133話
「ちっ………『権能』!」
「分かってる!」
彼の前方に岩を回し、放たれた赤き弾幕を防ぐ。直撃した岩はすぐに木端微塵になったけど、その間にケラヴは別の岩に跳び移る。そんな僕に放たれた赤い光線を見て、僕は白い魔法陣を作り出し浮いている岩の一つの上に転移する。
空間を司る魔法が、空間転移を使えない訳が無い。いつでも正確な転移が出来るわけじゃないから、緊急回避用だけど。
「飛迅雷光!」
エコーの振るった太刀から放たれる雷の斬撃。しかし、現れた赤き魔法陣の中に吸収され、代わりにその魔法陣からは赤い誘導弾が複数発射されてエコーを追う。
「断て!雷霆!」
エコーが迫る全ての誘導弾を切り捨てる。だが、その隙を狙った赤い弾幕が幾つも彼女へと迫っていた。
「メテオフィスト!」
それらの弾幕を消し去った赤い衝撃波。僕はエコーの攻撃に専念していた眷属に薄緑の光を纏わせた右手と、赤い光を纏わせた左手を向ける。
「顕現せよ!リード、ロアの権能!」
二つの魔法陣が作られ、放たれた竜巻と炎。それらは融合し、炎の竜巻の先端はドリルのように鋭い回転をしながら邪神へと迫る。
「チッ」
それに気付いた邪神はすぐに結界を張って竜巻を防ぐ。だがその背後へとケラヴが跳び、無防備な背中へと赤い光を纏わせた拳を振るう。
「グッ………」
激しい衝撃波と共に吹き飛ぶ邪神。しかし、空中で無理やり翼を広げて姿勢を立て直すと、更に巨大な魔法陣を展開する。
「崩壊式、展開」
その言葉と共に魔法陣が回転し、魔力が収束していく。僕は両手に白い光を纏わせ、大地に添える。それを見たエコーとケラヴも僕の周囲に降りて来た。
「任せるぞ」
「あぁ!」
僕が白い結界を展開した瞬間、邪神の魔法陣が一際激しい閃光を放ち、直後に放たれた眩く巨大な光線が僕達を包み込む。僕は全力で魔力を込め、その光線を防いだ。
しかし、そんな事は無駄だと言わんばかりに結界に罅が入る。それを見た僕はその後ろに二層目の結界を展開し、その数秒後に破壊された一層目の代わりに二層目で受け止める。
「ぐっ………!」
「踏ん張れ。ここで終わるわけにはいくまい」
「言われなくても………!」
更に魔力を込め、巨大な光線を耐える。額から大粒の汗を流し、今まで一度も魔力切れを起こしたことが無い僕の魔力が湯水のように消えていくのが分かった。十数秒ほどそれを耐えていた時、光線消える。
「はぁ………はぁ………!」
「主様………!」
「大丈夫………それより………」
空に浮かぶ邪神を見る。その顔には表情一つなく、鋭い目を僕達に向けていた。周囲にあった建築物や地盤は消滅し、大きな谷が広がっている。僕たちの後ろにはセレスティア達は戦っていなかったはずだから、彼女達への被害はないだろう。ただ、外壁すらも貫通した光線の先に住民がいた場合、どうなっているかは明らかだ。
「………これほどとはな」
「つくづく………神って言うのは規格外だよ」
右手に白い光を纏わせ、左手に黄金の光を纏わせる。勿論、最後まであきらめるつもりは無い。とは言え、これで足場はかなり制限され、その上僕の残存魔力も極僅かとなってしまった。
絶対的に不利な状況なのは変わらない。寧ろより状況は悪くなってしまった。ケラヴも口調こそ落ち着いているけど、やや苦々し気な表情を浮かべていた。
「………奥の手はあるか」
「あるにはある………けれど、使うにはあまりに状況が悪いね」
「つまりはないと」
「………そう思ってくれていいかな」
今まで以上の手段………ほぼ確実に彼を消し去れる手段が無い訳ではない。ただ、リスクが大きすぎる。下手をすれば僕がこの星を消滅させてしまう可能性があるのなら、それを使うわけにはいかなかった。
「ならば、地道に追い詰めるしかあるまい」
