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130話

 私が大地を蹴ったのとほぼ同時に響く金属音。けど、私の剣を受け止めたケラヴは驚愕の表情を浮かべる。


「ほう………!」


 彼が力づくで腕を振るって私を吹き飛ばそうとした瞬間、私は再び地面を蹴って離脱する。後ろに下がった私の持つ刀の雷が激しくなり、立ち止まったと同時に振り上げる。振るわれた刀から眩い雷が放たれる。

 ケラヴは大地を殴って隆起させた大地で雷を遮る。それを見た私はすぐに駆ける。彼は雷を防ぎきり、隆起した大地を殴って破壊して幾つもの岩片を飛ばす。私は背中に背負っていた鞘を持ち、刀を納刀して構えた。


「断て。雷霆」


 刹那、私は無数の斬撃で全ての岩片を切り刻む。切った岩片の向こうから大地を蹴った音が聞こえ、私は一歩後ろに下がって振るわれた右腕を避ける。そのまま位置の下がった首に刀を振るうけど、それは左腕で防がれる。

 それでもすぐに刀を切り返し、猛攻を仕掛けていく。弾かれては再び刀を振るう。徐々に剣戟は加速し、正しく雷光と評するに相応しい速度まで上昇し、ケラヴは両腕での防御も間に合わずに少しずつその肉体に傷を刻まれていく。


「フィナー………!」

「っ!」


 彼が振り上げた拳に赤い光を纏わせ、それを見た私は息を呑むが、すぐに雷を纏って離脱する。その直後に彼の周辺の大地が砕け、巨大な砂埃が舞った。

 私が剣に雷を纏わせて振るおうとした瞬間、その砂埃を突き破ってケラヴが私の目の前まで一瞬で跳び出して左腕を振るう。


「迅雷………!」


 拳が私に届くよりも速く私は駆けだして彼の懐に潜り込むと同時に横腹を一閃する。黒い鮮血が飛び散り、私はそのまま駆け抜けて彼の背後で止まる。彼は切り裂かれた横腹に触れ、その手に付着した黒い血を見る。


「………私にここまで傷を負わせたのは貴様が初めてだ」

「………」

「その剣術。極東にあると聞く武の国の物だな。一度戦いたいと願っていたが、このような形で手合わせできるとは思わぬ幸運だ」


 彼は小さく笑みを浮かべる。好戦的な笑みではなかったが、その闘気は見紛う事なく戦いに命を賭す戦士だった。しかし、それは私も同じだ。

 仕える主の為、私自身の願いの為に戦う戦士だから。彼はそんな私を見て拳を握りしめ、赤いオーラを纏う。


「全力を以て貴様を殺す。覚悟は良いか」

「………それはこちらの台詞です!」


 私は青いオーラを纏い、再び大地を蹴って一瞬で彼に接近する。風を裂く音と空気を打ち破る破裂音が交差し、幾度となくぶつかり合う手甲と太刀が火花を散らす。

 私は彼の怪力を真っ向から受けないように体を捻らせて衝撃を受け流し、彼は今まで一撃の威力に使っていた筋力を速度に回し、私の剣舞に追いついていた。

 単純な戦いだ。私が彼の速度を追い越した時、または私が彼の一撃を受け流しきれなくなった時に決着がつく。言葉などない。全身全霊を込めて得物を振るうだけだった。

 私にとっては限りなく長い戦いだったけど、周囲から見れば恐らくまだ十秒も経っていないだろう。汗を流しても、息は乱れさせない。彼の攻撃を注視しながら、一太刀ごとに全霊を込める。

 私の全て、精神力も肉体も心も懸けた戦い。痛みを感じなくなっても、傷が癒えた訳じゃない。限界を超えた力、限界を超えた活動で確実に私の体は警鐘を鳴らしている。けれど、私はこの戦いが最期になっても良かった。あの人の為に命を捧げれたのならば本望だ。

 でもそれは、目の前の男を………!


