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110話

しばらくはカーバンクルと戯れていたけど、流石にこのままじゃ一切調査が進まない。適当なところで二人に声を掛け、僕たちは調査を再開したんだけど………


「クルル!」

「まさか、ここまで気に入られるとはね………」

「!」


 ロッカの肩で上機嫌に鳴くカーバンクル。付いてこないように餌付けはしなかったんだけど、それでもこの様子なのだから相当懐いているのだろう。まぁ、この森の中でならまだ良いとして、帰るときはどうにかして離れてもらわないと困るんだけど。

 後、僕が空の目で見た時に分かった事だけど、この個体は雄みたいだ。この森に、あとどれくらい他の個体がいるのかは分からないけど、性別があると言うことはやはり子を残して繁栄していたんだろう。

 ロッカの肩から周りから辺りを見渡したりと忙しなく動いていたカーバンクルだったけど、そこから今度はエコーに飛びかかる。


「クルルッ!」

「わ、わっ!?」


 突然自分に飛び込んできたカーバンクルを、素っ頓狂な悲鳴を上げながらも慌てて受け止める。そんな今までの落ち着いたイメージと大きくかけ離れた可愛らしい悲鳴に思わず吹き出すと、エコーはほんの少しだけ顔を赤くしながら抗議の声を上げる。


「あ、主様!」

「ははっ、ごめんね………それにしても、本当に人懐っこい子だね。個体差なのか、それとも種族柄なのか………」


 機嫌を損ねる必要もないし、話題を変える。まぁ、実際に気になっていた事ではあるけど。生物の中には、種族柄人間に敵対的な生物や友好的な生物と言うのは存在する。特にある程度知性が発達している生物が多いこの世界でなら尚更だ。無論、知性があると言うことは個体差も強く出ると言う事だ。

 だからこそ、このカーバンクルが特別人間………延いては他種族に友好的なのか、そもそも種族として友好的なのかは分からなかった。ただ、もしカーバンクル全員がここまで友好的なら、もう少し外の世界でも発見例があっても良い気がするけどね。ここで発見できたと言うことは、外の世界に一匹も存在しない訳じゃないんだろう。この子の姿は、外で伝えられていたカーバンクルそのままの特徴を持っているのだから。

 ただまぁ………争いを好まない種族であると言うのは間違いないようだけど。


「まぁ………気が済んだらそのうち飽きてどこかに行くだろう。それまでは構ってあげるといいと思うよ」

「はい………」










 それから数時間後。結果として、カーバンクルはどこへも行くことは無かった。定期的にロッカとエコーの間を往復しては、しばらく居座るのだ。ロッカの肩にいる時は楽し気にはしゃぎ、エコーに抱えられているときは満足げに仮眠を取り始めたりとかなりマイペースだった。

 とは言え、流石にそろそろ戻り始めないと不味いだろうと言うことで、僕らは最初に入ってきた岩山を目指して歩いていた。結局は神時代に関連する物は見つからなかったけど、別に焦る必要はないし、それ以外にも収穫はあったから良かったけど………あの岩山から見た限りだと、ここは閉鎖空間だとは思えなかった。詳しく探索するなら、間違いなく野宿が必要になるだろうね。

 その当たりも含めて、一度フラウとステラに相談しないと………と予定を立てていた時だ。


「………主様」

「ん?」


 彼女が僕を呼ぶ。その声は今までと違って真剣で低い声だった。僕が振り向くと、彼女は鋭く周囲を睨んでいる。それを見て、僕は状況を理解した。


「………何体だい?」

「正確には分かりません………でも、囲まれています」

「なるほどね………」


 正直、後はゆっくりと帰りたかったのだけどね。言っていても仕方ないし、戦闘準備はするけど。僕が右手に薄緑の光を纏わせる。集団戦ならロアの力が向いているんだけど、炎は森で使うわけにはいかないしね。


「主様、私は………」

「その子を守っていてくれ。それに、僕ならそう時間は掛からないと思うし」


 エコーが腕の中にいるカーバンクルを見ながら頷く。出来れば、カーバンクルの前で戦いたくなかったんだけどね。まぁ、これで怖がられてしまったらそれは仕方ない事だ。

 そして、唸り声を上げながら現れたそれは、赤い毛並みを持つ犬の群れ。無論、ただの犬ではなく、足はまるで鷲のような猛禽類系の細い足で、赤く輝く目は怪しい残光が走っていた。