「追い詰められて、最後まで逃げずに付き合ってくれるのが前提だけどね」
「人間相手に背中を向けるなど有り得んだろう」
それもそうだね。ただ、逆に言えばここで倒すしかないと言う事だけど。残り少ない魔力で、出来る事をするしかない。
「………ふぅ」
エコーが覚悟を決めたように大きく息を吐く。邪神は新たに魔法陣を幾つも作り出し、攻撃の準備をしていた。
「行くよ」
「はい!」
ぼんやりとした意識が覚醒していく。まるで鼓動のような音が嫌に響いていた。よく分からないけど、体は何かに縛られたように動かない。
ゆっくりと瞳を開くと、そこは全く知らない場所だった。ただ、目の前にあった物に目を見開く。ぼんやりと赤い光を放つ、巨大な心臓があったからだ。それは周囲に物理的な振動を響かせるほどの鼓動を繰り返し、この空間はまるで誰かの体内のように肉のような質感の空間だった。私は天井から伸びる気色の悪い触手に拘束され、身動きを封じられていた。
「————————————————」
声が出なかった。いくら叫ぼうとしても、何故か口から声が発せない。口を塞がれている訳ではない。ただ、声が存在しないかのように出なかったのだ。
「————————!」
そこで思い出す。私に何が起こっていたのか。眷属の血を流されて意識が途絶えた。多分、私はもうそこで死んでいて。なら、ここは………改めて巨大な心臓を見る。
多分、これは星の核なんだと思う。そして、この心臓がそれに憑りついた化身の姿。見渡せば、私以外にも多くの人間や動物までもが同じように触手によって吊るされていた。私はグリズの事を思い出していた。
記憶や人格を保有したままの眷属。多分、ここで死んだ魂は星の核に取り込まれて眷属になっていたんだ。そして私がここにいると言うことは………
「—————————————————————」
逃げ出そうともがくけど、驚くほど力が入らない。魂だけの状態なんだから当たり前なのは分かっている。ただ、人としての最後の尊厳すら奪われるのを黙って待つだけなんて出来るわけが無かった。
しかし、そんな風に暴れたのがいけなかったのだろうか。触手が動き出し、私を心臓の上へと運んでいく。心臓の上には穴が開いていて、中は血のような光を放つ赤い液体で満たされている。見た目は心臓のようなのに、まるでやろうとしていることは消化器官のそれだ。
しかし、それは私の魂を分解し、得た知識や人格を全て吸収することに他ならない。
「————————————————!!!!」
必死に抵抗するけど、触手は無慈悲に私を心臓の中へと放り込んだ。必死で翼を広げるが、空を飛ぶことは叶わない。ただ重力のままに落ちるだけだった。
最後の最後まで………何も出来なかった。何も叶わなかった。
皆とまだ一緒に居たかったのに。シオンからの答えも、まだ聞けてないのに。
「————————」
言葉は出ないのに、涙が零れ落ちる。そのまま私は大口を開ける心臓の中へと墜ちた。
「………?」
私が落ちたのは柔らかい地面の上だった。あまりに明るい場所で、私は視界が真っ白に染まっている。しかし、徐々に光に慣れた目が徐々に状況を映し出していく。そこは美しい花畑と空だけが広がっていた。
あまりに美しい光景に目を見開く。そして、私は似たような場所を知っていた。ここは私の故郷に酷く似ているからだ。
「無事なようだな」
「!?」
突然かけられた落ち着いた声に驚いて振り向く。そこには驚くほど整った顔立ちと白いローブのような服を身に纏い、背中には白い大きな翼を持った白髪の男性が立っていた。しかし、彼が有翼族ではないのは一目見て理解できた。。
頭上に浮いた光の輪。私を出して尋ねたかったけど、それは叶わない。
「………声は出せるぞ」
「え?あ………その。天空神様………ですか?」