「あなただけは、死んでも倒すっ!!!!」


 更に刀を振るう腕に力を込め、彼の殴打を見切る。一定のパターンではない。ならば、打ち出された瞬間に予想して隙を狙う。

 そして見えた。彼の右腕を振るった瞬間、私は刀に紫電を纏わせて彼の左側に身を投げる。軌道を変えた右腕は、懐に潜り込んだ私を捉えることなく空を切る。


「はああああああああああああああ!!!!!!!」


 私は全霊の声を上げ、通り抜け際に彼の胴体へ全力の一刀を見舞う。そして、確かに彼の体を大きく引き裂く手ごたえ。そのまま彼の向こう側へ走り抜け、後方で雷が爆発する。それが消えた後、続くのは静寂だった。


「………」

「………」


 しばらく無言で立っていた私達。直後、彼が地に伏せた。彼を中心にして黒い血だまりが広がり、それでも彼は満足げな顔を浮かべていた。


「………私の勝ちです」

「あぁ………私の敗北だ。勝者よ」


 彼の言葉に、一瞬だけ体から力が抜けそうになる。でも駄目だ。まだ立てる。まだ武器も握れる。私は倒れた彼を一瞥し、すぐに走り出した。主様の下へ行かなければいけない。最後まで共に戦うと誓ったのだから。













 勝者が走り去った姿を見送り、私は笑みを浮かべる。初めての敗北が、こうも清々しいとは思わなかったが。それとも、彼らが大君の再誕を阻止することに期待しての笑みだろうか。どちらにせよ、私はここまで。土に還り、いずれ世界から忘れ去られるのが運命。

 振り返れば、悪くない人生だったと言える。人ではないが、私は人として生きた幾年もの年月に想いを馳せていた。


「………実に鮮烈だったな。今までも、そして最期も」


 初めて私に勝利した少女の顔を思い浮かべる。彼女の首筋に刻まれた運命とは真逆の意思の持ち主だった。彼女の話はパハッドから聞いていた。なんでも、協定を結んだ相手の奴隷となると。

 故に殺すなと言われていたが、あの猛者の前でそれを守ることなど不可能だっただろう。結果としては、全力を尽くして負けたのだが。

 しかし、彼女があれだけの力と覚悟を尽くす相手。『権能』程の賢者ならば、あれほどの戦士をそのような結末になどしないだろう。いや、私に勝つほどの少女に対し、何の思い入れもないのであれば家族を救うなど身の程知らずも甚だしい。


「その心配は………いらんだろうが」


 私は少女の目を見た。曇りなく、それでいて真のある眼差しだった。彼女が見定めたのであれば、間違いはあるまい。後はただ、背負う物のない戦士として勝者の未来に明るい世界を願うのみ。

 そう思っていた時、大樹が赤き光を放つ。雄大な大樹が放つには相応しくない、あまりに禍々しい光であった。そして、これ以上ない程見覚えがある。


「………再び、この星を混沌に陥れるか」


 これだけ輝きに満ちた世界を。多くの意思が宿る営みを。全て無に帰し、自らの望む世界へと変えてしまうと言うのだろうか。あぁ、なんと愚かしい事か。


「私は敗者である。ならば、勝者の栄誉に報いなければならんだろう」


 戦いに敗れた私は大君の眷属ではない。私がどのような存在であろうとも、一人の人間としては敗者に他ならんのだ。故に私は立ち上がる。どの道消える命ならば、最期は人として散ろうではないか。















 パハッドの接近を鎖で阻み、風の刃を飛ばして迎撃する。そこにフラウが氷の魔法で追撃を仕掛けるけど、霧になって躱される。元々僕とフラウは戦い方を知っていることもあって連携は間違いなく取れているし、三人相手にも一切引けを取っていない。けれど、先ほどからこの調子じゃ焦りも募っていく。時間が無いのだから。

 僕が右手に赤い光を纏わせたとき、パハッドの動きが止まった。


「………奴が敗れた、だと?」

「………え?」


 彼が驚いたように呟いた言葉。しかし、それは僕も同じだったし、その言葉を聞いたフラウも目を見開いた。彼の言う奴が、ケラヴだと言うのは分かり切った事だ。だが、それを打ち負かした相手。彼と戦っていたのは一人だ。


