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113話

 森の奥に危険な魔物が潜んでいることが分かったし、このまま進むのは危険だと思った僕たちは拠点のほうに引き返していた。少なくとも、彼らと敵対しているカーバンクルを連れていくことはできないだろう。

 他の場所を探索した上で何も見つけられなければ行くことになると思うけど、その時はカーバンクルとは別れて行かなければならないね。取り敢えず、エコーとカーバンクルも怪我などはないようで安心したよ。


「クルル………」


 さっきからカーバンクルに元気がないというか、落ち込んでいるような様子だったけどね。リザードマン達が接近していたころから危険を察知していたようだし、以前から彼らと敵対関係にあったのは間違いないはずだ。となれば、僕たちを巻き込んでしまったと思っているのかもしれない。


「………主様、あの魔物たちは何なのでしょう?」

「さぁね………でも以前、あれに似た力を持った龍と戦ったことがあるんだ」

「あの力に、似た………」

「うん。ただ、流石にその時ほど種族的には強くなさそうだったけどね」


 僕が思い出していたそれは、初めてフォレニアへ飛空艇で向かっていた時に襲撃をしてきた黒龍のことだ。今日戦った彼らは大まかな骨格などがリザードマンに酷似していたけど、細かい特徴を見ると二足歩行のトカゲというよりは、小型の龍種と言ったほうが正しい気がしていた。

 それに、リザードマンは亜人系のモンスターに属するモンスターであって、大体十体前後の群れで行動し、人間と同じように武器を使う種族だ。しかし、彼らはたった三体で、普通のリザードマンでは考えられないほど発達した爪を武器にしていた。

 この時点で、ただのリザードマンではないことは明らかだろう。


「取り敢えず、明日はこっちとは別のほうに向かってみようか。勝てないことはないと思うけど、今はまだリスクを取るほどの時期じゃないからね」

「分かりました………今日はもう戻るんですか?」

「そうだね。採集した植物の研究をしたいし、あれに関する資料も纏めないといけないんだ」


 僕の言葉に頷いたエコー。そのまま僕たちは拠点に戻り、特に荒らされた様子がないのを確認する。まぁ、あまり心配はしていなかったけどね。机を取り出して、その上に研究用の道具を並べていく。僕にとって幸運なのは、ここに澄んだ湖があったことだろうね。

 魔法薬の生成には何度か不純物を取り除く作業をした純水を必要とする。けど、ここの水は多分一度や二度の作業で十分なくらい綺麗だ。やはり、神の時代から変わらないこの古代林ならではなんだろう。


「これが、錬金術の道具なんですか?」

「あぁ、そうだよ。今回は危険な実験とかじゃなくて、ただの性質調査をするだけだから、見学してても構わないけど」


 いくら何でも、森の中で危険な実験を行うわけにもいかないしね。出来たとしても、採集した植物や襲ってきた魔物の素材を使った新たな魔法薬の精製くらいかな。襲ってくる魔物に関しては、カーバンクルがいればそこまでいない気がするけど。さっきのような例外を除けばね。


「じゃあ………見学させてください」


 エコーが頭を下げる。それに頷いた僕は採集した素材を出して研究の準備に取り掛かった。何となくだけど、弟子ができた気分だね。今まで弟子を取った事がないから、それが正しいのかはわからないけどね。









 それからしばらく。僕はこの森で採集した植物やキノコの性質を調査していた。カーバンクルはロッカと遊んでいて、シルバーホークも木の上でその様子を見守っていた。

 僕は途中で何度かエコーに錬金術の基礎を教えたりしながら作業を進めている。研究対象が爆発性を持っていたりするとかなら話は別だけど、流石にそこまでの危険性があるなら空の目で見えているはずだし、特に緊張感を持って作業をする必要はなかったから、エコーと雑談を交えていた。


「奴隷は雇われている間に得た経験とか、知識っていうのは今後の契約で役立つことはあるのかい?」

「………主様がその得た知識や経験を申告する許可をしていれば、契約などで使えることはあります」

「なるほどね」


 まぁ、今回の件に関してはこの遺跡の扉の開け方と、その中に何があるのか。それ以外であれば特に知られて困るようなことはないかな。僕がここで錬金術を教えたり、僕が今している作業を覚えたりしたとしても、これくらいなら錬金術師の基本といえる作業だから権能の研究とは全く関係がない。