「左様。私は貴様ら有翼族が祖先だと崇める天空神シラファスである」
「えっ………と。ありがとう、ございます………」
正直、何を言えばいいかなんて分からない。ここがどこで、私はどうなっているのか。でも、そんなことを真っ先に聞いたら無礼にあたるのではないか。無事だと声を掛けてくれたと言うことは、シラファス様が助けてくれた事は想像に容易かったけれど。何故助けてくれたのかも分からなかった。
「聞きたいことを聞くが良い。死者を甚振るような真似はせん」
「っ………私は、やっぱり死んだんですね」
「如何にも。間違いなく貴様はその生命を終えた。今の貴様は魂のみの存在だ」
「そう………ですか………」
辛い現実が突きつけられ、再び涙が流れ落ちた。もう二度とシオン達には会えない。邪神の養分とならなかったのは、その中でも救いではあった。しかし、私の最期があんな風なんてあまりに寂しかった。
「………」
シラファス様は何も言わなかったが、無礼も甚だしいだろう。助けてもらったのに目の前で泣き始めたのだから。
しかし、何も言わない。しばらく私は泣いていたが、やがて少しずつ落ち着いていく。勿論、辛い現実を受け入れ切れた訳ではないけれど、ずっと泣いていても意味が無いのだから。
「………何故、助けてくれたのですか?」
「ふん………今までの謝礼だ」
「礼………ですか?」
「………祈りを捧げていただろう」
彼は少し優しい声でそう言う。確かに、私は今まで何度も天空神へと祈りを捧げていた。故郷のしきたりだけじゃなく、地上に降りてからもシラファス様への信仰心だけは残っていた。ただ、祈りを捧げただけでここまで直接的に救いの手を差し伸べてくれるのだろうか。
「貴様の祈りは他の者とは違う。願いではなく、純粋な祈りは私達神々が地上を去ってから殆ど失われてしまった。だが、貴様の祈りは神時代に生きた人々よりも純粋だ。故に、私は他の神々よりも衰えを抑える事が出来ている」
「そうだったんですね………」
思えば、シラファス様は以前にも私を助けてくれていた。それをありがたく思うと同時に、かと言って嬉しいと思う事も出来なかった。結局、私は死んで何も出来なくなってしまったのだから。
「………彼らは戦っている。貴様の血から生まれた、邪神の子とな」
「っ………!」
その言葉に息を呑んだ。邪神の力は、私の体に流されたのだからよく分かっていた。誕生したばかりとは言え、人間が抗うにはあまりにも強大すぎる相手。私のせいで、邪神が世界に解き放たれてしまった。
「そんな………シオン達は………!」
「今は無事だ。健闘もしている………が、時間の問題だろうな」
シラファス様が遠くを見る。そこには何もない空が広がっているけれど、恐らく彼の目には地上の光景が見えているのだろう。そこでどのような地獄が広がっているかなんて想像したくもなかったけれど、何も出来ないのも嫌だった。
「………私に、出来る事は………」
「戯け。貴様は肉体すら持たぬ弱き魂よ。本来私の力に触れるだけで消滅してしまうのを、どれだけ慎重にここに運んだのか分かっているのか」
「でも!」
「………それに、貴様はもう十分苦しんだであろう」
「………え?」
彼は小さくため息を付く。そこにはどうしようもない哀愁が滲んでいた。
「何の疑問も持たず、浮島では族長の言いなりとなり、地上に降りても眷属の悲劇に見舞われ、愚かな人間の悪意に晒され………最期は救われることもなく、眷属の血を流され邪神を産みだす。私を以て、ここまでの苦しみを味わった者などそういない」
「………それ、は」
「もう良いだろう。ここは邪神であろうとも、そう簡単に侵略する事は出来ん。花と空以外何もないが、代わりに貴様を害する物など無いのだ。ただ平穏に、世界が終わる日までここで羽を休めるが良い」
