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127話

 パハッドが宮殿へと入ると、その入り口には一人の男がいた。その男は彼が担いでいるステラを見ると、頬に大きな傷を付けた顔に喜びを浮かべる。


「戻ったか!有翼族は無事だろうな!」

「気を失っているだけだ」

「そうか………!ならば………」

「待て」


 アルフェンが言葉を続けようとした時、パハッドがそれを遮る。自分の言葉を止められたことにアルフェンは顔を顰めるが、目の前の男が危険な人物であることは理解していたために押し黙る。


「まだこちらの用事が終わっていない。お前にこいつを渡すのは事が終わってからだ」

「………本当に大丈夫なのだろうな?」

「五体満足は約束すると言ったはずだが?」

「ならば良いのだが………」


 アルフェンはその言葉と共に引き下がる。使いと言われた男に渡された書類の通り、アルフェンが所属しているロアイア王国にいると言うケラヴをこちらへ向かわせるように知り合いの貴族に文を出し、ステラを捕らえるために多くの冒険者や傭兵を雇い、何故かは分からないがその雇った者達を使って住民を街から全て追い出すように言われていたのだ。無論、そんなことをすれば国王が黙っていないと思ったのだが、この件には国王が関わっていると言われればそれ以上食い下がる必要もなかった。結局は、自分が動く必要もなく有翼族を手に入れられるのだから。

 そして、既にこの街の住民は街の外に追い出していた。つまり、この街にいるのは国王とパハッド達、そして自分だけだ。アルフェンは彼らの目的が何なのかは分からないが、ステラを手に入れた後は関わることもなくなるのだから気にする必要も無いと思っていた。


「私は客室で待っている。用が終われば彼女を私の下に連れてこい」

「あぁ、約束しよう」


 パハッドは頷き、そのまま宮殿の奥へと向かう。進むのは謁見の間ではなく、実りの樹に続く通路だった。本来ならば実りの樹は近付くことが許されておらず、いつもなら厳重な警備が敷かれているはずだったが、今は誰一人として彼を咎めるものは存在しない。


「………人間は愚かだ」


 彼は神に使える物として、契約を自ら違えるような真似はしない。だが、逆に言えば契約内容以外の事は彼が守るつもりなどない。彼が約束したのは、この有翼族を全てが終わった後に隷属の刻印を刻み、あくまでも五体満足で彼に渡すだけである。契約相手を殺すような事もしないが、この国に居れば間違いなく主の手に掛かるのは間違いないし、そうなれば契約相手はいなくなるためにステラの安否などどうでもいい事だった。

 とは言え、この有翼族の利用価値を考えれば殺すつもりはなかった。捕らえてから気が付いたが、彼女の継いでいる神の血は想定以上に多かったからだ。少なくとも、彼の知識の中にある有翼族はここまで濃く神の血を引いていることは無かったはずだった。

 彼にとっては理由など大して重要ではないのだが。


「………」


 そのまま宮殿の出口に出たパハッド。そこには視界に収まらない程の巨木がそびえたっている。この国に居れば、目印になる程に巨大な実りの樹は一見すれば今までと何ら変わりはないように思えた。ただし、その根元に異様な雰囲気を放つ大きな空洞が無ければだが。

 パハッドは躊躇うことなくその空洞に向かっていく。空洞の壁はまるで枯れたように色褪せ、異様に暗く不気味な空洞の中には細く小さな枝が根のように伸びて蠢いていた。そんな場所の空気を一切気にした様子もなく奥へと進んでいくにつれて、壁は更に黒く染まっていき、赤く光る血管のような物が浮き始める。そんな到底実りの樹の中だとは思えぬ空洞の先にあったのは、まるで木の中を刳り貫いたかのような巨大な空間だった。

 赤い光に照らされて怪しい雰囲気を醸し出すだけでなく、先が見えぬほどに高い天井から無数の眷属が管のようなものに繋がれて力なくぶら下がっていた。そんな悍ましい空間の奥には、巨大な柱のような物が存在し、その柱には何かをいれるためにあるかような窪みがあった。彼はその前に立つ。


「主よ。あなたに神の血を捧げます………どうか再びこの地に姿をお見せください」


 今までの言葉遣いからは想像が出来ない程に丁寧に、信心深く告げられた言葉と共に担いでいたステラを窪みに入れると窪みから生えた枝が彼女の手足を拘束し、そのまま取り込んでいく。そのまま翼や腕、下半身を呑み込んでいき、上半身と頭のみが出ている状態で止まった。その後、彼女を取り込んでいる樹の中で軋むような音が聞こえると、気を失っているステラが苦しげな表情を浮かべた。

 そのまま今度はぶら下がっていた眷属達に繋がっていた管が脈動し始め、何かを絞り取るように赤い光が管の中を通り始める。それと同時に眷属達が苦しむように叫び始め、無数の赤い光がを血管のように柱の壁を伝っていった。

