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117話

 アルフェンの………いや、それどころか多くの人が見ている前で行われた僕とセレスティアの口付け。彼女の一方的な物だったと言うのは明らかだけど、それが寧ろ周囲に与える衝撃を強くしていた。アルフェンは目を見開いて硬直しており、リリアを始めとした街の住民やフラウとステラ、エコーも驚愕の表情を浮かべ、ロッカも何が起こったのか理解できないように動かなくなってしまう。

 唯一、アズレインだけは帽子を深く被って視界を切っていたけど、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。


「………」


 少し息苦しく感じる程長く続いた口付けは、彼女が顔を離すことで終わりを迎える。ただ、周辺に広がるのは静寂だったし、セレスティアも何も言わない。

 そこで無言でいられても、僕は何を言えばいいのだろうか。僕が一番驚いていると言っても良いのだけど。


「そ、その者は………有翼族の………?」

「………………分かりませんか?それはあなたを追い払うための嘘ですよ。彼は………私が婚約を申し込んだ相手です」


 その言葉に、再び周囲に動揺が走る。フラウとステラ、そしてロッカは話を聞いていた事があるからそこまで動揺はしていないけど、エコーは初耳だからか信じられないと言うように僕を見ていた。


「嘘だと!?………い、いえ、それよりも、セレスティア様がその者に………?一体その男は………」

「………『権能』の魔法使い、と言えば分かりますか?」

「なっ………!?」


 僕を見て言葉を失うアルフェン。いや、確かに間違いではないし、そもそもトラブルを避けるために『権能』であることを明かすという目的はこれ以上ない程に達成できた。彼女が僕に求婚した事実を、彼女の口からはっきりと告げてしまうのは余り良くないと思うんだけど。今まで噂で留まっていたものが、真実になってしまうからね。

 そう思って彼女を見ると、セレスティアも僕を見つめ返して来る。有無を言わさぬ雰囲気を纏った彼女に僕は何も言えず、彼女から目を逸らした。


「………それで、まだ彼に要がありますか?そもそも、私はあなたではなく彼に会うためにここへ来ていたのですが」

「い、いえ!お時間を取らせてしまい申し訳ありません!婚約者殿も、数々の非礼をお許しください!私はこれで失礼させていただきます!」


 慌てて立ち上がり、未だに地面に倒れている護衛に目もくれずに走り去っていくアルフェン。いや、護衛を置いていかれると困るんだけど。

 しかし、セレスティアはそんなこと関係ないかのように僕に向き直る。


「シオンさん」

「あぁ………うん。助かったよ、セレスティア。けど、何で君がここに?」

「………つい先ほど言ったはずですけど」

「………なるほどね」


 僕に会いに来た。本当にただそれだけのために来たのか。色々と忙しいと聞いていたけど、そっちは大丈夫なのかな。すると、セレスティアは僕の心を読んだかのように微笑む。


「大丈夫ですよ。ある程度仕事も片付きましたし、少しの間の休暇です。お父様にも、許可は貰っていますから」

「それは良かったよ。まさか抜け出してきたなんて言われたら、ディニテに何といえば良いか分からないし」

「ふふ、それはそれで見てみたいですね」


 悪戯っぽく笑うセレスティア。相変わらずな様子で少し安心したけど、こっちはそうも言っていられない。


「………シオン」

「あぁ………うん。二人共驚かせて申し訳ないね」

「えと………ううん。大丈夫………その、セレスティアもありがとう」

「いえ、気にしないでください。あのような貴族をただ見ている訳にもいきませんでしたから………お怪我などはありませんか?」

「うん………」


 セレスティアの言葉に頷くステラ。若干元気が無いのは、やはり終わったとはいえ多少なりともさっきのトラブルでショックを受けているのだろう。その時、周囲の住民達が一斉に話し始める。あまりにごちゃごちゃとしていて聞き取ることは出来ないけど、この状況で内容を察せない程馬鹿ではない。

 セレスティアも周囲の話し声を煩わしく思ったのか、小さくため息を付いて僕を見た。


「もう少し落ち着いた場所で話しませんか?シオンさん達が泊っている宿はあちらですよね?」

「あぁ、うん。そうだけど………まさか、君も泊まるのかい?」

「いえ、宿は別に用意しているので、寝泊まりはそちらで。ただ、少しお話をしたいと思っただけです」


 彼女は平然と答えるが、今度はそれを聞いて慌て始めるのはリリア達だ。まぁ、当然だろうけどね。泊まる訳ではないとはいえ、大国の次期国王が急に宿に寄ると言っているのだから


「え、ちょ、お母さん!今、セレスティア様が宿に来るって………ど、どうするの!?」

「どうするも何も………王族のおもてなしをする準備なんて………」

「いえ、私は他の客と同じように扱って頂いて結構です。急な事も分かっていますので」

「そ、そうですか………?それでしたら………」

「ありがとうございます。それでは、少しの間失礼させていただきますね」

「………アズレインは?」


 僕は今まで黙っていたアズレインを見て問うと、彼は笑みを浮かべながら首を振った。その表情は笑顔のままで、妙に気に食わなかったけど。


「ここ街には私のような使節や外交官などを泊めるための宿があるので、しばらくはそちらで休ませていただきますよ。セレスティア様の邪魔をするわけにもいきませんので」

「………一つ聞きたいんだけど、ここに来るように進言したのは君かい?」

「まさか。セレスティア様が自らあなたに会いたいと仰ったのですよ」

「そうかい………」


 まぁ、彼がこんな下らない嘘をつくわけもないし、本当の事なんだろう。勿論、ここに来ている以上は帰ってほしいと言えるはずもないし、そもそも思ってもいないのだけど。


「あの………主様。私には何が何だか………」

「あぁ、すまないね………後でゆっくり説明するよ」


 ここで一番困るのはエコーだろう。彼女はステラやフラウともまだあまり関わりが無いのに、その上で今はフォレニア王国の第三王女が目の前にいて、更にその人物が自分の主に求婚をしていたという事実を聞かされるのだ。

