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136話

 僕は暫くステラとフラウと話した後、シアの病院へと向かっていた。もしもの事があれば大変だからね。借りているという立場上、それで全額負担になってもそこは全く問題ないんだけど、彼女自身が今後一人で生きていくことが難しい程の後遺症が残ったりしないかが心配だった。

 杞憂で終われば一番だけど、あり得ない話じゃない事は誰もが分かるはずだ。彼女なら戦いの終わりまで根性で立っていたと言われても納得だからね。少なくとも、ケラヴに勝てる戦士なら不思議じゃない。


「………」


 活気の少ない町を進む。当然とも言えるけど、今まで街の中心であった実りの樹を失ったのはこの街に住む住民達にとってはこれ以上ない程の傷を残した。それだけでなく、街の損害も小さくはない。復興にどれほど掛かるかも分からないし、そもそもこの街から拠点を移す者も多いだろう。

 ちなみに、ステラとフラウは連れてきていない。というよりも、連れてくるのが難しい理由があった。ステラは神として地上に降臨し、その圧倒的な神としての力で邪神を打ち破った。そんな彼女の姿と光は、街の外からでも見えていたらしい。

 拠り所を失った住民達が継ぎに縋ったのがステラだった。神であれば、自分達を救ってくれると思ったんだろう。勿論、神々は幸運をもらたす力などありはしない。星の神となったステラは、それこそ人々の営みに干渉するような能力なんて持っていないだろう。水神とかであれば、人間を直接的に救うような事だって出来るのかもしれないけれどね。

 とにかく、今ステラが外を出歩くと混乱を招きかねないと言うことで、僕一人な訳だね。


「さて………シアはどうしているかな」


 彼の事だし、実りの樹を失って落ち込むよりも患者の治療で手一杯になってそうではあるけどね。そう思って、僕は彼の病院の扉に手を掛ける。そのまま扉を開いて中に入ると、やはり誰もいない受付と廊下が続いている。まぁ、予想通りだ。

 特に断ることなくそのまま廊下を進み、一つ一つ彼女の病室を探そうと思っていた時だ。一番手前の病室から、言い合う声が聞こえて来た。いや、それは言い合いと言うより………


「いやです!」

「服を着たままでは治療を出来んと言っているだろう!?私も下心で言っている訳ではないのだが!」

「絶対に無理です!」


 そのやり取りを聞いて、僕は天井を仰ぐ。彼女が裸体を異性に見せたがらない事を完全に失念していた。このやり取りを、彼女がここに来てからずっと続けていたのだとしたら本当に申し訳ない。それでもシアには今の所怪我をしている様子が無いのは、無理強いをしていないからだろうけど………とは言え、傷の手当てを服を着たまま行えと言うのも無理難題だ。手足の怪我だけであればその限りじゃないけれど、彼女は邪神の攻撃を受け、それ以前にケラヴとも戦っているのだから。

 大きなため息を付いて病室へと入ると、ベッドで寝ているエコーと頭を抱えていたシアがこちらを見る。


「あ、主様!?お身体は………」

「問題ないよ。それより、治療を拒否しているみたいだね」

「え、あ。その………すみません………」

「いや………こちらこそ申し訳ないね。僕も忘れていたよ」


 耳を伏せ、バツが悪そうに謝罪するエコーに首を振る。僕がちゃんと覚えていれば、もっと早くここに来れたのだけど。僕らのやり取りを見たシアも何かしら事情があることは察したのだろう。というより、ここまで頑なな態度で拒絶していたのだから、そもそも予想はしていたのかもしれないけれど。


「やはり訳ありか。だからといって、服を着たまま治療をすることは不可能だぞ」

「分かっているよ。後は僕がやっておくから、君は他の患者を見に行ってあげると良い」

「………そうだな。任せよう」


 僕の言葉に頷いたシアは病室を出て行く。実際に手を焼いていたのは間違いないんだろう。他の患者だっているだろうし、暇じゃないのはすぐに分かった。彼を見送り、エコーへと視線を戻すと彼女はさっと目線を逸らす。その姿が情けない所を見られた子供のようで、少しだけ笑みが浮かんでしまう。


