119話
ブックマーク者が100件を突破いたしました。本当にありがとうございます。
街に出た僕たちは目的もなく歩いていた。特に会話は無く周囲の人々の話し声が聞こえるだけだったけど、今はその方がありがたかった。人が誰かを異性として好きになる。
ごく普通の事で、それが理解できない訳ではない。けど、それがどんなものなのかは分からないままだった。考えたことが無い訳じゃないけど、そもそも考えて分かるものだとも思っていない。ただ、やっぱり言わなければいけないと思うたびに、セレスティアの泣いていた時の姿が浮かび上がる。
「………主様、大丈夫ですか?この先は少々治安が悪いのですが………」
「ん?………そうだね。余計なトラブルに巻き込まれたくないし、戻ろうか」
考え事をしたかったのは確かだけど、わざわざ治安の悪い地域に入る必要もない。結局のところ答えなんて全く出なかったけど………いや、答えは分かり切っているのに、ただ踏ん張りが付かないだけだ。
少しだけため息を付いて宿に戻っていく。もう少しだけ回っていても良いんだけど、買いたいものとかもあんまりないしね。そうして歩いてきた道を戻っている途中の事だ。十字路になっている門に続く道から、数台の馬車が道を通っていた。それだけなら別に変なことは無いんだけど。
引いている荷台は一切中が見えないようになっており、至る所が鉄で補強された頑丈で物々しい雰囲気を纏った馬車だった。御者もフードを深く被って顔を隠しているため、その異質な雰囲気に周辺の住民達やエコーも不安そうに馬車を見つめている。
「あれは何でしょう………?」
「さぁね………門の方から来たってことは、通っても良いと許可が出た積荷だとは思うんだけど………」
「なんだか………とても嫌な予感がします」
「………奇遇だね。僕もだよ」
そのまま馬車は十字路を真っすぐ進み、その馬車の列は街の中心へ向かっていく。それにどうしようもない不安を覚えながらも、当然それを確認したりするような権限なんて持っていない。何か起こらないようにと願いながら、僕たちは再び宿に戻る道を歩き始めた。
宿に戻った僕は自室に入り、眠ることで時間を潰していた。資料を読んだりする気にもなれなかったからだ。眠っているだけでも、なにか悩みが解決するわけではないんだけど。起きた時には既に日が沈み始めている時間だったために、そのまま食堂に行って夕食を食べていた。
僕が一番遅くて、既にステラ達や日中に姿を見なかったシエルとマリンも一緒に座っていて、今日起こった出来事を既にみんなから聞いていたらしく、シエルは申し訳なさそうな表情をしていた。
「私達がいない間にそんなことがあったなんてねぇ………」
「本当にすみません………」
「いや、君たちが悪い訳ではないよ。そもそも、こうなる可能性を考えていながら明確な対策を取っていなかった僕に責任がある訳だし」
まぁ、どこで何をしていたのかは少し気になるけどね。少なくとも、あの騒動を一切知らないと言うことは街にいた可能性は低いと思うけど。
「いったいどこに行ってたんだい?言いにくい事なら、言わなくてもいいけどね」
「いいえ?ただ狩りに行っていただけよ」
「あぁ………」
あっけらかんと答えるマリン。あまりに彼女らしい理由に納得の声を上げる。砂漠なんて滅多に来る場所じゃないし、見たこともない魔物も多くいるはずだ。そんな場所で、どちらかと言えば間違いなく好戦的な部類に入るであろうマリンがじっとしていられる訳が無かった。
だからこそ、フォレニア王国で数日の間シエルに大人しく付き添っていたと言うのは驚きだったんだけど。
「まぁ………うん。君らしいよ」
「あら、褒めてもらえて嬉しいわ」
特に気に留める訳もなくそう答え、食事を進めていくマリン。そういえば、ここに来てからはしっかりと食べるようになったんだね。まぁ、味覚が無い訳ではないし食べれる物なら味を楽しむことは出来るのだろうけど。
その時、フラウが僕の名前を呼ぶ。
「………シオン」
「ん?どうしたんだい?」
「………いつまで街にいる?」
彼女が小さく僕の袖を掴んで言う。ほんの少し寂しそうな表情が、行って欲しくないと言うことを何よりも表していた。僕はそんなフラウの頭をゆっくりと撫でる。振り払ったり叩き落としたりせず、素直にそれを受け入れる。
「そうだね………しばらくは残るよ。僕の甘い見立てのせいで、君達を危ない目に合わせてしまったし」
「………そう」