「………ヘルハウンド、か。厄介な相手だね」

「グルルルル………」


 唸り声をあげながら周囲を回り、飛びかかる機会を窺っているヘルハウンドの群れ。彼らは群れであるものの、一人のリーダーといった者は存在しない。全員を倒すまでは襲い続ける執念深い魔物であり、個としての能力も決して低くはない。

 まぁ、負けるつもりは無いけれどね。僕が先手を取るために薄緑の光を纏わせた右手を構えた時だ。


「クルルルッ!」

「あっ!ちょ!」


 エコーに抱えられていたカーバンクルが飛び出し、ヘルハウンド達の前に立つ。当然、そうなれば僕は魔法を放つことも出来ないし、逃げ出したカーバンクルをロッカとエコーが慌てて追おうとするが、カーバンクルは敵意を剥きだしているヘルハウンドの群れに対して怯える様子もなく目を閉じた。


「………なるほどね」


 僕はそれを見て、駆け出そうとした二人を止めた。


「主様!?」

「!?」

「大丈夫。少し見ていて」

「でも………!」

「大丈夫だから」


 僕がそういうと、やっと二人は落ち着く。とは言え、何かあればすぐに飛び出せるように準備はしているようだけどね。僕も一応準備だけはしていたけど、多分必要はないだろう。

 ヘルハウンドはそんなカーバンクルに構わず僕らを睨み、ついに飛び掛かろうと姿勢を低く構えた時だ。

 美しい歌が、この場を包み込んだ。


「………え?」

「………!?」


 唐突な出来事に、エコーとロッカは驚いている。それも仕方ないことで、歌の発生源はカーバンクルだったからだ。額の赤い宝石が光を放ち、その小さな体から響く歌は森中に広がっていた。その瞬間、先ほどまで敵意を剝きだしていたヘルハウンド達は一斉に大人しくなる。

 飛び掛かろうとしていたのが嘘のように赤い瞳の光は消え、歌に聞き入るようにその場から動かない。


「主様………これって………」

「あぁ。多分彼らは最初から、カーバンクルを襲うつもりは無かったんだ。あのカーバンクルは、この森の中でも特に重要な立ち位置にいるんだろうね」

「じゃあ、ヘルハウンド達はカーバンクルが捕まったと思って、それを助けようと………?」

「多分ね。どちらにせよ、戦わないで済んだことは何よりだよ」

「………とても、綺麗な歌ですね」


 尚も響く美しい歌を聞きながら、僕はエコーの言葉に頷く。今まで聞いてきた中で、最も心の奥に響くような歌だった。僕が最初に彼を空の目で見た時、額の宝石に映った要素は「音」と「増幅」。そして、その本質は「調和」だった。

 これだけで、カーバンクルという種族が歌を奏でる種族だと言うのは理解していた。それが、こんなにも美しいとは思っていなかったけどね。歌に聞き入っていると、周囲にはいつの間にか様々な魔物や動物が集まっていた。


「………」


 そこにカーバンクルの歌以外は何も聞こえず、ただ誰もが聞き入っている。この子がこの森の中でも重要な立ち位置にいる理由が何となく分かったかもしれない。彼はこの能力で、この森の調停者のような役割を担っているのだろう。

 しばらく歌に聞き入っていたけど、それはついに終わりを迎えた。しかし、だからといってここに集まった者達が争いを始める事もなく、それぞれがゆっくりと散らばっていく。


「クルル!」

「バウ」


 カーバンクルの声に、ヘルハウンドが返す。それを最後に、ヘルハウンド達もこの場から去って行った。


「………見事だね」

「………」

「クルル!」


 僕らは歌の余韻に浸っていたが、カーバンクルがこちらに向き直った時に我に返る。そして、彼は僕らに対して一鳴きすると、茂みの中に入って僕らの前から居なくなった。


「………帰ろう。もうすぐ日が沈んでしまうからね」

「………はい」


 まだあの歌が頭に残っていた。それは二人も同じようで、上の空になりながら返事をするエコー。ただ、きっとまたどこかで会えるだろう。根拠は無いけど、何となくそんな気がしていた。