「さて、と。服はそのままでいいから、出来るだけ動かないようにね」

「………え?」


 僕が彼女の傍にある椅子に座り、深緑の光を右手に纏わせる。治療魔法は得意ではないけれど、時間を掛ければ問題なく治療できる程度ではある。すぐにでも死んでしまいそうな程の怪我の治療は出来ないけどね。

 彼女もすぐに魔法で治療する事を理解したのだろう。素直に大人しく体から力を抜く。


「………すみません」

「気にしなくていいさ。本当に頑張ってくれたからね。君がいなければ、僕たちは勝つことが出来なかったかもしれない」


 彼女の治療の手を握って、魔法で治療しながら話す。お世辞や適当な励ましではなく、本当に彼女がいなければ僕たちはここにいないだろう。ただでさえ未熟な邪神にあそこまで追い詰められたというのに、彼女がいなければどうしようもないほどまで成長していただろう。エコーが勝利したケラヴは共に戦った時もそうだったけど、本当に強い戦士だったからだ。


「そういえば、君の体に浮かんでいた赤い模様は何だい?」

「あれは………母との約束です」

「………なるほどね」


 勿論、それだけであれが何だったのかは分からないけれど。何故あのような力を持っているのかは大体察しが付いたからね。彼女の母は東国でも名のある戦士だったらしいし、多分それに関連する力なんだろう。気になるのは間違いないけれど、それを聞いて僕が使えるとも限らないし、東国由来の魔法を知らない事には理解できないだろう。

 やはり、時間があるときに旅行にでも行ってみるべきだね。歓迎されるかは分からないけど。


「何はともあれ、無事でよかったよ。邪神の攻撃を思いっきり食らっていた時は、どうなる事かと思ったけど」

「あの攻撃はケラヴの一撃以上に重かったですね………母の力が無ければ、私はあの時点で倒れていたと思います」


 それを受けて立っている君も大概だけどね。まぁ、無事で何よりだ。ケラヴとの戦いの話を聞いたりしながら治癒魔法で治療をしていたけれど、彼女自身の回復能力も高いのかほんの十数分ほどで彼女の傷は殆ど治ってしまった。治療をしなくていい理由にはならないけれど、杞憂に終わってよかったよ。


「さて………こんなところかな。まだ痛む場所はあるかい?」

「いえ、特には………ありがとうございます」

「礼を言うのは僕の方さ。君が居てくれて本当に助かったよ。ありがとう」


 僕が感謝を伝えると、エコーが少しだけ頬を染めて顔を伏せる。褒められることに慣れていないのだろうけれど、本当に彼女がいなければ勝てない戦いだったからね。感謝ははっきりと伝えなければならない。


「………お役に立てて、私も嬉しいです」


 小さく呟いたエコー。改めて、彼女の忠誠心に驚いたけれど、僕が答える前に彼女がベッドから立ち上がる。その動作に不自然さは無く、特にどこか問題がある様子は無かった。

 後はシアを見つけて場所代を払わないといけないね。後は迷惑料だ。


「さて………彼はどこに行ったかな。探しに行かないと………」

「その必要はないぞ」


 僕が席を立った瞬間、まるで待っていたかのように丁度良く部屋に入って来るシア。腕を組んで、やれやれと言ったように首を振る。


「金はいらん。以前ので既にお釣りがくるほどだからな。治療も行っていないし、問題はない」

「………前も似たような事を言われたね。本当にいいのかい?」

「あぁ。寧ろ、これ以上受け取ってしまったら私の名に関わるからな」

「ふむ………そういうことなら。助かったよ」

「気にするな。君達には恩があるからな。さて、私はまだ患者が多くいるからな。これで失礼する」

「あぁ、またね」

「医者に再開を望むものではないぞ」


 そういって部屋から再び去っていくシア。仏頂面と言うか、その口振りは相変わらずだけど、彼なりの優しさかな。個人的に会いに来るのも良いんだけど、今は忙しいだろうからやめた方が良いだろうね。


