112話
「まさか………こんなに再会が早いとはね」
「え………?昨日の子なんですか………?」
「クルル!」
「わっ!?」
僕らの前に現れたカーバンクルは迷うことなく料理の完成を倒木に座って待っていたエコーに飛びつく。昨日と同じように悲鳴を上げながらもカーバンクルを抱き留めたエコーは、その行動でこのカーバンクルが昨日の個体と同じだと言うことを理解したようだ。
「も、もう………!」
「クル?」
「うっ………」
昨日に続いて驚かされているエコーが叱ろうとするけど、キョトンと無垢な瞳に見つめられればそんなことは出来なかったみたいだ。
「はは、随分と懐かれているね」
「それは嬉しいんですけど………」
複雑そうに答えながらも、抱えているカーバンクルを優しく撫でていくエコー。文句があるのは間違いないけど、好かれているのは満更でもないんだろう。ロッカもカーバンクルを見て、片手を上げて挨拶をしていた。通じているのかは分からないけど、それに対して返すかのように鳴き声を上げていたのを見ると通じているのかもしれない。
とは言え、これがただの偶然だとは考えづらいね。僕たちが森にいるのを察知して探しに来たのだろうか。だとしたらその人懐っこさには驚くけど、ここにいると言うことはそういう事なんだろう。
「全く………ここにいるのが僕達だから良いけど、悪意を持った人間だったらどうするつもりだったんだい?」
「クルルゥ?」
僕がそういってエコーの手の中にいるカーバンクルの顎を撫でると、喉を鳴らして目を細める。相変わらず愛らしい反応に笑みが漏れるけど、取り敢えずは料理を作ってしまわないとね。そうして特に失敗することなく昼食を作り終えると、エコーはカーバンクルに声を掛けた。
「ご飯を食べないといけないから、ちょっと待っててね」
「クルル!」
エコーがカーバンクルを降ろすと、今度はロッカの方に走っていく。昨日と変わらず元気そうな姿に、少しだけ微笑ましく思いながらエコーに昼食を渡す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それにしても、彼は随分と森の住民からも好かれているようだね」
「え?」
カーバンクルを愛でていて気付かなかったんだろう。僕は先ほどからこちらを見ていた者へ視線を向ける。
「………」
一本の樹の上。そこには、大きな白銀の鷹のような魔物が留まっていた。攻撃してくるような様子はなく、ただカーバンクルと僕達を観察していた。それにエコーも気付いたんだろう。昨日の事を思い出したのか、鷹の魔物を見た後気まずそうにこちらを振り返る。
「えっと………もしかして、あんまり構ったりしない方が良いんでしょうか」
「いや、だったら既に攻撃されているか、カーバンクルに注意してるんじゃないかな。何も言わずに見ていると言うことは、そういう事だと思うよ」
「そう、ですね………やっぱり昨日の件があるからなんでしょうか?」
「多分ね」
昨日集まっていた魔物の中にあの鷹の魔物がいたかは分からないけど、少なくとも敵対視はされていないのは確かだ。少なくとも、カーバンクルを害さない限りは何もしてこないだろうし、僕達も彼に手を出すつもりは無い。
寧ろ、余計に魔物と戦う必要がなくなるのだから好都合だ。この森はあのカーバンクルを中心として生態系を気付いているのかもしれないね………そう思っていると、その鷹の魔物が飛び立ち、こちらに接近してくる。
「っ!主様!」
「エコー、大丈夫だよ」
エコーはそれを見て慌てて剣を抜こうとしたけど、僕はそれを制止して左腕を掲げる。すると、鷹の魔物は臆する事もなく僕の左手に留まった。流石に大きいから、この距離だと迫力が凄いね。
エコーも突然の事で驚いていたけど、僕は生肉を空の魔法から一つ取り出して差し出す。
「食べるかい?」
「フォルルル」
僕の手から生肉を受け取り、そのまま食べていく鷹の魔物。僕の記憶にはいない種類だから、多分外の世界には生息してない古代種か何かだろう。その瞳には高い知性を感じるし、纏う雰囲気は間違いなく猛者の貫禄があった。
「こ、怖くないんですか………?」
「これがただの魔物なら少しは警戒したさ。ただ、彼はとても賢いみたいだからね」