 もし僕が彼女の立場だったら、とっくに思考を放棄していたかもしれない。そんなやり取りを見たセレスティアは、不安そうな表情で僕に声を掛けてくる。


「………その、ご迷惑でしたか?」

「いや………助けてもらったのは事実だからね。本当にありがたいと思っているよ」


 勿論、再会できて嬉しい気持ちもあるのは事実だし、迷惑と言うほどでもなかったのは間違いない。でも、ここで「困った」と言えない僕にも、原因はあるのかもしれないね。












 その後、僕達は落ち着いて会話をするために宿へと入る。そのまま食堂の隅の席で話していたのだけど、いつもは多少なりとも人がいる食堂は僕たち以外には誰もいなかった。その理由は明らかだけどね。


「遺跡の調査………ですか」

「うん。邪神に関する何かがあるかもしれないからね。それに、戻ってくる前にそれらしき何かは見つけたし」

「それらしき何か………ですか?」

「うん、中に入ってないから何があるかは分からないんだけど」


 セレスティアは特別な用があったという訳じゃないみたいだから、僕の近況を報告していた。まぁ、当然カーバンクルの事は伏せているけど。エコーは取り敢えず店の方に顔を見せるために向かって貰っている。まぁ、あの状況でここに居ても混乱を酷くするだけだろうし、一度落ち着かせる意味も込めているけど。


「そうですか………」

「そっちの様子はどうだい?シュティレとか、研究室に籠りきりだと聞いたけど」

「………そうですね。シュティレお兄様はあれ以来一度も城に戻って来ていません。倒れたりしているわけないそうなんですけど………」


 相変わらずだね。勿論、彼の気持ちが分からない訳ではないけれど、あれから一度も城に戻らないと言うのは王族として良いのだろうか。正式にセレスティアが次期国王に決まったとはいえ、周りが止めそうなものだけど。

 戦争以来、彼とは一度も会っていないしね。本当に大丈夫だろうか………少なくとも、精神的にはかなり切羽詰まってそうだ。


「ふむ………君は?」

「私は………忙しくはありましたが、今まで通りです………少し寂しく思う事は多くなりましたが」

「………そうかい」

「………でも、最近は姉上と話すこそがあったんです。それが私にとっては一番の変化ですね」


 一瞬だけしんみりとした空気が走るが、すぐにセレスティアは言葉を続ける。一度は対立した者同士だけど、今はそれなりにうまくやっているようで安心した。

 しばらくはそのまま会話を続けていたけど、さっきの出来事もあってかステラとフラウはとても静かだった。それも仕方ないだろうし、後でしっかり構ってあげないとね。













 主様に言われて店に来ていた私は、担当に近況を報告していた。多分、私を落ち着かせる意味もあったんだと思うけど。

 報告と言ってもここ数日の事で、どこまで話してよいのか、と言う点は既に相談していた。一応、あの遺跡の中に広い空間があることまでは言っても問題ないと言うことになっているけど、あの遺跡の開け方を分からない限りは関係のない話だ。カーバンクルや未発見の植物、あのリザードマン達などのことを話さなければ特に変哲のない森の話を聞いているようにしか思えないだろうから。


「ふむふむ………なるほど。楽しくやっているようで何よりです」

「はい………まだ一週間も経っていませんが、新たな経験ばかりでとても楽しいです」


 担当は満足そうに頷く。彼は奴隷商であり、その商人気質な態度から勘違いされやすいが、実際はそれなりに人情のある人だった。私をあの貴族からギリギリまで庇ってくれていたのもこの人だし、商会からの圧力が無ければ多分あのまま断っていたのだろうと思う。


「錬金術や料理も習ったと………」

「はい………これらの得た知識も、今後は自由に使って良いと言われたので………」

「えぇ、そうですね。今のうちに少しでも多くの知識や経験を積むのは、今後のあなたにとっても良い事でしょう」


 あの一件が終わった後で書き留めた主様から預かった、イーサンに渡してほしいと言われた手紙を読みながら彼が頷く。ここに来れなかった主様の報告書なのだろう。本当はそんなものは必要ないのだけど、真面目で律儀な主様のことだし、一言声を掛けておきたかったんだと思う。

 今後の私にとって。その言葉に意味が分からない訳じゃない。今のうちに出来る事を増やせば、これから私を買ってくれる人が出てくるかもしれないということだ。今まで売れ残っていた私が、後二ヶ月もない期間で買われるなんて、奇跡以外の何物でもないのは理解しているけど。


「………あなたの腕にも太鼓判を押されていますね。『権能』であるシオン様からのお墨付きであれば、これ以上ない程信用に値するでしょう」

「………評価していただけているようで嬉しいです」

「さて………それでは、今のところは仕事に不満や不安はない、と言うことで良いですか?」

「えぇ、全く。それどころか、主様に感謝する程です」

「それは良かったです。それでは、今回はシオン様の元へ帰っても大丈夫です。ありがとうございました」

「はい、ありがとうございました」


 席から立って、私は店を出る。もしも………本当にもしも、あの貴族との契約の前に私が誰かに買われることがあったとして。その相手は主様が良いと思ってしまうのは、私には過ぎた願いなのだろう。













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