 そのまま赤い光がステラを拘束している場所で集まった時だ。彼女の腕や下半身から血管を伝うように黒が彼女の全身を走りはじめた。


「うっ………ぐっ………!」


 苦しげな表情と声を上げるステラ。彼女の白い肌に走る黒い血管は、その対比も相まって不気味に映っていた。彼はその様子を無言で見ていたが、やがて小さな声で呟き始める。


「主の礎として生まれ変わる自分を誇るがいい。運が良ければ、母として貴様は破滅の運命から逃れられるかもしれんな。俺があずかり知るところではないが………ん?」


 言葉を切って怪訝そうな声を上げるパハッド。彼女の体に浮き出る赤い光が突如として薄れ、その身体の周囲に黄金の光を纏い始めていたのだ。彼女は未だに気を失ったままであり、何かをしている様子はない。そして、彼はその光に宿る気配を知っていた。


「………ちっ。そういうことか」


 上を見上げる。無論それで空が見える訳ではないのだが、彼は間違いなく天を見ていた。彼女が何故ここまで神の血を濃く継いでいたのか。それを面倒だと思うと同時に、結局は時間稼ぎにしかならないのも彼は理解していた。それに、事が終われば寧ろ都合が良い事でもあった。

 小さくため息を付くと、彼は振り返る。いずれ来るであろう邪魔者さえ止めれば。時間を稼ぎさえすればいいのだ。


「全ては無意味だと教えてやろう。老いぼれ」


 誰に対して告げられたのか分からない言葉だったが、それに対抗するように彼女が纏う光が更に強くなったのだった。
















 ニルヴァーナで遺跡を飛び立ってから少し。街が見えてきたけど、それ以上に異様な光景が広がっていた。


「………なんで住民が外にいるの?」


 フラウが怪訝な表情を浮かべて街の外にいる沢山の人間を見ていた。それは全員が同じようだったけど、アズレインが口を開く。


「やはり国王が一枚噛んでいた………いえ、邪神が絡んでいるとしたら脅されている可能性も考えるべきでしょうか?」

「………そうかもね」


 僕もそれを考えなかった訳ではないけど、僕が一番に考えたのは、本物の国王は既に殺されて眷属が国王に成り代わっているか。どちらにせよ、まともな状況ではないのは確かだ。


《シオン、街に結界が張られているのであなた達を街に直接降ろすことが出来ません》

「………分かった。城門に下ろしてくれ」


 一瞬だけ舌打ちをしそうになってしまったけど、それを堪えてニルヴァーナにそう命じる。実りの樹の力を使うと言っていたから、間違いなく彼女はそこにいるのは分かっていた。出来るならすぐにそこへ向かいたかったのだけど、やはり対策をされていた。

 時間切れになってしまえばもうどうしようもない。本当なら街の住民に事情を聴いた方が良いのだろうけど、そんな時間も惜しかった。


「行くよ。間違いなく邪魔は入るだろうから、戦う準備はしておくんだよ」


 僕の言葉に全員が頷く。そのまま城門まで近づいた時、僕たちは光に包まれて地上へと降りる。門は閉ざされているけど、この際街の被害を考えている事なんてできない。


「顕現せよ!ロアの権能!」


 僕が右手を振るうと、巨大な爆発が巨大な門を吹き飛ばした。それを見てすぐに走り出すが、それと同時に街の中から聞こえてくる沢山の声。


「来たぞ!殺せ!」

「儀式の邪魔はさせん!」

「殺す………!殺す………!」


 異様な雰囲気を纏う兵士達。それを見てマリンが目を見開く。


「っ………まさか………!」

「?どうしたんだい?」


 彼女の反応が気になったけど、向かって来る兵士達を無視するわけにもいかなかった。黄金の光を纏わせた右腕を振るい、地面を突き破って来た鎖で拘束する。そのまま宮殿の方へと走っていく。その間にも兵士や傭兵と思われる者が襲ってくるのを全員で捌きながら、ひたすらに走っていた。

 しかし、向かって来る兵士達は少しだけ違和感を覚えた。いや、そもそも先ほどから感じた異様な雰囲気。セレスティアもそれは感じていたのか、僕に叫ぶ。


「シオンさん!彼らの様子が少し妙です!」

「そうだね………!操られている………ようには思えないけど!」


 出来るだけ殺さないように無力化しながら走り続ける。まるで狂ったように向かって来る兵士達は、拘束されたり意識を奪われて倒れている者を一切気にした様子もなく踏みつけて迫ってきていた。


「しつこいわね………!」

「これも邪神の力、という訳ですか!」


 狂気に囚われている。そう表現しても間違いではないような雰囲気にこれが普通ではない事を僕たちは察していた。その原因に邪神が絡んでいるんであろうことも。まさか国王も同じような物なのかな。