「………エコーが、勝ったの?」

「………」


 僕は肯定も否定も出来なかった。けれど、そういう事なんだと思う。ハンデがあったとはいえ、僕ですら苦渋を飲まされた相手に勝利したなんて、到底信じられることじゃない。けれど、パハッドの態度からしてきっと同じように思っていたのだろう。

 そして、突如として彼は別の誰かと話し始める。


「………この段階で?しかし、貴方様は未だに………左様ですか」


 今までの彼とは似ても似つかない丁寧な言葉。しかし、彼は悔し気に首を振るう。


「仕方があるまい。このような結果となったのは無念だが………」

「いったい何を………」


 彼の言葉の意味が分からず、僕が問おうとした瞬間だった。彼の分身が全て霧となって消滅し、残った彼自身も黒い霧になってどこかへと消える。戦っていた誰もが突然の出来事に呆気にとられたけど、そんな場合じゃない事にすぐに気が付いた。

 ステラを助けなければいけない。すぐに僕たちは彼女が囚われている柱の根元に向かう。先ほどまで苦し気に声を上げて顔を歪ませていた彼女は何も言わずにぐったりと項垂れている。

 すぐに彼女を包み込んでいる樹を剥がしにかかる。僕以上の怪力を誇るマリンも僕とは反対側の樹を剥がし、すぐに彼女の腕と下半身を捕えていた部分を破壊する事が出来た。力なく倒れそうになるステラを抱きかかえ、彼女の名を呼ぶ。


「ステラ!目を覚ましてくれ!」

「ステラ、起きて………!」

「!」


 何度も彼女の名を呼ぶけど、反応は無い。その身体に浮かぶ黒い血管が、僕達に不安を煽っていた。まだ、彼女を『空の目』で見ていない。けれど、僕はそれを起動するのを躊躇っていた。もし目を起動して、彼女が二度と目覚めない事を知ってしまったら。

 その恐怖が僕を苛んでいた。けれど、確かめないといけない。僕は震える手で彼女の手を掴み、『空の目』を起動する。

 そして、映ったのは。


「………そんな」

「………シオ、ン?」


 僕を見て、不安そうな………そして、小さな絶望が滲んだ表情を浮かべるフラウ。対して僕は………もっと酷い表情を浮かべていたかもしれない。『空の目』に映った生命力。














 そこに、彼女の魂は存在しなかった。眷属の意思が彼女の体を生き長らえさせているだけだ。既に彼女自身の命は失われ、その魂も消えている。その事実が、僕から言葉さえも奪った。それを見た全員が察したのだろう。目を見開き、同時に顔を伏せる。


「………シオンさん。ステラさんの容態は」


 それでも、アズレインが代表してそう尋ねる。言葉にしないといけない。それは分かっている。僕だけがこのことを知っているわけにはいかない。


「………彼女の魂は、もうない。この肉体も、眷属の力が無理矢理維持しているだけだ。ステラは………死んだんだ」

「………そう、ですか」


 彼はそれだけを返す。その言葉は、どうしようもない無力感を纏っていた。それは僕も同じだ。いや、それだけじゃない。絶望、悲壮、無力感、後悔。数え切れないほどの負の感情が僕を襲っていた。

 何をするべきかも分からなかった。どうしようもない事実に、僕はこの世界で初めて涙を流す。


「………帰りましょう。お気持ちは分かりますが、ステラさんを人として弔い————————————」


 アズレインがそう言おうとした時だ。突如として大樹が大きく揺れ始める。それと同時に壁に走っていた赤い血管が激しい脈動を始め、先ほどステラが囚われていた柱が赤く輝き始める。それと同時に僕達に降りかかる激しい殺意と悪意。

