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129話

 私が赤き剣を振るうたびに、激しい剣戟の音が幾度となく木霊する。最初に戦った時から彼は決して弱いとは思いませんでしたが、今のパハッドの一撃は明らかに重くなっていた。しかし、自力では私だって負けていないはずです。


「瞬け!炎の煌めきよ!」

「無駄な事を………」


 私が炎を纏った剣を一閃して炎の斬撃を放ったとき、パハッドの姿が霧に包まれて消える。そのまま剣を振り払った体勢のままでいる私の背後に現れて剣を振り下ろしていた。しかし、それを分かっていてやられるほど私も腑抜けてはいない。

 振り向きながら炎を纏わせたままの剣を振り払い、パハッドを吹き飛ばす。しかし、彼は再びその途中で姿を消し、すぐに体勢を立て直した状態で姿を現す。


「フォレニア王国の次期国王………話は聞いていたが、想像以上に面倒だな」

「何と言おうとも構いません。ですが………ステラさんだけは返してもらいます!」


 その言葉と共に私は走る。剣に炎を纏わせ、私の青い瞳が輝く。


「剣よ!私の声に応えてっ!」

「恐怖の前に慄け」


 私は深紅の劫火を身に纏い、パハッドもその身体に赤いオーラを纏う。互いの剣が間合いに入り、同時に振るわれた赤き剣と黒き双剣。それは鍔迫り合いにはならずに互いに弾き合い、すぐに苛烈な剣戟へと変わる。

 鉄のぶつかり合う甲高い音が幾度となく響き、激しい炎は周囲の地面を焦がす。木であるが故に引火の可能性を一瞬だけ考えなかった訳ではありませんが、やはりと言うべきか汚染されている樹は普通の樹とは違うみたいだった。

 ただし、この場合は私にとって都合が良いですが。


「日輪!万象を焼き穿て!」

「ちっ………」


 私が振るった一撃と共に、前方が巨大な爆発に包まれる。以前より研磨を重ね、巻き起こる爆発は更に威力を増している自信があった。眩い爆炎が消えた時、そこにパハッドの姿はない。また霧になって逃げている可能性も考えましたが、襲ってくる気配は無く、私は目前で爆発に飲まれるのを見ていた。

 分身体には過ぎないでしょうが、一人を倒す事には成功しました。周囲を見ると、シオンさんとフラウさんが二人で三人のパハッドと戦っているのが見えた。とはいえ、前線での戦闘が不得意であるフラウさんの代わりにシオンさんが魔法と剣を駆使して三人を食い止めていると言った様子でしたが、流石に苦戦をしているのは一目瞭然でした。

 私は一瞬だけ目を閉じ、ステラさんの方へと駆ける。彼を助けたい気持ちもありますが、このままではステラさんが助かるか分からず、邪神が再誕すればそれこそ最悪の結末が待っています。

 しかし、私の背後から僅かな殺気を察知する。振り向きながら剣を振るい、赤いオーラを纏う双剣を受け止める。そのまま一瞬だけ周りを見ましたが、全員が戦っている人数が減っている様子はない。つまり………


「………しつこいですっ!」

「ふん」


 剣に力を込めて彼を吹き飛ばす。まさか、無限に分身体を作り出せるとでも言うのだろうか。そうだとしたら、この戦いはかなり分が悪い。私達は時間が残されていないが、彼はほぼ無限の物量で時間を稼ぐことができる。

 いえ。まさか無限に分身を作り出せるなんてことはないでしょう。剣を構えて走る。私達に残された猶予はもう多くは無い。

 私の背後から聞こえるステラさんの苦しげな声が少しずつ小さくなり始めているのが耳に届いていた。


「日輪よ………!」


 絶対に負けるわけにはいきません。この星の為にも。彼の家族の為にも。

















「ふん!」

「ッ………!」


 振るわれた拳を体を反らして躱し、剣を振るう構えを取る。それを見たケラヴが左腕の籠手で防御の構えを取った瞬間、私は紫電と共に地面を蹴って背後へと回り込む。しかし、ケラヴは私を目で追い、すぐに身体を反転させて私が振るった剣を受け止めた。

 彼の反応速度が私に追いつくたびに更に速度を上げることを繰り返していたが、既に彼の適応能力が私の速度の上昇量を上回り始めていた。いや、私自身が既に限界を感じていたと言うのが正しいかもしれない。地面を蹴るたびに足が悲鳴を上げ、体は押し潰されるかと言うほどの風圧が掛かっていた。