 作業の練度、という意味では他の錬金術師とは比べ物にならない自負があるけど。


「まぁ、この遺跡に直接的に関連すること以外なら、契約が終わった後も自由に使ってくれて構わないよ。優れた五感を持っていて腕が立つ上に、錬金術の基本だって学んでいるのなら、そういった関係の仕事をする人の助手としてはこれ以上ないと思うからね」

「………それは、主様にとってもですか?」

「ん?………そうだね………少なくとも、頼もしいとは思うかな」


 まぁ、錬金術に関してはどうしても僕がすべて一人でやってしまった方が早い、ということが起こりえるから絶対にとは言えないけどね。ただ、彼女のように優秀な剣士が助手として近くにいるのは安心できることだ。僕が剣術を得意としていないからね。

 今まではロッカが居てくれてたから問題はなかったけど、やはり複数の相手をするときは前線は二人位いたほうが助かると思う。

 まぁ、それはそれとして作業を続けないとね。


「毒を調べるときは色々な方法があるけど、基本的にはこの赤深草を使った薬品を使うんだ。この薬草に含まれる成分は多くの毒に反応してね。その変化によって、毒の種類を見分けることができるんだよ」

「……反応しない毒物もあるってことですか?」

「そうだね。だから、変化がなかったときは月光草で試すんだ。今のところだけど、この二種類のどちらにも反応しない毒というのは見たことがないかな」


 もしかしたら、今後発見されることがあるかもしれないけどね。まぁ、その時はその時で別の対処を考えるしかない。現状はそんな毒がないのだから、それについて幾ら考えたってあまり意味はない。

 ただ、赤深草も月光草も発見するのはコツがいる薬草だ。高価な値が付くこともあるし、中には毒を人体実験で検証するような人間もいるみたいだけどね。


「赤深草は湿った場所を好むから、水辺や湿地帯に群生していることが多いんだ。月光草はその名の通り月の光を受けて発光する特徴を持ってて、主に高所で見つかるかな」

「………それで、今回はどうだったんですか?」

「このキノコ以外には毒の類はなかったみたいだね。ただ、これも致死性の毒というわけじゃないだから、ちゃんと処理をすれば食用になるよ」


 見たことがない種類ではあったけど、含まれる毒自体はなんら珍しくない成分だった。熱せば毒性は無くなるし、多分食べても問題ないだろう。味は流石に分からないけどね。実食してみてもいいんだけど、特に味を知りたいわけじゃないから、それはまた今度でいいだろう。

 いつの間にか調査よりもエコーへ錬金術を教えることがメインになっていたけど、問題はない。こう言ってしまうとあれだけど、特に採集した物に新たな発見はなかったからね。一種類だけ強壮効果のある成分を含んだ薬草があったから、それだけは新たな薬品に使えるかもしれないけど………僕はそんなに疲労困憊と言えるほどに疲れるような機会がないからね。

 思った結果が得られなかったことを少々残念に思いながらも、エコーに錬金術を教えていると、いつの間にか空が茜色に染まっていた。


「さて、今日はこんなものかな。中々覚えがよくて教え甲斐があるよ」

「………ありがとうございました」

「どういたしまして。僕は夕食の準備をしておくから、しばらく自由にしてるといい」


 ロッカ達は………そう思って振り返った僕は小さく笑みを浮かべる。それに気づいたエコーもそっちをみて、驚いたように小さく声を上げた。

 ロッカが湖の近くに座り、その周囲でカーバンクルを中心として昨日のヘルハウンド達が眠っている。昨日はあんなに凶暴に思えたヘルハウンド達だったけど、カーバンクルを囲んで眠る姿は寧ろ微笑ましく映った。


「フォルルル」


 いつの間にか僕のテントの上に留まっていたシルバーホークが、作業が終わった僕たちを見て鳴いた。もちろん、僕は彼らの言葉なんてわかるはずもないけれど。空の目なら、その感情をある程度見ることができるから、意思疎通が全く行えないわけじゃない。


「あぁ、今日の仕事は終わったよ。君もお疲れ様」

「フォルルルル」


 僕がそう答えると、シルバーホークは翼をはためかせてどこかへ飛んでいく。自分の巣に戻るんだろう。夜の保護者はあのヘルハウンド達かな。僕たちがいるからここまで警戒しているのか、それとも………