肉を疑いもなく受け取ったところを見るに、油断させて仕留めようと言う訳でもなさそうだしね。肉を平らげた魔物をよく観察する。諸々の特徴を見ると、シルバーホークの古代種のようだね。別種だと思うくらい、サイズや細かい特徴が違いすぎるけど。
そうしてシルバーホークは僕の腕から飛び立ち、再び元の木に戻っていく。ただ、今度は先ほどよりもこちらを観察するような目線は和らいでいる気がした。あっちも認めてくれたみたいだし、早く昼食済ませてしまおうか。
主様が昼食を食べている中、私は先に食べ終わってしまっていた。主様は小食で、あの鷹の魔物………さっきシルバーホークだと教えてもらった魔物に構っていたから食べ始めるのが遅くなってしまっていたから仕方ないのだけど。
そこで私は手帳を貰っていたことを思い出して、折角なのだから主様に借りてもらってからの事を書こうと思った。あの日からの出来事は、目を閉じれば鮮明に思い出せる程に忘れられない事ばかりだった。最初の出会いから、今までの事。
何を書こうかと悩んだのは一瞬で、書き始めると自分でも驚くほどに筆は進んでいた。誰にも見られることが無い、私の個人的な記録。そうして書いているうちに、私の手が止まったのは昨日のカーバンクルの歌を聞いた時の事を書こうとした時だった。あの時聞いた歌を思い出し、再び私は筆を進める。
そうして今に至るまでの事を書き終えた時だ。主様が優し気な笑みを浮かべてこちらを見ていたことに気付いたのは。
「………君も随分と綺麗に歌うね」
「え………?」
「クルル!」
主様の言葉に疑問を浮かべると、足元に寄ってきていたカーバンクルが嬉しそうに鳴き声を上げた。ロッカ様も音が響かないように小さな拍手をしているのを見て、私は自分が昨日聞いた歌を思い出しながら歌っていたことに気付いた。そして、主様は既に食器などを片付けていて、私が待たせてしまっていたのだと言うことも。
「えっ………と………すみません」
「ん?どうかしたのかい?」
「その、お待たせしてしまったようなので………」
「いや、寧ろそれを使ってくれてるみたいで嬉しかったかな。それに、綺麗な歌を聞けたしね」
「………お世辞でも嬉しいです」
「まさか。本当に綺麗な歌声だったよ。もう少し聞いていたかったくらいにね」
そう言った主様は嘘をついた様子はない。カーバンクルは座っている私の足に前足を乗せ、まるでもう一度とせがむように飛び跳ねていた。
どう反応したらいいか分からずに困っていると、主様が苦笑を浮かべる。
「はは。僕も出来ればアンコールを頼みたかったんだけどね。調査に出ないと帰るのも遅くなってしまうから、そろそろ出発しようか」
「あ………はい!」
私が立ち上がると、カーバンクルは私達が森を探索に行くことを察したのだろう。今度は身体を伏せてジャンプの構えを取ったのを見て、今度は驚かないように受け止める準備をする。
「クルルッ!」
「んっ」
予想通り私に向かって飛んできたカーバンクルを受け止め、両腕で抱きかかえる。マイペースさは相変わらずで、ほんの少しだけ困ってしまう。けど、初めてこんな可愛らしい動物に懐かれると言うのはとても嬉しい事だった。
手帳の内容は、すらすらと書いていた割にはあまり覚えていない。何となく………無意識に、私は書きたいことを書けていたのだと思う。内容を読み直すのは夜にして、今は調査に集中しないといけない。一度気を引き締めて………
「クルルルゥ!」
そんな上機嫌な鳴き声に苦笑を浮かべてしまうのは一瞬だった。
拠点を出た僕たちは、昨日より更に先まで向かっていた。拠点には風の魔法でマークしてあるから、導きを頼りにすれば迷うことは無いからね。その間もカーバンクルは付いて来ていたし、シルバーホークも上空から僕達を見ていた。
昨日と同じように珍しい植物や木の実を見つけては採集したり、動物や魔物を見つけて記録したりと調査らしいことは出来ていた。それと、僕達を見た魔物は襲ってくるようなことが無かった。十中八九、カーバンクルのおかげなんだろうけどね。
おかげで生態調査を危険なく行えるよ。そんな風に思いながら森を進んでいた時だ。森の奥から複数の足音が迫って来る。
「………魔物、でしょうか?」
「多分ね。まぁ、多分大丈夫………」
