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108話

 遺跡に入ると、やはり僕の『空の目』が機能しなくなる。ここからは完全にエコーの五感が頼りだ。取り敢えずは、最初の分かれ道で彼女がどの道を示すかが重要だろう。あの時ルイは真ん中の道に匂いが続いていると言っていた。

 彼女はどうなのか………そう思いながら進んでいると、あの分かれ道に着いた。


「エコー、何か感じるかい?」

「………中央の道から、変な音がします」

「………音?」

「はい………音、です」


 不安そうに呟くエコー。ルイが言っていたのは匂いであって、決して音ではなかったはずだ。しかし、どちらにせよ正しい道を彼女は示している。

 まさか、定期的に道標が変わるのだろうか。


「………変な匂いとかは?」

「特には………」

「ふむ………」


 少し考える。匂い、音。仮に道標が変わるとして、この二種類のみである確証があるのか?もしこれ以外の道標に変わってしまった時、僕らがそれを感知できる確証がない。

 今のところはこの二種類でも彼女は問題ないらしいけど。とは言え、まさか味覚で感知するなんてあり得るはずもないし………触覚は誰しも備えているはずだしね。


「あの………主様、私は何か間違えてしまったでしょうか………?」


 僕が何も言わないのを見て不安になったのだろう。怯えるような声で尋ねてくるエコー。そこで僕は彼女に何も言っていなかったことを思い出して、慌てて首を振る。


「いや、そんなことはないよ。君が示したのはちゃんと正解の道のはずだ。ただ、前と道標となるものが変わっていてね………取り敢えず、君の感覚に過ちは無いと思うよ。その音のする方に案内してくれるかな」

「はい、かしこまりました………ふぅ」


 頷いたエコー。しかし、最後に小さく安堵の息を漏らしたのを聞き逃さなかった。確かに、自分の雇い主が突然黙り始めると言うのは不安になる瞬間だったかもしれない。彼女には申し訳ない事をしてしまったね。

 彼女が聞こえている音がどんなものか気になるけど、音を表現しろと言われても中々難しいのは間違いない。どのみち僕には聞こえないのだし、あまり気にする必要もないのかもしれない。超音波の類ではないかと思っているけど、それを感知するような装置もないしね。


「ロッカにも優れた五感があれば良かったんだけどね」

「?」


 首を傾げるロッカ。彼には視覚、聴覚、触覚の三つは備わっているけど、味覚と嗅覚がある訳が無い。鼻も口もないからね。追加しても良いかなと思う反面、どっちみち獣人族並みの五感には出来ないという確信もあったし、ならばやらなくていいか。という結論に落ち着く。

 それに、視覚と聴覚はともかく触覚に関してはかなり鈍感だ。触られた、と言うことを察知できるくらいで、痛みと言うほどまでは感じない事が殆どだ。まぁ、鋼鉄の体を持っていれば当然と言えるけど。


「主様。今は私がいるので、そんなことをせずとも………」

「あぁ、本当にするつもりは無いよ。あんまり意味があるとは思えないしね」


 どの道、口を付けた所で喋れるようにするのは難しいしね。出来なくはないと思いたいけど、ゴーレムは人間に精巧に寄せたパペットと違って構造が単純すぎるから、拡張機能を持たせるのも難しい。

 勿論、ロッカは生きているのだから普通のゴーレムよりは複雑な構造をしていることに間違いは無いけど、それでも身体構造に関しては大差ない。となれば、やはり口を付ける意味が無いように思えた。

 そのまま彼女の聴覚を頼りに音を辿る。途中で分かれ道を曲がったりはしていたけど、特に罠や魔物の類に遭遇することはなかった。正しい道には罠を仕掛けていないのだろうか。通路の途中で見つけた扉なども確認しながら進んでいたけど………


「主様、その扉は開けない方が良いと思います」

「ん?何故だい?」

「扉の奥から妙な臭いがするんです………」

「ふむ………」


 妙な臭いと言うのも気になるけど、ここで好奇心を優先して危険な目に合ったんじゃ彼女を雇った意味が無いね。忠告は大人しく聞くことにして、扉から離れる。やはり、嗅覚も十分に優れているみたいだ。そのまま僕らは暗い通路を進んでいく。


「エコー、音は近付いているかい?」

「それが………先ほどからずっと、音は一定の大きさのままなんです」

「なるほどね………やっぱりただの音ではないみたいだね」


 予想はしていた事だ。ただ、獣人族だけに聞こえる匂いや音をヒントにするのは何故なのだろうか?それとも、神々は皆その音や匂いを判別できるのか………まぁ、その辺りは音の原因を探れば分かるかもしれないね。途中に壁画などもなく、最初の分かれ道から数十分ほど歩いただろうか。

 ふと、通路の先に光が見える。


「………ん?」

「………外………でしょうか?」

「???」


 差し込む光は明るく、強い逆光で外の様子は見えない。それだけの光となれば外に通じているとしか思えないけど、僕らは地下に進んでいたし、一度も登っていない。となればその可能性はかなり低いはずだったのだけど。

 そう思っていた僕は、その光の先に出て言葉を失う。それは僕だけでなくエコーもロッカも同じだった。


「まさか、こんなことがあるなんてね………」

「………え?」

「!」


 暗い通路を抜けた先。そこに広がるのは広大な森林だった。僕らが通っていた通路は岩山が出口になっている。山の麓から生い茂る木々や上に広がる空は偽物とは思えず、照りつける太陽は間違いなく本物だ。そして………


