にいた理由を考えれば当然とも言えるからね。それでも、この察しの良さには感服せざるを得ないけれど。


「あぁ。僕の目的は………まぁ、失敗と言えば失敗なんだけど。それとは別の収穫があったからね。後はあの森に行って、その後で家に帰ろうと思うよ」

「そうですか………少しだけ寂しくなりますね」


 少しだけ悲しみを滲ませた笑みを浮かべたセレスティア。別に、今生の別れと言う訳ではないのだけどね。それでも、一応言っておくべきだろう。


「君がフォレニアに戻ったら、また会いに行くよ」

「………本当ですね?」

「うん。約束する」

「ふふ………約束です。破ったら、その時は覚悟してくださいね?」


 にこやかな笑みに変わったはずだけれど、その台詞を合わせるとこれ以上ない程に不穏な空気に変わるのは何故だろうね。大国の王女であるセレスティアにまだ遠慮気味なエコーも若干引いているし。


「その時は、フラウさん達も是非一緒に来てくださいね。また城でゆっくりお話ししたいですし」

「………うん」

「えっと………」

「勿論、エコーさんもですよ。シオンさんの助手になったんでしょう?」

「………よく分かるね」


 そのことはまだ話していないのだけど。その勘の良さは最早読心術の類だと思うのだけど。


「シオンさんの事ですから」

「ふむ………なるほどね。まぁ、結果的に間違いではないから返す言葉は無いんだけど」

「では、楽しみにしてますね。ステラさんは………」

「街がああだからね。中々街を歩けないんだよ」

「そうでしたね………それでは、ステラさんにもよろしくお願いします」

「うん、分かった」


 僕が頷いたのを見て、セレスティアは笑みを浮かべた後に時計を見る。恐らく、何か予定があるのだろう。用は終わったし、仕事の邪魔をするわけにはいかない。


「それじゃあ、僕たちはこれで失礼するよ。また今度ゆっくり話そう」

「えぇ。ではまた」

「うん、またね」

「………またね」

「失礼します………」


 一言別れの言葉を言って、僕たちは部屋を出る。最初はあの書類を見て絶句したけれど、無理のないようにやるようだし一安心だ。取り敢えず、この街で出来ることは無いし予定通りに街を出ようかな。

 宮殿の外に出ると、今まで実りの樹が隠してくれていた日差しが容赦なく降りかかる。大きな変化があり、今まで通りとはいかないだろう。この街もそうだし、僕達だってそうだ。まぁ、それでも何とかなるのだろうと思っていた僕は、かなり楽観的だったのかもしれない。










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