 そんな馬鹿な。襲い掛かる強大な気配に戦慄し、彼の言葉を思い出す。


「………邪神が、再誕する」

「そんな………!」


 シエルが驚愕の表情を浮かべ、光を増す柱を見上げる。僕は目を開かないステラを見る。僕が、もっと早くここに来ていれば。いや、そもそもあの時負けなければ。

 そんな後悔に苛まれたまま何もしなければ、きっと君は怒るだろう。多分、僕はこの先もずっとこの事を忘れる事なんて出来はしない。だけど。


「………だからって、何もしないわけにはいかないよ」


 僕はステラを抱えて立ち上がる。戦わなければいけない。このまま邪神が地上の生命を滅ぼすのを見ているわけにはいかない。


「………また仕事が増えてしまいましたね」

「ですが………やらなければいけません。この星の為に」


 セレスティアとアズレインの言葉に頷く。今までで最も厳しい戦いになるかもしれない。けれど。


「………借りは返さないとね。奪われた分、彼らからも奪わなければ気が済まないわ」

「えぇ。戦いましょう」


 シエルとマリンも武器を持つ。奪われた者は帰らない。だから、残っている者を守らなければいけない。


「………シオン。戦おう」

「………あぁ。勿論だよ。けれど、ここにいるのは危険だ。一度樹から出よう」


 この樹自体が崩壊したら、戦う前に生き埋めになる。そして、ステラの亡骸に傷を付けるわけにはいかなかった。僕たちはそのまま樹の外へと向かう。徐々に崩れ始める通路を抜けて外へ出ると、実りの樹が赤い光を放っていた。それを一瞥すると、僕たちは宮殿の方へと走る。とにかく、ステラを避難させなければ。

 そう思って宮殿を抜けた時、丁度こちらに向かっていた一人の少女がいた。僕達と合流したエコーの姿は変わっていなかったけど、明らかに変わっていた雰囲気や、彼女の体に走る赤い模様、背負っている太刀が目を引いた。

 何かがあったことはすぐに分かったけれど、それを聞く前にエコーが口を開いた。


「主様!エコー様は………」

「………間に合わなかったよ」

「………ごめんなさい」


 エコーが頭を下げる。けれど、彼女が謝る事なんてなかった。僕は首を振る。


「君が謝る必要はないんだ。ケラヴ相手に良く戦ってくれた………勝ったんだろう?」

「………はい」

「………ありがとう。君が無事で良かったよ」


 エコーが小さく頷く。けれど、すぐに光を強くした樹を見上げる。


「主様、あれは………」

「………邪神が再誕するんだ」

「っ!?」


 エコーが目を見開く。そしてすぐにその意味を理解したのだろう。一度目を閉じて、次の瞬間には固い覚悟を秘めた瞳を開く。


「………戦うんですよね?」

「あぁ、勿論だよ。君は?」

「最後までお供すると誓いましたので」

「………ありがとう」


 ケラヴに勝ったエコーが共に戦ってくれるのであれば心強い。何より、それだけの忠誠を誓ってくれていることに感謝しかなかった。

 僕たちはエコーと共に街の外まで走る。その途中で蹴散らされた兵士達が倒れていたけど、周囲にルイ達の姿は無かった。既に外へと逃げたのだろう。僕たちは城門まで着き、外に出た後で布を敷いて彼女をそこに横たえる。

 そのまま僕は風の壁を彼女の周囲に作り出す。砂で汚れてほしくないし、戦いに巻き込まれてほしくない。彼女の周囲に風の壁が張られたのを確認して、僕たちは頷く。


「………覚悟は良いかい?」


 そんな僕の問いに、全員が頷く。


「えぇ、勿論です」

「覚悟など、ここに来た時点で出来ていましたよ」

「当たり前じゃない」

「この星の為の戦いに、躊躇う事などありません」

「私は、主様と戦うだけです」

「………戦えるよ」

「!!!」


 僕も頷き返し、再び街の中へと走る。僕たちは絶対に負けるわけにはいかない戦いに臨もうとしていた。けれど、そこに恐怖は無い。ただ、固い決意と。


「………」


 彼女の仇討ちのためにという、激しい怒りの感情を秘めて走った。











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