「………僕の目が使える?」

「え?」

「いや、こっちの話だよ」


 ここに出た瞬間、『空の目』が使えるようになった。そのことに疑問を抱きつつ、辺りを見渡す。しかし、どこからどう見てもここは外の空間であり、おかしなところはない。けど、地下を通っていたとはいえ、たった数十分の移動で広い砂漠の国からこんな場所に出るなんて無理があるはずだ。

 それに、僕の目に映るこの大森林の生命力は今まで見たことが無い程に満ち溢れていた。勿論、実りの樹ほどに圧倒的な訳ではないけど。様々な生命がここで生きていると言うのは、一目見ただけで理解できた。


「………流石にこれは予想してなかったし、大きく予定が狂ってしまったね」

「えっと………どうするんですか?」

「うーん………」


 どうしようか。恐らくここが神々の作った別の空間か何かだろうと言う予想は立てる事が出来たけど、ここに何があるのだろうか。


「そういえば、変な音って言うのは?」

「え?あ………聞こえなく、なってます………」

「ふむ………まぁ、つまりここがある意味の終着点、かな」


 ここからが本番、と言うほうが正しい気もするけど。つまり、さっきまでの道のりはただの前座でしかなかったという事だ。ここからは手探りで調査を進め、何が隠されているかを見つけなければならない。


「じゃあ………私は………」

「ん?帰りたいかい?」

「い、いえ!そうじゃないんです!ただ………この先で、私はお役に立てるのかと………」

「ふむ………まだ何があるか分からないからね。君は実力も申し分ないんだし、出来れば同行してほしいと思っているんだけど」

「っ!………はい!喜んでお供します!」


 はっきりと答えるエコー。つい先日までの無気力な姿はどこへやら。今はまるで、調査の役に立つことにかなりの喜びを感じているみたいだ。活力があるのは良いことだけど、何がきっかけだったのか………と思ってみたけど、考えてみれば彼女は外の世界を自分の目で見るのが初めてなんだ。

 となれば、こういった未知の経験に心が躍るのも仕方がない。その高揚感は僕だって馴染み深い物だからね。別に、これからの調査で彼女が本来雇った理由である獣人族としての五感を今後発揮する機会が無かったとしても、エコーが望むなら連れて行くつもりではあるのだけど。不安要素だった戦闘力に関しては、僕が今まで見て来た戦士の中でも上位に入るはずだし。

 それこそ、物理攻撃を得意としているのなら眷属にだって引けを取らないかもしれない。正式に買ったわけじゃないし、そんな危険度の高い戦いをさせるつもりは無いけれどね。


「一度降りてみようか。取り敢えず、見てみない事には調査の方針も決めれないし………足元に気を付けなよ」


 僕の言葉に頷くエコーとロッカ。そのまま転ばないように気を付けながら、ごつごつとした岩山を下っていく。さて、何があるのやら。











「そこ、段差になっているから気を付けて」

「はい、ありがとうございます」


 地表に出っ張っている根をエコーが跨ぐ。あの後、僕たちは山を下り切って森の中を歩いていた。木漏れ日が差し込む幻想的な光景に目を奪われつつ、森の調査を進めていく。やはりと言うか、ここには多くの動植物が生息していた。地上の生態系とは大差ないようで、鹿や猪、小さな虫など様々な生物を見た。

 途中で見たこともない植物やキノコ、珍しい薬草などを見つけたりして採集したりと全体的に見れば収穫は大きい。ただ、神時代に関連する発見は見つからないままだった。


「うーん………このキノコは………」

「またキノコですか………?」

「多分新種だと思うんだ。もしかしたら、神時代に群生していた古代種なのかもしれないけどね」

「………幻覚を見せるようなものじゃないですよね?」

「流石にそこまでは分からないよ」


 食べていないのだから、これがどんな作用があるのかなんて分かるはずが無い。勿論、この場で食べるような命知らずではない。毒の可能性だってあるし、そもそも一般的に知られる食用のキノコだって生食すると中毒になる種類が多い。

 それくらい毒を持つ種類が多いキノコを、ましてや見たこともないものを食べようと思えるはずが無かった。


「………毒見、しましょうか?」

「駄目に決まってるじゃないか」


 行きすぎた献身に苦笑する。彼女は危険の認知能力で少々不安を覚える時がある。もし未知の毒だった場合、助けることができる保障だってないのに。そんなことをしなくても、ちゃんと研究すれば毒があるかは分かるはずだし。もし毒見をするとしても、他人に任せるなんてあっていいはずがない。

 キノコを採集して、バッグの中から取り出したカプセルの中に入れる。研究道具を持ってきていないのが悔やまれるね。探せば売られていたりするだろうか。


「ここ、珍しい動物などはいないんでしょうか」

「はは。野菜は嫌いかい?」

「嫌いではないですけど………」


 やっぱり肉が食べたい。口にはしないものの、そういう事なんだろう。それに、檻の中にいた頃は肉を食べるなんて贅沢は殆ど出来なかったと思うし。味を知っていると言うことは、食べたことが無い訳ではないんだろうけどね。


「じゃあ、少し狩りでもしようか。生態系の調査の一環にもなるしね」

「はい!」


 途端に元気になるエコー。その態度の変わりように苦笑しながら、僕は周囲の動物を探していく。ただ、ここで彼女の嗅覚が僕より先に獲物を見つけ出し、森の中をロッカとエコーの二人がひたすら追いかけ回すことになったのは中々インパクトのある出来事になったと思う。

 まぁ、巨大なゴーレムと獣人族に追いかけ回された哀れな獲物には同情しか湧かないけどね。











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