120話
「あら、威勢の割に腕がなってないのね?」
「ぐあああああああ!?」
マリンが戦斧を一振りすると、兵士達は悲鳴を上げながら纏めて薙ぎ払われて吹き飛ぶ。相手がただの人間だから彼女は刃を使っていないけど、少なくとも思いっきり頭から建物の壁に叩きつけられた者は生きていないだろう。大の大人を数人纏めて吹き飛ばす彼女の恐るべき怪力の前では、そもそも治安維持程度しか仕事が無かった兵士ではあまりにも無力だった。
とは言え、それは僕も変わらないけどね。
「顕現せよ。リードの権能」
薄緑の光を纏わせた右手の中に渦巻く旋風が生成される。その右手を迫る兵士達に向け、旋風は巨大な激しい衝撃波となり大地を穿ちながら兵士達を吹き飛ばす。威力は調整したとは言え、最前列にいた者達は風圧に押しつぶされて口から血を吐き出していた。
向こうの方は………
「遅いですよ………!」
兵士が振るった剣を細剣で絡めとり、黄金の光を纏わせた蹴りで吹き飛ばすシエル。彼女は軽やかな身のこなしと巧みに細剣を扱いながら上手く手加減して相手を無力化しているようだ。僕らのように死者を出したりはしていないし、流石と言うべきなんだろうか。
エコーの方は………まぁ、うん。彼女に加減を期待する方が酷だね。
「シッ………!」
「なっ、ぎゃああああああああ!?」
「ぐあああああああっ!?」
駆ける紫の雷光に次々と鎧ごと体を裂かれていく兵士。手加減のての字もない蹂躙に、ちらりとそちらを見たマリンは意外そうな声を上げる。
「あら、ちゃんと戦えたのねぇ。戦士としては未熟ではあるけれど」
「まぁ、加減を知らないのは仕方のない事さ。今までを考えれば………ね」
迫っていた兵士達に対して黄金の光を纏わせた右腕を振り上げると、大地を突き破って無数の石柱が飛び出して来る。一瞬の出来事に悲鳴を上げる間もなく大きな衝撃に意識を奪われ、そのまま地面に落ちていく。大地を射抜いた石柱は僕が開いていた右手を閉じると同時に砕け、周囲へ破片を巻き散らすことで更に兵士達を無力化する。幾ら何でも、僕はこの人数に対して接近戦を挑むのは些か無謀………と言うほどではないけど、得意分野で戦った方が良いのは間違いないからね。今は前衛が多くいるし。
セレスティアは………まぁ、流石にここで第三王女が前に出ることは無いか。自衛くらいはするんだろうけど。代わりにアズレインが前に出ていたけど、その戦い方は驚くべきものだった。
「おや、随分と舐められたものですね」
「っ!?」
アズレインへと矢を放った兵士。しかし、彼はそれを片手で掴んで止めたのだ。そのまま矢を片手で握ってへし折ると、エコー程ではないとはいえ驚くべき加速で相手の懐に潜っての強打。まるで人間が出したとは思えない轟音を立てて兵士が吹き飛ぶ。その鎧は明らかに窪みが出来ており、口から血を吐いていた。
「………籠手かい?」
「えぇ。小さくて目立たないので常に携帯出来る武器として重宝しています。本来の武器は飛空艇に持ってきているのですがね」
「なるほどね」
何となく、別に戦いで弱い訳ではないと思っていたけど。やはりどこまでも有能な男のようだ。フラウやロッカの援護もあるけど、それが無くてもあまりにも弱すぎる相手。苦戦する事もなく次々と倒していた。けど。
こうやって圧倒出来ているものの、僕は些か違和感を感じていた。倒しても倒しても減った気がしない。いつかのように分身と言う事ではないのは明らかだけど、純粋に頭数が多すぎるのだ。ここまでの人数を、ステラを捕らえるためだけに投入するのか?
