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123話

 僕たちは暗い石作りの通路を歩く。森を抜けてあの建造物に着いた僕たちは内部の探索を開始していた。建物を覆っていた植物は別に特別な物じゃなかったし、除去にも手間は掛からなかった。


「………陰気な場所ねぇ」

「仕方ないんじゃないかな。数十年とか、それどころではない程放置されていたみたいだし」

「神々が作ったと断定するとして、数千年かしら………寧ろ良く残っていたわね」


 マリンの言う通り、中は少しカビ臭くて多少劣化していたけど、外見程朽ちているという印象は無かった。僕の右手の上で灯る炎と、ステラが放った光のオーブが通路を照らす。視界は当然良いとは言えないけど、今のところは一本の通路なのが救いだ。ロッカも問題なく通れるくらいの広さはあったしね。


「それだけ遺さなければいけない何かだったんだろう。彼の言った神々の大罪が何かは分からないけど、ここは彼らにとって封じられた記憶であると同時に、過去の戒めにもなっているのだろうしね」

「へぇ………………私には、過去を悔いる事の意味が理解できないけれど」

「その意味はこの先で分かるさ。とにかく、早くこの先にある物を見て外に出よう。ここは居心地がいいとは言えないしね」


 実際、陰気臭い場所なのには間違いない。少なくとも長居したいとは思えない環境だし、早く調査を終わらせて帰るに限る。そしてそれは全員が思っていたようで、同意を示すように頷く。


「そうですね………あの子たちも待っていますし」

「ふふ。彼は君に随分と懐いていたように見えたけど、君も同じみたいだね」

「えっ!?そ、そんなことは………………いえ。あるのかもしれません、ね」


 取り繕うような言葉を呑み込み、そう答えるエコー。答えと言うよりは、自分に問うような言い方だったけど、自分の本心を確かめようとするだけ最初と比べると別人と言えるのだろう。案外、彼女の堅い態度も一日二日くらいしか続いていなかったし。

 やはり、初めて見る、初めて体験する。そういった未知に対して、人間はどうしても様々な思いを抱いてしまう。恐怖、不安、好奇心、感動………まぁ、人それぞれだけど。少なくとも、それらが彼女に対して良い影響を与えているのは間違いないみたいだ。

 そのまま僕達が進んでいた時だ。不意に僕の袖が掴まれた。ここでそんなことをするのは一人しか知らないし、僕が振り返るとやはり思った通りフラウが僕の袖を掴んで僕を見上げていた。


「………シオン」

「どうしたんだい?」

「………ここから先、行きたくない」

「………ふむ。何か感じたのかい?」


 唐突なフラウの発言に、みんなも困惑したように彼女を見ていた。しかし、僕は彼女の事を理解していないまでも、多少なりとも彼女が何かを抱えていることを知っている。そんな彼女が言うのであれば、間違いなく理由があるはずだった。


「………嫌な、感じがする」

「なるほどね………」


 僕は悩む。彼女が言うのならそうなんだろう。けど、ここまで来て引き返すという選択肢も存在しなかった。ここで帰ってしまえば、何のために来たのだと言う話になってしまうからね。それに、僕はこの先に良い物があるとは一切思っていない。確実、と言っていい程にね。

 それでも知らないといけないと思ったから来た。となれば、ロッカに外まで送ってもらうしかないか………そう思った時、フラウは僕の袖を掴む力が強くなる。


「………それでも、行くの?」

「そうだね………確かに、この先には悪い何かがあるかもしれない。でも、それを知らない事には何も分からないんだ。だから、僕はこの先に進むよ」

「………ん」


 彼女は一言だけ言葉を返す。このまま彼女がここに残り出すと言われたら困るなぁ………


「………なら、行く」

「そうかい?本当に耐えられないような感覚なら………」

「………大丈夫」


 彼女は浮かない表情のままだったけど、首を振る。残すわけにはいかないし、無理やり帰らせるのも納得できないだろう。彼女が行くと言うのであれば、僕もそれに頷くしかなかった。何かあったら、すぐにでも対応できるように意識は向けるけどね。

 彼女の発言があってから、十数分ほどの事だ。大きな扉が見えて来た。見るからに頑丈な作りで、人間の手で開けるのかという疑問が浮かぶほどの鉄の扉だった。


「………今までよりは少し単純な封印だね」

「罠の可能性もありますがね」

「まぁ………」


 それはごもっともだ。ただ、ここまで来て今更罠を仕掛けると言うのも悠長な話だ。僕だったら、そもそもこの建造物の入り口に罠を仕掛けるけどね。すると、ロッカが先頭に立っていた僕を追い越して扉に近付いていく。

 言わずもがな、彼は防御力と言う意味ではかなり高いし、致命傷と言えるような傷を負う事は基本的にないことを自分でも理解している。危険な可能性がある時、こうして自ら前に出てくれることはとてもありがたい事だった。


