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106話

 あの後は彼女の部屋を追加で借りて、夜まで待つことにした。彼女は自分の部屋なんて恐れ多いから、僕の部屋の端っこでも良いと言っていたけど、当然そっちの方が僕は困る。奴隷を物だと思えば気にしない人もいるのかもしれないけど、少なくとも僕は彼女を一人の人間だと認識している。

 何かやましい事があるわけではないけど、プライベートの空間に他人がいて落ち着けるはずが無い。何とか説得して、自分の部屋を使うように言い聞かせた。

 そして、今は皆で夕食を食べ終わった後………と言っても、僕は昼に食べた量が多すぎて食欲が湧かなかったから、普段以上に軽い物で済ませたけど。ステラとフラウが部屋に戻った後、僕はエコーと詳しいスケジュールや調査中の決まりについて話し合うために、彼女には残ってもらっていた。

 勿論、遺跡の事を人が多い時間に話すわけにもいかないから、人が少なくなるまでは待たないといけない。その間、しばらくは雑談をして暇を潰していた。


「そういえば、君は使える魔法はあるかな」

「はい………雷の魔法なら、少しだけ自信があります」

「へぇ………それは頼もしいね」

「いえ、主様に比べれば全然………」


 僕が知る『真理』は炎、水、風、大地、空の五つだけで、雷に関してはそこまで圧倒的な訳ではないんだけどね。まぁ、謙遜だと言うのも分かっているし、一々指摘する程の事じゃないだろう。


「剣の腕は………と聞かれても、実戦経験がないんじゃ指標もないか」

「そう………ですね。母に仕込まれたので、弱くは無いと思いたいのですが………」

「まぁ、あの檻にいた奴隷の中では君が一番戦闘に長けていると聞いているしね。期待はしているよ………まぁ、どこかで試せる機会があれば良かったんだけど」

「………主様が自らご確認しますか?」

「まさか。僕は剣術には自信がないんだ。例え君が勝ったとしても、それで推し量るのは難しいと思うよ」


 純粋な剣士としてなら、僕は素人も良い所だ。前にも言った通り、今まである程度でも剣術のプロと互角に渡り合えていたのは『権能』の魔法と能力があってこそ。一人の剣士として、剣一本で戦えば最早話にならない程に惨敗する確信がある。

 勿論、あの剣技は例外だ。あれを純粋な僕の剣の腕だと言うのは無理だろうしね。まぁ、彼女の実力は実戦で確かめるしかないだろう。

 さて………そんなことを話しているうちに、僕らの周りの客も減っていた。それを確認した僕は本題に入ることにした。


「そろそろ人が減って来たね。じゃあ本題に入ろうか」

「かしこまりました」

「まず、大前提だ。昼間にも話した通り、君は僕を守る事より、まずは自分の身を守ることを優先すること。君が死ぬことは、何より僕が困ることだと言うのを良く覚えておいてほしい」

「………はい、承知しました」

「それと二つ目。僕が主に方針を決めるけど、もし危険だと思ったり、何かを感じたら臆せずに意見を言う事。僕は危険を回避するために君を雇ったから、ちゃんと伝えてくれないと本末転倒だからね」

「………承知しました」


 まぁ、ここまでは当然の事だ。彼女が目の前で死ぬのは見たくないし、奴隷だからと主の決定に黙って従い、それで危険に巻き込まれたんじゃ堪ったものではない。それは彼女も理解しているようだし、次に進んで良いだろう。


「後は、もし途中で疲れた、キツいと感じた時は遠慮なく言ってほしい。遺跡の調査中、その疲れは命取りになり得るからね。どうしても急がないといけないと言う訳じゃないから、ちゃんと休憩だって挟むつもりだ。だから、無理はしないようにね」

「………承知しました」

「………それと、最後に。これからは、僕は君を助手として扱う。戦闘………と言う点では殆ど困らないだろうけど、君に意見を求める時があると思う。これは命令だと思ってくれても良いけど………奴隷だから、という理由で発言を止めることは禁止だ」