エコーの声に振り返った時だ。彼女に抱きかかえられているカーバンクルの様子がおかしいことに気付いた。今までと違い、明らかに緊張した様子で耳を立てている。
そのことにエコーとロッカも気付いたんだろう。すぐに空気を切り替え、警戒するように前方を睨む。そして、それらが森の中から飛び出して来る。
「シャアアアアアアアア!」
「………リザードマン………ではなさそうだね」
飛び出してきたのは、一見すると三体のリザードマンのように見える。だがその黒く刺々しい鱗と鋭く長い爪、口からは赤黒い煙を吹き出しているそれらがただのリザードマンとは思えなかった。
そして、僕はこの妙なリザードマン達に既視感を覚えていた。そう、今となっては少し懐かしい事だけど………
「フォルルルッ!!」
その時、上空を飛んでいたシルバーホークが鋭い鳴き声を上げながら急降下してくる。そのまま戸惑うことなく振るった翼から風の刃を放つ。
「シャアアアアッ!!」
しかし、それを容易く回避したリザードマン達は一斉に走り出す。やはり明確に敵だ。僕が黄金の光を右手に纏わせると、カーバンクルがロッカの肩に跳び乗る。それを見たエコーもすぐに剣を抜いて構えた。
「顕現せよ!メイアの権能!」
そのまま右手を地面に添えると、僕の周囲から無数の大地の杭が飛び出す。それは空中に浮かびあがり、鋭い切っ先をリザードマン達に向けている。
「シャアアアア!」
それを見たリザードマン達はそれぞれバラバラに散らばる。しかし、杭は捕捉した相手を逃さず、僕が腕を振るうと同時に発射される。しかし彼らは普通のリザードマンとは比べ物にならない程の運動能力でそれらを回避し、またはその爪で弾いていく。
「すぅ………」
エコーが静かに息を吸う。そして、次の瞬間に風を残して姿が消えた。響く甲高い音。
「っ………!?」
「シッ!!」
受け止められたのだ。あの速度の攻撃を。そのままリザードマンは受け止めた剣を振り払い、もう片方の爪がエコーの首筋を狙っていた。
「リードの権能!」
薄緑の光を纏わせた右手を振るう。エコーとリザードマンの間に発生した風の刃に、リザードマンは一度後ろへ跳んで攻撃を中断する。しかし、もう一体が僕の横に周り込んで口を大きく開いた。
「っ………ハウラの権能!」
右手に蒼い光を纏わせてリザードマンに向ける。リザードマンから放たれたのは赤い光の光線だった。僕は右手から圧縮した水を放ち、それを相殺していく。
爆発する双方の攻撃。その煙を突き破り、リザードマンが突撃してくる。
「っ!」
すぐに剣を作り出し、振るわれた右手の爪を弾く。ロッカは肩にカーバンクルを守っているから動けないし、エコーとシルバーホークはそれぞれ一体を相手にしている。続けて振るわれる左手、右手の攻撃をいなし、右手に黄金の光を纏わせて後ろに下がる。そのまま地面に右手を付きながら着地した瞬間、無数の鎖が飛び出しリザードマンに発射される。
「シャアアアアアアアア!!!」
雄たけびを上げたリザードマン。両手の爪に赤い光を纏わせ、激しい連撃で迫る鎖を切り刻む。権能の力を使ってこれなのだから、やはりあの光は普通じゃないね………!
「顕現せよ………」
「シャアアアア!!」
僕が右手に白い光を纏わせたと同時に走り出すリザードマン。それに対して僕は右手を向け———————
「シアトラの権能」
瞬間、前方は白い光に包まれた。それはたった一瞬の出来事で、光はすぐに消える。だが、そこにリザードマンの姿はない。僕が未だに戦っているエコーとシルバーホークの援護をしようと未だに白い光を纏わせている右手をそちらに向けた。
「グオオオオオオオオッ!!」
その時だ。森の奥から巨大な咆哮が聞こえてきたのは。それと同時にリザードマン達は戦闘を中断し、わき目も降らずに森の奥へと帰っていく。
それを見たエコーは息を荒げながらも森の奥を睨んでいた。
「はぁ………はぁ………に、逃げたんですか?」
「退却命令………だろうね。彼らにはリーダーがいるようだ」
「でも………この森ではカーバンクルが………」
「………全員が全員、という訳じゃないんだろう。それに、あの魔物たちは普通じゃない」
僕がそういうと、エコーも荒い息を整えながらも頷く。一つ確かなのは、ここはただ平和な森だと言う訳じゃない事だった。




