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126話

 それからしばらく。セレスティア達も目を覚まし、僕たちの敗北をすぐに悟った。その時の彼女たちの表情は言うに及ばない。ただ、僕もそう変わらないようなものだと思うけど。ロッカも胸の風穴を修復して生命力を与えれば何事もなかったかのように体を起こしたけど、ステラがいないことに気が付いて拳を握り締めていた。


「………力及ばず、ですか」


 アズレインが神妙そうに呟く。これ以上ないほどの敗北だった。あの暗殺者の厄介さは当然あるけど、それ以上にあの男だ。

 ケラヴの力は異常だった。確かに最後は別の邪魔が入ったとはいえ、彼は僕のシアトラの力と真っ向からぶつかったのだ。今まで使っていた空の権能の力。それは、本来生物に向けることすら躊躇われるような力と言える程のものだ。

 空。それは万象の始まりであり、世界そのものでもある。一言で言えば無と有を司る力だ。応用は利くけど、魔法として誰かに使えば一瞬にして存在そのものを抹消させる破滅の力でもあり、だからこそ僕の中でも一番の切り札だった。

 彼らが邪神の力を借りているから、それに対して拮抗した力を持つのは不思議な事じゃない。だからと言って、それが負けていい理由にはならないんだ。


「………そうだね。でも、このまま諦めるわけにはいかない」

「………勝算が?」

「いや………何か思いついたわけじゃないよ。でも、今からゆっくり時間を使って作戦を考える余裕はないんだ」


 ステラを連れ去った彼らは、既に新たな邪神の肉体を作り出す準備は出来ているはずだ。必要だったのはステラだけである以上、すぐにでも儀式に移ることは想像に難くない。そうなったとき、彼女が無事である保証などどこにもなかった。


「しかし、勝てなければ意味はないのですよ」

「その通りだね。なら、勝つしかないじゃないか」

「………根性論ですか。シオンさんらしくないですね」

「そうでもないよ。それ以外に方法がないなら、やるしかないだけだからね」


 僕にだって意地や譲れないものだってある。そのためなら、根性論だろうと何だろうとやらねばならないくらいの覚悟はある。僕の『権能』という名に懸けてもであるし、ステラの家族としての覚悟でもあった。


「………本当に行くのですね?」

「あぁ、もちろんだよ」


 アズレインの言葉に頷く。このまま何もしないなんて選択肢があるわけがなかった。もちろん、それは僕の覚悟であって彼らまで巻き込むつもりはないけれど。すると、エコーが不安そうな表情で僕に言う。


「主様………次こそ殺されるかもしれないんですよ」

「それはステラも同じだよ。それに、僕はまだ死んでいない。けど遅かれ早かれ、邪神が復活すれば僕たちは皆殺しになるんだ」

「もしそうだとしても………それまでの命を大事にしようとは思わないんですか?」

「あぁ、思わない。決まった終わりを待つくらいなら、僕は自ら未来に手を伸ばすことを選ぶよ。幸い、僕はまだそれが出来るからね」


 いつか、セレスティアにも言ったことだけど。僕はまだこうして立てるし、まだ戦える。なら、諦めるなんて有り得ないだろう。一度の敗北くらいであれこれ言っていたら何もできないんだ。

 今回負けたなら、次こそ勝つ。諦めが悪かろうが、戦えなくなるその時まで挑み続ければいい。それに、彼らの戦い方だって学んだ。そして次は僕の邪魔をしていた外なる神がいる可能性は限りなく低いと思って良いだろう。ただでさえここに封印されていて消耗しているはずだから、無理な活動で力をかなり削られているだろうしね。


「アズレイン。シオンさんはきっと曲げませんよ。私もそう教えてもらいましたから」

「………はぁ、そうですか。では貴女も?」

「えぇ、勿論です。彼が行くのであれば私も行きます」


 セレスティアが当然のように答える。流石に一番に名乗りを上げるのがセレスティアだとは思わず、声をかけようとしたとき、彼女は僕を制止するように言葉を挟む。


「シオンさんが言いたいことも分かります。でも、これは私の王族としての誇示です。負けたままでいられるわけがありません。もちろん、ステラさんを助け出すことが最優先ですが、私個人としても戦う理由がありますから」