「でも………」

「勿論、黙秘権を剥奪するつもりはないし、君の個人的な事まで詮索するつもりはない。でも、僕の質問に答えない時は、奴隷だから以外の理由にしてほしいんだ」


 少し強引だと思うかもしれないけど、彼女とやり取りをする上で最も手間がかかるのがこれだった。奴隷だから、自分は道具として言われるがままになるだけ。それが、本来の意味での奴隷の在り方であることは分かっている。

 けど、それは思考の放棄とも言える。人に限らず、生き物とは考える事が出来る。勿論、内容の大小はある事は百も承知だけど。

 人間は当然として、犬や猫だけじゃない。鳥や魚、虫すらも自分の進む道を決める事が出来る。そうして疲れたら休息を取り、空腹になったら食事をして腹を満たす。自分のやるべきことを自分で見つけ、判断し、行動する。

 長々と語ったけど、要は自分の意思を確立させる事。それが、生命を形成し、可能性を生み出す大前提だと僕は思っている。

 人形は、人形以上の働きなど出来ないのだから。


「………主様は、何故私をそのように扱うのですか?私は奴隷です。私の意思も、体も、今はあなたの物です」

「いや?僕はそうは思わないし、その意思も体も君の物だ。何故なら、君は生きているからだ」

「………生きて、いる?」

「うん。まさか、死んでいるとは言わないよね?」


 ここで実は亡霊でしたなんて言われたらどうしようか。いや、どうしようもないんだけど。奴隷になるために育てられてきた彼女が、一般的な生き方を知らないのは仕方がない。自分自身が分からないのも、無理がない事かもしれない。

 けど、僕は彼女にはそれが出来ないとは思っていない。何故なら、彼女は自分の意思で抵抗をしたことがあるんだから。

 黙って俯いたままの彼女を見て、少し考える時間を与えても良いかなと思う。その考える時間が、彼女にとっては大事な物だろうしね。


「まぁ、ゆっくり考えるといい。取り敢えず、僕が君を雇っている間は奴隷だからという理由で対話を拒否する事は認めないよ。そこだけは納得してくれないかい?」

「………一つ、質問をしても良いでしょうか」

「ん。なにかな」


 真剣な表情で顔を上げるエコー。美しい菖蒲色の瞳が、真っすぐを僕を見つめている。


「もし………もし私が、遺跡の調査に同行したくない。と言ったらどうしますか?」


 冗談で言っている訳じゃない。と言うのはすぐに分かった。となれば、僕だって本気で伝える必要があるだろう。

 とは言っても、難しい話ではないけど。


「………ふむ………僕としては困るけど、そうなったら僕は君を連れて行くことは出来ないね」

「………主様が困るのに、ですか?」

「まぁ、困るのは間違いないさ。ただ、意志と言うのは互いに尊重しあい、譲歩し合うものだ。そうなったら一度君と話し合って、折衷案を見つけたいと思う。それでも行きたくないのなら、それもまた一つの選択だ」

「………そうなったら、私を店に返すんですか?」

「ふむ………まぁ、それは場合によりけりだと思うけど。今の所、そうなったとしても僕がメディビアを離れるまでは雇用しておくつもりだよ」


 別に、これは適当に言ってるわけじゃない。元々奴隷を雇ったつもりじゃないからね。僕は道具を切り捨てるように人を捨てるような事が出来る程の非情さは持ち合わせていない。

 勿論、だからと言ってずっと面倒を見れるわけでもないのだけど。少なくとも、メディビアを離れるまでのつもりだったんだから、それまではわざわざ返しに行く必要もないと思っただけだ。