そもそも、本当に街の兵士なのか?そう思いながらも戦い続け、少しずつ相手の勢いが減り始めていた時だ。
「うぐぅっ………!?」
大きな衝撃音と共にエコーの悲鳴が聞こえ、僕が振り返るのと吹き飛んできた彼女を受け止めるのは同時だった。一見して致命傷を負っている訳ではない事にホッとして、彼女が吹き飛んできた方を見る。
「ほう。私の拳を受け止めたか。完全な不意打ちだと思ったのだが」
低い声で称賛するような言葉と共に歩いて来ていたのは、ロッカと殆ど同じ………いや、それよりもほんの一回り小さいとは言え、人間で言えば間違いなく巨大と言える大男だった。
無数の傷が刻まれた筋肉質で鍛え上げられた肉体と、両腕に装着した黒光りする籠手。厳つい強面の顔とスキンヘッドが、その肉体から発する威圧感を更に増幅させていた。
強い、と。この場にいた誰もがすぐに確信した。そして、マリンは目前にいた兵士達を乱暴に吹き飛ばすと男の前に出て行く。
「へぇ。有象無象だらけかと思ったけど、中々狩りごたえのある相手が出て来たじゃない」
「ふっ。そうか。ならば………」
瞬間。男の姿が消える。次に現れたのはマリンの目の前だった。既に腕を引いており、そのまま鋼鉄の拳が打ち込まれる。マリンはそれに目を見開き
「っ………!」
咄嗟に戦斧でその拳を受け止める。しかし籠手と戦斧がぶつかった瞬間に巨大な衝撃波が発生し、マリンだけでなく周囲にいた僕たちまでもが大きく吹き飛ばされた。それもロッカを含めてだ。
それでも戦闘に慣れている者は姿勢を崩さずに地面を滑って着地するけど、フラウやステラはこう言った荒事に慣れていないのもあってか地面に倒れてしまう。すぐにでも駆け寄りたい気持ちは当然あったけど、下手に動けば彼の恰好の的だ。代わりに右手に赤い光を纏わせて構える。
「お前も私を楽しませてくれるのだろうな」
男は余裕の構えを見せながら言う。明らかに油断をしているように思えるが、それを隙だとは思わない。それはあのマリンも同じであり、先ほどの衝撃が残っているのか戦斧を握る腕が震えていた。
明らかに普通の人間とは一線を画している。そのことを理解するのは難しくなかった。
「誰だい?この街に君みたいな腕利きの戦士がいるとは思えない。外から来た傭兵か何かかな?」
「敵に対してそう容易く情報を尋ねるのは感心せんな。しかし、今回は別に話すなと言われている訳でもない。お前の言う通り、私は傭兵だ。本当はこのような街に用は無かったのだが………」
「へぇ………じゃあ、何故ステラを?」
「ふっ。その様子だと、お前はまだ神々の大罪を知らぬようだな」
「………なんだって?」
僕が反射的にそう答えたけど、相手はそれを無視して会話を切る。
「無駄話はここまでだ。私は貴様らを殺しに来た。故に良く覚えておくといい。私は」
その言葉と共に拳を握る。それを振り上げるのを見て僕がロッカに目伏せすると、彼はステラとフラウの方に駆ける。そうして僕達も次に来るであろう攻撃に備えて回避の構えを取った時だ。
「ケラヴだ」
大地が、砕ける。
「っ!?」
比喩とか、地面に罅が入ったとかそんな物じゃない。岩盤は激しく隆起し地震のように周囲は大きく揺れ、付近にあった建築物は倒壊していく。付近にいた兵士達すらも地割れと衝撃波に飲まれて姿を消していく。
僕たちはすぐにその場を飛んで、更に僕は黄金の光を纏わせた右手を振るうと、砕けた岩盤の一部が浮遊しそのまま空中で足場になった。ロッカに抱えられたフラウとステラも浮遊する足場に着地し、僕達に直接的にダメージは無い。ただ、このままここで彼と戦うのか。
砕けた大地の中心にいる男がこちらを見た。
「ッニルヴァーナ!!」
僕がそう叫んだ時、僕たちは光に包まれてその場から消える。直前に感じた足場が破壊される感覚は間違いじゃないだろう。この街に来てから、あの暗殺者の件もあって空にずっとニルヴァーナを待機させておいて良かったよ。
ニルヴァーナの中で大きなため息を付く。
「………フラウ、ステラ。怪我はないかい?」
「えぇ………大丈夫」
「………私も、特には」
「そうか………良かったよ」
二人が頷き、特に痛そうな素振りもなかったから一安心だった。しかし、彼の言っていた言葉の意味。神々の大罪とはなんだろう。それがステラを狙う事と何の関係がある?