 それでも彼の拳を受けるよりはマシと軋む体に鞭打って私は再び大地を蹴って彼から離れる。


「そろそろ限界のようだな」

「っ………何を言って………私は!」

「意地を張らずとも、すぐに分かる。限界に立たされた人間を幾度となく見て来たのだからな」


 余裕の態度を見せるケラヴ。先ほど私が切った背中の傷は、確実に最初より薄くなっていた。彼が純粋な人間ではない事は分かっていたが、ここまで根本的な面で大きな差があるとは思わなかった。とは言え、だから諦めるわけにもいかないのだけど。


「………だったら、何だって言うんですか。私はまだ戦えます………!」

「私は背を向けた相手にまで力を振るうことは無い。貴様は既に十分すぎる程戦っている。手を引こうとも、私は貴様を勇敢な戦士として語り継ぎ———————」

「そんなもの必要ありません!私は………」


 彼の言葉を遮り、剣を構える。奴隷の私にとって、戦士としての埃なんてない。狼の獣人は誇り高い一族だと言う話も聞いた事はあるけど、そんなものを持っていられるような育ち方なんてしていない。ただ、主様のために。それだけのために戦っている。


「私は、あの人の為に!」


 紫電を纏って大地を蹴る。今までで一番の速度で駆ける。次で決めないと、もう私に勝算は無い。既に体は限界を訴えていて、身に受けた風圧によって全身を殴られたような痛みすら感じていた。けれど、ケラヴを倒すにはこの速度じゃ足りない。彼の横を通り過ぎ、身体を無理やり反転させて地面を再び蹴る。反動を使って飛び出した私は更に加速する。まだ足りない。

 もう一度地面を蹴る。そして再び地面を蹴る。肺が風圧に押しつぶされて空気が全て外に排出される。紫電が空気を引き裂き、放たれた電撃が大地を叩く。

 彼の視線が、一瞬だけ私から外れた。それを見た私は渾身の力で大地を蹴り、彼の前方から一気に迫る。私の姿はもはや肉眼で捉えられる程度じゃないはずだ。実際、彼の瞳は私を捉えていない。剣を固く握る。間合いに入るのは一瞬だった。


「シッ!」


 彼の首に剣を振るう。全ての速度を乗せた一撃は、一瞬で彼の首を刈り取る。










 直後に響いたのは、街に響き渡る程の大きな金属音。血は一滴も舞う事もなく、代わりに宙を舞ったのは黒い刃だった。私の腕に伝わる振動。痺れるような感覚と共に、握っていた剣の柄を地に落とす。

 しかし、それ以上に私は信じられなかった。確かに彼は私の姿を追えていなかったはずなのに、私ですら認識できない程の速度で構えられた右手に容易く弾かれ、その衝撃によって剣は半ばで折れて宙へと舞った。


「残念だったな」

「っ!」


 彼の言葉に、放心していた私は我に返る。しかし、既に遅かった。気付いた時には振るわれていた拳。直後に感じた激しい衝撃と浮遊感。口から血が吐き出て、更に次の瞬間に背中から衝突した壁が破壊される勢いで激突する。

 地に伏せている私の体。全身に力が入らず、視界もぼやけていた。口の中に血の味が広がり、音だけが鮮明に聞こえている。私にゆっくりと近付いてくる足音に視線だけを上げるが、その姿も良く見えなかった。


「まだ生きていたか。全力ではないとは言え、手加減もしていないのだが」

「————————————」


 声が出ない。最初から限界を超えて動いていた私の体では、あの拳を受けて立ち上がれるはずが無かった。それを見た彼は握っていた拳を開いた。


「もう良い。貴様はよく戦った。だが、もう終わりだ。敗者を甚振るのは私の流儀に反する。後はそこで、地上の生命が終わりを迎える瞬間を見届けるがいい。私が手を下すよりも、苦しみは一瞬だろう」


 そう言って踵を返し、実りの樹の方へと向かっていくケラヴ。行かせるわけにはいかない。まだ戦える。そんな気持ちとは裏腹に、私の体は全く動かない。視界の端が徐々に黒く染まっていく。

 ここまでなのだろうか。折角、私のやりたいことが見つかったのに。最後まで共に戦うと誓ったはずなのに。

 気付けば、既に視界は真っ黒に染まっていた。音も感じない。身体に感じる痛みすらなかった。悲しい?悔しい?いや、全部だと思う。私の刻印が書き換えられることを聞いた時も、感じたのはひたすらな虚しさだったのに。