「顕現せよ!メイアの権能!」


 埒が明かないと思った僕が右腕を振り上げる。それと同時に進む道を挟むように巨大な土壁が聳え立ち、新たに迫る兵士達と僕達を分かつ。


「くそっ!なんだこの壁は!?」

「壊せ!全部壊せ!」


 壁の向こうから飛び交う怒号。そのあまりの迫真さにフラウの表情が一瞬だけ強張ったが、すぐに気を取り直して走り出す。回り道をすれば通れるわけだし、結局は時間稼ぎにしかならないだろうけど、今は少しでも前に進まないといけない。そう思っていた時、ルイとリンが立ち止まる。


「先に行きな。僕たちはここで雑魚を足止めするよ」

「………すまないね。頼んだよ」

「うん!任せて!」


 ルイとリンが頷き、それを見て僕たちは再び走り出す。前方に残っていた少数の兵士達を無力化し、そのまま実りの樹の方へ向かっていた時だ。宮殿へと続く通路に、一人の大男が立っているのが見えて来た。嫌と言うほど記憶に刻まれたその姿に、僕たちは一度立ち止まる。

 彼は僕達が立ち止まったのを見て口を開いた。


「来たか」

「………」

「無事で何より。これで諦めるようであれば、貴様たちには失望を通り越して殺意まで湧いていた所だ」

「………じゃあ、通してくれたりはしないかな」

「それは無理な相談だ」


 ケラヴが赤い光を纏わせた右手を握りしめる。溢れる闘気に気圧されるけど、僕たちは彼を睨みつける。


「パハッドは既に大樹へと向かった。恐らく、儀式も既に始まっているだろう」

「っ………!」


 その言葉に一瞬だけ動揺してしまう。最小限に抑えたつもりではあったけど、彼はそれを見抜いていた。そのまま不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「だが、些か手間取っているようだ。予想外の邪魔が入ったようだな。それでも持って三十分と言ったところか」

「………」


 その言葉の意味は分かっている。それが僕らに残されたタイムリミットなのだと。ここにいる彼と、恐らく実りの樹で儀式を守っているパハッドを制限時間内で倒して彼女を救い出さなければ、全てが遅い。

 絶望的な状況であることは間違いないけど、今は僕らのほうが人数は多い。無言で僕たちは武器を構えた。それを見たケラヴも笑みを浮かべて拳を構える。

 彼の実力は既に痛いほど分かっていた。この人数で戦って彼を倒せないとは思わないけど、そもそも彼は僕達を倒す必要が無いのだ。圧倒的に不利な状況で、まだ戦ってもいないのに焦りが生まれ始めていた。

 攻めてくるのを待っていても仕方がない。先手を取ろうと右手に赤い光を纏わせた時だ。僕たちの前に、エコーが出た。


「主様………私が、彼と戦います」


 はっきりと告げられた言葉に、一瞬だけ何を言っているのか理解できなかった。理解できなかったけど、それが到底許可できるような物じゃない事はすぐに分かった。


「何を言って………!」

「主様。私達の目的はステラ様を助ける事です。ここで彼を全員で戦う必要はありません」

「彼がどれほどの力を持っているかは分かっているだろう!?」


 無謀とも言える彼女の提案に、僕はらしくもなく叫んでいた。ステラを救い出すのは当然だけど、そのために誰かを犠牲にしていい訳が無かった。


「………狼の獣人は、忠誠を誓った相手には命を賭して従うのが習わしだと母から教わりました。主様。あなたは私の唯一の主であり、初めて忠誠を誓った方です。どうか私に、この戦いを任せてください」

「………」


 彼女が僕を見る。その目に宿る固い意志に何も言うことが出来なかった。ケラヴはそんなやり取りをしている僕らを襲い掛かる訳でもなく、興味深げに見ているだけだった。

 短い間とはいえ、彼女にとっては全てが新しく映った数週間。初めて出会った時の全てを諦めたような様子はどこにもなく、ここにいるのは気高き忠実な戦士だった。


「………なら、これは命令だ。絶対に死なないでくれ」

「………はい。それが命令ならば」


 笑顔を浮かべて頷いたエコーは剣を構え、ケラヴへと向ける。ケラヴはそれに対して何も言わず、不敵な笑みを浮かべたままだった。エコーが相手をすると言っても、彼が素直に僕達を通してくれるかは分からない。右手に黄金の光を纏わせながら彼を大きく避けるように横を通っていくが、僕の心配に反して彼は一切僕達を追う素振りは見せなかった。

 その理由を考える暇はない。とにかく、今は彼女が作ってくれた時間を有効に使うのが先だ。


「必ず、君を助けるよ………!」













遅くなってしまい申し訳ございません。次の投稿は明日か今日中に行えたらと思っています。

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