「今は飛空艇に寝泊まりしているから、そこに行こうと思ったんだけど………色々あったし、一度店に顔を見せておいた方が良いんじゃないかな?」

「そう………ですね。その方がいいかもしれません………怒られなければいいんですけど」

「流石にその時は僕も口を挟むさ」

「………ありがとうございます」


 彼女もベッドから立ち上がり、僕たちは外に向かう。出口から出ようとした時、外から一人の男が冒険者と思われる男を支えて入って来た。慌てた様子で中に入っていくのを見て、彼は今日眠る時間は取れるのかと少しだけ心配になった。

 手伝う事も考えたけれど、彼は自分の手で治療をした人間の治療費しか受け取らないだろうし、そうなると彼の仕事を奪うことになりかねない。本当に手が足りなくなったら、恐らくは声を掛けてくれるだろう。


「………行こうか」

「いいんですか?放っておけないって顔をしていましたが………」

「気にはなるけれど、彼の仕事だよ。彼が出来ないのであれば僕がやってもいいけれど、今のところはそこまででもないと思う。もしそうなら、先に言っているだろうしね」

「そういうものなんですね………」


 僕たちは今度こそ外に出る。あと数時間もすれば夕暮れだろうし、なるべく早く向かうべきだね。僕とエコーは静かな街を歩く。初めて彼女と出会って二人でこうして街を歩いていた時はあんなに賑やかだったのに、今じゃ見る影もないね。


「………静か、ですね」

「まぁ、ショックは大きいだろうさ。それに、実質的にこの国はフォレニア王国の支配下に置かれたわけだしね。突然の変化に追いつけないのは仕方のない事だよ」

「そうですね………私を預かる店も拠点を移すんでしょうか………」

「どうだろうね………まぁ、なるようになるとは思うけれど。それに、君はその心配はいらないんじゃないかな」

「っ………そう、ですね」


 少し暗い顔をして頷くエコー。何やら勘違いをしているようだね。まぁ、店はもう見えてきたし、明かすのはそこで良いだろう。そうして店が近付いてきたときだ。


「………主様」

「ん?」

「………この刀を、受け取ってくれませんか?」


 僕を呼び止めたエコーが、背負っていた太刀を差し出す。僕が驚いて動きを止めると、彼女は言葉を続けた。


「………この刀は、主様との誓いと共に生まれました。私は主様の下を放たれた後、あの貴族の奴隷になります………私と主様の誓いを、あの男に汚されたくはありません。だから………」

「あぁ、その事なんだけど。実は、君を購入する契約をしていた貴族は死んでいたそうだよ」

「………え?」

「宮殿の一部が崩落して、その下敷きになっていたみたいでね。何故彼が宮殿にいたのかは分からないけれど………まぁ、頬に傷のある貴族の恰好をした男なんて見間違えるはずもないし、確かな情報だと思うよ」


 僕はステラから聞いた話をエコーに伝える。正確には、戦後処理で宮殿を見に行ったオネストから聞いた話らしいけれど、彼女が間違いないと言っていたのならそうなんだろう。あの状況で宮殿にいたという時点で少しきな臭いけれど、死んでしまっている以上事情を聴くことは出来ないし、疑いを掛ける訳にはいかないだろう。近いうちに、調査はされそうだけどね。


「その場合………私はどうなるんでしょうか」

「それはこれから決まるんじゃないかな。取り敢えず、刀を預けるにはまだ早いよ」

「………分かりました」


 彼女が頷いたのを見て、僕たちは中に入る。あんなことがあったばかりだけど………いや、だからこそ僕達が来るのは分かっていたのかもしれない。カウンターではイーサンが待っていた。


「いらっしゃいませ」

「あぁ、世話になっているね。取り敢えず、一度顔を見せに来たよ」

「えぇ、分かっております。あのようなことがあったばかりですからね。こちらとしても心配しておりました。本当にありがとうございます」

「まぁ、立場上ね」


 前置きも程々に、イーサンはエコーに席に着くように促す。僕は出て行った方が良いかとも考えたけれど、そのままでも問題ないと言われて近くにあったソファーに座る。そして、イーサンは一瞬だけ書類を見て、彼女に向き直ってから話し始める。