いつものように静かな声だったけど、どうしようもない喜びが滲んでいることに誰もが気付いた。いや、付き合いが短いエコーだけは例外かな。それでもフラウが寂しがっていたのは理解したみたいだけど。
そんな可愛らしい姿に、ステラやシエルが微笑ましそうにフラウを見ていて、マリンも優し気な笑みを浮かべていた。
「………こほん。それと、シオンさん。今回の調査で何かわかった事はありますか?」
「あぁ、そうだね………色々と見つけたけど………」
僕は昼間に話した内容をシエルとマリンの二人にも話す。フラウは一度聞いた話だから詰まらなそうにしていたけど、ステラはあの時殆どを聞き流していたのか、二人と一緒になって聞いていたけど。
エコーもたまに会話の補足をしたりと、最初よりは僕以外の人間とも話せるようになっていた。それでも少し言葉が固くなっていて、緊張が隠せていなかったようだけどね。
そうして会話をしているうちに夜も更け、食事も食べ終わったために、それぞれ部屋に戻っていく。まぁ、僕は昼に寝てしまったからそう簡単には寝付けないのだけど。ベッドで寝転んでいた僕は昼の出来事を考え始める。
僕は研究の事や錬金術の事で考えることは多いけど、悩むという事には慣れていない。今まで自分のやりたいようにやってきていたし、僕が解決できないような問題や壁と言うのにも当たったことが無かったからだ。
だからこそ、人間関係と言うのは僕にとって特に良い刺激だったはずだ。感情や価値観と言う、絶対的なものが存在しない不確かな何かで大きく変化が起こるそれは、僕でも完全に予想する事が出来ないものだった。
何事も経験、とは僕も言うけれど。そんなことで割り切れる程、セレスティアとの繋がりは安い物じゃなかった。
「答えは、いつ伝えられるのかな」
それから一週間ほど、僕は街に残ってフラウ達と共に過ごしていた。宿をセレスティアが訪れる事もあり、二人っきりで街に出掛けることもあった。その時に見た彼女の姿は本当に嬉しそうで、僕はそれを見るたびに、答えを伝えられる自信が無くなっていくのを感じていた。
そして今日は宿に泊まっている全員で買い物をしていた。ロッカも付いて来ているけど、彼は必要な物なんてないだろうし。
「主様、これも美味しいですよ」
「はは、それは良かったね」
「………私はこれが好き」
まぁ、殆ど食べ歩きになっているのは仕方ないと思うけど。僕に限らず、フラウやステラも不必要なものはあまり買わないみたいだから、当然なのかもしれないけどね。
「その狼ちゃん、随分と食べるのねぇ………剣士でしょう?体型には気を使わないと駄目よ?」
「い、言われなくても分かっていますっ!」
「その割にはさっきから一番食べてるじゃない。折角可愛い顔をしているのに、お腹が出ちゃったら台無しでしょう」
そう言ってエコーのお腹を人差し指で突くマリン。それに対して小さな悲鳴を上げて逃げるエコー。マリンは反応がストレートで純粋なエコーをとても気に入ったらしく、こうしてエコーをからかう事が多くなっていた。
エコーもそれに対して一々真面目に取り合うものだから、それが相手を喜ばせていることに気付くのはいつになるのだろうか。まぁ、からかわれた時の反応が可愛いのは事実だから、敢えて教えずに黙っているのだけど。
そうして構いに構われたエコーは僕の背後に隠れる。そろそろ助けてあげないとね。
「あ、主様ぁ………」
「ふふ………ほら、そこまでだよ。エコーも困ってるじゃないか」
「………平然と主を盾にしたわね。まぁいいわ。時間はまだいっぱいあるし、今日の所はこれくらいにしておいてあげる」
「うぅ………」
人付き合いに慣れていないエコーは、マリンにとっては良い玩具だろうね。そんなエコーの姿を見てシエルがマリンへ小言を言っているけど、軽くあしらわれている。
「エコーさん、本当にすみません………」
「い、いえ!シエル様は悪くないので………」
そう言ってエコーが見るのはマリン。すると、視線のあったマリンはにこりと朗らかな笑みを浮かべた。悪意がある訳じゃないのは明らかだし、本当にエコーの事が気に入っているのも分かっている。ただ、気に入った相手には意地悪をしたくなるタイプの人間が彼女だ。
「まぁ………うん。厄介な相手に気に入られたね」
「うぅ………」
まぁ、意地悪される理由が分からないでもない。ここまで可愛らしい反応をするのであれば、ちょっとした加虐心が刺激されてしまうのも事実ではある。するかどうかは別として。
「あ、シオンさん!」
「おや、皆さん。こんなところで奇遇ですね」
「ん?セレスティア………とアズレイン?」