「………ありがとう」

「ふふ、当然の事ですよ。私はあなたに多くの物を貰いましたから」


 そう言って微笑んだセレスティアが僕の手を握る。それを見たアズレインはやれやれと言うように首を振った。彼女が行くのであれば当然だけど………


「仕方がありません。止めても無駄でしょうからね」

「分かっていただけて何よりです」


 セレスティアが笑顔で彼に言葉を返すと、アズレインはため息を付いて僕を見る。そこには諦めにも近い感情が宿っていた。


「………シオンさん、これは貸しですからね」

「………はは、分かったよ」


 まぁ、元々ここまで来てくれたこと自体がありがたいんだけどね。いつか恩を返すのも当たり前だと思って僕は頷く。


「マリンさん。私達も行きましょう」

「あら、まさか私が行かないと思っていたの?」

「………ですよね」


 マリンの言葉に苦笑するシエル。まぁ、彼女なら寧ろ止めようとも付いてきそうな気がしていたしね。明らかにあの戦いに納得の言っていないような表情をしていたし、そもそもあの黒衣の男の戦い方は彼女からすれば不完全燃焼この上ないだろう。


「………私も、行く。今度こそ、私も家族を守りたい」

「………うん、分かったよ」


 フラウの言葉に頷く。彼女の気持ちは僕だって分かっていた。それに、ステラが連れ去られるのを見ているしかなかったフラウは更に悔やんでいるはずだ。だから、僕は彼女の意思を尊重し用と思う。

 ただ、これからの戦いは賭けであって、当然高いリスクがある。無事な保証はないし、ここに居合わせただけのルイとリン。そして借りているだけであるエコーは連れて行くべきじゃないはずだ。

 そう思って三人を見た時、エコーは目を合わせて首を振った。


「………私は、主様にお供します」

「でも君は………」

「主様は私に自由をくれました。だから、今の私は自分がしたいことをします。私は、最後まで主様と共に戦いたいです」

「………それでいいんだね?」

「はい」


 僕から一切目を逸らさずに答えるエコー。その迷いのない瞳は、これ以上何を言ったところで曲げないと言う固い意思が宿っていた。すると、意外そうな声を上げたのはルイだった。


「へぇ………狼の獣人族にここまで慕われるとはね」

「まぁ、色々とあってね………それより君たちは………」

「ん?あぁ、今更何もせずに見ていろなんて言わないよね?ここまで乗り掛かった舟で、そもそもこの星の命運が懸かってるなら無視できるわけがないだろ?」

「兄さんに同感かな。今更帰れって言われた方が納得できないし?」

「………確かにそれもそうだね」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。ステラを助けなければいけないと言う個人的な観点だけで見ていたけど、普通に考えてこの星の危機を知ったうえで黙っていると言うことがどれだけ歯痒いかを考えていなかった。

 ただ、その前にちゃんと伝えておくべきことがある。


「でも、僕たちが戦った相手はかなり危険だよ。厄介な能力があったとはいえ………」

「はいはい、話なら後で聞くから。今ごちゃごちゃ話したところで意味はないだろ?間に合わなかったら意味が無いんだし、さっさと行くよ」

「………」


 迷いが無いと言うか、気が短いと言うか。思慮深いように見えて案外大胆だね。ただ、彼の言うことも間違いじゃない。時間を使って間に合わなかったら取り返しがつかないんだ。