「あの、主様」

「ん?どうかしたかい?」

「………水浴びをしてきてもいいでしょうか?」


 あぁ、そういえば今日は激しい戦闘があったからね。僕は魔法を主体とした戦いだったからそうでもないけど、近距離戦闘をしていたエコーは相応に動いたはずだ。衛生的に努めるように言ったのは僕だし、駄目だという理由もないから頷く。

 着替えもちゃんと用意しているみたいだしね。


「あぁ、でも少し待ってくれるかい。仕切りを用意するよ」

「い、いえ!主様にそんな手間をお掛けさせるわけには………!」

「構わないよ。君のことはイーサンから聞いているしね」


 彼女が異性の………かどうかは分からないけど、多分話の流れだとそうなんだろう。取り敢えず、人前で服を脱ぐことを拒否することは聞いている。別に僕は振り向くなと言われれば振り向かないし、そもそも興味もないのだけど、彼女個人としては仕切りがあったほうが精神的には安心できるだろう。寧ろ、僕としても誤って振り返ってしまったりした時にトラブルが起こるよりは、仕切りがあるほうが都合がいい。ここには構ってもらいたがりのカーバンクルがいるからね。

 彼女と調査する以上は必要になると思って仕切りも持ってきている。骨組みを立てて、布を繋ぐだけだから時間もかからないしね。エコーも手伝いながら仕切りを完成させると、エコーは大きく頭を下げた。


「すみません………」

「いや、気にしないで。異性に身体を見せるのが嫌なのは、当然の感性だからね。僕も君に苦痛を与えたいわけじゃないから、嫌なことははっきりと嫌だと言えばいいんだよ」

「………ありがとうございます」


 さて、後は夕食を作らないとね。少し遅くなってしまったけど、そもそも凝ったものを作るわけじゃないから大丈夫だろう。けど、自分の料理を食べて思うけど、やはりフラウやステラの料理には数段味が劣ってしまう。二人の料理が少しだけ恋しいね。

 料理を作り始めると、その匂いに惹かれたのかカーバンクルが起きて僕のほうへ駆けてくる。それにヘルハウンド達も気付いて顔を上げるけど、僕に駆け寄るカーバンクルを見ても特に動く様子はなかった。


「クルルゥ?」

「はは、これは僕達が食べるご飯だよ………そういえば、君は何を食べるのかな」


 僕が気になったことを口にする。ただ、彼が狩りをするようには見えないから多分木の実とかそのあたりなんだろう。僕がそう思って、空の魔法から小さな果実を取り出す。

 すると、カーバンクルはまるで「くれるの!?」と言わんばかりに飛び跳ね、大きく口を開く。愛らしい仕草に笑みを浮かべ、その口に果実を放り込む。それを食べたカーバンクルは嬉しそうな鳴き声を上げ、くるくるとその場を回る。


「やっぱり君はこういったのが好物なんだね。まぁ、動物を狩るようには見えなかったけど」

「クルル!」


 ふと、これを本当にあげてよかったのかと心配になってヘルハウンド達を見たけど、最初から僕とカーバンクルのやり取りを見ながらも動く様子がないのを見ると問題なかったんだろう。それどころか、数体は興味なさそうに眠っている。

 あれ、保護者として来たんじゃなかったのかな。そう思ったけど、彼らの意識が僕よりほかの場所に向いていることに気付いて、やはり既に僕達は警戒の対象では無くなっていたんだと察する。そして、彼らが何を懸念しているかも。

 まぁ、あそこからはそこそこ離れているし、この領域はカーバンクルが治めている場所みたいだし、戦いになって不利なのはあのリザードマン達だろう。警戒をしているということは、入り込んできたことがあったということだろうけどね。

 まぁ、今日のところは大丈夫だと思うけどね。そう思って料理を作っていた時だ。昼間に聞いた綺麗な歌が聞こえだした。


「………」


 昼間の口ずさむような歌い方ではなく、はっきりと声を出して歌っている透き通るような歌声。カーバンクルやヘルハウンド達も、その歌声に聞き入るように静寂が広がり、月に照らされた湖には歌声だけが響いていた。








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