聞き慣れた声に名を呼ばれ、そちらを見る。すると、こちらに近付いて来ていたのはセレスティアとアズレインだった。二人共何かを買っていたのか、手には袋を持っている。
「君達も買い物かい?」
「えぇ、お父様達へのお土産をと」
「私も家族へ送るための物を買っていました。皆さんは何を?」
「僕たちは………食べ歩きかな」
僕が苦笑しながら答えると、二人もおかしそうに笑った。
「ふふ。確かに、シオンさん程の錬金術師なら、必要な物は自分で作ってしまいそうですしね」
「そうなんだよ。特に生活で不便してる事もないから、あんまりね」
家具などの類も全て揃っているし、装飾としての家具なんてあんまり意味を感じないし。『権能』達が莫大な金銭を溜め込んでいたのも、必要だからという訳じゃなく使う先が無かったと言うのだから納得だ。
「お土産を買っていると言うことは、もうすぐ帰るのかい?」
「えぇ、それなりに長居してしまいましたから………惜しい気持ちはあるんですけどね」
僕を見ながらセレスティアが言う。この一週間で、シエルとマリンも僕とセレスティアの関係は知っている。二人が話を聞いた時、意味深げな視線をステラに送っていたことが印象的だった。それが、二人はステラの僕に対する想いに気付いていたのだと理解するのは容易かったけど。
「そうだね。僕ももう少し君と話したいことがあったんだけど。戻ったら仕事が沢山待っているだろうし、倒れないように気を付けなよ」
「はい、ありがとうございます」
笑顔で頷くセレスティア。そして、先ほどから黙って笑みを浮かべているアズレインにも声を掛ける。
「さて、色んな意味でお世話になったね。君にとっては休日だったみたいだけど」
「いえいえまさか………しっかりと起こった出来事を陛下に報告する使命がありますので、ちゃんと重要な事はメモに残していますよ」
「………例えば?」
「そうですね………セレスティア様が正式に求婚を発表された事などでしょうか」
意地の悪い笑みを浮かべているアズレイン。予想通りと言うか分かっていたけど、小さくため息を付く。
「君も随分と良い性格をしているね」
「ただ仕事に真面目なだけですよ」
「そうは言うけどね………」
僕がアズレインに文句を言おうと思った時だ。ソアレの兵士達がこちらに近付いて来ていた。全員が完全に武装しているのを見ると、まさか何かトラブルの予兆があったのだろうか。
「申し訳ありません。少しお時間をよろしいですか?」
「誰に対してでしょうか」
「………ステラ様です」
「え?私ですか?」
突然名前を呼ばれて驚くステラ。まさかあの貴族に関係したことなのだろうかと思い、ここにいる全員が兵士を見る。
「ステラ様に用があると、国王様が」
「………ふむ。それは、僕たちが同行しても?」
「いえ。申し訳ありませんが、絶対にステラ様お一人だけを連れてくるようにと」
ステラだけを。その言葉を聞いた瞬間、ここにいる全員の兵士を見ていた視線が一気に鋭くなる。あんなことがあった後のステラを一人で呼び出すなんて、まさか正気ではないと思う。ステラも不安そうな表情をしており、それを見た僕は兵士達に首を振る。
「悪いけど、僕が許可しないよ。ステラも嫌がっているからね。どうしても彼女に用があるのなら、同行を認めて貰わないと困るかな」
「し、しかし………」
「一週間前にあんなことがあったばかりなんだ。そうじゃなくても、有翼族であるステラを一人で呼び出すなんて怪しいじゃないか」
「………左様ですか」
兵士がそう答えたその瞬間だ。兵士達はこちらに武器を向ける。それだけでなく反対側からも兵士が走ってきて、一体何があったのかと周囲に混乱が走る。
そうして完全に囲まれた僕達に、先ほどから喋っていた兵士が言葉を続ける。
「それでは、我々は無理にでも無理にでも連れて行かなければいけません」
「………それは、私がフォレニア王国の第三王女だと知っての狼藉ですか?」
「セレスティア様。貴女様には後で国王が説明なさると………」
「必要ありません。今すぐ武器を降ろさなければ、それは私達に対する敵対行為だと見なします」
「………攻撃開始!」
その言葉を聞いた兵士が叫ぶ。まるで躊躇が無く、武器を構えて走って来る兵士達。それに対して僕はマリンとシエル、エコーとロッカに目を合わせ、同時に頷く。
同時に武器を抜き、兵士達に走る。ロッカも左手を変形させ、フラウも瞳に光を灯している。街の住民達は逃げ出し、得物がぶつかる音が響くと共に唐突な兵士達との戦いに火蓋が切られたのだった。