「そうだね………うん、行こう。次こそ勝つよ」
















「何故、奴らへ止めを刺すの止めた」


 私達がソアレに戻り、宮殿へと向かって人気のない街を歩いている途中で有翼族を担いでいるパハッドが問い詰めるように口を開く。


「私が一人ならそうしたからだ」

「………ふざけているのか?」

「いいや。だが、私には私なりの信念がある。貴様は勝手に付いてきたのだ。ならば、多少は私のやり方に従ってもらわねばならん」

「信念だと?」


 彼が鼻で笑うように言葉を反復する。数千年と言う長い時を人と共に生きていたというのに、彼は私の古き記憶にある姿と一切変わっていなかった。実に残念だ。


「貴様、数千年で人間に絆されたか」

「まさか。だが、私は自我を確立し、強靭な力と精神を手に入れた。私の信念とは、敗者を甚振(いたぶ)る事ではない」

「ふん………下らん」

「ほう。だが、貴様が下らんと評した私の力が無ければ、その有翼族を捕らえる事すらままならなかったのはどう言い訳をするつもりだ?」

「………」


 私の言葉に沈黙を返すパハッド。張り合いのない奴だ。私は小さくため息を付き、徐々に近付きつつある実りの樹を見上げる。実に惜しい。

 このまま有翼族を捧げれば、大君が再誕し地上の全てを滅ぼすだろう。そうなれば、私の長き傭兵としての人生も終わる。古の大君の悲願などよりも、自らの信念のもとに戦いに明け暮れる生活が何よりもかけがえのない物だった私にとっては辛いものがある。

 純粋な戦闘力では私はパハッドを上回っている。もし私がここで彼を始末すれば………


「不満そうだな、ケラヴ」

「………ふっ。そうかもしれんな」

「余計な事はするなよ」

「分かっている。私達は生まれた時から、大君を裏切ることは出来んのだからな」


 それが出来れば、どれほど楽だったか。この世界に生を受けたその瞬間から、大君に裏切る事など出来ぬように誓約を設けられているのだ。

 故に………


「パハッド。私はここに残って邪魔者を止めよう。儀式は任せたぞ」

「あぁ」


 パハッドはそのまま宮殿へと向かい、私はその後ろ姿を見送る。まさか、あの『権能』が来ないと言うことはあるまい。これで諦めるようであれば、あの男を後継者として選んだ前代の『権能』は目が腐っていたという事だ。


「………勝とうと負けようと、私にとって最後の戦いだ。くれぐれも、失望させるなよ」
















 メディビアで様々な者がそれぞれの目的のために動く中、それはメディビア以外の場所でも同じだった。


「………それで、セレスティアとは合流できたのか?」

「いえ………街の兵士と交戦したという話を聞いてから、シオン様と共にどこかへ消えたと………申し訳ありません、父上」


 鏡の先で頭を下げる金髪の女騎士。その姿に、フォレニア王国の現国王であるディニテは首を横に振った。


「構わん。あの子も子供ではないのだ。自分で考え行動できるであろう」

「しかし………」

「それに、共にシオンがいるのであれば心配することは無い」

「そう………ですね」


 オネストはあの義神との戦いを思い出しながら言葉を返す。自分達では一切歯が立たなかった怪物を、容易く消滅させたあの男と共にいるのであれば万が一などありはしないだろうと。


「とにかく、今は飛空艇でメディビアの状況を見ておくのだ。変化があればまた伝えろ」

「承知いたしました」


 ディニテは鏡を停止させる。オネストが何故メディビアにいるのか。それは、彼女がセレスティアの私兵団団長としてつい最近任命されていたからだ。実際は、彼女自身が望んだことでもあるのだが。

 オネストの中にあったセレスティアへの憎しみがどうなったかは定かではない。だが、兄であるカレジャスが命懸けで自分を………家族を守ろうとした姿に何かを思ったのだろうとディニテは予想していた。


「………カレジャス。お前も我が誇りだったよ」


 ディニテはゆっくりと瞳を閉じ、自分以外誰もいない玉座で小さく呟く。その声は、あの日シオンに妻の事を語った時と同じように………いや、寧ろそれ以上の悲しみが含まれていただろう。

 こんな彼の姿を見れば、セレスティアやオネスト、世渡りの蝶のメンバーは驚いたに違いない。それ程に、彼は誰の前でも悲しみや弱さを見せることが無かったのだ。


「………お前の炎は、未だに消えておらぬ」


 そう言って立ち上がるディニテ。再び目を開いた時、そこには悲しみに暮れる父の姿ではなく、一人の王。そして勇敢な騎士の父としての彼が立っていた。





 









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