それが、彼の多大なる慈悲だと言うことはすぐに理解できた。ここは確かに楽園そのもので、何もないのも私の故郷そっくりだった。辛いことはいっぱいあったし、悲しいことも沢山あった。地上に降りてからは、どちらかと言えば散々な事が多かったのかもしれない。
けれど。
「でも………私はここで終わりたくないんです。確かに辛いことも悲しいことも沢山ありました。けど、それがどうでも良くなるくらい幸せな事もあったんです。だから私はもっと沢山の事を経験して、もっと沢山の事を乗り越えて………最期には、心から幸せだったと言えるようになりたい」
「………」
私の答えに、シラファス様は何も言わない。愚かだと思っているかもしれない。無礼者だと言うのも承知だった。けれど、私には与えられた何もない平穏を過ごすのは、もう無理だった。
勿論、今の私が非力なのは分かっている。けれど、何も出来ないのは嫌だ。ただの我儘だけど、その我儘を押し通すだけの意思があった。
「………それで良いのだな」
「はい」
彼の問いに迷わず答える。しばらく考え込んだ後、彼は大きくため息を付いて小さく呟いた。
「全く………そのような所も、彼女に似ているな」
「え?」
「何でもない。貴様の意思は理解した。だが、事実は変わらん。貴様は既に人としては死に、ここには非力な魂のみが残っている。だが生憎と、私と言えど死者を甦らせるような力は持たん。だが………貴様にはまだ選択肢が残されている」
「それは、なんですか?」
私の問いに、彼は少しだけ悩むような素振りを見せたが、すぐに言葉を返す。
「………私の力を受け継ぎ、貴様が神となることだ」
「………私が、神に?」
「あぁ。有翼族が私の子孫だと言うのは、ただの迷信ではない。貴様ら有翼族は私の娘………月神ルナから生まれた不完全な神性を持つ一族の末裔だ」
「不完全な………?」
「そうだ。あの子の辿った道は知っているな」
「………はい」
あの遺跡で知った月神ルナの歴史。あまりにも悲劇的だったけど、詳しいところまでは勿論知っている訳じゃない。彼はゆっくりと話し始めた。
「あの子は邪神の牙に掛かる前に、一人の神と契りを交わしていたのだ。だが、生まれてきたのは真理を持った神ではなく、僅かに神性を継いだ神としては不完全な者だった。それが、邪神の子を産んだことに関係するのかは分からんがな」
「………そう、だったんですか」
「だが、間違いなく彼女の血を………辿れば私の血を引く種族ではある。そして、貴様はどちらかと言えば私たち側に近い存在として生まれているのだ」
突然知らされた事実に驚くけれど、同時にそれはすっと受け入れる事が出来た。そうでなければ、本来この場所に立ち入ることすら許されないだろうから。私の様子を見た彼は続きを話しても大丈夫だと思ったのだろう。話を続けた。
「故に、私の神性を継げば貴様は神となれるだろう。だが、それは同時に貴様が人を逸脱した存在となる事に他ならん。特に、寿命に関してはあの『権能』と共に天命を全うできる保証もなくなるだろう。それでも良いのか?」
「………それでも、私は構いません」
「そうか………そうだろうな」
彼は諦めたように首を振る。でも、多分彼は分かっていたんだろう。そうじゃなければ、私に自らシオン達の事を伝える事なんてしなかっただろうから。
シラファス様が大きく翼を広げる。その翼が輝き始め、同時に私の体が白い光が纏い始める。それと同時に流れ込んでくる力。けれど、それは全く苦しい物じゃなかった。暖かい、本来あるべき物のように体に溶け込んでいく。
「想いのままに行くが良い。貴様を阻む壁は無い。星の光は遥かな距離を超えて宙を照らし、貴様はその現身となるであろう。これからはこう名乗るが良い。貴様の名は………」
「星神ステラである、と」