「悪いね。頼んだよ」

「!」


 グッドサインを決め、その堅牢な扉に両手を添える。そのままロッカが踏ん張り、その扉を押していく。すると、僕たちの心配に反して扉はゆっくりと開いていく。重厚な音を立てながら、通れるほどまで開いた扉。

 しかし、その開いた扉の奥にあったものを見てロッカは身体を硬直させる。いや、それは彼だけでなく僕達も例外じゃなかった。奥は広い空間が広がっており、明らかに普通の炎ではないと分かるような青い炎で灯った松明が柱に備え付けられていた。それによって多少の明るさは確保されていたその空間の最奥。

 その壁には、巨大な人型が黄金の鎖と杭によって磔にされていた。顔は異形と言うしかない程に醜く、下あごが存在しない代わりに髭のように触手が伸びている。その身体は朽ちた木のように黒く細く。背中から伸びた一本の柱が天井に繋がっていた。

 そして何より。その双眸は赤く輝いていた。


「まさかこれは………!」

「眷属………いや、少し違う………?」


 アズレインが目を見開き、僕は顎に手を添えて考える。確かに、全体的な特徴は眷属に近しい。間違いなく邪神に関係する物なのは分かるけど、今まで僕が見た眷属などとは明らかに違うように思えた。

 そして、その巨大な眷属の足元には横に長い石板が建てられていた。全員がそれに気付いたのだろう。何かが書かれているのは分かるけど、この距離から読めるはずもない。ただ、あれに近付くのは憚られると言った様子で立ち止まっていた。

 あれが動く可能性は、万が一にもない………とは思う。けど、近付いた事が動き出す原因にならないとは言い切れないのだ。それでも、怖がっているだけでは何も始まらない。元々、危険は承知で来ていたのだから。


「っ………シオンさん!危ないです!」

「そうかもしれないね。でも、何もない可能性だってある。どちらにしろ、ここで立ち止まっていても意味はないんだ」


 歩き出した僕を制止するセレスティアにそう答え、そのまま進んでいく。そんな僕にロッカが慌てて付いてくる。そして、同じようにマリンとシエルも。

 僕達を見て、ステラ達も少し悩みながらもゆっくりと中に進みだした。ただ、その巨人を不安そうに見つめていたけど。一足先に石碑の前………まぁ、巨人の前とも言うんだけど。そこには辿り着き、石板を見る。簡単な絵と文字が綴られた大きな石碑は、神の文字ではなく人間の古代文字が刻まれていた。つまり、間違いなくこれが神々以外の者へ向けて作られたものだ。

 内容に目を通そうとした時、他のみんなも石碑の前に辿り着いた。彼らも知るべきだし、声に出して読むべきかな。人間の古代文字なら、問題なく読めるし。


「………シオンさん」

「ん?」

「………その、気を付けてくださいね」


 隣に来たセレスティアが僕の手を掴む。その不安そうな表情に頷き、石碑に目を向ける。そして、そこに綴られた歴史を読み始めた。












 遥か昔。神々が星を統治していた頃。絶対者が存在する地上では、平和な日々が続いていた。しかし、そんなある日の事。とある古龍が住まうとされている山の空に、巨大な穴が開いたのだ。その穴からは何かが落ちて来たが、それが落ちたのは山の湖だった。

 それが沈んだ湖は徐々に赤く染まり、その山に住んでいた魔物や動物。更には主であった龍が突如として赤き光を纏い、他の生物に襲い掛かり始めたのだ。放たれる赤き光には神性が宿り、それが湖に落ちた何かが原因だと神々が断定するのも難しい話ではなかった。

 神々は荒れ果てた山の湖に赴き、水神の力で赤く染まった湖を割った。水底には、傷だらけの黒い巨人が倒れていて、同時に高い神性を持っていたのだ。しかしその身体は異形としか言えない物で、間違いなくこの世界に存在した神ではないのだと言うことを理解した。


「黒い巨人って………」

「………あぁ。間違いないだろうね」


 僕たちが目の前で磔になっている巨人を見上げる。その双眸は僕達を見ている訳でもなく、力なく項垂れていた。赤い光を纏って凶暴化する、というのにも心当たりがある。森で出会ったリザードマンや、あの時の黒竜を思い出していた。


「とにかく、続きを読むよ」

「えぇ………お願いします」


 神々はその巨人に興味が湧いた。この星で知らぬ事など無く、絶対的な存在だった彼らが初めて遭遇した未知であり、外なる神だったのだから。彼らは巨人を工房へと持ち帰り、どうするかを話し合った。

 無論、そこでは様々な意見が飛び交った。その危険性を考え即刻消滅させることを提案する者。外なる神を研究し、新たな真理を発見するべきだと提案する者など。話し合いは一ヶ月ほど続き、最終的にはその神を研究するという方針で決まった。