ニルヴァーナには一度街の近くから離れるように命令して、再びあの言葉の意味を考え始める。そして、それが気になっていたのは僕だけではなかったみたいだ。
セレスティアが僕に声を掛けてくる。
「シオンさん。彼の言っていたことは………」
「さぁね………僕にもまだ分からないよ。ただ、その答えがあるとすれば………」
「あの森の奥に………?」
エコーが僕の言葉に続ける。それに対して僕は頷くけど、そうだとしてもこれからどうすれば良いのか。
「取り敢えず、セレスティアはどうする?このまま一度フォレニア王国に戻るかい?勿論送るけど………」
「………いえ。あそこまで明確に刃を向けられたうえで、黙っていることは出来ません。何故このような事をしたのか、国王に直接会って問う必要があります。」
「ふむ………ただ、あの傭兵が街にいると思うとね」
「そもそも、国王がステラさんを狙っている理由は何でしょうか?彼の言葉を真に受けるのであれば、女としてステラさんを欲したという風には聞こえませんでした」
そう。そこが僕も引っかかっているんだ。神々の大罪と、ステラさんを狙う理由。そして、あの遺跡の戒律。何も関係が無いように見えるけど、きっとその解はあそこにあるはずだ。
なら、僕は行かなければならないね。
「………行くしかないね」
「でも、主様………あそこには………」
「エコーの心配も分かるよ。でも、ステラ達は下手に彼らの事を言いふらしたりしない。それに、君とあの馬車を見た時から感じていた事だけど。絶対にこのままじゃいけない気がするんだ」
「………分かりました」
エコーが頷く。その話を聞いていたみんなも、きっとあそこには大きな秘密があると思ったんだろう。そして、こうなった以上は彼女達だけをここに残しておくわけにはいかない。特にステラは、自分の事について知る必要がある。
「良いかい?今から話すことは、絶対に他の誰にも話してはいけない。アズレインもだよ」
「ふむ………そうですね。本来、私の立場からはそれを保証できるとは言えないのですが。この際は仕方ないでしょう。他言しない事をここに誓います」
「すまないね」
アズレインがそう言ったのを確認して、僕はあの森であったことを全て話す。勿論、カーバンクルの事も。このまま森に入って出会わなければ言う必要も無いと思うかもしれないけど、出会ってから秘密だと言われるのと、出会う前から秘密だと言われているのじゃ納得できるかできないかに大きく差がある。特に、アズレインのような立場の人間ならね。
勿論、話を聞いた全員は大きく驚いていた………いや、マリンだけは大して興味がなさそうだったけど。ただ、同時に秘密にしていた理由も理解したみたいだ。そうして全て話し終えると、アズレインが一番に口を開く。
「なるほど。私に対して特に釘を刺したのはこのためでしたか」
「まぁね。君の事を信用していない訳じゃないけど、君のディニテへの忠誠心と仕事への誠実さは本物だからね」
「はは。有難い言葉ですよ。しかし、私は次期国王の目前で他言しないと誓いましたからね。約束は守らせていただきます」
アズレインの言葉に、セレスティアも頷く。
「そうですね。私もフォレニアの友であるシオンさんの名に誓います。何度も私を助けてくれた貴方を裏切るような事は出来ませんから」
「ありがとうね。シエル達もそれでいいかい?」
「えぇ。あまり興味もないもの」
「私も大丈夫です」
全員に確認した僕は、ニルヴァーナにあの遺跡へ向かってもらう。フラウとステラに聞かなかった理由?彼女達がこの事を聞いて、誰に話すんだい?
そもそもそう簡単に言いふらすとは思っていないのもあるけどね。
「………ステラ、大丈夫?」
「えぇ………大丈夫」
フラウにそう答えるステラの声には、どうしようもない不安が滲んでいた。