 何も分からないのに、まだ私は諦めきれていなかった。そう、まだ諦められなかった。その時、懐かしい声が聞こえてくる。一度も忘れたことのない声だった。











『エコー。これからあなたにおまじないを掛けてあげるわ』

『おまじない?』


 私は首を傾げていた。朝になると裏庭でいつも厳しい稽古をしていたのに、急にそんなことを言われれば不思議に思うのも当たり前だった。


『えぇ。あなたがいつか自由になるためのおまじない』

『自由………』


 当時の私にとっては無縁だと思っていた言葉だった。幼いながらに、私はいつか奴隷となる事を理解していたからだ。奴隷がどのような扱いを受けているのかも、私は知っていた。だから、お母さんが何故そんなことを言ったのかが分からなかった。


『私は母だもの。娘の幸せを願うのは当然でしょう?』

『………うん』

『いい子ね。それじゃあ、背中を見せてくれる?』


 お母さんの言葉に頷き、私はボロボロの服を脱いで背中を向ける。外で服を脱ぐのは恥ずかしかったけど、周りに誰もいない事は分かっていたし、お母さんのおまじないが何よりも気になっていた。そんな私の背中にお母さんの手が添えられる。そのまま何かを呟いていたけど、詳しくは聞き取れない。でも、添えられた手から温かい何かが私に流れ込んでくるのを感じていた。

 それからしばらくして、お母さんの手が離れる。私が振り向くと、お母さんが頷いたのを見て服を着直した。


『いい?あなたの背中には、お母さんの願いが込められているの。おまじないとしてね。だから、絶対にその背中を他の人に見せてはいけないわ』

『………命令されたら?』

『大丈夫。きっとあなたは強くなる………だから、約束して頂戴?』

「約束?』


 お母さんが私の手を握る。そのまま私と目を合わせて、柔らかい笑顔を浮かべた。


『いつか、あなたは自分の全てを懸けても良いと思える主に出会うわ。そんな主に出会うまで、希望を捨てない事。そして、その相手の為に最後まで身を尽くすこと。そうすれば、きっとあなたは自由を手に入れられるから』

『本当?』

『えぇ、本当よ。だって………あなたは私の自慢の娘なんだもの』














「——————————————————あなたの言葉(エコー)を、今も覚えているよ」


 私の体はゆっくりと立ち上がる。全身に痛みが走る。けれど、それはまだ私の体が動く証拠で。視界が戻る。黒く染まっていたのは噓のようにすべてが鮮明で。

 私が立ち上がった気配を感じたケラヴが立ち止まり、ゆっくりと振り返る。私の姿を見た彼は、信じられないと言うように目を見開く。


「まだ立てたか………しかし、それは得策ではない。戦いとは苦しみを与える事ではない。そのようなボロボロの肉体で立ち上がる必要などはないのだ」


 私は彼の言葉を無視して、目を閉じる。あの時と同じ、温かい何かが私に流れていた。それは背中から広がり、全身を包み込む。それは比喩なんかじゃなかった。

 私の背中から全身に、赤い紋様が広がっていく。それと同時に私は青いオーラを纏い、痛みも消えていく。

 主との誓い。私自身の願い。その全てを、私はこの約束に込めよう。


「誓いを刃に。白狼はここに決意を咆える」

「………貴様、まさか」


 私を包み込んでいたオーラは巨大な狼を象り、大きな咆哮を上げる。そのまま私が両手を前に突きだすと、狼はそのまま私の腕にめがけて雲散し、代わりに私の手には一本の太刀が握られていた。

 鞘に納められた白い太刀。光を灯す瞳を開く。この刀の下に、私は揺るがぬ決意を映す。


「抜刀、霹靂神」


 私は太刀を鞘から引き抜く。混じりけのない白銀の刀身に、薄い雷を纏う美しい刀だった。しかし、抜刀と共に放たれたのは激しい轟音と破壊的な光だ。周囲は閃光に包まれ、周辺の建物すらも消滅する。


「………そうか。まだそれほどまでに………」


 そんな光が包み込んだ場所で、彼は平然と立っていた。ただ、この程度なら守られることは予想していた。だから、私は無言で太刀を構える。刃渡りは私と変わらない程度。勿論、そんなに長い得物なんて扱ったことは無いけど。

 何よりも私の手に馴染み、これ以上ない程の安心感を覚えた。


「来るがいい。強者よ。貴様との戦いはこれから始まる」

「………行きます」


 少し前に聞いた言葉とほぼ同じ。でも、私の感じた事は全く違う。必ず勝てる、と。そんな確信と共に大地を蹴った。












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