「………そう、ですか」

「それで、君はどうしたいのかな。もし本当に行きたくないのなら、今のうちに言うべきだよ」

「いえ………あんなことを聞きましたが、私は同行したくないなんて思っていません。どうか、私を調査に同行させてください」

「………それが君の答えなら、僕は拒む理由はない。なら、明日からはよろしく頼むよ」

「はい。改めてよろしくお願いします」

「それじゃあ、僕はそろそろ休むから、また明日。君も遅くならないうちに休むんだよ」

「………それは命令ですか?」


 なんでそうなるのかな。そう言いたくなったのをぐっと堪え………まぁ、予想もしてなかった質問に気を抜かれてしまったのもあるけど、呆れながら言葉を返す。


「気を使ってるだけだよ」

「………分かってます」

「………………全く。最初からそれくらいお茶目ならね」

「え?」


 まるで当然のように返って来た答えに苦笑する。その後の彼女のキョトンとした表情が、怒られると分かってて仕掛けた悪戯がバレても怒られなかった時の子供に見えてしまった。

 最初からこれくらいの冗談を言う子だって分かっていれば、僕だって上手い冗談で返せたんだけどね。冗談が通じない生真面目な子だと言う評価は改めないといけないみたいだ。

 これからはどんどん冗談を振っていこう。仕返しを兼ねて。


「じゃあ、おやすみ」

「あ………はい。おやすみなさい、主様」














 人々は眠り、魔物は活発化する夜も深い時間。地上の時間など関係なく景色の変わらない神界で、神々は机を囲み、そのうちの一人である青髪の少女を見つめていた。


「フェイリシア。力は取り戻したか?」

「全盛期ほどじゃないけど、目覚めた時よりは。でも、またあんなのと戦えって言われたら、殆どを使い果たすよ」

「ふむ………」


 あんなの、と言うのは先日地上に現れた義神の事だ。当然だが、あれの誕生を神々も認識していた。そのうえで、彼らは何もしなかったのだ。厳密には、出来なかったと言うべきなのかもしれないが。


「しかし………これから奴が再び創造されんとも限らん。フラマガルドはどうしている?」

「さぁ。私は会ってないから。どうせ眷属を狩りまわってるんじゃない」

「ちっ………連絡の一つも寄越さずに何をしておるか………」


 眷属を狩ることが間違いという訳ではない。だが、一人でやるにはあまりに足りないのだ。彼が目覚めたことは確認しているが、それからというもの行方をくらましていた。

 次の巫女と成り得る者も見つからず、あの有翼族の王女の事を尋ねようにも知るのはシラファスのみだ。そして彼は自らの空間から完全な不干渉を貫き、応じる様子がない。

 募る苛立ちから漏れるため息には雷が混じる。最高神であるアフィガルドが亡くなった後、神々を実質的に統率しているのが、雷神トネールだった。昔はアフィガルドと共に双璧と呼ばれる大神であったが、今はそれだけの年月の積み重ねによる摩耗が彼を苛み、全盛期とは程遠い力しか残っていない。当然、それでもやろうと思えば一国を滅ぼすくらいは容易いのだが。


「………まぁ、いい。フェイリシア。汝はあの『権能』と呼ばれている男と会ったようだな」

「そうだけど」

「どう感じた?」

「どうって………まぁ、率直に言うけど。私よりは強いんじゃない」

「多少なりとも力を回収した、今の汝でもか?」

「………今なら互角だと思う。ただ、力を回収したって私達に残った神性は高が知れてる。でも、『権能』は生命の力を持ってる。アフィガルド様と同じ力を」

「………だが、奴はまだ生命の真理を知らん」

「いずれ辿り着くよ。だって、彼はその一端を既に掴んでるみたいだし」


 淡々と告げる少女の言葉に、トネールは唸る。アフィガルド………最高神であり、生命神である全ての命の父である。彼の力によって星命樹が生まれ、星が象られた。

 この中の誰もが、生命の真理など知るべくもない。だが、フェイリシアの言葉を信じるのなら、あの人間がその高みに辿り着くと言うのだ。


「………お主から見て、奴は危険因子か?それとも、この星を救う英雄か?」

「さぁ。でも、可能性を賭けるなら………私は彼が良いと思うけど。人間は私達とは違う、生まれた時に無限の空白として、それを埋めるために生きることができる。いずれ私達を超える誰かが現れるとしたら、それは彼しかいないと思う」


 確信のある言葉だった。彼女が下らない冗談を言う性格ではない事は深く理解している。だからこそ………トネールは更に頭を悩ませるのだった。









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