「………何故、絶対支配者と言える神々がそのようなリスクを取ったのかが分かりませんね」

「神々は絶対的な真理そのものであると同時に、真理以上の者ではないからね。生まれながらに完成された彼らは、逆に言えば個としての成長は無い。神々の間に生まれた子が得た真理が彼ら神々の新たな力と言えるし、そういう意味では外なる神の持っている真理に興味が湧いてしまうのも仕方が無いのかもしれないね」


 神々と言うのは真理の体現と言える存在であるが故に、生物的な進化などは存在しない。故に、真理こそが自らの絶対性を強めることが出来る。研究に取り掛かった神々だったけど、巨人は衰弱しきっており、対話などとても行えるような状態ではなかった。そもそも言葉が通じるかどうかも分からなかったけど。

 死んでしまうことは無かったが、研究は難航していた。そして人間にとっては長い年月が経った頃だ。ついに少しだけ進展があった。彼は『闇』の真理を持ち、闇は感染を起こすと言う事だ。これによって、彼の血で汚染された水を口にした生物は凶暴化したのだと理解した。

 しかし、それだけでは何の役にも立たないのだ。その神には子を成す器官を持っている様子は無く、その真理を受け継いで発展させる子を産むことなど不可能だった。だから、別の方法でその真理を移すことにした。


「………」

「………」


 ここまでの話を聞いた聞いた誰もが、嫌な予感を覚えて表情を硬くしている。そして、それは僕も同じだった。その次に綴られるのは、とても恐ろしい事なのは間違いない。けど、これが僕たちにとっては大事な事実だった。


「………そして、神々は」


 一人の神を指名し、外なる神の血を移すことにした。指名されたのは月神ルナ。天空神シラファスと、光神レイの娘だった。まだ神としてはかなり若い部類だったけど、月神ルナは浄化の力を持っていた。それ故に、闇の力を抑え込めると見込まれたのだ。

 両神の反対はありながらも、心優しい女神だったルナは神々のためになるならと承諾し、実験は開始された。それが、災厄の始まりだった。

 彼女は実験により、外なる神の血をその身体に流された。しかし、彼女自身に何も変化は無い。まさか、彼女の浄化の力が強すぎたのか。そう思った神々だったが、次に起こったことに目を疑った。

 ルナは子を出産したのだ。赤く輝く目を持った、不気味なほどに白い子供を。信じられないけど、神々はその子を育てることにした。ルナがそう望んだからだった。理由は分からないとはいえ、自分の子を殺したりする選択肢など、優しい彼女には無かったんだろう。

 その子はルナの下で長い年月を掛けながら順調に成長し、神々は新たな『真理』の成長に実験は成功したと大いに喜んだ。その子供がある日、神々を食い殺し始めるまでは。


「………なんてことを」


 シエルが小さく呟く。その言葉に含まれた、確かな怒り。これが、神々の大罪。そこからは、もう予想通りだった。

 一人目、二人目と神々を食らって強大になっていき、最後には自らの母を食い殺して戦争を起こしたのだ。眠っていた巨人を呼び覚まし、地上の生物を眷属へと変え、圧倒的な力で神々全てを相手に星を我が物にせんと。

 その結末はここに書かれていないが、前に話した通りだろう。彼は皮肉にも自らの母が象徴した月に封印され、今もなお復活の時を望んでいる。そして、彼らがステラを狙った理由は………






「理解したか」

「っ!?」


 低い声が響く。驚いて全員が振り向くと、そこにはケラヴと五人の黒衣の男が立っていた。何故ここに、という疑問とその答えが浮かぶのは一瞬だった。


「………邪神の眷属」

「その通りだ。少し違う存在だが、概ね間違ってはいない」


 ケラヴが答える。邪神の眷属であれば、この遺跡に踏み入るのもおかしな話ではない。しかし、まだ腑に落ちないことがあった。


「………君たちがステラを狙う理由は分かった。でも、仮に彼女に神の血が流れていたとして、それでも彼女は神ではないはずだよ」

「それは間違いではない。有翼族では、神の出産など不可能だろうな。だが、それも外部の力が加われば話は違う」

「外部………?」

「そうだ。生命に関わる物が、この国には存在するだろう」

「………実りの樹、ですか」


 アズレインが答える。それに対してニヤリと笑うケラヴ。


「理解が早いな。貴様らは星命樹の影響が及んでいないと思っていたようだが………それは呑気と言える」

「………なるほどね」

「そして、そのためには有翼族が必要なのだ。天空神の血を継ぎ、月神の血を薄く持っている有翼族がな」


 ケラヴが拳を握る。理由は分かったけど、ならば尚更ここでステラを渡すわけにはいかなかった。僕は剣を作り出し、他の全員もそれぞれ武器を構えた。


「ここからが本番だ、『権能』。逃げ場などないぞ」











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