 今度は、ちょっとした餌でも用意してみても良いかな。













 その後、特に何事もなく岩山に着き、元来た道を戻っていく。一度通った道は覚えているから、迷う事もなく出口まで辿り着き、遺跡の外に出る。

 やはりと言うべきか、あの冒険者達はいなくなっていた。もしかしたら中に入った可能性もあるけど、だとしてもどこかで倒れているだろうね。

 もう夕方………というか殆ど夜だったから、急いでニルヴァーナに乗って街まで帰った。宿に着いた僕たちは、やはりと言うべきか二人に心配されていた。とは言え、遺跡の調査で少し遅くなってしまう事も考えてはいたみたいだから、怒られるまではいかなかったけどね。

 シエルとマリンも含めて、今日の遺跡の出来事を話していた。夕食の時間を少しずらしているから、近くの席には人がいないのは確認している。


「遺跡の奥に外の世界………ですか」

「不思議なこともある物ねぇ………」

「まぁ、神々が残した遺跡だからね」


 最初は僕も信じられなかったけどね。ただ、事実は事実なんだからどうしようもないけど。


「………幻覚とかじゃなくて?」

「いや、間違いなく本物の森林が広がっていたよ。ちゃんと確かめたからね」

「………そう」


 疑ってしまうのも仕方ない事ではあるけどね。けれど、僕は空の目で確かにあの空間が本物であることを確認している。ただ、結局目当ての物はまだ見つかっていない。あの場所を隅々まで探索するためには、もっと多くの時間が必要だ。


「それで、ここからが本題なんだけどね。あの空間はとても広いんだ。だから、一日だけで調査できる距離はどうしても限られてしまうんだけど………」

「………そこに滞在したいってこと?」

「そうなるね」


 僕の言葉の続きを理解したフラウが結論を聞いてくる。ただ、こればっかりはしょうがないことでもあるんだけどね。ただ、そうなると彼女の次の言葉が予想できる。


「………………絶対に帰って来るって約束できる?」

「………おや。反対されると思っていたんだけどね」


 しかし、予想とは違って、長考を挟んだフラウは僕の言葉にそう聞いてきた。それは、遠回しながら僕の意見を受け入れる言葉だった。フラウは少し不満気な様子ではあるけど、僕の言葉に首を振った。


「………嫌、だけど。必要な事なのも分かる………邪神の件は、他人事じゃないから………」


 そう言って、フラウが見たのはステラだった。彼女も邪神の眷属によって多くの物を奪われた被害者だ。今は僕らと暮らすようになって笑顔でいる事が多いとは言え、受けた傷は小さなものではない。

 その視線を受けたステラも頷いた。


「駄目とは言えない、かな。でも………分かってるでしょ?」

「そうだね………うん。約束するよ」


 昨日のステラの言葉を思い出しながら、僕は頷く。勿論、僕だって死ぬつもりは無い。万全の準備をしていくつもりだ。

 野宿するための道具を買おうかと思ったけど、帰った時の事を考えたら一度家まで戻って、研究道具やテントの類を持ってきた方が良い気がするね。ニルヴァーナならそんなに時間もかからないし。


「ただそうだね………滞在中にこの宿に籠りっきりなのは嫌だろうから、自由に行動しても構わないよ。ただ、前の件があるから気を付けるんだよ」

「えぇ。あなたも気を付けて」

「うん、ありがとう」


 そうして予定が決まった後は、それぞれの部屋に戻った。明日からは忙しくなるからね。僕はいつもより早く眠り、明日に備えるのだった。















 明日から、主様とあの場所で調査が本格的に始まる。檻の中で殆どを諦めていた私からすれば、こんな事は考えられない事だった。もう、ただの道具として何も考えず、ただ使われようと思っていたのに。

 そんな思いは、一瞬で無駄になってしまった。何も知らなかった私の初めてばかりの経験を、ただ無感情に何も思うななんて無理な話だったんだ。楽しんではいけない、喜んではいけない、感動してはいけないと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、映る光景はより美しく見えてしまう。

 私の頭にはあの子の歌がずっと響き続け、目を閉じれば今日の出来事が鮮明に浮かび上がる。今私が眠っている柔らかいベッドだって、昨日まで私が使う事なんてないだろうと思っていた物だ。もう、私にとっての初めては数え切れなかった。

 歌。私はそれを初めて聞いた。それは言葉を失う程に綺麗で、大きく心を揺さぶった。私の色の無かった世界が、まるで花が咲き誇るように色付いていくようで。

 私は、その時の感覚を忘れる事が出来ない。それがどうしようもなく恐ろしいのに、それ以上に幸せを感じてしまっていた。










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