「まずはお疲れ様でした。あなたの活躍は聞いています。シオン様にあなたを貸した身としては、本当に鼻が高いですよ」

「いえ………私も、主様に仕える事が出来て本当に嬉しかったです」

「お別れのように言っていますが、まだ返却いただいたわけではありませんからね。この場でシオン様が返却するのであればその限りではありませんが」


 そう言って僕を見るイーサン。しかし、僕は首を横に振る。まだ当分はこの街に滞在するだろうからね。それに、あの森の住民達にもまだ挨拶をしていないし。


「………とのことですので、まだあなたにはシオン様の下で働いていただきますよ」

「はい、分かりました」

「それと、大事な話なのですが。あなたの購入契約を結んでいたアルフェン様の死亡が確認されています。なので、アルフェン様との取引は取り消しと言うことになっているのですが………」

「………はい」

「実は、アルフェン様とは別にあなたの購入予定が入りました」

「っ………そう、ですか」


 一瞬だけ息を呑んだエコーだったけど、すぐに諦めたように頷く。まだ相手も知らないだろうに、そこまで落胆することは無いと思うんだけど。アルフェンほど酷い雇い主もそういないだろうし、今の君ならばどこに行っても力不足にはならないだろう。


「その相手は、誰でしょうか?」

「シオン様ですよ」


 あっけらかんと答えたイーサン。その言葉にエコーが硬直する。予想できたことだと思うけどね。今まで買い手がいなかった彼女の新たな買い手となれば、相応に彼女の事を知っている人物に限られるはずだ。


「………え?」

「正確には購入希望者、という形ではありますが………どうでしょう?彼女はあなたが設けた条件を十分以上に満たしていると私は考えますが」


 彼が僕を見て尋ねてくる。それに対して、僕は頷きを返した。


「そうだね。エコーは十分すぎる程に変わった。自分の意思を持つことが出来ているし、そのおかげで僕は助けられた。彼女にはこれ以上ない程の報酬を与えないといけないだろうからね」

「報、酬………?」

「あぁ。君に自由をあげるよ」


 僕は振り返った彼女の目を見て言う。自分で道を決める権利。今までの彼女ならばそれは不可能だっただろうけれど、明確に意思を持った今の彼女ならば迷うことなく、後悔しない選択が出来るはずだ。


「だからこの場で聞いておこうか。奴隷だった自分を捨てて、自らの意思だけで決めるとしたら………君はどうする?」

「………本当に、私が決めて良いんですか?」

「勿論だよ。僕は君の選択を否定しないけれど、だからこそどんな選択でも自己責任になる。自分にとっての間違いを選んで後悔するのは君だ。そうならないためにも、自分の意思で決めるといい」

「………私は」


 一瞬だけ言葉に詰まった後だ。彼女は席を立った後、僕の前に片膝を付いて地面に太刀を置く。大袈裟だとは思うけれど、彼女なりの選択であれば取り敢えずは黙って見ておくのが正解だろう。


「不肖ながら、私エコーは………シオン様へ一生の忠誠を誓いたく存じます。私は狼。一人の主のみにしか従えません。私を導くのは貴方以外に出来ないのです。このような身ですが、どうかお傍に置いていただけないでしょうか」

「………それでいいんだね?君には、もっと多くの選択があるんだよ」

「はい。これが、私の唯一の願いです」

「ふむ………なら、僕がそれを否定する理由は無いかな。こう言う言い方はあまり好きじゃないけど、その忠誠を受け入れよう。これからは、正式に僕の助手として君を扱うよ」

「っ………はい!ありがとうございます!」


 深く頭を下げるエコー。先ほどから大袈裟だとは思うけれど、本当に嬉しそうな声を上げていた彼女の姿を見ればそうもいかなかった。

 そんなエコーの姿を、イーサンは微笑ましそうに見ていた。まるで………そうだね。子の独り立ちを祝うような、そんな目だったように思えた。














投稿が遅れて申し訳ありません。これにて第五章完結となるので、再度次章の展開や細かい点の構成を練り直していました。今日からはまた更新頻度を上げたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。評価や感想なども頂けると励みになります。

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